色欲の化身、ルッスリア
飯を食い終わった後、俺たちは早くもその日の内に次なる目的地へと向かい始めた。理由?あの神官との付き合いはこれっきりにしたかったからだよ。
夜になって、海辺で焚き火を囲いながら話をしている。
「キャスティタスは片付いたから、次に行くとなると此処から北のリベラリタスかな?」
「せやな、盗賊シューザが治めとる土地や。まあ順番としては妥当なんやないか?」
リベラリタス(現シューザ領)は世界の中心から見て、東に広がる肥沃な平原地帯だ。現在居るキャスティタスは南東方向なのでちょうど北隣りに位置している。
「妥当ってのは、勇者パーティ三強ではないからってことか?」
三強の内訳は、戦士ダニヤン、武闘家ラヴィアン、魔法使いハインリヒである。
「そういうことやな。だがアイツは少なくともワイやハンナよりは手強いはずや。名うての大盗賊やったからなあ、油断せん方がいいで」
俺たちがそんな話をしていた時だった。
ヒタヒタと、何者かが近づいている足音を聞いた。おまけにシャランという軽い金属の音までしている。非常に聞き覚えがあったので、俺とアレクスは嫌な予感がしていた。
――やがて焚き火と月明りが正体を照らし出す。
そこにはさんざん俺たちを苦しめてくれた神官ハンナの姿があったのだ!
「お、お前は……!」
「ハ、ハンナ……!」
俺たちは目を見開いて驚いている。
クモラもちょっぴり意外な表情をしていた。
「……ようやく見つけたわよアンタたち、よかったわ追いつけて」
濃紺のシスター服に身を纏い錫杖を持って、神官ハンナは追い縋っていた。
「テ、テメー!今更何の用だ!?まさかまだ俺たちの大事なところにひどいことをしよーと?」
「ひいっ!や、やめとくれ!ワイのここは禁猟区なんや!ワイのムスコは保護対象やで!」
「はあ?何言ってんの?もうアンタらがぶら下げてるその汚物に用なんてないわよ」
股間を押さえながら警戒する俺たちを、ハンナは冷たい目で一蹴した。
「へ?じゃ、じゃあなんで俺たちを追って?お礼参りに来たとかじゃねえの?」
「アーティファクトを破壊されて私の支配も終わったんだから、今更アンタらと戦ったって意味なんてないでしょ?私ね、波打ち際で考えてたのよ。私の権威も失墜したし、このままだと私に未来は無いわ。それじゃあ自分はどうするべきかってね」
淡々と話を続けるハンナ。
あれ?なんか非常にデジャビュを感じるんだが……
「だからもういっそアンタの側について、アンタを勝ち馬にしてやろうと思ったのよ!アルバートの政治がクソなのは事実なんだから、アンタがアイツを打ち負かして世界を建て直せばいいんだわ!そうすればアンタはこの世の英雄よ!そして私も”勇者パーティで早々に脱落した敗北者”から、”早くに勇者アルバートを見限って英雄を支えた協力者"に変わる!私の権威を回復するにはこれしかないわ……!」
おいおいおい!
このクソ神官、横のエセ商人とまったく同じこと言ってるぞ!勇者パーティってのはクズしかいねえのか?
しかし当のアレクスはどこ吹く風と、
「はあーー、なんやその私利私欲にまみれた動機は?自分、言ってて恥ずかしくないんか?」
と非常に自分を棚に上げた発言をした。
ハンナは不満げに、
「なによー、どうせアンタだって似たような動機なんでしょ?」
「アホ抜かせ!ワイはステッドに打ちのめされて心を入れ替えたんや!そして残りの命は己の欲の為でなく世界の為に使おうと思い、こうして旅に同道しとるんや!一緒にされたらかなわんわ!」
はい?
こ、このクズ商人、ひょっとして自分が何を言って俺たちの旅に付いて来たかをお忘れ?しかしこのアレクスには非常に助けられているのも事実であり、強く否定できない俺が居る。
ハンナは納得できないといった風の顔をしながらも、
「ふーん、どうだか……まあいいわ、これからは私もアンタたちに付いて行くからよろしくね。ホントはオス二匹と旅なんて死ぬほど嫌なんだけど、権威を回復するには仕方がないわ。私もしっかり戦ってあげるから有難く思いなさい」
と非常に高飛車な言動で話を打ち切った。
十年前の旅にも男はいたはずなので(そもそも勇者が男なのだから)、アレクスの言っていた通り、やはりコイツも名誉の為に嫌々勇者パーティに加わっていた身なのだろう。
アレクスがいらんわ!帰れや!と言っているのを背中で聞きながら、ハンナはクモラの方に近づいていく。
「というわけでアンタもよろしくね。魔王の魂を持った少女……ええと、クモラだったっけ?」
「つーん」
クモラはぶすっとした顔でそっぽを向いた。
こんなところまで、アレクスが追いかけてきた時とそっくりだった。
「……なによ、怒ってるの?」
「ステステに謝って!」
ぴしゃりと言った。
意外なことに、クモラはあの時のことがかなり頭に来ているらしかった。
いいぞクモラ!このクソ神官も、女児相手ならそう強くは出られないだろう。あとアレクスも含めてやってくれ、またしてもワイは?って目で見てるよ。
ハンナは困ったように眉根をひそめたが、クモラが一向に譲らないので、いよいよ観念したように俺たちの方に向き直った。
「あー!もう分かったわよ!私が悪かったわ!ごめんなさい!はい、謝ったからこれでいいでしょ?」
「なんや、そのクソみたいな謝罪は!誠心誠意、真心込めて謝らんかい!おう、全裸で土下座でもせえや!」
「調子に乗んじゃねえ!エセ商人があ!」
「ひぎゃあああ!」
秒で元に戻って、錫杖でアレクスを殴り始める。
いや、別に謝罪の瞬間も丸くなってはいなかったな……コイツがまともになる展開は期待しない方がよさそうだ。
アレクスを殴り終えると、ハンナは手頃な岩に腰掛けて話に加わり始める。
もう仲間になった気でいやがる。俺もアレクスもクモラも、いいとは言ってないぞ?
「でアンタら、次は何処に行くの?テンペランティアからキャスティタスに来ているなら、道順的に次はリベラリタスかしら?」
「あ、ああ、まあそのつもりだけどよ」
「言っとくけど、盗賊シューザはかなり強いわよ。三強がヤバすぎるってだけで、アイツも充分化け物じみてるからね。何か勝算がないと勝てないと思うけど?」
ハンナがそう言っている時、アレクスがふらっと立ち上がって話に加わった。
「せや、これからの戦いのことでワイ、ちょっと話したいことがあってん。ハンナも付いて来るつもりならしっかり聞いてくれや」
急に真面目なトーンを出しながら、どかっと岩に座った。
「――まずワイやステッドが魔族と一体化した謎の現象についてなんやが、アレが何なのかワイには見えてきた」
「えっ!?マ、マジで!?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
俺とクモラしかできないものとばかり思い込んでいたが、何故だかアレクスとグーラにもできていたし、アレが結局どういった現象なのかが俺にはちっとも分かっていなかった。
ところがアレクスは、どうにも分かりかけているといった声音だった。
「この話は魔族側にも共有しといた方がええ。おう、グーラ出てこいや」
アレクスが声を上げると、黒い靄とともにバカでかい怪獣が姿を現す。
そして今度はハンナの方に視線を向ける。
「ハンナ、ルッスリアを呼んでみてくれんか?ワイと事情が同じならおそらくお前の体ん中におる。長年アーティファクトに封じられて弱っとるから、魔力の親和性が高うなっとるお前に憑りついて生命力や魔力を分けてもらっているはずなんや」
「な、なるほどね……道理ですぐ近くで妙な魔力を感じると思ったわ……」
ハンナは自身の体を見つめながら、
「えーと、ル、ルッスリア?聞こえているなら出て来てくれない?」
そう言ってしばらく待っていると、アレクスの時と同様に黒い靄が彼女の体から噴き出してきた。それが人の形を成して、やがて姿を現す。
――そこには浅黒い肌に角と翼を生やしバイオレットの長い髪をした、抜群のプロポーションを誇る美女が居た。際どいボンテージのような衣装に身を包み、妖艶な笑みを浮かべている。
「はうあーー!」
「こ、これはーー!」
俺とアレクスは鼻の下を伸ばしながら叫ぶ。
美女はそんな男二人に微笑みかけながら、
「呼ばれて飛び出てパンパカパーン!玲瓏たる月とともに……色欲の化身ルッスリア、参上いたしました♪」
しっとりとした声音で、楽し気に言っていた。
(な、なんじゃー!?このとんでもなくエロいお姉さんは!?こんなの身近にいたら、少年少女が秒で性に目覚めちまうゾ!)
(あかん……!十年ぶりに見たがなんという破壊力や……!こんなの娼館におったら、有り金はたいてでもお願いしてまうわ……!)
俺もアレクスも興奮のあまり何も言えずにいたので、まず初めに声を掛けたのはグーラだった。
「ひ、久しぶりだな、ルッスリア」
「あら?誰かと思えばグーラじゃない、久しぶりねえ。っていうかアンタちょっと痩せた?」
「うう……オラ、勇者に負けてからどうにも食が細くなっちまってよぉ」
「なによ、暴食の化身が情けないわねぇ」
溜息を吐きながら辺りを見回すルッスリア。
そしてクモラの姿を認めるとパアッと顔をほころばせる。
「あらっ!?まあまあまあ!」
喜色満面で近づいて来た。
「この気配は魔王モラクレス様!なるほど、勇者に肉体を破壊されたので今は違うお姿になっているのですね!」
「クモラだよー」
「ウフフ♪その肉体だとクモラ様というのね?昔の威厳のあるお姿も素敵だったけれど、この愛らしいお姿もとっても魅力的だわ♪」
クモラの抗議にルッスリアは笑みを崩さない。
そして彼女はクモラの前に片膝を突いて、頭を垂れる。
「魔王様、この七大罪の化身が一人ルッスリア……復活したからには全力で魔王様の為に働かせていただきます。なんでもお命じになってください」
ん?今、なんでもって……
ああ、別に俺に対して言ったわけじゃないな、うん。
ルッスリアは魔王への挨拶を終えると、再び立ち上がる。
そして今度は俺の方を見た。妖艶な眼差しにドギマギする。
「そして貴方が魔王様の協力者?ふふふ、とっても素敵な殿方ね♪」
「へ?い、いや、こんなブサイク面に対してそんなお世辞は……」
「嫌ねえ、男にとって重要なのは顔じゃなくイチモツでしょう?」
なんと、ルッスリアの視線は熱く俺の股間に注がれていた。
こ、こら相棒!自己主張を始めるな……!なんだって、お前はそう出しゃばりなんだ……!
「ウフフ♪なかなかご立派ね♪」
「は、はひぃ!」
眼前の美女が放つ壮絶たる色香に、俺はすっかり意識を持っていかれそうになっていた。
「ねえ、素敵な旦那様……それに横の商人さんも……わたくし、長年欲望を発散できていないからとってもムラムラしているの」
煽情的に体をくねらせながら、蠱惑的なポーズを取る。
俺とアレクスはごくりと生唾を飲み込む。
「どうかわたくしめの切ない秘所を……お二人の逞しいモノで満たしてはいただけませんか……?」
「は、はいぃぃぃ!おな……!おな……!おなしゃあああああああああすっ!!」
「ぜっ……!ぜっ……!ぜひにーー!!」
俺とアレクスは鼻息を荒くしながら、だらしのない顔で叫んでいた。体も股間も勢いよく立ち上がっていた。そんな醜態を見て、ハンナは盛大に溜息を漏らす。
「まったく、オスってのはホントに見苦しい生き物ね……やめときなさいよアンタたち、死ぬわよ?」
「へ?し、死ぬ?」
きょとんとして尋ねる俺。
「コイツは色欲の化身なのよ?いわば飽くなき性欲の権化とでも呼ぶべき存在。一度体を許したが最後、きっと泣いても喚いても解放してもらえず、枯れ果てるまで搾り取られ続けるでしょうね」
「「ぬあにいいいいいい!!」」
さっきから、俺とアレクスのリアクションが完全にシンクロしていた。
「まあそれでもいいって言うなら、私は止めないけどね?やれやれ、どうやら私は翌朝ミイラのごとくに干からびた死体を二つ見つけることになりそうだわ……今の内に棺桶用意しとこ」
さっさと諦めムードに移行したハンナを余所に、ルッスリアは胸の谷間を強調しながら俺たちににじり寄る。
「さあさあ♪それではめくるめく性の宴を始めましょうか♪」
「ま、待っとくれ!嬉しいお誘いやが、いかんせんワイ腹の調子が悪くてな……」
「お、俺も……!いやー!残念だなー!アハハハハ……」
「別に大丈夫よ?汚物にまみれながらするのもオツなものだからねえ」
何が大丈夫なの!?
俺は大丈夫じゃないよ!?
「って、ちゃうちゃう!こんなことをする為にルッスリアを呼び出したんやないわ!これからする話はお前たちの魔王にとっても大切なことやで!」
状況を振り出しに戻すべく、アレクスが叫ぶ。
ルッスリアも、魔王という単語が出たからか真面目に話を聞く姿勢を取り始めた。
改めて、グーラとルッスリアを除く四人が焚き火の周りの岩に座り直す。
そしてようやく話の本題が始まった。
「――結論から言うわ。ワイやステッドが魔族と一体化したあの謎現象についてなんやが……もしかしたら”太極”という現象なのかもしれへん」




