世界地図を見ながら
しばらく歩いた俺たち三人は、やがて手頃な岩場を見つけると、そこに腰掛けて色々と話し合いを始めた。まずはアレクスの方から、俺とクモラの素性について聞いてくる。
「さーて、とりあえず話してもらおうか。あんさんらはいったい何モンなんや?ワイの蛇型殺戮機をおしゃかにしよったんや、只者やないのは分かる」
「……」
俺は少し黙っていた。
正直、まだこのアレクスという男を全面的に信用してはいなかった。俺たちの根幹に関わる秘密を話してよいものかと迷ったが、結局話すことに決めた。
先ほどまでのアレクスには図々しさこそあったものの、嘘を吐いている様子はなかった。腹を割って話しているような印象だった。コイツはコイツなりに誠意を見せた上で望みを果たそうとしているのだろう。俺も少しはそれに応えるべきだと思ったのだ。
アレクスにはこれまであったことの全てを伝えた。
俺が魔族と人間の混血で、ハインリヒ領で隠れ潜みながら過ごしていたこと。
魔王モラクレスの魂が宿った少女クモラと出逢い、彼女を守護する役目を背負ったこと。
色々ゴタゴタに遭ってアレクス領まで落ちてくる羽目になり、そこでアレクス領の事情を知って領民に肩入れする流れになったことも。
「ははあ、なるほどなぁ……てか魔王の奴、魂だけでも行動できるんか!ホンマ規格外の存在やな。それにあんさんがワイとの戦いで披露したあの魔力を狂わせる闇魔法!なんか覚えがあると思ったわ!魔王の力ってんなら合点がいくわな」
闇魔法:”破戒”のことだ。
「やっぱ、実際に魔王が使っていた魔法だったんだな」
「せやな。ただあん時、あんさんとクモラが何故だか合体しとったが、アレについてはよう分からん。魔王の力とはまた別種のように思えるんやが、はっきり言って正体不明の現象やな……」
アレクスは顎先を撫でながら考え込んでいた。
俺にもあの不可思議な現象がなんだったのかは分からない。
ただ、魔王の力由来の現象ではないことは確かだろうと思った。俺はクモラとの合体を経て、魔王の力の全容というものを知ることができたが、それでも何故合体という現象が発生したのかが分からなかったからだ。
魔王の力とは別の、特別な何かが俺たちにある?
一瞬、そんなわけないだろうと思ったが、俺は魔王モラクレスの言葉を思い出した。
『ステッドよ、別に力の根源の解放や勇者との戦いまで強制するつもりはない。最低限この少女を保護してさえくれればそれでよい。だが先ほども言った通り、お前には可能性がある。お前ならばともすれば魔王や勇者をも超えた力を得ることができるかもな……』
俺には人間と魔族両方の血が流れている。
どちらでもない半端者と差別的に扱われることの方が多かったが、モラクレスは人間と魔族の共存を体現しているようだと、そのように好意的に受け止めてくれていた。あの不可思議な現象は、そんな俺の有り様と関係があるのだろうか?
しかし確信に至れるほどの手掛かりもないので、うんうん首をひねっていても虚しいばかりだった。しばらく沈黙が通り過ぎたが、やがてアレクスが口火を切った。
「まあ、分からんモンをいつまで考えててもしゃーないわ。なんとなく思うんは、あれは偶然の出来事ではなさそうってコトやな。きっとその内分かる時が来るやろう」
「そ、そーだといいけどな……」
「とにかく説明ありがとさん!あんさんらの事情がよく分かったわ。それで結界を通り抜けられるのをいいことに、魔王の力を使って人助けの旅をしようってワケやな?」
「ああ、その通りだけどよ」
「はっきり言って修羅の道やな」
アレクスは幾分まじめなトーンで、きっぱりと言った。
「や、やっぱし?」
「当然やろ。この世界は勇者アルバート・エリュシオンとその仲間たちの管理下にある状態や。どいつもこいつも我の強い奴やったから、領民が困っとるゆうたら統治がらみに決まっとるやろうしな。つまり人助けイコール勇者パーティとの対立になるねん。ゆくゆくはアルバートの奴との戦いも視野に入れなあかん」
「やっぱ強えーのか?勇者ってのは?」
「むちゃくちゃ強いで。反則的や。間違いなく世界最強の存在やな。今のあんさんだったら秒で消されると確信を持って言えるわ」
「うう、そんなにか……」
勇者の脅威というものを改めて認識して身震いする。
やっぱりテンペランティアまで戻って、そこで骨を埋めるつもりで平穏に暮らしていくべきか?でも、世界の為に魔王の力を使いたいっていうクモラの意思も尊重してやりたいんだよな。なにせ魔王の力はクモラのものなんだから。
「まあ、アルバートと戦うなら、あんさんは絶対に"七大罪の化身"をすべて解放して、魔王の力を完全復活させなあかん。それでもようやく互角の勝負に持ち込めるかどうかってところやが」
「じゃあ、勇者パーティの各領地を巡って、七大罪の化身を封じたアーティファクトを壊していくってかんじか?」
「せやせや、勇者の仲間たち倒して、そいでアーティファクトをぶっ壊す。そうすれば領民も救われて、魔王の力も覚醒に近づく。一石二鳥や。難易度は高いがな!」
「うう……まあ、頑張るしかねーよな」
不安そうにしている俺に、クモラが抱き着くように体を預けてきた。
「だいじょーぶだよ!ステステならきっと!」
「へっ!?そ、そーかな?」
「うん!」
屈託のない笑顔で言うのである。
クモラの強さはぶれないところだ。いつでも楽しそうに笑っていて、土壇場では勇気もあって……俺も見習わなくちゃいけないな。
「よ、よーし頑張るか!せっかくの魔王の力を使わずに腐らせるなんてもったいねえ!俺は世界を解放して英雄にでもなってやるぞ!」
「いよっ!その意気やで大将!あんさんがやる気になってくれたらワイも肩入れし甲斐があるわ。とにかくワイらの次の目的地でも決めるとしようや」
そう言いながら、アレクスは岩の上に大きな紙を広げる。見れば世界地図のようであった。
「まあワイの中では次の目的地は決まっとるようなモンやがな。とにかく二人とも、この地図を見て世界の地理を頭に叩き込んでおくとええで」
俺とクモラはしげしげと地図を眺めている。
中心に高い台地のようなものが描かれていて、そこから八方向に地名のようなものが記載されている。
ここからアレクスの説明を受けて、世界の全容を理解していった。
まず世界の中心に位置する台地がディリゲンティア(現ハインリヒ領)。俺とクモラが元々暮らしていた場所だ。領主であるハインリヒが優生的な思想の持主なので、中心街に住めるのはお眼鏡にかなった人間だけだ。それ以外は外周部の廃棄区域に捨てられる。そこで俺とクモラの出逢いがあったことは既に見てきた通りだ。
そしてそこから南に位置するのがテンペランティア(旧アレクス領)。自然豊かな森林地帯だが、商人アレクスが動物愛護の名の下に、厳しい食事制限を領民に強いていた。これも見てきた通りなので深く述懐することはない。
残りはまだ訪れたことのない場所なので、アレクスに説明された概略的な記載に留まる。ディリゲンティアからどの方角にあたるかを反時計回りに書いていく。
南東がキャスティタス(現ハンナ領)。海に面した潮風香る土地。
東がリベラリタス(現シューザ領)。平野の広がる肥沃な土地。
北東が希望霊山。勇者アルバートの直轄地で、世界で最も光の力が強い土地。
北がヒュミリタス(現ラヴィアン領)。氷雪に閉ざされた極寒の土地。
北西がグラティアス(現キアラ領)。清流が流れ花畑の広がる美しい土地。
西が死の大地。魔王城のある砂漠地帯で、世界で最も闇の力が強い土地。
南西がパティエンティア(現ダニヤン領)。荒れ地の広がる辺境の土地。
「はえー、世界ってこんな風になってたんだな。勉強になるなあ……」
「おもしろいねー!ステステ!」
まだ行ったことのない未知の土地に、思わず少年のようにわくわくとした気持ちが生まれていた。まあ行ったところで、またしても大変な戦いをする羽目になるのだろうが……
「それでアレクス、世界の地理については分かったけどよ、次の目的地はテンペランティアに隣接しているキャスティタスかパティエンティアになると思うんだが、どっちの方がいいんだ?てか他の土地が今どうなっているのか、お前は知らねえのか?」
「いやー知らんなあ。各領地を結界で分断して、よその統治には干渉しない決まりにしとったからな。せやからかつての仲間でも、今どんな統治をしとるかはワイにも分からん」
「そ、そーなんか……」
「まあ性格から考えて、なんとなく予想がつくモンが多いがな」
「それで次に俺たちはどこに向かうべきだと思う?」
「キャスティタスかパティエンティアなら、ワイは断然キャスティタスを勧めるで」
アレクスは迷いなく言っていた。
ちなみにディリゲンティアは世界の中心に位置する為どこからでも行けそうに思えるが、切り立った台地の上にあるので普通では辿り着けず、今回の行き先の候補からは外れている。
「そんで理由は?」
「んなモン明白や。パティエンティアを領有する戦士ダニヤンがむちゃくちゃ強いからや!それならまだキャスティタスの領主である神官ハンナの方が勝機があるわ」
「同じ勇者パーティでも、やっぱ実力差とかあるんだな」
「当然や。ちなみに戦士ダニヤン、武闘家ラヴィアン、魔法使いハインリヒ……この三人は俗に”勇者パーティ三強”と呼ばれとる。勇者アルバートが強いんは当たり前として、それ以外の七人で特に図抜けた三人ってことやな」
勇者パーティ三強か、初めて聞く言葉だ。
「この三人に関しては、あんさんらが旅を続ける以上ゆくゆくは戦うことになるやろうが、それでもできるだけ戦うタイミングは遅らせた方がええ。まだ魔王の力の根源を一つしか解放しとらんのや。今戦っても完膚無きまでに惨敗するのがオチや」
「そ、そんなに強いのか……?」
「ダニヤンは”守りの粋”、ラヴィアンは”攻めの粋”、ハインリヒは”魔法の粋”と呼ばれとってな。要は完全無欠の勇者様にも、それぞれ得意分野では上回り得る力の持ち主ってコトなんや。ダニヤンはアホみたいに打たれ強いで?ワイは勇者が膝を突く場面を何回か見たことがあるが、ダニヤンが膝を突くところは一度も見たことがない」
「……」
俺は改めて、勇者パーティというものの強大さを思い知らされていた。
正直心のどこかで、厄介なのは勇者アルバートばかりで、他の仲間は頑張れば倒せる程度のものだと思っていた。最初に対峙したのが、この戦闘能力からっきしの商人だったというのが、なおのこと楽観に拍車をかけていたのかもしれなかった。
しかしそれは大いなる思い込み、甘い夢を見過ぎなのだ。勇者と戦う以前に、これからは勇者パーティの面々と熾烈な戦いを繰り広げる羽目になるのだろう。
(うう、怖くなってきやがった……いや、頑張るって決めたじゃねえか!戦う前からへこたれてどうする!これまでのビクビク過ごしていた俺とはおさらばだぜ!俺はこの旅で変わるんだ!)
そう内心で気合を入れ直すと、俺はバッと立ち上がる。
「話は分かったぜ!とにかく今は魔王の力を覚醒に近づけるのが先決!その為に、まだ勝てる見込みのないパティエンティアでなく、南東のキャスティタスの方を目指すとしようぜ!」
「わーい!海見たい!海!」
「よーし話は決まったな。そいじゃ、ここから更に東の方角に歩いていくとしよか」
俺たちは立ち上がり、再び歩き出し始めた。




