ダニヤン領の現状
やがて彼らの拠点だという洞穴へと案内された。
小さな洞穴だった。ちょっとした武具の予備と保存食や飲み水があるばかりで、本当に臨時の拠点といった趣きだった。
八人は焚き火を囲んで座りながら話を始める。
まずは自己紹介からだった。先に彼らの方から名乗ってくれた。戦士はシュヴァルツ、武闘家はシアン、魔法使いはゼンタ、神官はジョンヌといった。
遅れて俺たち四人が名乗る。
俺とクモラはともかく、アレクスとハンナの名を聞いて彼らは何か引っかかるような顔つきをした。
「……アレクス?……ハンナ?」
「……なんだか聞き覚えが」
「……!も、もしや、勇者パーティの!?」
「……ま、まさか、なにゆえこのようなところへ?」
そこからアレクスは俺たちの冒険の詳しいいきさつを説明する。
この連中になら話をしてもいいだろうと、アレクスはそう判断したのかもしれない。コイツの人を見る目はなんだかんだ侮れない、ここは信用してもいいだろう。
こうしてシュヴァルツたちは、クモラという少女の体に魔王モラクレスの魂があること、俺が幼い彼女の代わりに戦う使命を背負っていること、そして俺たちが勇者パーティのせいでおかしくなった世界を立て直す為に旅をしていることを知った。ついでに、商人アレクスと神官ハンナは早々に敗北を喫し、反アルバート側となったことも……
「……そのようなことが。俄かには信じがたいですが」
「……数奇なものですね。勇者が世界の脅威となり、魔王が希望となる時が来るなんて、十年前には誰が予想し得たでしょうか」
シュヴァルツとジョンヌ、人間の二人は驚愕の事実に打ちひしがれている。
しかしシアンとゼンタ、魔族の二人はそれとは別の感動に身を揺さぶっていた。
「あ……!あ……!」
「こ、この気配……!ああ!十年以上も昔の私はまだ幼子でしたが、それでも忘れるはずがございません……!」
魔族の二人は立ち上がり、クモラの元に近づくと跪き頭を垂れた。
「「魔王モラクレス様!!」」
静かに涙を浮かべながら、歓喜の声を発していた。
「よもや……!よもや、再びお逢いできる日が来ようとは!」
「これほど嬉しいことはございません!」
クモラは立ち上がると、傅く二人の前に向き直る。
そしてなんとういうことか、普段のクモラのイメージとは打って変わって凛々しい言動を取り始める。
「わが名はクモラ!魔王モラクレスのあらたなるすがたである!」
ク、クモラさん!?
しかし声はいつも通りの可愛らしいままだった。
魔族の二人は驚いた表情で見上げている。
「魔族のみんなにめーじます!これからは人間とあらそわずに、なかよくへーわにきょーりょくしてくらしていくこと!きもにめーじるよーに!」
クモラはやはり争いなんて求めていない。人間も魔族も支え合うことを望んでいる。
そしてクモラはかしこい。七大罪の化身以外で、魔族との初対面であったが、ここで自分が魔王――すなわち魔族を率いる者として毅然とした姿勢を見せねばならないことをすぐに理解したのだ。
声も姿も幼い少女のままだが、その佇まいには有無を言わさぬ力強さがあった。
傅くシアンとゼンタも、やはり姿は変わっても魔王様は偉大であると、そう感激したように「はっ!」と力強く返答するのだった。
「ハハハ、あんな二人は初めて見るな」とシュヴァルツ。
「ですがこのパティエンティアでは、既に人間と魔族は手を取り合って暮らしていますけどね」とジョンヌ。
「せや、そもそもどうして魔族も魔物も生き延びとるんや?まあなんとなく予想はついとるんやが、これまでの事情を話してもらえんか?」
「……そうですね、お話しいたします」
魔族二人が再度座り直すと、シュヴァルツはパティエンティアがこうなったいきさつについて説明し始める。
「まず、このパティエンティアの領主――戦士ダニヤン様ですが、他の領地では勇者様の命で魔族や魔物の掃討が実施されたのでしょうが、ダニヤン様はまったく着手することがありませんでした。それどころか統治らしいことを一切なさいません」
「……やっぱりね」
ハンナが呆れたように言った。アレクスが追随する。
「アイツは昔から戦うことにしか興味のない、脳みそまで筋肉で出来とるような奴やったからな。世界の分断が決まった時、コイツに統治なんてできるんかいなとワイは内心思っとったが、そもそもやる気なんかなかったわけや」
「おっしゃる通り、ダニヤン様は領民の生活にはまるで興味がないようです。城や館のようなものさえ持たず、パティエンティア中を移動しながら日々魔物と戦い続けているようなのです」
「あれ?ちょっと待ってくれ、理由はどうあれ結局ダニヤンは魔物と戦いまくっているわけなんだから、魔物の数は減っていくはずなんじゃねえのか?」
初めに見た魔物の群れを思い出す。
俺の疑問にシュヴァルツは答える。
「いえ……どうもダニヤン様は強い個体にしか興味がないようなのです。幼体は狙いませんし、巣の撲滅もなさいません。ですから結局魔物の数は増える一方なんですよ」
「まじで住民の暮らしとかどうでもいいのね、アイツ……」
「魔物の襲撃によって多くの家屋が失われ、多くの人が殺されました。結界があるので他所へ逃げ出すこともできません。運よくダニヤン様に遭遇できた者が何度か、どうにか魔物を退治してくれないかと、陳情したことがありましたが返って来る言葉はいつも同じでした」
その時、シュヴァルツの伝える言葉を聞いて、ダニヤンを知るアレクスとハンナには彼が実際にそのように言っているようなビジョンを幻視した。
『甘えるな!戦えぃ!聞くが明日とは待っていれば自然にやって来るものなのか?否!明日とは自らの力で掴み取らなければいけないのだ!弱い者は淘汰されて当然!強い者にこそ生き延びる権利があるのだ!生き残りたくば戦えぃ!他人に頼るな!傷に嘆くな!敵を恐れるな!戦えーーぃ!』
アレクスもハンナもドン引いたような表情を浮かべていた。
「うーわー……」
「いかにもアイツが言いそうなことね……」
「結局ダニヤン様からすれば俺たちの暮らしなんてどうでもいいのでしょう。なにもかも領民の自治に丸投げです。街づくりも商売も魔物からの防衛も、すべて領民たちで協力しておこなってきました。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで、俺たちは今日までを生き延びてきたんですよ」
「なるほどなあ、魔族と仲が良いのも人間だ魔族だ関係なしに協力し合ってきたからか?」
「そうですね。初めこそ対立もありましたが、今では魔族に敵意を持つ人間はこのパティエンティアにはほとんどいません。魔族は魔力に優れている者も多いですし、みんな一度くらいは魔族のお世話になってるんですよ」
領主が完全に統治を放棄しているというのは、たしかによくないことだろう。
だが不思議なことに、俺はシュヴァルツたち四人を通して、このパティエンティア自体が彼らのように苦しみの中にありながらも活気に満ちているように感じられた。ちょうど上からガチガチに抑えつけられて、社会全体が死んでいるようだったリベラリタスとは対極のイメージだった。治安も何もないのだろうが、これは思わぬ輝きだと思った。魔族が滅ぼされずに生き延びていることも、むしろダニヤンが統治に興味を持たなかったが故の恩恵にさえ思えていた。
俺が深い考察をしている内に、アレクスが顎先に手を当て、悩まし気な声を発し始める。
「うーん、けどちょっと困った事態やな。話を聞いてるとダニヤンの奴、拠点のようなものをまったく持っとらんわけやろ?ふらふらあちこち移動しまくっとるやろうし……」
「そ、そうか!アーティファクトがどこにあるのか全然分かんねえのか!」
「じょーだんじゃないわね。この広い荒野を手掛かりなしに探し回っても、見つけられっこないわよ」
「……なら手掛かりを得るまでやな。シュヴァルツ、なにか知らんか?」
アレクスがシュヴァルツに真摯な眼差しを向ける。
「すみません、七大罪の化身を封じたアーティファクトが何処にあるのか、俺たちは知りません。ですがおそらく五の村に行けば何か手掛かりが得られるかも――」
「五の村?変わった名前の村だな……」
俺の呟きに、シアンとゼンタとジョンヌがそれぞれ応える。
「パティエンティアには全部で十個の村があるのよ。それぞれ一の村から十の村みたいに呼ばれているわ」
「その中でも一番でかいのが五の村なんだ。村っていうかありゃ街だな」
「たいていの村は魔物が来てもすぐに村ごと移動できるように簡易なテントを住居としていますが、五の村は周囲を丘と湖に囲まれた天然の要害の中にあります。守りやすい地形だったので人が定住するようになり、自然と大きくなったのですね」
解説を受けてアレクスとハンナが立ち上がる。
「なるほど、人の多い街なら情報を得られる可能性も高いっちゅうことやな」
「さっそく向かうとしましょ。その五の村ってのはどこにあるの?」
「此処から北西に向かった方角ですね。大きな湖の近くなので空からならきっとすぐに分かりますよ」
「パンタグリュエルで飛んで往こうと思っているから、それはちょうどいいわね」
「俺たちは休んだら、もう少しここいらで魔物退治を続けるつもりです。みなさんどうかご武運を!」
シュヴァルツは立ち上がり、そして敬礼する。最後まで礼儀正しい戦士だった。他の三人もそれに続いた。
「ありがとな!行ってくるぜ!」
「アーティファクトが壊れて結界がなくなれば、他所への移住も他所との交流も可能になる。ずっと暮らしがええモンになっていくはずやで!」
「まー、期待して待ってなさい!」
「じゃーねー!またねー!」
洞穴から出ると、ハンナは再びパンタグリュエルを召喚する。
そして俺たち四人はまたしても空に駆け出していった。




