おたのしみ――withマルグリット
アレクスとの対決から一週間の時が過ぎた。
現況について簡単にまとめる。
アレクスの奴は投獄された。まあ、これは当然だろう。そして結界はなくなり領主も失脚したので、アレクス領は事実上消滅することとなった(アレクス領の結界はなくなったが、他領の結界は健在なので別に他領への移動が自由になったわけではない)。
これからは平民に追いやられていた旧王族の生き残りが復権し、元のテンペランティア王国へと戻る手筈であるらしい。あと、マルグリットさんは王直属の近衛騎士に抜擢されたそうだ。それを聞いた時、俺は自分のことのように嬉しかった。
生類愛護会が解散したので、厳しい食事制限も解除された。畜産も酪農も、次第に文化として復活していくことだろう。それに比例して人々の栄養状態も良好なものへと変わっていくはずだ。
ちなみに俺とクモラは相変わらず、マルグリットさんの暮らしている騎士詰所に厄介になっている。ただ、ずっとこのテンペランティアに居るつもりはなく、俺とクモラは新たな土地に旅立つつもりでいた。明日には出発する予定だった。
――そしてテンペランティアで過ごす最後の夜、俺は素敵な経験をすることになる。
夜も更けた頃、俺とクモラの寝室がノックされた。
クモラは俺に抱き着いたまま昏々と眠り続けていたので、とりあえず枕を抱かせて離れた。
扉を開けるとそこには、寝間着姿のマルグリットさんが居た。
「ステッド殿、夜分遅くに申し訳ない……」
「ああ、どうしたんだよ?マルグリットさん」
普段の凛々しさは鳴りを潜め、どこか淑やかな色香があった。
「すまないが場所を変えさせてくれ。私の寝室で話をしよう」
「し、寝室……!?」
当然、マルグリットさんの寝室に立ち入ったことはこれまで一度もない。俺はどぎまぎしながら彼女の後を付いて行った。
扉が開かれる。ベッドに机と椅子、棚や箪笥くらいしかない簡素な部屋に踏み入った。
机上ではランプが灯されているが薄暗い。
「どうぞ、座ってくれ」
「あ、ああ……」
俺は促されるままにベッドに腰を掛ける。その隣にマルグリットさんが座った。互いの肩が触れ合いそうな距離だった。
しばらく二人とも、ただ黙って座っていた。
暗いので表情は仔細には知れないが、互いに赤く上気していたような気がする。
或る時、マルグリットさんがぽつりと言った。
「やはり旅に出るのか?」
「……ああ、そのつもりだ。明日の朝には旅立つよ」
既に決めていたことだからか、俺は迷いなく言っていた。
「……そうか。淋しくなるな」
「初めは考えたんだ。平和になったこの国に根を下ろすのもいいかもしれないって。クモラの奴も安全に暮らせるだろうしな。ところがアイツ旅に出たいって言うんだよ。魔王の力で世界中の困っている人たちを助けてやりたいんだとよ」
「魔王の力……?」
「…………あっ!」
俺は思わず口を押さえながら、内心であちゃぁと思った。
マルグリットさんには(というかテンペランティアの誰にも)魔王の力について話していない。蛇型殺戮機を倒した件についても、勝手に魔力が暴走して自滅したことにしていた。
うっかり口を滑らせてしまったが、俺は良い機会だとも思った。マルグリットさんにはさんざん世話になった。旅立つ前に、自分たちが抱えている事情を隠すことなく打ち明けるべきだろう。
「……ステッド殿?どうかしたのか?」
「マルグリットさん、よければ聞いてくれないか?俺とクモラの身に起きた摩訶不思議な出来事を……」
こうして俺は彼女に、魔王の力を得て此処までやって来た顛末を伝えたのだった。
「……なるほどな、そんなことがあったのか」
「……信じてくれるんだな」
「当然だ、嘘を吐いているようには見えないからな。それにそんな大きな力を持っているのなら、確かに旅に出て世界の為に役立てるべきなのかもしれない。魔王という驚異的な力でも、そなたたちならばきっと悪いようにはならないだろう」
マルグリットさんの言葉には確かな情がこもっていた。心から信頼してくれていなければ出そうにない情感だった。俺はそれがたまらず嬉しかった。
「そしてアレクスを打倒したのは偶然ではなく、やはりそなたたちの功績だったのだな」
「ま、まあ、ハハハ……」
「ステッド殿、そなたには本当に世話になった。今テンペランティアが息を吹き返し始めているのも、そなたたちが居たからこそだ。だから感謝の意を込めて、なにかお礼をしたいと思っているのだが」
マルグリットさんは真摯な瞳で、俺を見つめてくる。
「いやいや!いいんだぜ!お礼なら、アレクスの奴が溜め込んでいた金を、旅の資金にいくらか貰ったわけだしよ……!」
「いや、ダメだ。それでは私からお礼を差し上げたことにはならない!」
相も変わらず律儀な人だった。しかしそれが魅力なのだ。
「だがあいにく、私は田舎の貧乏騎士だ。そなたに差し上げられるような物がない」
「そんな、気にすることは……」
「だ、だから、その……」
ここでマルグリットさんは、赤い顔でもじもじとし始めた。
普段の凛々しさとは打って変わってとても可愛らしかった。
「……つかぬことをお聞きするが、ステッド殿は好色な方だろうか?」
「ふぇっ!?」
こ、好色?色を好むと書いて好色ですか?
つまり、俺がスケベ野郎かどうか、ということを聞いているんでしょうか?まったくもってその通りでございますが……
「こ、好色って」
「以前、私の着替えを食い入るように覗いていたのでな……」
「……」
うわああああ……!
やっぱりバレてたあああ……!
「あ、あれは、その、すみません……」
「いや、いいんだ。とにかく、そなたが私を女として見てくれていることは理解した。こんな可愛げのない騎士風情に、性的な魅力を感じてくれているのだと」
「とんでもねえ!マルグリットさんはとても魅力的な女性だと思うぜ。それは俺だけじゃない、きっとみんなが思っていることだろうよ」
「ふふふ、そうか、ありがとう。とにかく、私は思ったのだ。そ、そなたと一晩を共に過ごすことで、お礼に替えることができるのではないかとな……」
マルグリットさんは可愛らしく恥じらいながら言っていた。
なんとなく雰囲気から、このような言葉が飛び出してくることは想像ができていた。しかしなにぶん、俺はこういった状況が初めてなものだから、否が応にも固まってしまうのだった。
「それでステッド殿、私のお礼を受け取っては頂けないだろうか?」
「……そ、それは、マルグリットさんに色々けしからんことをしてもよいと、そういうことでございましょうか?」
「ああ、そなたの好きにしてくれてかまわない」
そう言って、マルグリットさんは衣服をはだけ始めた。
煽情的な彼女の肌と上気した赤い頬が、とても蠱惑的だった。途端に、彼女の香りを強く感じた。
「いいのかよ?俺はとんだスケベ野郎だぜ?うっかり体を許したら、後悔することになるかも……」
「案ずるな。これは私自身が望んで言っていることだ」
「マ、マジでいいのか!?」
「騎士に二言はない」
「……Really?(本当に?)」
「Exactly(その通りでございます)」
マルグリットさんは優しく微笑みながら言っていた。
この時、俺の理性のタガは外れてしまった。許してくれ、男はな、一皮むけば狼になってしまうんだ……!
俺は辛抱たまらずに、マルグリットさんをベッドに押し倒した。
そして欲望の赴くままに彼女とメイク・ラブ。
「きゃあっ!ステッド殿!そ、そんな乱暴に……!」
「FOOOOOOOOOOOOOOO!YA!YA!I'M THE HAPPIEST IN THE WORLD! LEAVE IT ALL TO ME!I'LL SHOW YOU A MARVELOUS DREAM……!」
――そうしてベッドの軋む音とともに夜は過ぎ、鳥のさえずりの中で朝を迎えた。
え?どうだったかって?
最高だったぜ……筆舌に尽くしがたい極上の夜だった……
俺は昨晩の余韻に浸りながら、爽やかな心持ちで朝陽を浴びている。
不意に背後から足音を聞いた。クモラだ。
「ようクモラ!おはようさん!」
「おはよー、ステステ……ふわあ~」
クモラは眠そうに目をこすりながら、大きなあくびをした。
「どうした?寝足りないのか?」
「うん……だって、きのうの夜、となりの部屋がすっごくうるさかったんだもん」
「いいっ!?」
クモラの寝不足の理由が俺には瞬時に理解できてしまった。
なんというか……ごめんなさい。一応、睡眠時間が短くなったのは俺も同じなんだがな。
「すっごいギシギシ、ガタガタしてたの!お化けでも出たのかなー?」
「あ、ああ、たぶんそうだな!怖いなー、アハハハ……」
俺はごまかしながらその場を後にした。
これが、俺が過ごした素敵な夜の顛末だった。




