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五話 スミレの少女



 目がチカチカする。少しでも油断すると寝てしまいそうで、私はまた隣に置いたウィユを飲み込んだ。

 ウィユには眠気を和らげる効果があるからだ。


「頑張れ、フェルル!」

「そうだ!あと一踏ん張りだぞ!」

「――わかってるって……」


 あと、少しだ。この二ヶ月間積み上げて来た成果がようやく完成する。

 みんなが見守る中、私は最後のパーツを嵌め込んだ。


「ラヴァンド。ここにキミの血を流してくれるかい?」


 私はラヴァンドに小さな針を差し出した。ラヴァンドはこくりと頷き、おずおずと親指に針を刺した。

 そして、指先から滴る鮮血を、私の刺した場所――魔晶石に染み込ませた。


「よし、これで完成。持ってくれるかい?そうしてから、魔力を指先まで持っていってねぇ。……できるかい?」

「あ、うん」


 ラヴァンドは私の作った魔道具を握りしめた。

 それは、鍔から上がない、剣だった。これを剣と言って良いかは些か不安ではある。

 しかし、これは私の中の最高傑作である。私用の魔道具を作った事はあるが、それは私の魔力量に合わせて作ったものだ。ラヴァンドのような、高い魔力を持つ人のために作るのは初めてだった。

 みんなが固唾を飲んで見守る中、ラヴァンドはぎゅっと剣の持ち手を握りしめた。魔力を込めているのだ。

 魔力の放出器官が壊れている彼女は、器官ではなく、血を通して魔法を使えるようにさせた。

 こんな試みは初めてだ。過去の偉人の前例をもとに作ったので、成功すると信じたい。


「……わ」


 ラヴァンドが小さく声を上げた。

 みんなも息を呑んで、一言も声を発さない。

 剣の上部には、青い炎があった。その蒼炎は剣のように、鍔の部分から絶えなく燃え続けていた。長さはさほど長くはない。しかし、蒼炎は千度も超える。剣の熱気に、私達はただ圧倒されて、まじまじとそれを見つめるしかなかった。


「……成功、だ」


 きっかけは誰であったか。ポツリと呟かれたその一言で、私達はようやく正気に戻った。


「成功だよぉ!ラヴァンド!おめでとう!」

「……うん、ありがとう。……でも、これはフェルルのおかげ。……だから、ありがとう」


 ニコリとラヴァンドは花のような微笑みを見せた。

 それを引き金に、私達は歓声を上げて、盛り上がった。


 これで、魔法戦に置いて、Dクラスはかなり有利になった。私達は、Dクラス同士、絶対に助け合う事を決めていたので、私がラヴァンドの武器を作る事は、みんな賛成だった。

 それに、ラヴァンドが寂しそうに実技魔法の授業の時、私達を見ていたのをみんな知っているのだろう。

 だから、ラヴァンドが喜んでいるのをみて、みんな嬉しそうだった。


「フェルル。疲れたでしょう。今日はもう寝た方が良いんじゃないかしら」

「んー、……エルゼの言う通り、眠いから今日は寝るねぇ……。おやすみー」


 私は明日が魔法戦なので、ニ徹もしていた。そのせいで、ウィユを噛み砕いても絶えきれない眠気が今になって、襲ってくる。

 ラウゼは横目で私を見て、私の使っていた道具や本をバックの中にしまい込んでくれた。

 ありがたく、バックを受け取った。


「あの、その」


 教室から二人で出る直前、ラヴァンドは、ラウゼに声を掛けた。


「わたし、あなたのこと……嫌い。でも、……明日は、協力……します」

「……ありがとうございます。共に最善を尽くしましょう」


 ラウゼの表情は、仮面のせいで、見えなかった。

 けれど、握られた手に、力が入っている事は伝わって来た。

 私は何も言えない自分を、歯痒く思った。

 あれから一ヶ月経つ。しかし、ラウゼの情報は集められなかった。――否、集めたくなかったのが、正解か。


 最初はやる気があった。早く二人の仲を改善したかったのだ。しかし、今となってはそれが怖くなった。

 そんな、詐欺師みたいな事をしたら、私はまた、本物の詐欺師になってしまう。詐欺師は嫌われる。詐欺師は絶望で人を殺せる。詐欺師は殺される。詐欺師は、信用を失う。


 実直に言ってしまえば、私はラウゼに愛着を持ってしまった。だから、嫌われたくない。


「フェルル。大丈夫?意識が遠くなっているけれど」

「……だいじょーぶ。心配しないでねぇ。徹夜はよくあったから」

「魔道具を作るのに、よく徹夜をしていたの?」


 エルゼは私にそう尋ねた。私は苦笑しながら、返した。


「んー、いや。違うよー?今日がそれは初めてかなぁ」

「……?なら、どうしてかしら?」


 エルゼは再び聞き返す。こんなに話しかけてくるのも、私の眠気を覚ますためだろう。エルゼは無口な方なので、おそらくそうだ。


「昔、父が処刑されてからは、一時期私が詐欺をしてたんだよねぇ。その時はまぁ……忙しくて」


 私の口は、なんとなく言うつもりのなかった事実を口にしていた。

 私は父の娘として、詐欺で生きて行こうとしていた。残った部下もそう思っていたし、私もそれを疑わなかった。

 詐欺は途中でやめて、被害者にお金を返金したけれど、それでも私は立派な犯罪者だった。

 今も私は、犯罪者の十字架を背負って生きている。


「あ、ご、ごめんねぇ。急にこんな話をして」

「…お父上様だけでは、なかったのね。――あのね、フェルル」


 私は言ってから、失望されるかもしれないと思い、ラウゼの顔を覗き込んだ。しかし、仮面の下にある口元は、逆に安心したように軽く口角を上げていた。


「私も、実は小さい時に、人殺しをしていたことがあったの」

「……は?」


 思いがけない言葉。ラウゼが、人殺し?どうやって?どうして?

 ラウゼはまともだ。すぐに犯罪的思考に陥る私よりもとても。そんな、ラウゼが、殺人?


「内容は、……言いたくないけれど。今はね。また、いつか話すわ。だから、それまで待っていて」

「待っているって、何がだい?」


 ラウゼは淡々と、返した。冷静だけれど不思議と冷たさは感じない、そんな声だった。


「ラヴァンドと私に何かある事は、勘づいているでしょう?……フェルルは何もしないで良い。だから、待ってて。いつか、全てを話すから」

「――エルゼには、お見通しってわけかぁ」


 私は騙すことだけには自信があった。しかし、見破られるなんて。そぶりを見せたつもりはなかったのだが。少し落ち込んだ。でもそれより、安心の方が大きかった。

 これで、騙さなくて済む。嫌われないで済む。

 ずっと心にのしかかって来た重いものが軽くなった気がした。


「嘘ついたら許さないからねぇ。 ……いつか、話してよ。絶対ね」

「約束しましょう」


 エルゼはこくりと深く頷いたのだった。


 私達はそれから仲良く話しながら、部屋に戻った。部屋に戻り、ベッドに転がると、意識を失うも同然な眠りが襲って来る。眠気を享受し、私は鉛のように重い眠りに入った。


 

「ねぇ」


 気づけば私は花畑に立っていた。周りは背の高い針葉樹によって遮られ、分からない。しかし、ぽっかりと花畑のところだけに木がなかった。

 

「ねぇ、聞こえているかい?」

「……っ!誰?」


 周りだけに気取られていた私は、ようやく目の前にいる女性に気がついた。

 女性を観察する。スミレのような花色の髪。白く日焼けしていない肌。目は透き通ったアメジストのようだった。しかしその瞳の中には、威厳と強い意志を感じた。


「ここは、何処なんだい?キミは、誰?」

「私はヴィオレット。此処は、シロの鳥籠」

「……シロの、鳥籠?」


 言っている意味が分からない。しかしヴィオレットは、ニコリと笑うだけ。ヴィオレットは困っている私を見かねたのか、一つ助言でもするように、口を開いた。


「そう。シロの鳥籠。哀れな哀れな世界の終わり」

「世界の、終わり?何言っているんだい?」

「――私、クロが嫌い」


 ヴィオレットは、私の質問を無視して語り出した。


「クロは終わりの色。あぁ、哀れ。でも、シロは違う。シロは始まりの色。ここは、終わりの中にある、始まり」

「…………本当に何言ってるの?」

「何って、此処の説明だよ?大丈夫。朝になったら帰れるから。だから、それまで私とゆっくりおやすみ」


 絶妙に会話が噛み合わない。私は軽く眉を顰めた。

 しかしヴィオレットはいつのまにかあった、ガーデンチェアに座っていた。同じ柄をしたガーデンテーブルには、紅茶と、それからお菓子が置いてある。


「座って。お菓子を食べよう」

「……分かったよ」


 ゆっくりおやすみ、とはお茶を飲もうと言う意味らしい。全くもって伝わらない。私はそっともう片方の椅子に腰掛けた。此処の位置がわからない。位置が分かるまでは彼女に従うのが、賢明な判断のはずだ。

 お菓子には口をつけない。毒が盛られている危険があるからだ。


「……お菓子。食べて欲しい。私の手作りなんだよ」

「……今はお腹一杯でねぇ」


 やんわりと断るも、ヴィオレットは困った顔をしてこちらを見て来た。

 それから思い当たることがあったのか、今度は自分がお菓子を食べた。


「あぁ、私としたことが、ヒトの子と触れ合うのを忘れてしまったらしい。はて、これで如何だい?これで毒が入っていない証明はできたよね?」

「……まぁ、そうだけど」


 恐る恐る、お菓子を食べてみる。可愛いステンドグラスクッキーだ。クッキーの中にある赤い飴が、可愛らしい。口の中で転がしてみると、ホロリとクッキーが崩れて、甘い飴の味が広がった。甘いものはあまり好きではないが、このクッキーは何故か美味しく食べられた。

 私の好きな味だ。なんだか。


「大丈夫?泣いてるよ?これは可哀想に。帰りたいかい?ごめんね。私は何もできないからどうにもならない。フェルルの意見を尊重したいけどね」

「は、泣いてる?何言ってるんだい。そんなわけ……」


 そう言って、頰をそっと拭われてから、ようやく自分が泣いていることに気がついた。意味が分からない。何故私は泣いたのだろうか。

 頰が冷たい。泣いたのはいつぶりか。もういくつもの間、泣いていないのか。


「……あぁ、懐かしい」


 口から自然とそんな声が漏れた。もう一度、クッキーを食べた。もう涙は出ない。しかし、じんわりとした懐かしさを感じる。


「懐かしい、か。よかった。そう思ってもらえるように、再現したからね」

「再現?」

「私の生まれ故郷の味。どうやら覚えてないんだね。私達は、会ったことがあるよ。遠い遠い昔。きみがまだ小さかったとき」


 ヴィオレットはそう言ってから、笑った。笑いながら私の涙を拭い、そっと抱きしめて来た。突然のことに、私は身を固くさせた。


「そろそろ終わりが近い。さよなら。ゆっくりできた?私はいつでもきみの味方だからね」

「終わり……って」


 聞こうとした途端、急激に私の意識が遠くなった。

 ヴィオレットが、まだ何か言っている。しかし、聞こえなかった。

  ヴィオレットの声を尻目に、私の意識は遠ざかっていった。


「朝……?」


 そしてまた目を開けると、次は学生寮の自室だった。

 花畑はない。時計を見ると、早朝を指していた。日は既に登っている。

 あれは、夢だったのか?

 疑問を胸に、私は魔法戦の支度を始めた。

 今日は、魔法戦の日だ。早く支度して、私用の魔道具の点検をしなくては。あれはだいぶ昔に作ったものだったから、壊れていないか、不安だ。


 魔道具の点検をする。それはどうやら平気そうだった。細やかな作業をしていても、不思議と私は集中できなかった。

 点検の精度も不安だ。壊れているかもしれない。

 それでも私はしばらく、ラウゼに声をかけられるまでベッドの上でぼんやりとしていたのだった。

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