パフパフイベント
空を飛行すれば長い道のりもあっという間だ。
俺たちは出発してから三十分も経たない内に五の村に到着した。オアシスを形成する湖の畔に位置しており、背後には小高い丘が見える。テントでなくレンガ造りの家々が建ち並んでいる。なるほど、たしかに村というより街と呼んで差し支えない場所であった。
目立たないよう、ある程度離れたところで着陸してから村へ向かう。丘や湖に面していない部分は柵に囲われており、出入口に当たるポイントが数か所あった。出入口では二人組の門番が睨みを利かせているが、とくに何事もなく入ることができた。警戒しているのは人間や魔族でなく魔物なのだろう。
「やったー!ついたー!」
「ここが五の村かー!いや、村ってかもう街だな」
「人も多いし、商売も盛んに見えるな。徹底的に管理しまくってたシューザ領とは対照的に、統治者がなにもかも領民の自治に委ねとる状況やから必然こうなったんやろなあ」
「それに聞いてた通り、魔族もフツーに溶け込んでるわね」
見れば魔族も人間も当然のように一緒になって暮らしていた。
どちらも店の売り手にも買い手にもなっていたし、なんなら魔族と人間のカップルまで見かける始末だった。
乾いた地面の上に至る所で屋台が立ち並び、賑やかであった。肉を焼く香ばしい匂いや人々の喧騒を楽しみながら俺たちは街の散策を始める。
「腹減ったし、なんか腹ごしらえしようかなー」
「それもええが、ワイらはあのアホ戦士の手掛かりを掴む為に来たってことを忘れんようにな。おそらくアイツから聞き出さない限りアーティファクトの在処は分からんやろしなあ」
「ぶっちゃけ本人も忘れてる可能性すらあるわよね」
「うーん、ふつうにあり得るからなんとも言えんわな……」
そう、ひとまず俺たちがこの街ですべきことは情報収集であった。
シュヴァルツの言う通り人の多いこの街でなら、なにかしらの情報は得られるだろう。さっそく聞き込みでもしようかと思っていたところに、なにやら興味深い会話を繰り広げる御仁が二人通り過ぎる。
――聞いたか?最近パフパフってのがこの街で流行り始めているんだとよ
――知ってる知ってる、俺も近い内に行ってみようと思ってヨ
二人の会話をすれ違いざまに聞いた俺とアレクスはぴたりと足を止める。
「…………」
「…………」
この時、胸の中に沸き起こった抗いがたい衝動を抑え込むことなど、土台不可能なことであった。俺とアレクスは互いに近寄って小声でヒソヒソと話し始める。
(な、なあアレクス!今の連中が言っていたパフパフって、もしかして……)
(みなまで言うなステッド!パフパフって言ったらアレのことに決まっとるやろがい!)
(だよな!だよなー!)
(こいつはうかうかしておれんで)
パフパフ。
なんとも魅惑的な言葉だ。それがなんであるか、賢明なる紳士淑女の皆様方にはいまさら説明するまでもないだろう。
俺たちは居ても立っても居られないとばかりに、ハンナとクモラに向かってこう切り出した。
「な、なあ二人とも!これだけ広い街なんだしさ!聞き込みは二手に分かれてやらないか!?」
「せやせや!その方がきっと効率的やで!」
急にテンション高く食い気味に言ってくる俺たちに、ハンナは若干引きながら返す。
「え?ま、まあ別にいいけど……」
その返答を聞くや否や、俺たちはすぐさま走り出した。
「よし!じゃあ俺とアレクス二人で聞き込みしてくるから!ハンナはクモラと一緒な!頼んだぜー!」
「行くで!ステッド!ぼやぼやしてたら置いてくでー!」
スタコラ駆け出していく男二人の背を見つめながら、ハンナはなんとも微妙そうな顔でつぶやく。
「え?急に何?アイツら?キモ……」
俺たちは街を疾走しながら言葉を交わす。
走り出したはいいが、このときめきの向かう先を特定しなくてはいけない。俺は横を走るアレクスに尋ねる。
「パフパフ……いったい何処でその恩恵に与れるんだ?街の誰かに聞いてみるか?」
「ワハハ、心配ご無用やでステッド!ワイには場所が分かる!さっきの二人が、あの後場所についても話しとったからな!」
「マ、マジで!?いったいどーして?」
「ワイを誰やと思うとる!ワイは世界最高の商人――!ワイの耳はどんな些細な情報も聞き逃さんのや!」
「さっすがだぜアレクス!いあー、ステキな耳ですこと!」
「「ダッハッハッハッハ!!」」
テンション高く疾駆する野郎二匹を、街の人々は怪訝な目で見つめている。
「場所は街の南西の櫓近くにある二階建ての民家や!湖の畔に近い場所やな!」
「あっちの方角か!たしかに櫓っぽい建物が見えるな!急げ―!急げ―!」
やがて櫓に到着すると、近くに土レンガ製の二階建ての民家が建っているのが見えた。あそこに違いない。俺もアレクスも玄関前に辿り着くと、我先にとドアを叩こうとする。結局ノックしたのは俺だ。
しばらく待つと若い女性が姿を現した。
翠色の長い髪を後ろに束ねた綺麗な女性。魔族ではなく人間。服装は一般的な町民のものだが、なかなかにセクシーな体つきであった。
「はーい、どちら様でしょうか?」
「あ、あの!その!パ、パフパフを……」
思いのほか美人であったので急にしり込みし出す俺。なんとも情けない。
しかし急に現れた挙句しどろもどろになる醜男に、その女性は優しく微笑みかけながら問う。
「パフパフ……?あら!もしかしてお客様?」
「そ、そうです!パフパフが目当てで参りました!」
「もう居ても立っても居られず、こうして馳せ参じたんやで!」
鼻息荒く語る野郎二匹にもひるまず、女性は穏やかに返す。
「まあまあ!わざわざありがとうございます。まだ少し準備に時間がかかりますので、少々お待ち頂けますか?」
「は、はい!もちろん!」
浮足立ったように叫ぶ俺。
やり取りが一段落すると、女性は扉を開けたまま家の中へと引っ込んでいった。俺は自分の順番が一番先であると主張するように、開いた扉の前に陣取ろうとするがアレクスに力強く制止される。
「おい待てや、ステッド!ワイが一番やで!」
「はあ!?なんでだよ!?俺が先に辿り着いたんだから、俺が一番だろ!?」
「アホか!誰のおかげで場所が分かったと思っとるんや!その功績を讃え、ワイに栄えある一番を譲るべきやろがい!」
「いやいや!こればっかりは譲れないぜ!俺が先に着いたんだから俺が先だ!」
「いーや!ワイが先や!」
「俺だ!」
「ワイや!」
玄関先で揉みくちゃになって争うオス二匹。なんとも見苦しい。
しかし女性は女神のように、こんな醜態に少しも閉口せずに家の中から優しく声をかける。
「あらあら、そんなに喧嘩をしないでくださいな。パフパフは逃げませんわ」
逃げない?みなさん聞きました?パフパフは逃げないんですって!
嬉しいこと言ってくれるじゃないの!グフフフフ……
そうこうしている内に、再び女性が姿を現す。
いよいよか!俺もアレクスも待っていられないとばかりに身を乗り出す。
しかしおや?と思い、硬直した。
女性は何やら木製の荷車のようなものを引いている。荷台の中には幾重にも重なった紙筒が白と黄土色の二色用意されており、傍らには大きな籠のようなものが二つあった。片方には茶色の小さな塊が無数に、もう片方には少し黄土色がかったものが同じようにして入っている。
あれ?パフパフ?パフパフが始まるんですよね?
俺たちが混乱していると、女性は元気の良い声で、
「はーい、お待たせしました!プレーン味とキャラメル味、どちらにいたします?」
「「はいっ!?」」
俺もアレクスも驚きのあまり素っ頓狂な声を上げていた。
眼前にあるのは紛れもなくチョコレート菓子であった。よく見れば彼女の引いて来た荷車の側面には『Puff-Puff』という手書きの文字が……
「お米のパフと小麦のパフ、二種のパフの軽やかな触感と甘いチョコレートのコーティングが貴方を魅惑の世界にご招待!私の考案した新作チョコレート菓子『Puff-Puff』!最近口コミでじわじわ人気が広がっていたのは知っていたけど、まさか開店前から押しかけて来るお客様まで現れるなんて!」
「「…………」」
「うふふ、嬉しいわ!よーし、今日も売って売って売りまくるわよー」
「「…………」」
街の通りを、紙筒を手にした野郎二匹がトボトボと歩いている。
何も話すことなく、時折り思い出したように紙筒の中のチョコレート菓子を口に運んでいた。
ようやく、口を開いて一言。
「……………………ウメーナ、コレ」
「……………………セヤナ」
この時、俺たちがどんな表情をしていたのか?賢明なる紳士淑女の皆様方にはわざわざ描写するほどのことでもないだろう。たぶん想像通りの顔してるよ。
そこから再び押し黙ると、しばらく肩を落として歩き続けた。
やがて前方から、俺たちのローテンションぶりとは対照的に元気よく駆けて来る少女が視界に入る。クモラだ。背後にはハンナの姿も見えた。
「あー!ステステ!こんなところにいたー!」
近くまで来ると、むむっ!と俺たちの持っている紙筒に気付いた。
「それなにー?あー!チョコだー!」
なんということでしょう。
くいしんぼうのクモラさんに見咎められてしまった。
「ずるいー!二人でこっそりお菓子買って食べてたんだー!ずっこい!ずっこい!ずっこいよー!わたしもお菓子食べたーい!」
騒ぐクモラに、俺は力なく紙筒を手渡す。アレクスもそれに続いた。
「あークモラ、これやるよ。まだ半分以上残ってるからさ」
「えっ!いいのー!?」
「ああ、なんとなく買ったはいいがあんま腹空いてなくてな……」
「わーい!ありがとー!ステステ!」
「クモラ、ワイのもやるで。ワイのはキャラメル風味や」
「ホントにー!?やったぁ!うれしー!」
満面の笑みで受け取った紙筒からチョコレート菓子を口に放り込むと、くしゃくしゃに顔をほころばせる。なんとも美味そうに食うものだ。これだけ喜んでもらえたら、あの菓子職人のお姉さんも職人冥利に尽きるだろう。この顔を見せに行ってやりたいものだ。
そうしてクモラから、今度はハンナの方に視線を移す。
はしゃぐクモラとは対照的に、彼女の表情は冷淡そのものだった。氷のような眼差しがアイスブルーの瞳によく合っていた。
ハンナの視線はクモラが持っている紙筒に注がれている。そして、すべてを察したように大きく溜息を吐いた。
うん、まあ、紙筒に思いきり『Puff-Puff』って書いてますもんね……
冷え切った瞳を俺たちに向けながら、呆れかえった声で一言。
「……男って、ホンット馬鹿ね」
「「…………」」
返す言葉もなく、俺たちはただただ立ち尽くしていた。




