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クモラの冒険~この腹ペコ幼女が魔王だって!?~  作者: 荒月仰
第1章 運命の出逢いと、節制の森
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VS.商人アレクス

 アレクスがそう言うと、蛇の口に当たる部分が大きく開く。そして砲のようなものが顔を覗かせた。俺はぎょっとしてクモラを抱え上げると、大慌てで駆け出した。


「死に晒せ!」


 蛇型殺戮機(サーペント・マキナ)から強烈なレーザーが発射される。

 盛大に床が(えぐ)れたが、俺とクモラは間一髪でこれを回避した。


「くそ!こっちも!」


 負けじと右腕を伸ばして、闇の波動を放つ。

 しかし蛇は体をくねらせて、これを難なく躱してしまった。


「ほーう?闇魔法とは珍しいモン使うやないか。けどワイの蛇型殺戮機(サーペント・マキナ)にかかれば、おどれらを倒すなんざ赤子の手をひねるようなモンやで!」


 またしてもレーザーが発射される。これもなんとか躱したが、衝撃で俺たちは吹き飛ばされてしまう。


「ワハハハハ!コイツは魔力で稼働する代物やが、この広間には七大罪の化身を封じたアーティファクトがあるさかい、そこから漏れ出る魔力を絶えず吸収しとるから実質エネルギーは無尽蔵や!」

(そうか、このバカでかい機械は魔力で動いてるのか!なら、あのアーティファクトを壊しちまえば……)


 俺は広間の階段を登った先にあるアーティファクトに向かおうとするが、蛇型殺戮機(サーペント・マキナ)が動き出したかと思えば、とぐろを巻くようにしてアーティファクトに纏わりつき始める。


「おっと、アーティファクトを壊せばなんとかなると思ったんやろうが、そうは問屋が卸さへん。てか壊されたところで、すぐに魔力が尽きるわけやあらへんしなぁ!」


 アーティファクトを守った状態のまま、再び口から覗かせた砲が光り始める。

 それどころか首にあたる部位からも複数の小型の砲がせり出して来て、一気にレーザーを放ってきた。床は思い切り抉れて、俺とクモラは大きく撥ね飛ばされた。


「ぐぅ……!ちくしょう……!」


 苦悶の表情で起き上がりながら、俺はどうしたものかと考える。

 相手は処分執行機(デリタス・マキナ)やイノシシより遥かに巨大な機械だ。もっと威力の高い闇の波動を当てなければ破壊できないだろう。しかし相手の攻撃は苛烈で、動きも存外に機敏だ。攻撃の為の充分な隙を見出すのは至難の業だった。


 そうこうしている内に事態は急変する。

 背後から地響きとともにクモラの叫び声がした。振り返れば、床から飛び出した蛇の尾がクモラの体を宙に攫って締め上げていたのだ!


(しまった!この蛇、頭と尾を別々に動かせるのか!)


 見上げれば、蛇に巻き付かれクモラは苦しそうに顔を歪めていた。


「うう……ステステ……」

「クモラーー!」


 アレクスは操縦席から余裕の笑みで言う。


「ワハハハハ!こんなところにまでわざわざ子供を連れて来とるんや、この小娘には何かがあるんやろう?ワイの目はごまかされへんでぇ……ほならぶち壊してくれるわぁ!ワイのお宝をおしゃかにしてくれよった礼や!」


 ギリギリと、クモラを締め上げる力が強まっていく。

 まずい!早くクモラを助けないと!


「こ、こわくない……」


 声が、聞こえた。

 クモラが苦痛の中でも、毅然と声を発していた。


「クモラ!」

「こわくないよ……だって信じてるもん、ステステがぜったい助けてくれるって……」

「……」


 全身を締め上げられ、死に向かって往く少女の姿を見て、俺の心もきゅうっと締め付けられたように感じた。


 クモラ……

 思えばお前も不憫な奴だよな。物心つく前から親に捨てられ、おまけに魔王の魂が乗り移って、これまでは犬に育てられ、そして今じゃこんな冴えない男と危険極まりない旅をする羽目になっている。


 本来なら、街角を渡る少女のように、ありふれた幸福を享受できていたかもしれなかったのに。


 元から魔族との混血である俺と違い、クモラは魔とは関係の無い純粋な人間だったはずだ。こんな運命を辿るべき存在ではなかったはずなのに……


 それでもクモラは、いつでも楽しそうにニコニコ笑って生きていた。

 しょぼくれて、常に俯いて生きてきた俺とは対極だ。俺からすればクモラはずっと強く、そして幸福になるべき存在だった。


 いいのか?これで終わっちまって。

 何も果たせず、何も得られずに終わっちまって。


(いいわけ……ねえだろうがよ……!)


 俺は気付けば、弾けるようにして駆け出していた。

 不思議と恐怖も怯えもなくなっていた。


「クモラー!俺はお前の守護者だ!俺は俺の役目を果たす!きっと、助けてやるからなーー!!」


 跳び上がって、空中のクモラ目掛けて手を伸ばす。


「ステステ……!」


 苦し紛れに伸ばしたクモラの手先と、俺の手が触れ合った。

 その時だった。突如、爆発的な力の(ほとばし)りを感じた。


 俺たち二人の居る地点に、黒い光と白い光が激しく瞬いていた。


「な、なんや!?何が起きとる!?」

 アレクスが操縦席で慌てふためている。


 光が収まった後、クモラの姿はどこにも見えなくなっていた。

 いや、それどころか随分と近くにその存在を感じるようになっていた。


 ――そしてなにより驚くべきことは、俺の姿が様変わりしていた。

 全身に黒いスーツを纏ったような、暗いシルエットだった。口や鼻はなく、瞳の無い白い眼だけが爛々と輝いていた。手脚はがっしりとして長い尾が生えていた。


(な、なんだ!?こりゃいったい!?俺はどうなっちまったんだ!?)

「なんや、その姿は!?いったい何をしたんや!?」

(俺が聞きてえよ!)


 あまりにもワケの分からない状況だった。

 だが分かることもある。


 俺はもしかしたら、クモラと一体化した状態にあるのかもしれない。

 そのおかげか魔王の力が爆発的に強まったのを感じるし、それどころか今までは分からないことだらけだった魔王の力の使い方が、実に手に取るようにすんなりと頭に入っていた。まるで昔から知っていたかのように、俺は当然に魔王の力の全容を理解していたのだ。どんな効果の魔法が使えるかや、今はあまりに力の制限が大きい状態であることも……!


(俺はクモラと一つになっているのか?だから魔王の力ってモンが、すんなりと頭に入って――)

(ステステー、すごいね!これ!)

(クモラ!)


 この状態だと思念で話せるのか!

 そして理屈は分からないが、やはり俺とクモラは一体化している状態なのだろう。


 眼前の蛇型殺戮機(サーペント・マキナ)を見つめる。

 そして駆け出した。どうやら肉体の主導権は俺にあるらしかった。


「く、くそ!合体して一つの存在になっとるんか!?不気味な奴や、いてこましたる!」


 アレクスは慌てながらも、再びレーザー砲の攻撃を始める。

 奴の反応からして、どうやらこれは未知の力であるらしかった。魔王が使っていたような既知の力ではない……?


 事情はどうあれ、今は戦いを決着させるのが先決だった。


 レーザーが乱れ飛び、尾の攻撃も織り交ぜられるが、俺は軽々と敵の攻撃を掻い潜る。クモラを守りながらという不利な状況がなくなっているばかりか、身体能力も飛躍的に向上していた。攻撃を躱しながら考え事すらできるほどに。


(あの機械は魔力で動いているんだったな……なら、魔王のあの魔法で攻撃の隙を作り出せるはずだ!)


 敵の攻撃がいち段落した頃、俺はその隙に乗じて矢のように走りだした。

 そして跳び上がって手を伸ばしつつ、闇の波動を放つ。これまでのように、たいした工夫もなく力を放ったわけではない。これはれっきとした魔法だった。


 闇魔法:”破戒”――!


 蛇型殺戮機(サーペント・マキナ)が黒い波動に包まれる。

 途端に制御を失ったかのように暴れ出した。


「な、なんやコレ!?魔力が暴走しとるんか!?コ、コントロールができん……!」


 敵はロクに操縦も攻撃もできない状態に陥っていた。

 今の内だ……!


 俺は手のひらを広げ、できる限りの闇の魔力を練った。

 そうして放った特大の闇の波動が、蛇型殺戮機(サーペント・マキナ)に向かって飛んでゆく。


 激しい爆発音とともに、蛇の頭部は操縦席に乗ったアレクスごと吹き飛んでいた。頭部は広間の壁に思い切りぶち当たって、ひびを入れた。その衝撃でアレクスも床に投げ出された。


「おぎょっ!」


 情けない声を上げて、床に転がる。


 俺は頭部を失った蛇の胴体の方を見る。

 もはや操縦が効かなくなったからか、鎌首をもたげていた胴体部分が重力に任せて落ちていき、真下のアーティファクトをぐしゃりと打ち壊してしまった。


 防衛の為にアーティファクトに纏わりついていたのが、とんだ仇となっていた。


 蛇型殺戮機(サーペント・マキナ)は大破し、アーティファクトさえも破壊された。もはや勝負は着いたのだ。俺の気も緩み始めると、途端に体が光って、元のステッドとクモラの姿へと分かれた。






「すごかったねー!ステステ!」

「ああ、そうだな……」


 結局なぜ合体できたのかはよく分からない。正直まったく理解を越えた状況だったが、確かに俺たちは商人アレクスを打倒し、そしてアーティファクトの破壊さえも実現してみせたのだ。これでアレクス領を取り巻く結界は消え、魔王の力の根源も解放されたのだろうか?


 そんなことを考えている内に、アレクスがよろよろと立ち上がっていた。


「ギギギ……おのれ、よくも蛇型殺戮機(サーペント・マキナ)を……!ワイのお宝を二つも壊しよって!おまけに体中が痛くてたまらんわ!」

「まだやるかい?商人アレクス」


 自分でも不思議なほど、随分と余裕のある振る舞いをしていた。普段のおどおどしていた自分が嘘のようだった。


「許さん……!ここまでワイをコケにしたのはおどれらが初めてや……!もう我慢ならん!ワイの権力と財力のすべてを尽くしておどれらを追い詰めたる!まっとうに暮らしてゆけると思うなよ……!もう泣いて謝っても許さんからな!」


 アレクスがそう(わめ)いていた時、背後のひび割れた壁がガラガラと轟音を立てて崩れ出した。


「……っ!あかーん!壊れてはいけない方角の壁がー!」


 壁は崩れ去り、向こう側の景色が丸見えになっていた。

 俺もクモラも言葉を失った。


 ――壁の向こう側には青空と牧草地が広がっていて、そこには多数の牛や豚が放し飼いにされていたのだ。


 このアレクスの館は、外側からでは分からなかったが、きっとドーナツのような環状の構造をしていたのだろう。中心の穴にあたる部分は屋外になっていたのだ。おそらく秘密の通路でも通らなければ辿り着けない構造だったのだろう。

 中心地には牛や豚が放され、奥の方には牛舎や豚舎に鶏小屋も見える。それどころではない!ここで働かされているとおぼしきボロを纏った人々が何人も居た。みな死んだような目で、餌を運んだり動物を洗ってやったりしていた。


「な、なんだよ、こりゃ……」


 俺たちが混乱していると、「ステッド殿ー!」という聞き馴染みのある凛々しい声を聞いた。振り向けばマルグリットさんが、アランやその他複数の男を伴ってやって来ていた。


「マルグリットさん!よかった!無事だったんだな!」

「ああ、心配をかけてすまない。どうやら農村の者たちが大勢で館に押し入ってくれたようでな、私は無事解放されるに至ったのだ。ステッド殿、クモラ殿、そなたたちにも迷惑をかけた……」


 マルグリットさんは申し訳なさそうに言っていた。

 やっぱりこの人、農村のみんなに慕われていたんだろうな。だからみんな助けに来てくれたってワケだ。日頃の行いってのは大切だな。


「ところでステッド殿、何かあったのか?ずいぶん大きな音がしたので駆け付けてきたのだが…………」


 マルグリットさんも、他の男たちも、壁の向こうの景色を見て唖然としていた。

 牛、豚、鶏といった、このテンペランティアでは野生として生きるのみであった動物たちが、人に世話をされている。その姿は家畜以外の何物でもなかった。


 そして突然壁が崩れたので、動物の世話をしていた人たちも一斉にこちらを見てくる。駆け付けてきた男たちは口々に声を上げた。


「お、おい!ありゃギヨームの奴じゃねえか!それにあっちはマチアスだ!」

「みんな死んだものとばかり思っていたが、ここで働かされていたんだな!」


 唖然としている内に、今度は広間の方から見知った男の声を聞いた。

 階段の上の方からピエールが姿を現す。ぜいぜいと息を切らしている。


「おいみんな!大変だ!あっちの方に食糧庫があったんだがよ、そこにハムやチーズが大量に保管されていたぜ!」


 壁の向こう側の光景、そしてピエールがもたらした情報から導き出される結論は明白だった。

 見ればアレクスは冷や汗を流しながら、蒼白した表情をしていた。


「はわわわ……あう、あう……」


 マルグリットさんはやけに静かだった。

 これが嵐の前の静けさだと気づく頃、彼女は顔を上げ、鋭い眼光とともにドスの効いた声を発した。


「…………これはいったいどういうことだ?商人アレクス?」


 こ、怖え……!

 普段優しい人が怒ると怖いというのは聞いたことがあるが、まさにそれだった。矛先の向いてない俺でも思わず怖気を感じるほどだった。


「貴方は”すべての命を慈しむ”と宣言して、生類愛護会を発足した!命というものを慈しめるのが、より素晴らしき人間であると説いていた!」


 マルグリットはアレクスに向けて歩を進めつつ、詰問を続ける。


「しかし裏ではこのように欲望にかまけ、贅の限りを尽くしていたのか!商人アレクス!貴方には命を慈しむ心など欠片もなかったのだな……!」

「あ、あ……」


 ここからアレクスの表情は一転して怒りに変わった。


「あ、当ったり前やぁーーーー!!誰が、こんなアホくさいこと大真面目にするかいなーーーー!!」

 アレクスは声を張り上げて、ついに逆ギレを始めた。


「金やーーーー!!金の為にやっとったんやーーーー!!」

 どんどん声量が大きくなる。


「教えたる!人間ってのはなぁ、特別な立場に弱いんや!実態は関係あらへん、”自分は他と違う”という意識そのものが重要なんや!これを利用するとな、実にええ商売になるんや!」

「……」

「言ってしまえば宗教みたいなもんやな!聞こえのええ綺麗ごとで意識を高めて選民感を強めれば、アホな指示も聞くようになる!高い布施も払うようになる!そうして勢力を拡大してゆき、街の商会も次々と巻き込んでいく。そうして経済的に無視できない存在ともなれば政治と結びつき、ここに絶大な支配力が生まれるんや!」

「……」

「誰も逆らえんし、金はアホほど集まるようになる!信じる者と書いて儲かるんやーー!ワーハハハハハハ……!!」

「……遺言はそれで終わりか?商人アレクス」


 マルグリットの声は、氷のように冷たい。


「貴方は曲りなりにも世界を救った勇者パーティの一人だ。だから他の者よりも贅沢な暮らしを送る権利はあるだろう。私が怒っているのはそんなことではない」


 氷の声に、怒りの炎が立ち昇っていく。


「このテンペランティアは自然の恵み豊かな土地……昔から人々は動物とともに暮らし、その存在を身近に感じ、そしてその命を頂いて生きてきた。動物を思いやる心を持つ者は昔からいた。それは感謝によってできた、混じりけの無い純粋無垢な想いだったはずだ。お前はそれを金儲けの道具に仕立て、取り入って利用し、踏みにじったのだ!」


 マルグリットは叫ぶと、腰に下げた細剣を華麗に抜いた。


「商人アレクス!もはや弁明は聞かぬ!そこで神妙にしろぉーーーー!!」


 細剣を突き付けながらじりじりと近づいていく。

 アレクスは蒼白した顔で壁際に追い詰められ、たまらず両手を挙げた。


「ひいいっ!堪忍してくれ!暴力反対やーー!」


 涙目で助けを乞うが、マルグリットは取り合わない。


「わ、分かった!生類愛護会は解散する!今まで稼いだ金も返す!ワイの金もお宝も、ちゃんと領民に還元するから見逃してくれー!」


 冷たい靴音が響き続ける。


「金ならやる!金ならやるからぁ……!」


 怯えるアレクスに、冷たい剣先が迫る。


「ひいいいいいっ!お、お助けーー!」


 いよいよマルグリットは、アレクスの至近距離に立ちはだかった。金剛力士像のような威圧感だった。彼女は素早く細剣を振り上げると、力強く突き刺した。


 アレクス……ではなく、そのすぐ横の壁に。


「あ、あうあう……」


 恐怖のあまり、アレクスは泡を吹いて失神してしまった。


「……殺すと思ったか?」

 細剣を鞘に収めながら言う。


「私はお前と違い、ちゃんと命を慈しむ心を持っているんだ。みだりに殺すものか!たとえお前のようなクズであってもな!」


 ――こうして商人アレクスは勝負では俺に負け、そして人間としての格はマルグリットさんに完敗した。


 そしてアーティファクトが壊れたことで、アレクス領は解放された。

 七大罪の化身、”暴食(グーラ)”が復活を果たした!

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