盗賊シューザとの対峙
街の様子を窺うべく、俺たちは牢を抜けて街へと飛び出す。心なしか風が強かった。
人々が傷ついているような様子はなかったので一見すると街は平和に見え、俺たちはまだシューザが何も起こしていないように思いかけた。
しかし、それはとんだ見当外れだった。
重なり合って倒れている男女を街角に見つけ、ハンナが近づいていく。
「ちょっと!大丈夫?アンタたち…………」
そこでハンナが固まった。
俺たちも視線を追って、そして驚愕した。
「なあああああああっ……!?」
「なんやとおおおおっ……!?」
「あれなにしてるのー?」
なんということか!男女は重なり合って倒れていたのではなかった!
二人とも下半身を露出していて、男は女に覆いかぶさって規則的なピストン運動をしていて、女は恍惚とした嬌声を上げていて……
つ、つまりそういうことだ!
白昼堂々とおっぱじめてやがる……!
「お、おばかーー!真昼間から外で何してんのよ!アンタらーー!」
ハンナが赤面し、錫杖で男を殴り付けた。しかし取り合わない。男も女も無我夢中でひたすら営みを続けていた。
「ど、どーなってやがんだ!?」
「ステッド、どうやらおかしいのはあそこの二人だけじゃないようやで!」
アレクスの言う通り街を見渡してみると、確かにどいつもこいつも奇行に走っているようだった。
生肉や野菜を調理もせずにそのまま齧っている姿やひたすら走り回る姿が散見された。執拗に殴り合って争っている姿も目立つ。それも我を忘れたかのような執念深さで、およそ理性というものを感じさせなかった。まるで動物の縄張り争いや異性を巡っての闘争を見ているような、いやそれ以上の狂気に溢れていた。
街のいたるところがそんな有様だった。
理性を保っているのは俺たち以外には誰もいなかった。
「どういうことよ!?みんな動物みたいになって――」
「いや、おそらく動物どころやないで」
アレクスが深刻そうな面持ちで言っている。
「人間以外の哺乳類でも多少の知性はあるもんやが、今のコイツらにはまるで知性が感じられん。なんというか虫を見ているような気分なんや」
「虫?」
「虫ってのは基本的に食うことと殖えることと身を守ることの、せいぜい三通りぐらいしか考えよらん。ほとんど本能で行動しとるんやな。なんというか、今の領民たちはそれに近い状況に見える」
「まさか、シューザの奴がこの事態を引き起こして――?」
「アイツは風魔法で他人の魔力を奪うことができる!もしかしたら、アーティファクトで魔法を強化して――」
そこで唐突に、「ハーハハハハハハハ……!」という笑い声を空に聞いた。
見上げれば民家の屋根の上で、盗賊シューザが街を見下ろしていた。
「シューザ!」
「ようお前ら、思ったより早かったな。だが既に手遅れだぜ?」
こちらに視線を落としながら言う。
そしてザアッと屋根から飛び降り、俺たちの前に立ちはだかった。
「街がこんな風になってるのはお前の仕業か!?」
「ああそうさ。俺はな、気づいちまったんだ。人間ってのは変にかしこいから要らねえことばかり考えやがる。”知性”ですら、人間たちには過ぎた贅沢品だと気づかされたわけだ……」
「だ、だから奪ったっていうのかよ!?」
「俺はアーティファクトで、魔力を奪う風魔法を強化してきた。本来は魔力を奪うことで対象の腕力を低下させたり速度を低下させたり、その程度のモンだが、ついには知性すらも奪うことに成功したのさ!名付けて風の究極魔法:”失楽園”……!」
シューザは達成感に浸るように辺りを見渡していた。
しかし心の底から現状を喜んでいるような様子には見えない。
「ククク……壮観だな。いや言葉を間違えたな、無様とでも言うべきだな。所詮人間という愚かしい生き物は、ここまでしないと平等な存在にはなれないのだと証明しちまったようなモンだからな」
「これのどこが平等だって言うんだよ!」
街中では殺し合いやレイプが無秩序に発生していた。傷つき倒れる者の数は刻一刻と増えていくばかりだった。
「まあ力で争い合っているワケだし、パッと見平等には見えねえだろう。だがコイツらは肉体という大自然に備わった本能だけで動いている。あるがままなのさ!一見、見苦しいが、そこには卑怯な手を使ってでも自分だけは利益を貪ろうとする醜悪な利己心はないし、いぎたない支配欲もどうしようもない承認欲求もない!ただあるがままに生を謳歌しているだけなんだよ!」
シューザは叫んでいる。
狂喜のあまりというより、やはりどこか自分に言い聞かせている風だった。
「シューザ、そんなにダメか?格差ってやつが!誰しも今より良い明日を目指して努力しているワケだし、そしたら必然的に格差にはなるだろう!?」
「ステッド、お前の言いたいことはよぉーく分かるぜ……正直俺も、これが絶対的に正しい姿だなんて思っちゃいねえ。だが俺はスラム街で生まれ育ち、不平等というものを憎みながら生きてきた。天然に生じた差じゃねえ、政治家や金持ちに宗教家……仕組まれた格差が世界には蔓延っていた!」
言いながら、シューザは両腰の短剣に手を掛け始めた。
戦闘開始の気配を感じ、俺もクモラも身構える。
「此処は俺の領地だ、あくまでも俺の理想通りにいかせてもらう。気に入らねえってんなら力ずくで止めてみやがれ!世直しの為に旅をしてきたんだろ?お前の覚悟を俺に見せてみろ、ステッドぉ!」
「上等だ!シューザぁ!」
ここまでマグレで来たわけじゃない。そのせいか不思議と恐怖はなかった。
風は立ちどころに吹き荒び始めた。




