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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第4章 脅威と共に生くる、忍耐の荒野
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踊り子シーナとの出逢い②

 しばらく、俺は踊り子座のテント周辺をうろうろしていた。

 アレクスの奴も気がかりだが、俺はどうにもあの踊り子の少女のことが気になっていたのだ。


 やがて、テントから肩を落として消沈した面持ちで出て来る人影がひとつ。枯草色のツインテール……おそらくシーナという名の、例の踊り子であった。もう踊り子衣装ではなく、粗末な布の服を着ている。


「うう……」


 少女は見るからに落ち込んでいた。生気の無い顔で、どんよりとした陰鬱な空気を醸している。もしも空気に色があったなら、彼女の周りは一層黒ずんで見えていたことだろう。


 びっこを引くように、重い足取りで道を往く少女。

 俺は気になってさり気なく後を付いて行った。あの時感じた親近感がどうにも心を急かしたてる。


 少女は街はずれの、人気(ひとけ)の無い場所までやって来る。

 俺は廃材の影に隠れて様子を窺っていた。そして盗み見られていることにも気づかないままに、少女は木陰にうずくまってぐずり始めた。


「うう、辞めさせられちゃった……針なんて、わたしそんなことしてないのに……」


 どんどん声が悲愴になってゆく。


「もうお金もないのにどうしよう……弟たちのご飯が買えないよぉ……」


 ますます声が震えてゆく。


「他にどんな仕事をすれば……?でもお店の売り子も全然ダメだったし、魔法を使ったりもできないし……いっそ体を売るとか?でもわたし貧相だし、そっちでも全然人気なんて出ないよね……」


 目には涙が溜まってゆく。


「どうして?どうしてお金を稼ぐのってこんなに大変なの?わたしだって頑張ってるのに……!うう、うわあああああん……!」


 ついに声を上げて泣き出してしまった。

 この場に居合わせたのが俺以外にいなかったのは幸いだった。そして無論、俺には彼女を笑い者にするつもりはない。


(あのシーナって踊り子、どうやら金に困ってるみたいだな。別に俺の手持ちを全部あげてもいいんだが、可哀想だからお恵みを……なんてエラソーで嫌だよな。どうすっかな?)


 自分の持ち金を手放すことについてはまったく惜しくなかった。困っている人の助けになれば幸いだし、今の俺には魔王の力があるのだから金を稼ぐことも容易だ。このパティエンティアなら魔物退治にでも手を貸せば路銀はすぐに賄えるだろう。

 そもそも旅の資金は俺が一括管理しているわけではなく、各自バラバラで所持している(クモラだけは例外で俺と一緒の財布だ)。仮に金が足りなくなるようなことがあっても、アレクスの靴でも舐めて恵んでもらえばいい。あの守銭奴のことだ、絶対に値打ち物のお宝の一つや二つ隠し持っているだろうからな。


 よってこの時俺が悩んでいたのは金を恵んでやるかどうかではない、どう渡すかなのだ。ふつうに渡すにしても偉そうな感じがして嫌だった。実際偉ければ問題ないかもしれないが、俺はそんな大層な存在じゃない。


 しかし彼女がこうして人気の無い場所に居る今の内が好機だろう。無い頭で必死に方法を考えて、俺は苦肉の策に出る。


 俺は勢いよく物陰から飛び出すと、股間を押さえながら全力疾走でシーナの方に向かった。


「うおおおおお!や、やべえ!急がねえと漏れちまう!」


「!」


 少女は驚いた顔で見上げるが、俺は彼女には構わずにその横を素通りしていく。


「ト、トイレはどこだー!急がなきゃったら急がなきゃ!」


 バタバタと見苦しい動きで土埃を上げながら、ひとりの醜男が通り過ぎる。

 その後に、金銭の入った小さな巾着袋を残して――




「……ふう、さすがに無理矢理すぎたかな?」


 ある程度走ったところで立ち止まる。少し街の通りの方まで戻って来ていた。

 お察しのことだとは思うが、今の俺には尿意も何もない。ただ渡す手段があれくらいしか思いつかなかっただけなんだ。しかし我ながら、なんともお粗末な演技だった。自分でも思い出して恥ずかしくなってきたぞ……


 俺が現実逃避をするようにぼんやり突っ立ていると、背後から物静かな少女の声を聞く。


「あのー?」


「うっひゃあ!」


 振り返れば、そこにはシーナが居た。

 なんとも、彼女は俺がわざと落とした財布を拾うばかりか、わざわざこうして届けに来てくれたのだ。


「こ、こちら、落としましたよ……?あ、お手洗い急いでいるんですよね!ごめんなさい、引き留めてしまって!」

「あ、いやいや!いいんだぜ!別に尿意とかないし……」

「え?」

「あ……」


 OH!うっかりカミングアウトで、せっかくの演技の甲斐もゼロだ。


「……」

「……」


 なんだか急に気まずくなって押し黙る俺たち。

 それを打ち破るためにも、俺は弁明を始める。


「そ、その、ごめんな……たまたまアンタの独り言を聞いちまってよ。金に困ってるみたいだったから俺の手持ちを渡してやりたいと思ったんだが、そのままはいと渡してもなんか嫌な感じだろ?だから、あんな渡し方しか思いつかなくてよ」


 お分かりのことだとは思うが、この弁明の内容には虚偽が混じっている。俺はたまたま居合わせたのではなく、踊り子座で勝手に事情を盗み聞きした挙句、一方的な親近感を抱いて追って来ているのだ。だがそこまで話す必要もないだろう。それに踊り子座でのことは蒸し返されたくないはずだ。


 俺の話を聞いて、シーナは驚いたような表情をする。

「わ、わたしのために、わざと落としてくださったんですか……?」


 どうやらあの下手くそな演技でも、本当に慌てて落としたものだと思ってくれていたらしい。だが拾った財布をネコババせず届けにくるのは誤算だった。いや、俺の考えが甘かっただけだ。どうしてこんなにも清廉な瞳をした少女が、金に困っているという事情があれど、他人の財布を持ち逃げするなどと思ったのか?俺は内心で猛省した。


 俺はごまかすように笑いながら、

「そ、そういうことになるかな!アハハハハ……」

「お、お気持ちは嬉しいですが、人様の大切なお金を無償で受け取るわけには参りません……!こちらはお返しいたします」

「いやいや!いいんだぜ!それで一週間分くらいの食費にはなるだろ?受け取ってくれよ」

「うう、でも……」

「た、頼むよ、俺のことなら心配要らないからさ。金があったって妙なことにしか使わねえロクデナシだ、アンタが使ってくれた方が俺も嬉しいよ」

「そ、そこまでおっしゃるなら……」


 そう言って彼女は、本当に申し訳なさそうに巾着袋を懐にしまった。

 またしても沈黙が通り過ぎたので、俺は彼女に質問する。


「弟さん、小さいのか?」

「はい、弟が二人と妹が一人いるんです。みんな幼いので、年長のわたしがお金を稼がないといけなくて……」

「そ、その…………いや、やっぱいいや」

「かまいません。両親のことですよね?死んだんです、魔物に村を襲撃されて……」


 魔物……やはり戦士ダニヤンが魔物を放置しまくっているので、こういった問題が後を絶たないのだろう。


「わたしたちが暮らしていた四の村は、巨大なドラゴンに襲撃されて壊滅してしまったんです……たくさんの人が死んで、わたしの父も母も……幼い弟妹を連れて、わたしはなんとか五の村まで逃げてきたんです」

「巨大なドラゴン?」

「ご存じありませんか?真っ黒い鱗にホオズキのように紅い眼、棘の付いた翼と胴体よりも長い首をしていました。以前には九の村も壊滅させたことがあって、”意思を持った災害”だとか”移動災厄”だとか呼ばれているんです」

「そ、そんな魔物が……」


 当然、俺は余所者だからそんな事情はまったく詳しくない。

 しかしシーナは、俺を同じパティエンティアの住民同士とみて話をしているだろう。


 そこで俺は、はたと思い至った。

 聞けばシーナの言う巨大なドラゴンというのは、物騒な異名が付いているあたり、かなり危険な魔物なのだろう。そしてシュヴァルツは、戦士ダニヤンは強い魔物にしか興味がないと言っていた。つまり俺はこう思ったのだ、強い魔物を探せばダニヤンもその近くに居るのではないかと――


 そうとなれば、詳しい話は俺だけでなくアレクスやハンナの耳にも入れるべきだろう。


「わ、悪い!そのドラゴンの話を俺の仲間にもしてくれねえかな?今は別行動しちまってるから、一緒に街中を探してくれると助かるんだが」

「はい、かまいません。お金も頂いてしまいましたし、わたしにできることであれば何でもおっしゃてください」

「ありがとな!そうだ、まだ名乗ってなかったよな?俺はステッドっていうんだ」

「ステッドさん……ですね。ありがとうございます。わたしはシーナといいます」


 ごめんな、俺は既に君の名前を知っている。


 話が済むと、踊り子を連れた醜男は街の通りへと繰り出していった。

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