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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第3章 肥沃なる死地、救恤の平野
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逃走劇

 花々が焼き尽くされ炎も鎮火した頃、俺たちはひとところに集まった。いつの間にかハンナの太極も解けていた。


 シューザは仰向けで地に倒れたままだ。辺りを見回せば次々と領民たちが正気を取り戻す様子が伺えた。”失楽園”の効果が切れたのだ。


「どうやら一件落着みたいだな」

「まあ街は半焼してもうたし、住民同士でのいざこざも起きまくったわけやから、立ち直るには時間がかかりそうやけどな」

「けれど私たちに構っている時間はないわよ?此処のアーティファクトを破壊したら早く次に向かわないとね」


 そうだ、最大の目的はすべてのアーティファクトを壊し、七大罪の化身を勢揃いさせることである。勇者が動き出していない今の内に、急ぎ魔王の力を完全復活させたいものだった。


「それにしてもアーティファクトはいったい何処にあるんだろうな?さっきまで俺たちが居た砦の中にあるとか?あそこが本拠地だったんだろ?」

「いやーどうやろか、シューザはハンナみたいに単純な性格しとらんからな。簡単に見つかる場所に設置しとらんのやないか?」

「ちょっと!誰が単純よ!けど、ノーヒントでこのリベラリタス中を探し回るとなると骨が折れるわね」


 俺たちが話し込んでいると、遠くからか細い声が聞こえて来る。


「街はずれの、青い風車小屋、だ……」


 見れば、シューザが仰向けに倒れた状態のままで、声を絞り出していた。


「シューザ……!?」

「そこにアーティファクトを設置してある……わざわざ偽装用に建てた風車だ……」

「ど、どーしてそれを俺たちに?」

「当たり前だ、勝ったのはてめえらだぜ?勝者が何も希みを果たせないなんてバカなこと、あってたまるかよ……」

「シューザ、お前って奴は……」

「何ぐずぐずしてやがる!俺が動けねーでいる内にさっさとしろ!それとも邪魔されてえのか!?」


 声を荒げるシューザを尻目に、俺たちは駆け出していく。


「恩に着るぜー!シューザ!」


「……ふんっ」


 不満げな声と満足げな顔で、奴は空を仰ぎ続けていた。


 街はずれに風車小屋はいくつかあったのだが、青いものは一つだけだった。他のものは一般的な石造り(ゆえ)の石の色でしかない。その青い風車小屋というのは小川の畔に位置していて、入り口には固く鍵が掛けられ、およそ人の出入りしているような形跡がなかった。


 俺は闇の力で扉を損壊させて、中へと押し入る。

 情報通り、たしかに中では巨大なアーティファクトが煌々と紫色の光を放って輝いていた。


「よーし!いくぜぇ!これで三つ目だぁ!」


 闇の波動をぶつけてアーティファクトを破壊する。

 これでリベラリタスを囲む結界も解かれたはずだ。


 ――七大罪の化身、”強欲(アヴァリティア)”が復活を果たした!



 ◇



「さーて、これからどうすっかな……ちょっとどこかで腰を落ち着けて作戦会議でもしねえか?」


 風車小屋を出て少し歩いたところ、街の外れに俺たちは居る。

 そこでアレクスとハンナの方を向いて何気なく声を掛けたが、二人の様子がおかしいことに気が付く。遠くの方を見つめながら、蒼白とした表情を浮かべていた。


「……?どーしたんだよ、ふたりとも?」


「あ……!あ……!」

「そ、そんな……どうして、ここに……?」


 俺は緊迫感を覚えながら二人の視線を追う。

 そこには見慣れない一人の男の姿があった。黄金の長い髪を靡かせ、背には白銀の大剣を背負い、赤銅のマントをはためかせた、やたらと格好の良い男であった。


 俺はその男を初めて見るが、何故か誰だか分かるような気がしていた。

 やがて二人が答え合わせのように声を紡ぐ。


「「勇者アルバート・エリュシオン……!!」」


 二人の声を聞きながら、俺もごくりと唾を飲み込んだ。

 そうか、コイツが勇者……!俺たちが越えねばならない最大の障壁……


「ハンナとアレクスか、久しいな」


 アルバートはとくに感慨もなさそうにぽつりと言った。俺たちは黙って立ち尽くしている。有無を言わさぬような威圧感があった。


「アーティファクトの中央制御装置から故障信号が出ていた。故障箇所が始めにテンペランティア、次にキャスティタスだったからな、道順的に次はリベラリタスに来ると思っていたぞ」

「中央制御装置?そ、そんなモンが……」

「まあお前たち二人は知らないか。知っているのは俺と製作者のハインリヒぐらいだからな」

「ちぃ!よく考えたらリベラリタスは希望(エルピス)霊山と隣り合っているわけだし、アルバートと遭遇する可能性も考慮しておくべきだったわね……!」


 現在居るリベラリタスは世界の東方向、勇者の直轄地である希望(エルピス)霊山は世界の北東方向に位置する。たしかに隣り合っている。


「どうやらお前たち二人は操られているわけではないようだな。まあお前たちは元々俗物の権化のような存在だったが」


 そう言って、今度はジロリと俺とクモラの方を見た。


「何故アーティファクトが次々破壊されるような事態が起こっているのか、今ようやく分かった。このおぞましい魔力……忘れるはずがない」

「……」

「魔王モラクレスめ……そうか、きっと魂だけは消えずに残り続けていたのだな……!そしてよもや人間の少女に憑りついて、今日まで生き永らえていたというのか……!」


 そこでアルバートは、頭を抱えるようにして頭上に両手をやると、あらん限りの大絶叫を始めた。


「うおおおおおおおおおおおっ!なんということだぁ!」


 ええっ!?落ち着いて話していたと思ったら、急に叫び始めた!やだ、怖い……


「なんという、なんという失態だ!まさか魔王が完全に滅んでいなかったとは!俺はそんなことにも気付かず魔王が滅んだと思い込んだまま、十年もの時をのうのうと過ごしていたというのか!許せん!魔王よりも、何よりも、まず不甲斐のない自分が許せん……!」


 アレクスとハンナは、瞳の色を焦りから呆れに変じ、

「うわぁ、なんか久々に見るな、これ……」

「アイツ、普段冷静沈着なくせに、たまにちょくちょく激情に(ほだ)されるわよね……」


 たまになのか、ちょくちょくなのか、どっちなんだ?

 やがてアルバートはギロリと、またしても俺たちの方に視線を送る。


「……だがこうなってしまったものは仕方がない、己の失態は己の手で(すす)ぐことにしよう。魔王め、覚悟しろ!今度こそ俺の手で、貴様を完全に亡き者にしてくれよう!」


 鈍い金属音をたてながら、背中の大剣を抜いた。


「聖剣ユースティティア……!」

「あかん!アルバートの奴、本気や!」


 アレクスは切迫した表情で、俺とクモラに向かって叫ぶ。


「逃げるで!ステッド、クモラ!今アルバートと戦ったところで絶対に勝たれへん!ここで負けたら今までの苦労が水の泡や!」

「今までの苦労だと?お前たちは何を目論んでいる?魔王の力を取り戻し、またしても世界を脅かそうというのか?」

「ち、違う!よく聞けアルバート!俺たちはお前のせいでおかしくなっちまってる世界を立ち直らせる為に旅しているんだ!」

「ステッド!構うな!走るんや、脇目もふらずに脱兎のごとくに!」


 俺たち四人は必死の形相で逃散を始める。走り去りながらアレクスはハンナの方を見て、

「ハンナ、ささっとパンタグリュエルを召喚して飛んで逃げられんか!?」

「無理に決まってるでしょ!走りながら召喚なんてできないし、立ち止まればあっという間にアルバートに追いつかれるわ!」


 いや、立ち止まらなくても追いつかれそうだった。

 勇者は聖剣を構えながら、凄まじい速度で俺たちに追走していた。


「魔王め!逃がすものか!」


 くそっ!なんつー身体能力だ!今に追いつかれる!

 アレクスの言う通り、勇者はこの十年間片時も修行を怠ってはいなかったのだろう。いよいよ年貢の納め時か……走りながら、胸中に諦観が席巻し始めたその時だった。


 ぶわっと、まるで突風のように何者かが乱入してきた。

 勇者の聖剣を弾き返す。高い金属音が鳴り響く。


 逆立った萌葱色の髪、黒いマスク、カーキのマフラー、クールでニヒルな横顔……


「シューザ!」


「早く行け!てめえら!」


 いつの間にかシューザがやって来ていた。

 負傷した体のままで、追って来る勇者の前に立ちはだかっていた。


「ど、どうしてそこまで……?」


「てめえは俺の理想(ゆめ)を潰しやがった!なら代わりにてめえが自分の理想(ゆめ)を叶えやがれ!それがてめえに課せられた責務だ!途中で負けることは俺が許さねえからな!」


 手にした短剣で勇者の剣撃を受け止めながら叫ぶ。


「シュ、シューザ……」

「ステッド!早くずらかるで!すたこらさっさやー!」


 先を往く三人を追って走りながら、俺はアルバートの方に向かって叫んだ。


「アルバート!俺はその内必ずお前の元に行く!どうせならそこで決着を付けようぜ!城で待っててくれよな!必ず行ってやるからよー!」


 言っている内に、いよいよ俺たちはアルバートの姿を視認できないくらいにまで距離を空けられた。リベラリタスの街はずれに残されたのはシューザとアルバートの二人だけとなった。


「……意外だなシューザ、お前がアイツらを庇うとはな」

「ふん、まあそう言ってやるな。あのステッドって男は存外おもしれえ野郎だぜ?簡単に終わっちゃつまらねえと思ってよ」

「酔狂なことだ。この俺を敵に回してタダで済むとは思っていないだろうな?」


 聖剣を構えるアルバートの周囲に、強烈な程にまばゆい光の波動が取り巻く。


(くそ……!アルバートの奴、本気だな……!)

「闇を滅ぼし恒久の平和をもたらすことこそ勇者の使命。十年ぶりに思い出させてやるとしよう。この聖剣ユースティティアと、神より与えられし最強の魔法――神聖魔法の力をな」


 神聖魔法。

 光魔法の派生であり、攻守ともに優れた最強格の魔法。


 シューザは”韋駄天”を発動させながら、短剣を構える。


(ったく、ただでさえさっきの戦いでボロボロだってのに、まさか勇者と戦う羽目になるとはなぁ……間違いなく無事じゃすまねえな。生きて退散できれば、それだけでも大健闘だろうぜ)


 逆境にありながらも、不敵な瞳で見る。


(だがあの二人をここで死なせたくはねえ……しゃあねえ、いっちょ気張ってやっかよ……!)


 そして吹きしく猛風のごとくに駆け出した。




 俺たち四人は、アルバートからある程度遠ざかると、ハンナの召喚したパンタグリュエルに乗って一気に空を飛んでリベラリタスからの脱出を図っていた。無論、希望(エルピス)霊山でなく元来たキャスティタスの方角に向かっている。


「ふう……これで一安心かしら?」

「いや、まだ分からんで。アイツならここまで距離を空けても、フツーに追いつきかねんからな……」


 その時、遠くリベラリタスの街の方から凄まじい光が見えた。遅れて轟くような音が響いて来る。文字通り、青天の霹靂だった。


「な、なんだぁ!」

「すごーい!」

「アルバートの奴!神聖魔法を使いおったな!」

「逆に言えば、それだけシューザが善戦しているということね」


 (くう)を切る忙しない風の中で、俺は呆けたように光の(ほとばし)りを見つめていた。


(ありがとよ、シューザ……お前の頑張りを無駄にはしねえ。絶対に世界を立て直してみせるからな!)



 ~ステッドたちが青天の霹靂を見る少し前~


 シューザはアルバートとひとしきり攻防を続けた後、飛び退いて距離を取った。既に何発も攻撃をもらっていて、満身創痍であった。


(ちっ、もうもたねえな……こうなりゃ……)


 光る種を生み出して周囲にばら撒く。

 ”無限花序”が展開され、色とりどりの植物が一斉に繁茂した。


「ほう、この魔法も久しぶりに見るな。いいだろう、一網打尽にしてやろうか」


 剣を握っていない左手の方を高く掲げ上げる。暴力的なまでの音を伴いながら、激しい煌めきが手の上に収束する。そして解き放たれた。


 神聖魔法:”雷霆(らいてい)”――!


 地上で、突如として稲妻が生まれ縦横無尽に走り回っていた。暴力的な姿となった光が目を覆うほどの眩さと耳をつんざく程の轟音を伴いながら、周囲一帯を大衝撃を以て揺るがした。


 最強クラスの攻撃魔法であった。

 巨大花の花畑はあっという間に消し炭と化した。シューザの姿もどこにもなかった。一緒に巻き添えにでもなったのだろうか?しかしそんな迂闊な男でもない。


「なるほどな、シューザめ……俺にわざと”雷霆”を撃たせたな。どうしても騒がしい光と音を伴うからな、その隙に乗じて逃げおおせたか」


 戦闘が終了したことを認識すると、勇者は聖剣を背に収める。そして遠くを見据える。


「探すか……?いや、アイツは気配を隠すのが上手いからな、手掛かりなしで探し回るのは俺とて骨が折れる。諦めた方が賢明だろう」


 そして今度は魔王が消え去った方角を見る。


「魔王は――ずいぶんと離れてしまったが、あの強烈な魔力を捕捉することは俺ならば容易だ。よって追跡も充分に可能だが……」


 そこで、魔王と共に居た男の興味深い台詞が脳裏に浮かぶ。


『アルバート!俺はその内必ずお前の元に行く!どうせならそこで決着を付けようぜ!城で待っててくれよな!必ず行ってやるからよー!』


「…………」


 勇者は魔王が飛び去った方角に背を向けると、居城のある希望(エルピス)霊山に向かって歩き出し始める。


「気が変わった。いいだろうステッド、俺は城でお前が来るのをいつでも待っているぞ」


 やがて勇者も失せて、後には焼野原だけが残された。

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