船旅、そして漂着
明くる日、気持ちよく晴れた空の下、俺たちはついに大海原へと漕ぎ出した。
「よーし!いよいよ出航だ!」
「ゴー!」
俺とクモラは初めて乗る船に、どうにもテンションが上がっていた。
風を受けて帆船は進み続ける。辺りでは海鳥が鳴いていた。
「そういや何処で上陸するつもりなんだ?」
「キャスティタスは海岸線の中央近くに大聖堂の有る街があってな、そこの近くで降りようかと思っとる。ハンナの奴はおそらく大聖堂を根城にしとるはずや。アイツは権威主義的なところがあるからなぁ」
甲板の柵に寄りかかって海風の中でアレクスは言う。
やがて出航してすぐに、領地を隔てる結界の壁がみるみる迫ってきた。
「なあ、ふと思ったんだが……俺とクモラには魔王の力が、アレクスにはグーラの力があるから結界は通れると思うけどよ、この船自体は通れんのか?」
「ワイは大丈夫やと思うとる。あんさんらがハインリヒ領から出た時、服や持ち物も一緒に結界を通り抜けられたんやろ?もし自身の肉体しか通れんのなら結界出た時すっぽんぽんになっとるはずやからな。乗船しとる今の状況なら船も一緒に通れてまうやろ」
ホントかよと思ったが、結論から言えば杞憂だった。
俺たちを乗せた船は何の問題もなく結界を通り抜け、ついにキャスティタスへと到達した!
船旅はしばらくは順調そのものだった。
俺たちは周囲の風景を見回したり歌を歌ったりして、海の上という非日常な環境を楽しんでいたのだが、或る時事態は急変することになる。
ちょうど空の曇り始めた頃だった。俄かに周囲の波が荒れ始めたのだ。
船が大きく揺れたので、クモラが転びそうになった。
「わあっ!」
「クモラ!大丈夫か!?」
助け起こしながら、アレクスに問う。
「何が起きてるんだ!?嵐でも来たのか!?」
「ちゃうな……風もそこまで強うないし雨も降っとらん。それに見てみい!船の真下の海中に巨大な影が見えよるで!」
甲板の縁で海を見ているアレクスに近づき、視線を追う。
たしかに真っ黒い影のようなものが船の真下辺りに揺らめいていた。
「な、なんだよコレ!?」
言っている内にドカンと、船がひときわ大きく揺れた。
それに伴って海中から巨大な影がみるみる姿を現す。
それは緑色の、巨大なイカの化け物だった。
「コ、コイツは魔物……!?」
俺は目を丸くして驚いていた。
なにせ魔族も魔物も、勇者アルバートが魔王モラクレスを討った後にほとんど滅ぼされたと聞いている。半分魔族の俺が生き残っているように、完全に絶滅したわけではないのだろう。それでも今の世界に魔族や魔物はほとんど存在しないというのが(少なくともハインリヒ領では)常識だったので、この広い海の中でまさか魔物と遭遇する羽目になるとはつゆとも思っていなかったのだ。
「ま、まずいで!辣腕烏賊や……!」
「おいおい!魔物って勇者とお前らとで滅ぼしたんじゃなかったのかよ!?」
「いやー、海は広いしな……おそらく海までは魔物を掃討し尽くせておらんのやろう。それに魔物の掃討は領地の分断以降に始めたもんやから、ワイや勇者はこのキャスティタスには関わっとらん!」
イカはぎょろぎょろと目玉を動かしてこちらを見つめている。やがて長い触手を船体の舳先に巻き付かせ始めた。
「ア、アカン……!船が沈む……!」
「くそっ!こうなりゃ魔王の力で……!」
俺はなんとか魔物を追い払おうとするが、船の限界が来る方が早かった。
所詮素人が補修した船だ。船体は巨大な触手に巻き付かれてバキリと真っ二つに折れ、簡単に海の藻屑と化した。俺たち三人はそのまま勢いよく海へと投げ出されてしまった。
◇
……しばらくして目が覚めた。
どうやら見知らぬ砂浜に横たわっている。蟹が俺の体の近くを歩き回っていた。
(うう……お、おりゃ生きてんのか……?)
咳き込みながら苦し気に起き上がる。
そして二人の姿が見えないので、俺は辺りを駆けずり回って探した。
(クモラ、アレクス……!どこにいるんだ!?)
幸運なことに二人はすぐに見つけられた。海岸近くでアレクスがクモラを助け起こしているところだった。もしかしたら俺たちは、三人とも同じ海流にでも流されてきたのかもしれない。
「あっ!ステステ!」
クモラが大きく笑いながらこちらを見てくる。アレクスも視線を追った。
「おうステッド!あんさんも無事やったんやな!」
「ああ、なんとかな……しかしよく俺たち三人とも生きていたよな」
「まあ幸運やったのはワイらが海岸からそう遠くない箇所を航行しとったこと、そしてあの魔物にワイらを襲うつもりがなかったことやな。船を見かけたモンでじゃれついてきよった感じなんやろなあ」
三人とも存命で俺は安堵の息を吐く。
そして今度は新たな問題が首をもたげる。
「それで、いってー此処はどこなんだ?」
「分からん。まだ大聖堂の有る街までは遠いと思うが……」
現状を把握すべく、俺たちは立ち上がってとにかく周辺を歩いてみることにした。
「うう、それにしてもなんということや……ワイらの努力の結晶があっという間に海の藻屑になってもうた……」
アレクスが肩を落として歩いている。俺もどこか消沈していた。
補修に費やした期間は三日程度のものだったが、あれだけ頑張ったものが台無しになるのはやはり落胆を禁じ得なかった。
「ま、まあ気を取り直していくとしようぜ。とにかく現在地を把握しないと……」
「ねーステステ!見て―!あっちの方に町が見えるよー!」
ひと足先を行っていたクモラが叫んでいる。いつの間にか小高い丘のようになっている場所まで登っていた。俺とアレクスも小走りで駆け寄った。
クモラの指差す方を見れば、確かに人や建物がいくつも確認できた。しかし町と呼ぶにはどうにも違和感がある。町というよりも工事現場に近い雰囲気だった。
粗末な服を着た労働者が石材や木材を運んでいる姿がやたらと目に付いた。そして管理者のような立場の兵が、動きの悪い者に鞭を打っていた。全体を俯瞰してみると、建物の建築だったり護岸工事だったりと、実に様々な工事が行われているようだった。
「こ、こりゃ、いったい……?」
「うーん、なるほどなぁ……状況が読めてきたで」
唖然とする俺の横で、アレクスは何か得心したように顎先を撫でていた。
「なんか分かったのか?アレクス」
「ステッド、よう見てみい。働かされている者たちと、それを管理しとる兵……何かに気付かんか?」
言われた通り、つぶさに様子を窺ってみる。
そして俺はあることに気付かされた。
――働かされている者はみな男、そしてそれを管理する兵はそのすべてが女性であったのだ。




