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七話 クロに染まる



 月明かりがほんのりと部屋の窓から入り、部屋は薄暗かった。私は魔道具をランプ代わりにしようと、一つ持ち出した。

 ラウゼに見つからないよう、そろりそろりとハシゴを降りた。ラウゼはよく眠っている。ラウゼは意外にも睡眠が深い。

 忍足で、私はそのまま部屋から出た。廊下はしんと静まり返っていて、暗く、何も見えない。私はそっと魔道具を起動した。


 雷の紫の光で、薄ぼんやりと辺りが見えた。誰もいないだろう。確認して、安堵の息を着く。

 そのまま廊下を歩いて、やがて外まで辿り着いた。私は箒を呼び出し、そのまま上に上がった。


「やぁ、フェルール・エスピエグリー。まさかほんとにくるなんて思わなかった。キミってやっぱり正直?」


 屋上では、既に彼が待っていた。彼は制服の上に、女物みたいなふりふりの白いローブを羽織っていて、余計に中性的に見えた。


「まぁ、そうかもねぇ。で、何を聞きたいんだい?」


 なるべく彼と話をしたくなくて、私は話を切り上げた。彼はけっけっ、と気味悪く笑い、続けた。


「つれないな。自己紹介くらいしようぜ?」

「まぁ、そのくらいはいいけどねぇ。私はフェルル。フェルール・エスピエグリー」


 私が適当に、無愛想に自己紹介をすると、彼はニコッと今度は子供っぽく笑い、言った。


「ふーん。ま、ヨロシクな?ボクはクロノス。ただの、クロノス」


 苗字が、ない。それはすなわち捨てられた子供を意味するも同然だった。彼が犯罪者と言うのも、あながち嘘ではないかも知れない。


「今度こそ聞くけどさ、キミって、詐欺師でしょ?」


 クロノスは、ちがう?と聞きながら、私の腕を掴んだ。掴んだと言ってもそでをそっと握っただけだが、私は無言でクロノスの手を払い、答えた。


「そうだけど、他言しないでよ?」

「へぇ、次はあっさり認めたね。ま、キミは悪くないし、当たり前かな?」

「悪く……ない?」


 こいつは何を言っているのか。私は今までで一番強く、睨みつけた。


「おー、怖い怖い。だってさぁ、キミ、親父のせいでそんなことしてたんだろ?かわいそうだよね。親がそんなだと」

「……そんな?」


 ふつふつと、怒りが込み上げてきた。怒りがコントロールできない。


「違うっ!私の父は、父様は、悪い人じゃないっ!」

「……は?」


 クロノスは予想と外れたのか、ポカンと子供っぽい表情で私を見つめた。私はそのまま大声で叫んだ。


「父様は、確かに悪いことをしたよぉっ!けど、私には優しかった!私が詐欺をしたのも、私が決めたことだよぉ!悪いのは、私っ!」

「…………じゃあ、キミが好きで詐欺をしたの?」

「……そうだよぉ。何か、文句あるかい?」


 詐欺をしたことと、詐欺をする父様を止めなかったことは、一生償わなければならない罪で、生まれ変わっても十字架を背負わなければならないと思っている。

 けれど、父様は私に詐欺をさせるつもりは微塵もなかった。

 父様は死ぬ前に、人を騙してはならないと、そう言った。けれど、私は周りに流されて、犯罪に手を染めた。

 父様は、世間から見たら悪人だ。父様に騙されてひどく責められた人が、自殺する事件も起きた。しかし、自分から好きで詐欺なんてする人はいない。


 父様は、お金がなかった。飢餓で死んでしまいそうなほどの、貧民街の出だった。

 父様は私のために、詐欺に手を染めた。私を死なせないため。私に幸せになってもらうため。それだけに。

 けれどそれはどんどんと輪が広がってしまって、父様は同業者――同じ詐欺師にも同情するようになった。

 そうして、どんどんと規模が大きくなって……父様は処刑された。

 お金がない人、富豪になりたい人、何かが満たされない人。そんな人たちが、詐欺に手を染める。

 私は父様が死んで、その悲しみをお金で埋めようとした。けれど、途中で気づいたのだ。


 今なら引き返せると。


 私が騙した人は、優しい人だった。まだ小さかった私が騙したことを簡単に許してくれた。

 私は周りに嫌われていた。責められていた。

 詐欺師の娘なら、お金を返せと、死ねと。みんなは父様の罪を私も同罪とみなした。

 だから、許してくれた事は、私の中で、本当に本当に大きな事だった。


「私は悪い人だよぉ。父様とせいで人が死ぬことも分かっていたのに、見ていないふりをした。詐欺の恐ろしさを知っているのに、人を騙した。可哀想なんかじゃ、ないよぉ」

「…………そっか。……そっか。キミは、そう思う?」

「うん」


 彼がボソリと呟いて、私は頷いた。彼は、何度繰り返して呟いた。そうしてから、私は暗い空気を無くすように、クロノスに尋ねた。


「よし。これで十分だよねぇ。次は私の番!キミは犯罪者と言っていたけど、本当かい?」

「うん。だから、聞いたんだけど?同類って欲しくなるもんだろ?」

「…………」


 別に、彼が犯罪者であることに、驚きはない。彼は犯罪者の、狂気の瞳をしていた。

 それに、私は、クロノスの言葉に否定はできなかった。私は確かに同類を欲していた。罪を否定してほしい。許してほしい。

 それだけで、満たされる。

 そう思うことも少なくはなかった。


「名前でわかったと思うけどさ、ボク、捨て子なんだよ」

「捨て子……」


 私はなかなかの珍しい家族だとは思うけど、父様は優しかったし、部下も意外にいい人が多かった。

 捨て子の生活が、想像できない。


「ボクは奴隷だった。実験動物として買われて、売られて、次は生贄として使われそうになった。ボクは、生憎死にたくなくてね。だから、村の人も、買取主も、皆殺しにした」

「……どうやって?小さいんでしょ?その時」


 壮絶な話の中、言えたのはそれだけだった。しかし彼は私の問いに明確に答えてくれた。


「……ボクは適正魔法よりも、得意な魔法がある」

「適正魔法より……?」


 適正魔法とは、その人の最強の魔法を指す。つまり、その使用者にとって、それ以上はないはずだ。


「ボクは、時間を止める魔法が使える。その魔法を使って、みーんな殺した」

「止めている間に殺したってこと?」

「ちがうね」


 彼は凶悪な笑みで笑った。私には、なんだかそれが強がりに見えた。


「心臓だよ。心臓の時間だけ止めて、殺す。そうしたら、楽だろ?一瞬で殺せるぜ。悲鳴も上がらないし、ボクが殺したこと、バレる心配もない」


 彼は曇りに曇ったその瞳で、私の目を覗き込んだ。私の目も、彼には曇って見えるのだろうか。


「なぁ。今、ボクはキミのことを簡単に殺せる。怖いだろ?」

「べ、別に、怖くない……から」


 嘘だ。本当はちょっとだけ怖い。抵抗すらできずにいつのまにか死んでいるなんて、恐ろしすぎる。

 近くで見つめてくるクロノスの距離感が嫌で、私は彼を押し除けた。

 そうしようとして、目が合った。私はようやく、彼の曇った瞳の中にある寂しく揺れる感情に気づいた。


 彼だって、私と同じなんだ。


 怖くないと、悪くないと、そう言われたいんだ。それだけで、きっと彼も満たされる。


「クロノス。私、キミと会ったばかりで、あんまりよくわからないけど……」


 一番欲しかった言葉。私を許してくれた、あの人に言われた言葉。私は彼の耳に、そっと囁いた。


「キミの事は、ちょっと怖いけど、悪くないって信じたい。悪人だけど、父様と同じ。中身までは、悪くない。そうじゃなかったら、私に懺悔なんてしないはずだよ」

「……っ!」


 彼は目を丸くさせた。

 彼の話は、私が聞いていないことまで続いた。私にとっては都合が良かったけれど、多分、クロノスにとって

今の話は懺悔だ。

 自分の罪を語り、罪悪感をなくそうとしているのだ。

 懺悔は意外にも知らない人に話す方が、話しやすいものだ。

 私は気が抜けて、素の言葉遣いになっているのを自覚せず、そのまま続けた。


「私は、信じるよ。キミのこと。だから、キミも自分を信じてよ」

「……信じる?」


 私はクロノスの肩を引っ掴み、無理やり目を合わせてやった。


「――キミは人を殺せる能力を持ってる。でも、それはキミが使おうとしなかったら、使えない。なら、極力使わなければいい。キミなら、それができるんじゃないかい?

 確かに、一度犯した罪は一緒償えない。なら、生きて償ってよ。その能力を、良いことに使って、殺した数だけ人を救えば良い」

「…………そうか。あぁ、そうか。……うん。あぁ、その考えは、なかった」


 クロノスは何度も何度も言葉を繰り返し、幾度となく頷いた。


「フェルール……いや、フェルル」

「何?」


 グッと彼との距離が近くなった。は、と声が漏れた。

 ……何が、起きた。なんで距離が近くなったのだろう。彼の手が、背中にある。横に、金の髪がある。

 私、今もしかしてもしかしなくても、抱きしめられてる?なんで?


「うわ何すんだよ気持ち悪りぃ」


 思わず彼を全力で突き飛ばした。

彼はそうされてもニヤリと笑うだけ。私は余計に気味が悪くなり、一歩下がった。


「好き。付き合って?」

「うわコイツ信じられない気持ち悪いなんでその方向にいくんだよこの場から消えろぉぉぉっ!!」


 お次は全力キックを食らわせてやった。しまった。妙なやつに好かれてしまった。確かにコイツは、中身が悪人ではないと、そうは思うが。

 絶対性悪である。間違いなく。

 私が自分の顔を可愛い顔にメイクしたのが失敗だったか?だから恋愛対象になったの?醜い顔だったら嫌われてた?


「ぐえっ、いってっ!何すんだよ、フェルル」

「やめろ。お前にフェルル呼びされるとなんか鳥肌立つよぉっ!」


 全身から冷や汗が飛び出した。彼はニヤリと妖艶に笑いかけてきた。


 すっぽかせば良かった。こんなやつ。


「私、悪意のある嘘は好きじゃないよぉ?」

「嘘なわけないだろ?キミが好きだよ。キミのためならぜーんぶ殺せちゃうくらいには、ね?」

「やめて怖いよそれ嘘って言ってよぉ!」

「嘘じゃないって言ってるだろ?」

 

 ウインクしてきそうな勢いで、こちらに笑いかけてきた。普通に気味が悪い。確かにコイツ賢そうだし、手玉に取れれば楽だな、なんて考えもなくはなかった。

 けど、こんな気持ち悪い方向に好意を持たれるなんて思わない。

 コイツ、親がいなかったから、愛に飢えてるんだな、なんて考えてみる。確かに、愛してほしい願望とも受けとれる……だろうか?


 もう一度、クロノスを見る。子供っぽい笑顔で、しかし僅かに狂気を感じる笑みで、こちらを見ている。


 うん。そうかも知れないけど、怖いわ。


 私はそう結論づけ、


「キミみたいな男、嫌に決まってるよぉ」


 そう、言い捨てたのだった。

 彼はむすっとした子供っぽい表情で反論しようとして口を開き………………そこで私の意識は途切れた。




「なんだよ。ボクけっこーかっこいい自覚あるけど…って」


 フェルルが突然目を閉じた。クロノスは不審に思って近寄った。


「うわっ」


 急に、フェルルがクロノスの方に倒れた。大胆だな、なんて思ったが、残念なことにフェルルは寝ているだけらしい。

 クロノスは目を細めた。

 ボクのことを、唯一許してくれた。肯定してくれた。それだけで、ボクはキミのことが好きになった。

 チョロい?気持ち悪い?いくらでも言ってくれていい。でもボクは我儘だから、あと一つだけ欲しいものがある。

 愛が。愛が欲しい。愛ってなんだろう。ボクのこの心もほんとに恋してるのか。愛を与えて。それだけでいい。キミの家族に向けるそれが、知りたい。

 それだけで、ボクは満たされる。それ以上の我儘は言わないから。

 だから、ボクを愛して。

 クロノスは、フェルルをそっと横抱きにして、持ち上げた。部屋まで送ってやろう。そう思ったが、残念なことに、クロノスはフェルルの部屋を知らない。

 そういえば、寮の壁に部屋表が貼ってあるんだっけ。


 そう思い当たり、クロノスは女子寮まで軽々と歩いて行った。

 

「あ、フェルル?ちゃんだっけ?あなたは……えーっと、あれ?会ったこと、ないよね?あたし見たことないなぁ」

「キミって、そんな性格だった?」


 ばったり鉢合わせた彼女と話し、クロノスは冷たい目線で彼女を見た。彼女は誤魔化したように、笑うだけ。

 フェルルは知らず、クロノスの腕の中で眠りこけていた。



「起きた?」

「……ん」


 目を擦って起き上がる。また私は、森に囲まれた花畑に立っていた。この前と同じ夢だ。


「ヴィオレット……?だっけ?」

「そうだよ。さぁ、今日もゆっくりとおやすみ。今日も手作りしたから、たくさんお食べ」


 ヴィオレットが手招きをしてくる。私は遠慮せず、椅子に座った。二回目となると、前よりも状況が理解できる。

 これは、夢だ。夢の中で夢だと気づく事はあるらしい。私は初めてだが、おそらくこの夢は、それだろう。


「――――違うよ」


 ヴィオレットは、ニコッと笑った。不思議とその笑みには品があった。

 私は心中を見透かされたようで、パチクリと瞬きをした。


「これは夢じゃない。ここはシロの鳥籠。終わりの世界にある、キミの始まり」

「……また、それかい?」


 私は焦りを誤魔化すように、突っ込んだ。

 ヴィオレットは心の中を読めるのだろうか。夢なだけあって、めちゃくちゃな設定だ。

 ヴィオレットはニコニコと笑ったまま、続けた。


「探してみてよ。ここの秘密。見つけたら答えを教えてあげる。とってもとっても残酷な、クロの世界を」

「……ここの秘密?見つける?」


 私が聞き返すと、ふふっと鈴を転がすように笑った。


「それも、秘密だよ。ふふふ。……あと、せっかく作ったから、お菓子を食べて。そして今日もゆっくりとおやすみ」

「…………。まぁ、貰うけど……」


 彼女は胡散臭い……とはどこか違う。けれど、不思議な雰囲気を身に纏っていた。秘密主義……なのだろうか。しかし、悪質な嘘や秘密ではない。

 夢の中の人なのに、随分と個性的だ。


 今日のクッキーはラングドシャだ。軽いサクサクとした食感が美味しい。それに、不思議だが、どこか懐かしい。前と同じだ。


「キミのお話を聞かせてよ。今日は何があったの?」

「驚いたよぉ。キミって人の話に興味がないのだとばかり……」


 ヴィオレットは昨日も今日も、会話が一方通行だ。だから、雑談すらできない人だと思っていたが……。

 どうやらそうではないらしい。


「私はいつも人の話を聞いて、命令するだけだよ。だから、私は何を話せばいいのか、さっぱり。だから、キミが話して。私はキミのお話なら、いくらだって聞くよ」

「命令?……まぁ、いいや。私は魔法学園に通っているんだけどねぇ」


 話はじめようとすると、ヴィオレットはこてりと首を傾げた。


「魔法学園?そんなものがあるんだね」

「大体の学校が魔法学園だと思うけど……?」


 やはり、彼女とは絶妙に会話が噛み合わない。私は苦戦しながら、彼女と話をした。

 魔法戦で負けた事、ちょっと悔しかったこと。クロノスが気持ち悪いこと。けど、ちょっとかわいそうな事。

 夢の中だから、情報が誰にも漏れる心配はない。楽しげに聞く彼女の前で、私は延々と話し続けた。

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