シューザ領の現状
明くる日、俺たちはついにリベラリタスの中心街に到達する。のどかな田園風景を通り抜けた先に、突如人で賑わう都会に出くわした格好だった。石煉瓦の街並みに住宅が広がっていた。
「ここが中心街かー。キャスティタスもそうだったけど人でいっぱいだな」
「おうちがたくさんあるー!」
俺とクモラは田舎村から出てきたばかりのお上りさんのように、キョロキョロと辺りを見渡している。クモラはともかく、俺は匿ってくれていた神父さんが殺されるまではディリゲンティアの中心街で暮らしていたわけだからこうした人の多い都市を見たことがないわけではなかったが、それでもキャスティタスを出発してから海浜に平原と人気の無い道を歩き通してきたんだ、辿り着いた感動もひとしおだった。
しかしアレクスとハンナは、俺たち二人とは違った眼差しを街並みに送っていた。
「?いったいどーしたんだよ、二人とも」
「なーんか街に違和感があってね」
「せやなあ、ワイの商人の勘がこらおかしいと告げとるわ」
本当か?二人はそう言うが、俺にはすぐに違和感を感じられなかった。
女しかいなかったキャスティタスの中心街のように、一目で分かる異常というのが見受けられない。住宅地が広がっていて人々が行き交い、街の様子は一見すると平和そのものに見えていた。
しかし二人が違和感を感じている以上、やはり何かおかしなことは起こっているのだろう。俺たちは更に街の中を進んでいく。
突然、曲がり角でドンッと誰かにぶつかられた。
見れば初老ぐらいの眼鏡を掛けた男が、ぶつかった拍子に転げていた。
「す、すまねえ!大丈夫かアンタ?」
「いえ、こちらこそ申し訳ない。急いでいてね、不注意でした」
俺が貸した手を握って、男は立ち上がる。そして鞄を拾い上げた。
「私は医師なんだが急病人を見に行かなくてはいけなくてね。しかし前方不注意で、もし怪我人を出していたら医師失格でしたね」
「いや、そんな気にしないでくれよ、俺は大丈夫だからさ。急病人がいるんだろ?しっかり周りに注意しながら急いで向かってあげてくれよな!」
「ああ、ありがとう!すまなかった!」
そう言って鞄を抱えながら、男は足早に立ち去った。
今のような一幕があったので、俺にはなおさらこの街が平和なものに見えてしまっていた。
それからしばらく歩を進めていると、やがて大勢の人々が行列を成している場所へと行き着いた。列の先頭を見れば、なにやら食材の入った袋を受け取っているらしかった。
「あの列はいったい?」
「あれはきっと食糧の配給所ね」
「ははーん、なるほどな。分かってきたで、このリベラリタスで起きている異常事態が……!」
二人は何かしら得心がいったような顔をしている。
俺とクモラにはまださっぱりだった。
「い、いったい何が分かったってんだよ?アレクス」
「ステッド、街を見渡していて何かに気付かんか?これだけ人が多い街なのにも関わらず、あるものがまるで見当たらん。商人であるワイにはそれがすぐに違和感として感じられたんや」
人が多い街にはあるはずのもの?商人としておかしいと思えるもの?
ヒントを頼りに、俺とクモラは再度街を見回していた。そしてようやく、俺も違和感に気付いた。
「……?そうだ、おかしい、おかしいぜ!これだけ人が多いってのに、店が一軒もねえ!」
そうなのだ、飯を売る店も服を売る店も薬を売る店も、およそ商店の類を目撃することができなかった。その代わりに食糧や日用品の配給所が幾つかあるようで、それぞれが長い列を成していた。
「店はないのに配給所はある、戦争や災害が起きているようにも見えないのにね。これはおかしいわ」
「ああ、ワイにはシューザの奴が、このリベラリタスでどんな統治をしとるのかが見えてきた。まあアイツの性格を考えると納得やが」
「い、いってー何が起こって?」
「結論から言うで。シューザはおそらく人々の営利活動を禁止しとるんや。要するに商人という存在を一切合切排除しとるんやな」
「営利活動を禁止?つまり儲けることができないってことか?」
「そういうことになるやろなあ。おそらくシューザは私有財産そのものを否定しとる。きっと貨幣すら流通しとらん。まあアイツならやりかねんことや、アイツは格差や不平等というものを過度に嫌っとったからな」
「そうね、アイツが義賊としてあくどい金持ちばかり襲って金品を貧民街にバラ撒いてたのも、”富の再分配”だとか言ってたからね。アイツは統治者になったのをいいことに、制度の面からこれを実現しようとしているのよ」
二人の話を聞いていて、俺にも状況が読めてきた。
盗賊シューザは格差を嫌うあまり、きっと誰も勝ち組になれない社会を創り出してしまったのだろう。いや、それどころか負け組にもなれやしない。みんな同様、一様なのだ。誰も財産など持てず、すべての人間が生活の糧を配給に頼っている。配給所を見れば老若男女が一様に列に並び、皆同じような物資を受け取っていた。
このリベラリタスを改めてよく見ると金持ちの屋敷もなければ、貧民が寄り添い暮らすスラム街も見当たらなかった。建物も人間も何から何まで、見ていて頭に浮かぶ言葉は”一様”の二文字であった。どこにも、格差なんてものは存在していない。いや存在してはいけないのだろう。
少し人気の無い場所まで来れば、人々の本音に根差した会話が聞こえて来る。
――配給の食糧……もう少し増やしてもらえねえかな?子供がグーグーお腹を鳴らしているよ
――今年は悪天候が多くて、作物の収量も減ってるからなあ
――だからと言って見かねて他人に配給物資を分けたりなんてしちゃいけないぜ?管理統制局の人間に見つかればどんな目に遭わせられるか
――私の友人は隠れて、政府の指示外の作物をこっそり育てていたみたいで、先日管理統制局に連れていかれたわ。無事でいるといいのだけど
「どうやら管理統制局って組織が、実質的な支配を担っているみたいやな。おそらくソイツらによって配給物資から労働内容まで、領民の暮らしのすべてがコントロールされとるんやろう。人々はただただ指示通りにするしかないわけや」
「あれ?でもおかしくねーか?シューザって奴は格差や不平等を嫌っているんだろう?話を聞いていると、その管理統制局って組織の人間はどうにも一般の住民とは違う特権階級みたいに思えるんだが……」
「ええところに気が付いたなステッド、あんさんの言う通りやろう。ワイが生類愛護会なんてモンを作っとったように、結局むちゃくちゃな統治を全体的に実施かつ維持し続けるには強固な権力体制が必要になってくるんや。平等が聞いて呆れるで。既に理念が根本から瓦解しつつある社会や」
話をしながら歩いていると、街外れでなにやら騒がしい場面に遭遇する。
格式ばったコートを着た偉ぶった連中が、一人の初老の男を取り囲んでいた。
その初老の男というのが、さきほど俺がぶつかってしまった医師の男性だと気付く。
「さあ、きびきび歩け!シューザ様の定めた掟に背くとは罪深い奴!ただで済むとは思うなよ!」
「うう……」
医師は偉そうな連中に引っ張られるようにして、連行されていく。
俺はたまらず声を上げてしまった。
「ま、待ってくれよ、アンタら!その人はお医者さんだぜ!いったい何をしたって言うんだよ!」
「何だぁ?貴様らは?」
「その人は急病人を診ようとしていただけだぜ!」
「それがダメだというのだ!記録を見たが、この男は今月の許可された労働時間を既に超過している!それを無視して他人よりも多く働くことは営利活動に繋がりかねない!それはシューザ様がもっとも嫌っておられる不平等な社会の嚆矢となりかねないのだ!たしかに、近頃流行り病が蔓延しているようだが、だからといって平等な社会を希求するシューザ様の掟が破られることなどあってはならぬ!」
ずいぶんと不遜な口ぶりから、平等とやらが語られている始末だった。
俺は眉根を顰めながらも、開いた口を塞げられない。
「で、でもよぉ……!」
「ええい、うっとうしい奴らめ!お前たち、この者どもをひっ捕らえろ!」
男が指図すると、他の連中は俺やクモラ、アレクスにハンナまで拘束して連れて行こうとする。
「く、くそお!放せえ!」
「体制に反逆する不届き者どもめ!お前たちのような連中が居るから、シューザ様はいつまでも社会の有り様に満足がいかずお悩みなさっているのだ!さあ覚悟しておけ、我らの手でその堕落した魂をしっかり矯正してやるからな……!」
俺もクモラも暴れるが拘束が厳しい。
こ、こうなりゃ魔王の力でムリヤリ窮地を脱するしかないか?
ふとアレクスの方を見ると、意思を込めた眼差しを向けてくる。
なにやらアイコンタクトで伝えようとしているらしい。俺にはなんとなく、アレクスの言わんとしていることが伝わって来た。
(チャンスやでステッド、このままおとなしく捕まっとこうや。コイツらはシューザの息のかかった連中やさかい、上手くいけばすんなりシューザの元まで到達できるかもしれへんで……!)
(そ、それもそうだな……)
ここでもアレクスの、ピンチをチャンスにしようとするマインドが活きていた。
こうして俺たち四人は、まんまと管理統制局の連中にしょっ引かれて行くことになってしまったのだ。




