VS.盗賊シューザ①
「喰らいやがれ!」
俺は右腕を突き出して素早く闇の波動を放つ。威力よりも速度重視だった。
しかし波動が放たれる頃、眼前のシューザの姿は音もなく消えていた。
「……なっ!?」
「後ろだ、間抜けが」
背後から声とともに強烈な蹴りをお見舞いされる。咄嗟に飛びのいて躱そうとするが、敢え無く吹き飛ばされてしまう。
「く、くそっ……!」
さっと立ち上がり、すぐに反撃態勢に移ろうとする。しかしシューザはまたしても瞬時に遠ざかり、今度は民家の屋根上に立っていた。
「い、いつの間に……」
「ふん、言っとくが、俺の速度を上昇させる風魔法:”韋駄天”に付いて来れる奴なんてそういねーぞ?」
言いながら、再びシューザの姿が視界から消え、ほとんど同時に脚撃を喰らって吹き飛ぶ。呻き声を出しながらも俺は立ち上がる。
(ダ、ダメだ、まるで速さに付いていけねえ!目で追うことすらできねえ。こうなりゃ、やっぱ太極しかねえ……!)
不安げに駆け寄って来たクモラの方を向いて叫ぶ。
「クモラ!太極だ!」
「うん!いくよー!」
三回目だ、もはや慣れたように、俺たちの体が白い光と黒い光に包まれる。陰と陽が結びつき爆発的な力が溢れ出るとともに、俺たちの姿ががっしりとした尾と手脚を生やした漆黒の影に変わる。
この変化には、さしものシューザも目を丸くして驚いた。
「なっ……!?なんだそりゃ、てめえら!?」
「いくぜっ!シューザ!」
矢のように鋭く駆け出して、シューザに拳をお見舞いしようとする。初撃こそ回避されてしまったが、かなり相手の動きを目で追えるようになっていた。身体能力のみならず動体視力も向上しているようだった。間髪入れずにシューザに追い縋ると、俺は連続で拳を打ち込んでいく。
「ちぃ!風魔法:”浮雲”!」
途端に、シューザの体がぬるぬると揺らめくように動き、拳の連撃すべてが奴の体に命中することなく虚しく空を切った。
「あかん!回避率を上げる魔法や!」
アレクスの焦りの声が聞こえる。
近距離攻撃が当たらないなら、範囲の広い遠距離攻撃しかないと思い、俺は自ら距離をとった。そしてアレクスの蛇型殺戮機を破壊してみせた時のような、特大の闇の魔力を練り上げる。太極状態なら素のままで放つよりもずっと波動の威力も規模も向上させられる。そうして避けようがない攻撃に相手を晒すつもりだったが、その為に多少の時間を掛けたのが仇となった。
気付けば、とっくにシューザは先ほどまでの位置から消えていて、俺の眼前に迫って来ていた。
「なっ!?」
「流れる風の如くに魔力よ!俺の元へ来い!」
ガツンと殴り倒される。
跳ね起きながら、急に自分の体が脱力していることに驚いた。
「うぅ、こりゃいったい?」
「ほーう、たいした魔力じゃねーか」
見ればシューザの右手には黒紫色の波動がバチバチと揺らめいている。俺は自分が放とうとしていた魔力をまるっと奪われたのだと気づく。
「シューザお得意の魔力を奪う風魔法、”瘴窃神髄”ね……!」
ハンナも焦燥の顔で冷や汗を浮かべている。
「闇属性の魔力か……それもなかなかの魔力量だ。おら、返してやるぜ」
右手を俺に向かって差し向ける。
本来俺が放つはずだった強烈な闇の波動がシューザから放たれ、たまらず吹き飛んだ。
波動自体はたいしたダメージにはならなかったが、吹き飛んだことによる物理的なダメージがひどく、俺とクモラの合体はこの時解けてしまった。
苦悶の顔で見上げれば、シューザが悠々とした足取りでこちらへ向かって来ている。
「吹っ飛ばされた時の衝撃によるダメージは負ったが、やはり闇属性自体には耐性があるようだな。ステッド、その見た目といい、てめえは魔族の血を引いているのか?」
「はぁはぁ……そうだよ、俺は魔族と人間の混血だ……」
「そうかい、純粋な魔族ではない割にはたいした魔力だった。だがこれで終いだな」
シューザが腰の短剣を抜こうとする、その刹那、アレクスが声を上げた。
「グーラ出てこい!ワイらも加勢するで!太極や!」
アレクスの声を受けて、彼の背後にどこかオドオドしたバカでかい亀のような怪獣が現れる。またもやシューザは目を見開いて驚いた。
「なっ!七大罪の化身だと……!?」
相手が驚いている内に、アレクスとグーラは合体を完了させる。ハンナ戦で見せた時と同じような、紅い鱗のカメレオンの姿へと変わった。
「またしても合体しやがった……どうなってやがる?」
何度目の驚きか、相手が様子を窺っている隙にアレクスは姿を透明化させた。そのまま居場所を変え、シューザを捕らえて魔力を奪う算段であったが、短剣を投擲されてたやすく目論見を潰されてしまう。
【ひぎぃ!】
「ふん、気配でバレバレだ」
アレクスは苦しみ呻きながら姿を現し、合体を解除してしまう。
シューザは首回りをコキコキとほぐしながら、何事か考えている風であった。
「…………今の七大罪の化身を見て、ようやく得心がいったぜ」
そして、いまだ倒れ伏す俺の方を見る。
「ステッド、さっきてめえから奪った魔力にはどうにも覚えがあった。初めはなんだかよく分からなかったが、今ので正体に気付けた。なるほど、たしかに神経を研ぎ澄まして見ればあの時感じたモンとそっくりだ……てめえ、魔王の力を持ってやがるな?」
俺とクモラを見据えながら分析を続ける。
「いや、この感じは、おそらく魔王の力を持ってやがるのはそっちのガキの方だな?道理でガキをわざわざ連れ回しているわけだ。どういう経緯か知らねーが、そこのガキは魔王の力を持っちゃいるが幼いから自分じゃ戦えない。だからステッド、てめえが代わりに戦う役割を担っているわけだ」
「……ああ、すげえなアンタ、その通りさ」
看破された以上、しらばっくれる利点もなかった。
「なるほどなあ、俺には段々とてめえらの事情が読めてきた。おそらく魔王は十年前の決戦で、完全に滅んじゃいなかったんだろう。ククク、ダニヤンやハインリヒが聞いたら喜びそうな情報だな。逆にアルバートやラヴィアンが知れば己の失態に怒り狂いそうだがな」
「……」
「だが俺たちは確実に魔王の肉体が死ぬのを見届けたはずだった。だからおそらく魔王は魂だけでも活動ができたと考えるべきだろう。しかし魂だけじゃ存在がいずれ消えちまうから憑りつく肉体を早急に探し出す必要に迫られた……それで苦肉の策でそこのガキに憑りついたって感じか?」
「……なにもかもその通りだよ」
乾いた笑いを浮かべながら俺は立ち上がる。
長年の盗賊生活で培ってきたのか、やはり勘の冴え渡る男だ。
「そうか、強力な闇の魔力を持つことや何故だかガキを連れ回していること、そして七大罪の化身まで同行している理由がようやく分かったぜ。しかし合体の現象までは理解不能だ、ありゃ何の力だ?」
「太極やで、シューザ」
アレクスが口を挟んだ。
「太極?」
「覚えとらんか?魔王を倒してしばらく経った辺りでハインリヒが発表した論文を。光と闇……相反する二つの属性が結びつくことで爆発的なエネルギーが生まれるっちゅう現象や」
「論文……そういやそんなのもあったな。つまり人間と魔族、相反する存在が共に在ることで更なる力が生まれると……?」
「そういうことやな」
シューザはしばらく、クククククと、俯きながら静かに笑っていた。
その隙に俺たちは態勢を立て直す。やがてシューザが再び顔を上げた。
「ククク、おもしれえじゃねえか……!つまりお前たちは暗にこう言いたいわけだ?人間と魔族、どちらがどちらを滅ぼしてもよくない、共に手を取り合っていくのが在るべき姿だと……!アルバートの方針は真逆だからなあ、だからてめえらは世直しの旅なんてモンをしていたんだな……!」
「…………そうさ」
人間と魔族の在るべき姿……正直、そんな大それたことまで考えてはいなかった。
ただ勇者とその仲間たちのせいで混乱の渦中にある世界を、魔王の力でどうにかしたかっただけだ。ただ俺は人間と魔族の混血だし、どちらにも滅んでほしくない。それに世界は陰と陽、相反する二つが結びついて成り立っているのなら尚更手を取り合うべきなんじゃないかと、今ではごく自然にそう思えていた。
「魔王の力を自分の欲望の為に使うでもなく、世直しか……おもしれえ試みだ。だがアルバートは魔族や魔物というものを心の底から憎んでいる。アイツが魔の存在を認めるはずがねえ。てめえの理想を実現するなら必ずアイツと衝突することになるだろう」
「……覚悟の上だ」
「威勢のいい瞳だ。だが俺に勝てないようじゃ、勇者に勝つなんて夢のまた夢だぜ?ステッド、てめえの覚悟がホンモノだって言うんなら、それを俺に示してみせろ!」
そう言って、シューザは跳び上がって民家の屋根に乗る。
戦闘の再開の気配を感じて俺たちは身構える。
「お前たちが油断ならない力を持っていることはよぉく分かった。なら俺も迂闊に近づくことは止めだ、戦法を変えさせてもらう」
シューザが右手を掲げる。奴の手に光る種のような粒が幾つも出現する。アレクスが焦燥に顔を歪めた。
「あ、あの魔法は!」
「さあて、第二ラウンドの開始だ!」




