表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/27

四話 ラベンダーは睨みつける



「これより、実技魔法の授業を始めます」


 黒板に立ったグリスィーヌ先生は、こちらに杖を向けた。みんなで一斉に構える。先生が呪文を唱える為、軽く息を吸った。あぁ、今日も地獄が始まる。


「   Ἥφαιστος 《ヘパイストス》 」


 先生の冷静な声と共に、杖先から小さな炎が飛び出した。みんなが警戒して一歩下がった。

 途端に炎が渦になり、それがうねりを上げ、押し寄せる。頰にかかる火の粉は焼けるように熱い。

 私は誰かを助けるべく、空間魔法の準備を始めた。


 入学式から、一ヶ月も経つ。

 グリシィーヌ先生の授業は想像を絶する過酷さであった。噂ではあるが、他のクラスでは座学が殆どらしい。

 しかし、このクラスは違った。なんと実技魔法授業は、対人の実技戦なのである。しかも先生対私達全員。

 ちなみに、勝ったことは一度もない。容赦なく打ちのめされる。しかし、もし勝ったら、しばらく座学になるらしいので、みんな必死である。

 そのため、自然と私達は団結し、仲は深まっていった。なので、私の苗字について尋ねる人は自然と居なかった。


「    Αιγίς《アイギス》  」


 ラウゼの氷の盾が、私達を守るように出現。

 見事に先生の炎を防いだ。

 ラウゼは何故か適正魔法が使えないらしいが、なんとそれ以外の魔法は恐ろしく強い。正に天才である。

 なので、私達の中で最強は間違いなくラウゼだろう。

 

 みんなが今のうちだとばかりに、呪文を次々と唱えた。氷や炎が飛び交う中、先生は易々とラウゼのアイギスよりも大きな盾で防いでいった。


「ジョーヌっ!」

「分かっているぞ!」


 ジョーヌが、ものすごい高さまで飛び上がる。吹き上がる突風。それは先生の目潰しにも良い筈であった。


「喰らえぇぇっ!!!」


 空から降りて来たジョーヌの斧が、先生の盾を粉砕する。ジョーヌは魔法が使えないが、物理は強い。

 先生は物理も許可しているのだ。

 ……もはや、どこが魔法学園なのか、わからなくなってくる。


「…………Χάος《カオス》」

 

 呪文を唱えて、先生の近くから、ジョーヌをこちらに移動させた。途端に突き刺さる氷の槍。それは先ほどジョーヌの立っていた場所に刺さっていた。


「うむ、流石だな。助かったぞ」

「……まぁ、あと二回しか使えないから、慎重に使わないとねぇ」


 このクラスの半分は、適正魔法がない。ラヴァンドとジョーヌもその一人で、そう言う人は放課後に他の魔法を練習しているらしい。ジョーヌはしていないが。


「   Περσεφόνη《ペルセポネ》   」


 小さな粒子のような氷が、ラウゼの横に浮かび上がる。

 それは遠くにいる私にもひんやりと冷気を感じさせた。あれはどのくらいの寒さなのか。パキパキと空気が凍りかけている。絶対零度に達しているのだ。

 それは恐ろしく疾く、先生に向かって行った。


「……ふ、エルゼ・スノーホワイト。貴方には類い稀なる魔法の才がある。しかし――」


 しかし、先生はそれよりも疾く移動……いや、瞬間移動をしたのだ。あれは、空間魔法だ。直感で、わかる。

 そう気づいた途端、いつのまにか私は呪文を叫んでいた。


「――カオス――」

「遅い」


 先生は、容赦なくラウゼを杖で吹き飛ばした。えげつないが、一応手加減はされているだろう。しかし、間違いなくラウゼは気絶した。

 ……それにしても、まずい。1番の戦力のラウゼを潰されるなんて。


「ジョーヌ。前に出て」

「了解したぞ!」


 ジョーヌが、私達の前に守るように出た。

 みんなはそれを見て気を引き締める。ジョーヌが倒れたら終わりだ。精一杯に支援をせねばならない。


「   Ἄρευς《アレス》  」


 先生がジョーヌの斧に向けて、魔法で出来た巨大な斧を投げつけた。しかしジョーヌは難なくそれを払う。

 その斧が先生に向かい、豪速で飛んでいった。


「   Πλουτώ《プルト》   」


 クラスメイトでジョーヌの友達のプリュオが支援するように、水の閃光を飛ばす。

 水は柔らかい。しかし、速く細く飛べば、それはドラゴンの鱗でさえ貫く武器と化す。

 彼の魔法はそれを体現していた。彼は強い。――――――魔力が低すぎて二回しか魔法が使えない事以外は。

 プリュオは疲れて、ふらついた。もう二回使ってしまったらしい。


「プリュオ。何度も言っていますね。魔力効率の学習を進めなさい。貴方は魔力切れが早すぎる」


 だから、魔力切れになったフリュオは真っ先に狙われた。ラウゼと同じく、杖で殴られて撃沈する。

 ジョーヌはこれを機と思ったのか、その隙に背後から重撃を放った。地が割れるような衝撃。それが先生に命中した――――と思った。


「そしてジョーヌ。貴方はもっと頭を使いなさい」


 しかし、技を放つ直前、先生があらかじめ張っておいたのか、沼に嵌ってその隙に殴られ撃沈。


「   Ἀληκτώ《アレクト》  」


 私の使える唯一の攻撃魔法が、更にその隙を狙い敵を撃たんと雷鳴を鳴らし、紫の雷を落とした。

 先生はそれを軽く払う。それは予想済みだった。――だから、その前に唱えかけていた得意の空間魔法と共に出したのだ。

 雷がひゅんとワープする。そしてそれが先生の頭上に落ちていった。

 雷が軽く先生を貫いた。よし、これでターゲットが私になる。私はこのまま囮になって、みんながその内に打てば、もしかしたら…………。


「ふむ、フェルール。貴女はクラスで一番聡く、そして優しい。しかし、自分の周りになると、すぐにおろそかになりますね」

「……なっ」


 後方で冷たい声が耳をきんと貫いた。急いで振り返るも振り返った先には杖があった。ただの杖だ。なんの変哲もない、初心者が使うような、そんな代物。

 軽く殴られる。身体能力の低い私の身体は、それだけで崩れ落ちた。


 ――――杖で殴られて倒れる。だからこそ、悔しいのだ。クラスのみんなで考えた作戦が、そんなものですっかり台無しになる。

 暗く沈んでいく視界の中、私は小さく唇を噛んだ。



「はぁ……。今日も負けたねぇ」

「…………うん。あの、ごめん」


 ラヴァンドは、申し訳なさそうにこちらを見た。ラヴァンドは魔法が使えない。魔力は有り余るほどあるのに、魔力を発する器官が壊れているらしい。

 それを改善するために魔法学園に入学したのだとか。


 今は放課後の自由時間だ。そんな時間に、私は鉄やら銀やらのパーツを組み合わせながら設計図の通りに手を動かしていた。


「いや、ラヴァンドは悪くないよー。それに私も人の事は言えないしねぇ」


 私はこのクラスで二番目に弱い。そんな私が文句を言ったら人のことを言えなくなってしまう。

 話しながらも、慎重に魔晶石――魔力が入った宝石――に魔法陣を書いていった。

 今私が作っているのは、ラヴァンド用の魔道具だ。

 これが完成すれば、ラヴァンドも戦闘に参加できるだろう。

 私は魔道具を作る事が昔からの趣味なので、ラヴァンドの武器を作るのも、あまり難しいことではない。


「あの……何か、手伝おうか…………?」

「んー、今は細かい作業ばかりだし、特にないねぇ。あ、エルゼを呼んできてくれないかい?魔晶石に魔力を込めないといけないから」

「………………エルゼさん……は……その」


 途端にラヴァンドは顔を暗くさせた。ラヴァンドとラウゼは、何故か仲良くなれない。まぁ、人には相性の良し悪しはあるものだが……。

 私には、ラヴァンドが一方的に遠ざけているように見える。ラウゼがお茶に誘っているのを何度か見かけたが、ラヴァンドは全て断っていたのだ。受けたら関係が改善するかも知れないのに。

 

 あれから一カ月経ったが、ラウゼは私の秘密を守ってくれている。それに、人の感情の機微に敏感で、誰かの相談に乗っているのを何度か見かける。

 ラウゼは、悪い人ではない。何度か悪人を見て育って来た私が言うのだから、間違いはない。

 でも、ラヴァンドはラウゼが嫌いらしい。怖いでもなくて、嫌いらしいのだ。


「……わかった。…………あの、どうしても?」

「うん、まあねぇ。そろそろ魔法戦があるから、早くラヴァンドの武器を作らないと、すぐにやられちゃうでしょ?」

「――――あ、うん。あの、えっと、ごめん」


 ラヴァンドはペコリと頭を一つ下げて、足早に教室から出ていった。


 ……我ながら、性格の悪いものだ。本来なら私が魔力を込めるだけで済むのに、いちいちラウゼを呼んでいるなんて。

 ラヴァンドには、ラウゼと仲良くしてほしいのだ。

 これは、本当に個人的な願いだ。

 その為に人を騙すだなんて、私の未来もまともなものではないかもしれない。もしかしたら父のように処刑される未来があったり……。……不吉なことを考えるのはよそう。

 軽く頭を動かしてから、私はまた作業に没頭した。

 魔法戦は、あと少しだ。

 ――魔法戦とは、四人のチームを組み、一番強いクラスを決める戦いである。年に二回あるらしい。

 私は、ラヴァンドとラウゼとジョーヌと組む事が決まっている。

 魔道具はあと少しでできる。これで、ラヴァンドは私より強くなるだろう。少し羨ましいような、そんな醜い感情もないとは言えないが。それでも私は手を動かして作業を続けたのだった。

 二人の様子を想像しながら。少しは仲良くなってほしいと、身勝手にも願いながら。



「…………エルゼさん。フェルルが呼んでます。…………早く来てください」

「教えてくれた事、感謝します。ありがとうございますね」


 見るからに、不機嫌だ。ラヴァンドはラウゼに対してだけ、敬語だった。

 ラウゼ自身も、理由が分からなかった。


「……」


 教室へ向かう道中も、お互い無口なこともあり、更に仲が悪い事もあり、一言も話さなかった。

 ラウゼは仮面の下で、軽く目を伏せた。きっとこれはフェルルの計らいであろう事は容易に予想がついた。


 彼女はああ見えて世話焼きである。本人に言ったら否定するだろうが。

 フェルルの計らいを台無しにするわけにはいかぬと、ラウゼは気まずい空気の中、そっと話しかけた。


「ラヴァンド様。何故貴女は私に敬語なのでしょう。敬語は解いても良いですよ」

「…………それを言うなら……エルゼさんも、敬語。…………だから、やだ」


 それを言われて、納得する。ラウゼはフェルル以外には敬語である。何故フェルルには普通に話せるかと言うと、それはフェルルがわかりやすく敬語を拒んだからであった。ただそれだけの理由なので、距離を作っているつもりはなかったのだ。


「それも、そうですね。では、敬語はなしに……」

「………………ラウゼ、リーナ」


 ラヴァンドは、ポツリとつぶやいた。

 それは、本来知らないはずの単語だった。

 息を呑みそうになる。

 ラウゼは仮面から出ている口元に表情を出さないよう、軽く唇を噛んだ。


 知っているのは、フェルルだけ。ならば、フェルルが情報を漏らしたのか?ラウゼは思考する。

 しかし、フェルルは嘘をつく事を本当に嫌っていた。

そうなれば、違うはずだ。

 ……それも演技だとしたら?邪な考えが脳裏に浮かぶ。ラウゼはひとまず切り替えた。まずはラヴァンドの対応が先だ。


「何故、其れを知っているの。答えなさい」


 ラウゼは無意識に仮面の下でラヴァンドを睨みつけた。ラヴァンドはおどおどと怯えながら、それでも強い瞳でポツポツと話した。

 その目には、強い強い憎しみが浮かんでいた。

 

「……廊下で、聞いた。鍵を盗んだのも、わたし。……あの、あなたのこと、見たことあって、それで気になって…………でも、……それで確信した」


 ラヴァンドは憎悪と嫌悪の目で、ラウゼを残酷に、冷めた目で見つめた。ラウゼは目を逸らせなかった。

 だって、彼女の目は あの時 とそっくりだったから。どくどくと心臓がいやな音を立てた。


「あなたは、わたしを殺した人だって」


 ラウゼはさあっと血が引いていくのを感じた。




「二人とも遅いなぁ。喧嘩してたりして……いや。ラウゼに限ってそれはないか」


 ラウゼが喧嘩しているところはちっとも想像ができない。喧嘩したとしても、冷静に言い伏せてしまいそうだ。

 丁度、そんな事を考えていた時だった。


「……フェルル。何か用かしら」


 ラウゼが教室へ入って来た。ラウゼはあれから敬語をやめてくれて、ちょっと嬉しい。……恥ずかしいから本人には伝えてないけれど。


「あ、エルゼ。ここの魔晶石に魔力を込めて…………あれ?」


 私は辺りを見渡した。おかしい。ラヴァンドがいない。ラウゼを呼んで、すぐに帰ってしまったのだろうか?


「ラヴァンドは、どうしたんだい?」

「………………。それは」


 ラウゼは言いにくそうに、言葉を濁した。ひっきりなしに、冷や汗が流れている。

 しかも、声色に感情が乗っているし、ラウゼの癖である爪先を弄るような動作も、繰り返し行われていた。

 私は内心で目を細めた。


 何か、ある。喧嘩なんてものではない。

 それよりももっと重大で深刻な何かだ。しかし、この様子だと話してはくれないだろう。

 話すなら、今話してくれるだろうから。


「はぁー、困ったねぇ。ラヴァンドは。どうしてそんなにラウゼを避けるんだか」

「……………………。えぇ、そうね」


 ラウゼは余裕のない声で、同意した。

 私はまだ、聞かないことにした。一度聞くと警戒されてしまう。少しずつ情報を抜き出して、全てを知っているようなハッタリをかけ、全てを抜き取る。

 そう、決めた。

 詐欺師の娘は辞めたはずなのに、どうして私は騙してしまうんだろう。

 私は知らない。人を騙す生き方しか。これは無意識だ。私にとって、呼吸をするようなことなのだ。


 自分の中で言い訳をして、私は自分を騙した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ