ハンナ領の終焉
――こうして神官ハンナとの戦いは幕を閉じた。
彼女が眠っている内にアーティファクトの破壊は済ませ、既に七大罪の化身”色欲”は解放している。それに伴ってキャスティタスの土地を囲う結界もなくなった。ハンナ領は事実上消滅したのだ。
俺たち三人は中心街の、街並みがよく見える高台に場所を移していた。
そこから街の様子を見渡しながら海風に吹かれていた。
「……終わったな」
「やったねー!」
「ああ、これでキャスティタスも元通りの国になるやろう。時間はかかるやろうけどな」
街の様子を見て、どこか満足げになっていた。
そしてこの光景を見せてやりたい相手がいる。
傍らに視線を移す。そこにはいまだ眠りの中にいるハンナが、拘束された状態でベンチに座らされていた。俺たちは彼女が起きるのを待っているのだ。
「神官ハンナ……それにしても強烈な奴だったな」
「まあな……てか、あんさんはホンマにお人好しやなあ。夢見さすだけで済ませるなんてな」
「そ、そうか?」
「当ったり前や!ワイらは玉潰されかけたんやで!?ボコボコにしばき倒してトントンやろがい!あんさんは甘いで!コイツは昔の夢見さすくらいで改心するような奴ちゃうわ!」
アレクスの抗議を聞きながら、改めてハンナの方に視線を移す。
うーん、眠っているだけなら美人なんだけどな……起きたらまともになってたりしないかな?
「ふと思ったんだけどよ、コイツはなんでこんなにも男を敵視していたんだ?男に昔ひどい目に遭わされたりでもしていたのか?」
「いや、そんな事実はないやろうな」
アレクスはこれまたきっぱりと言い切った。
「へ?な、ないの?」
「十年前の旅の道中でそないな話まったく聞いたことがないしな。誰かが聞いたという話も覚えがあらへん。大体考えてみい?コイツの性格で、そんな都合のいいお涙頂戴のエピソードあったらベラベラ話しまくるに決まっとるやんか」
「た、たしかに……」
「まあワイの推測やが、おそらくコイツはこれまでの不平不満や己の至らなさ、そういったすべての解決を男批判で乗り切ってきたんやろう。せやから正しい正しくないの問題やない、その思考自体がアイデンティティーになってもうてるんや。手段が目的になってるんやな。だから話は聞かん、聞くはずがない、聞いても都合のいい解釈だけしてムリヤリ自分の思考に繋げよる。思考の化け物やで、まともな議論ができると思ったら大間違いや」
アレクスが言っているところで、「うう……」という声を聞く。
どうやらハンナが目を覚ましたらしかった。
「お目覚めのようやな。まあ改心はしとらんやろう、全財産賭けてもええで」
いや、財産没収されている身で何を賭けるんだよ。
ハンナは俺たちの存在に気が付くとキッと目を見開いた。
「ア、アンタたち……」
「ハンナ、悪いがアーティファクトは既に破壊してある。これで結界もなくなったはずだし、七大罪の化身も復活したはずだ。お前の支配もこれまでだ」
俺は淡々と事実を突きつける。
ハンナは縄で拘束されていることに気が付くと、怒りで声を上げた。
「クソ、何よこれ……!」
「悪いが大人しくしててもらうぜ?これからアンタに見せてやりたい景色があるんだからよ」
俺とアレクスは、ハンナを立ち上がらせると強引に高台の縁の方へと歩かせる。そこから街の様子をつぶさに伺い知ることができた。
街には男たちが戻って来ていた。
そこかしこで、感激に抱き合う男女の姿が目撃された。
――アナタ!よかった、生きていたのね……ずっと心配していたのよ
――心配かけてすまない……夢のようだよ、こうしてまた君と暮らせるなんて
――坊や、ああ私の坊や!生きていたのね!
――母さん?ホ、ホントに母さんなの?
俺は眼下の街の様子に、満足げな笑みを浮かべている。
一方ハンナといえば、信じがたいものを見るかのように目を見開いていた。
「う、嘘でしょ……こんなことが……」
「たしかに男女は異なる存在だ。だから考えが食い違ったり、対立することもあるだろう。それで互いに傷つけ合うことだってあるかもしれない。けど俺はこう思うんだよ。違うからこそ、お互い分かり合おうとするんだし、いざ分かり合えた時になにか尊いものが生まれるんじゃないかってな……」
俺は柄にも無く、随分と大真面目に語っていた。しかし、
「うっさい!私に指図すんな!」
え?い、一蹴ですか?
俺、今けっこうイイコト言ったよな!?
「こんなの何かの間違いよ……!きっと一時の気の盛り上がりにあてられているだけ……!ほとぼりが冷めればまた男たちが横柄に振る舞い、女性にとって生きづらい地獄のような社会になるんだわ!」
なんてこった、まったく話を聞く素振りがないぞ。
理解しようとする姿勢すら見えない。
気付けば、アレクスがほれ見たことかとでも言いたげな視線をこちらに向けている。
「な?な?だからゆうたやろ?コイツが改心なんてするわけないんや。なにせコイツは話が”分からない”んやなく、”分かりたくない”んやからな。馬の耳に念仏どころやないで、分かろうとする気すらないんやから分かり合えん。握りこぶしと握手はできひんのやぞ」
俺とアレクスが次の言葉を探している内に、ハンナはみるみるヒートアップし始めた。
「このクソオスどもがああああああ!よくも、よくも私の理想郷をぶち壊してくれたなあ!絶対に許さない!この○○○×××!!てめえらなんて△△△~~~!!絶対◇◇◇◆◆◆してやるからなあ!!」
うーん、ひどい。ひどすぎる。
あまりにもひどい口汚さだったので、音声には修正を掛けておきます。
俺はどうしたものかと頭を悩ませていた。するとアレクスが、
「こうなりゃステッド、ちと頭冷やさせるしかないか。物理的にな」
「へ?物理的に?」
「幸いこの街には、すぐ近くにお誂え向きのモンがぎょうさん広がっとる」
「な、なるほど……」
アレクスの言わんとしていることを理解すると、俺たちは二人してハンナを羽交い絞めにしつつ拘束を解いてゆく。
「あ、こら!触んじゃねえ!殺すぞ!」
抗議に聞く耳を持たず拘束を解き終えると、ハンナを二人がかりで担ぎ上げながら、えっちらほっちら高台を降りていく。
「降ろせ!降ろせっての!」
「えっほ♪えっほ♪」
「わっせ♪わっせ♪」
そうしてふもとの、海に面した辺りまで辿りつくと、
「「せーの…………そぉい!!」」
真下の海へと思い切りハンナを投げ落とした。
二人でパチンと手を合わせる。
何だこれ?ちょっと楽しいぞ。
ハンナは海面から顔を覗かせながら、鬼のような形相でこちらを見上げている。
「てめえらああああ!何してくれとんじゃああああ!」
うん、まあ、そこで少し頭を冷やせ。
拘束は解いたし、すぐ上がって来られる位置だから溺れる心配もないだろう。
ハンナがなにやら叫び続けているが、俺たちはガン無視を決め込みながら、
「よーしこれで終いやな。ステッド、ビフテキでも食べて帰ろうで」
「おっ!いいねえ!」
「お肉ー!」
と、和気藹々に立ち去った。
「待たんかあああああああああああ!!」
波間には波浪の如くに、しばらくハンナの叫びが荒れ狂っていた。




