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七話 魔王の囁き

ラウゼ久しぶりに登場です。



「やぁ。おはよう。今日もゆっくりとおやすみ」

「ん……。ヴィオレット?」


 私はのろのろと起き上がった。今日は、自称カミサマ?は居ないらしい。

 私はそう思った。


「わっ!」

「ぴぎゃっ!」


 後ろから驚かされて、私は変な声を出して驚いた。

 後ろを振り向いて、ため息をつく。

 カミサマが、後ろに立っていたのだ。


「ぎゃは、なんだよその悲鳴。ぴぎゃって……ぷっ」

「わ、笑うなよぉ!」

「あまりフェルルに意地悪するな。私とて、フェルル以外には寛容ではないのだから。」


 ヴィオレットは見たこともないほどの、冷たい目で言った。優しいのは私にだけらしい。

 カミサマは不満気に椅子に座って、クッキーを食べ始めた。

 私も席について、クッキーを一つもらった。ヴィオレットの様子から、食べないと元の世界に戻れないみたいだからだ。

 決して、食べたいわけではない。……決して。


「ヴィオレット。私って、王女だったりする?」

「その質問には……答えられ……」

「うん、そうだよ?」


 カミサマが、ヴィオレットの言葉を遮った。

 ヴィオレットがものすごい勢いで、カミサマを睨みつけ、拳骨を喰らわせた。


「いった……。ほんとのこと、言ってやれよ。俺が言わなくても、もうフェルルにはバレてるって。」

「はぁ……。そうだよ。キミは王女。でも、私の娘ではない。」

「え?王女なのに、娘じゃない……?」


 混乱してきた。王女なことは、察してはいたが、ヴィオレットの娘では、ない?

 ヴィオレットはにこりと微笑んで、頷いた。カミサマとの、偉い待応の差が気になる。

 少なくとも、ヴィオレットの血縁であることは間違いない。


「残りは歴史書をよく読んでごらん。花精霊の加護のことも、載っているから、ね?」

「え?歴史書に?」

「うん。花精霊の加護は希少なんだよ?私とフェルルしか、今この国で使える人はいないもの」


 くすくすとヴィオレットが笑う。

 なんで笑っているのか分からず、私は首を傾げた。


「いずれ分かるよ。――――これは、絶望を与える加護でもあり、同時に希望を与える加護でもあると」




「いらっしゃいませー!」


 私はニコニコと営業スマイルを貼り付けながら、料理を机の上に置いた。

 約束通りバイトをしている私だが、存外にこれが性に合うのである。


「フェルルちゃん、ビール一杯頼むよー」

「はーい!任されましたよぉー!」


 私は厨房まで早足で向かった。

 

 あれから二日。結局本屋には向かえず、歴史書どころか、買った本すらまともに見れる時間が少ない。

 しかし、今日は早めに店をたたむらしく、今日こそは本屋に向かえそうだ。


「フェルルちゃん、もう終わっていいよ。小さいのに、頑張ってるねぇ」

「あはは……ありがとうございます」


 私は身長が低いのと、童顔なことが相まって、ものすごく年齢を低く見られているみたいだ。

 おかげで仕事も甘いし、訂正はしていないし、するつもりはない。


 私は急いでお店の制服をクローゼットに戻すと、幾つかのお金と本を持って、さっそく本屋に向かった。

 本屋と宿屋はかなり近いところにある。運動をなるべくしたくない私にとって、最高の場所である。


「歴史書……あ、あった」


 分厚い本が、片隅に置いてあった。人気がないのか、少し埃をかぶっている。私は埃をサッと手で払った。

 ヴィオレットの言うことが本当に合っているかは定かではない……が、可能性はいくらでも考えるべきだ。

 私は本のページをめくった。


「花精霊の加護については……書いて無さそうだねぇ。じゃあ、王家の歴史のところにあるかも」


 私は目次を見てページを辿り、王家の歴史について調べてみた。案の定、花精霊の加護についても書いてある。


「えーっと、王家の名前にはフェ・デと言う敬称が付く。これは精霊の意味を持つ……。花精霊の加護は、王家だけが持つ、最強の一つである加護。」


 私はそれを見てパチパチと何度も瞬きをして、読み直した。ヴィオレットは不穏なことを匂わせていたが、この本にそのようなことは書いていない。

 それどころか、最強の一つ?


 私の人生が、報われるかもしれない。本来、頭も大して良くなく、運動神経もなく、魔力もなく、顔も普通。

 そんな私が、報われる。そう考えるだけで、わくわくと心が浮き立った。


「花精霊の加護は、花と草の魔法、どちらも上手く使うことができる。そして魔法の効力を何倍にも強める。おお……強そうだねぇ!あれ、まだ続きがある。それだけでなく――――」


 私が続きを読もうとした途端。


「きゃあっ!」


 外から大きな悲鳴と、物音が聞こえた。

 私は驚いて、本を誤って閉じてしまった。

 外を見に行くか、本を引き続き読むか、一瞬迷う。けれど結局、外に行くことを選び、私は本を本棚にしまった。



 私が背を向けたその本の、最後の記述を読むことなく。

 今思えば、私は大きな、間違ってはいけない勘違いをしていた。


 花精霊の加護は、何一つ欠点はない加護である、と。

 気づけば私は長生きできただろうに。それでも私は、選んでしまったのだ。




「な、何があった……ん……だい?」


 外に急いで出て、声をかけようとした私の声が、どんどんと消えていく。

 叫んでいた女性が、倒れていた。血を撒き散らして、何故か心臓を抉り出されて、女性は苦しそうに白目を剥いて、倒れていた。


 どどどどど、と心臓が大きな警戒音を鳴らす。

 瞬きすらせず見つめていた目から、自ずと涙が出た。

 酸っぱいものが、喉の奥から込み上げてくる。私は手で口を覆った。


「死ん……で……る」


 何十秒も経ってから、私はようやく気づいた。

 この人は、死んでいるのだと。


「何が?は、犯罪者でも、出たの……?」

「きゃあっ!!」

「助けて……!助けてくれえっ!」


 我に返って、ようやく気づいた。町中に、悲鳴が溢れていた。

 私は、吐き気が込み上げる中、何とか原因を探した。


「怪物……!エクスゼウス人だ」


 遠くの方に、大量の怪物に成り果てた、エクスゼウス人が見えた。

 この町を、あいつらが襲撃したんだ。

 多分、あの中でこっちを通りかかった怪物がいて、偶然この女性はやられてしまったのだろう。


 つまり、怪物は、まだこっちにいる!


「…………αΩζνε」


 何か、謎の言語で怪物は私に話しかけてきた。

 後ろの方に居たみたいだ。私はこの前買った本を開き、草魔法のページを見た。

 短縮……アドリブで行けるかな。私は震える声で、本を短縮して叫んだ。


「蔓、収束し、敵を拘束せよ」


 私の手から、見たこともないほどの蔓が飛び出していく。ものすごい速さで、それは怪物を縛りつけた。

 ――今思えば、クロノスみたいにいばらで縛りつけた方が、攻撃もできて、一石二鳥だったかもしれない。


 想像以上に上手く使えた魔法に、私は嬉しさで口元がニヤけた。


「フェルル!」


 私が敵を拘束していたら、ラヴァンドが現れた。

 ユーストたちはいないようだ。どうやら向こうの怪物を倒しに行ったらしい。


「大丈夫?」

「大丈夫だよぉ。何が起きたんだい?」

「ま、魔王軍がユーストを狙って、この町を襲撃してきた。私とジゼットとフェルルは、ここに現れた敵を倒す担当。ジゼットは……もう少ししてから、くる」


 ラヴァンドは、炎で出来た剣を握りながら、言った。

 よく考えたら、ラヴァンドの炎の剣と私の草魔法は相性が悪い。草魔法や花魔法はサポートに優れているようだし、おとなしく回復に専念するとしよう。

 それに、ジゼットが来るんだったら、私の加護のことは内緒にしないといけないし、短縮もしないようにしないと。


「……来た。私が前に出る。……フェルルは……回復と、万が一の時は、空間魔法を……お願い」

「分かったよぉ!任せてねぇ」


 私は隠し持っていた、ランプ型の魔道具を出した。

 よく考えたら、私が魔道具を作るのが得意なのは、母親がメルクリウス人だからなのだろう。

 メルクリウスは、機械と武術の国だと言うし。


 ラヴァンドが、やってきた怪物を一人残らず倒していく。あんなに弱かったラヴァンドも、今はこんなに強い。友達の成長が、嬉しく感じた。


「ジゼット、来たのかい?キミも戦闘に参加してくれるんだよねぇ?」

「すまない。遅れた。悪いが、私が戦闘をすることは王に禁じられている。」

「は?じゃあ何で来たんだよぉ」


 ジゼットは言いにくそうに、言った。


「軍師兼、執事として、だ。…………私だって、女王陛下の考えは理解できない。」

「…………そうかい」


 ジゼットは苦虫を噛み潰したような表情で、言った。よく見たら、剣を持つ手が震えている。怒りで震えてる?いや、そんな感じではないな。

 私は少し考えてから、ようやく納得できる考えが思いついた。

 これは、恐怖だ。恐怖からくる震えだ。


「ジゼット。何に、怖がっているんだい?」

「……馬鹿者。私のことは、気にしなくていい。今、お前はラヴァンドのことだけ考えろ。」


 逆ギレされてしまった。私は仕方なく、ラヴァンドの方に時々回復魔法を掛けたりして、援護した。

 正直、暇だ。怪物の動きがあまりにも単純なので、ラヴァンドが雑に切るだけで倒せそうだ。ラヴァンドは真面目だから、雑に倒してはないけど。


「フェル……ル!ど、どうしよう……」

「ラヴァンド?どうしたんだい?」


 ラヴァンドが急にこっちに向かってきた。ラヴァンドの様子から、かなり大事らしい。


「ら、ら、ら、ら、…………ららららら……ら……ら」

「ラヴァンド……。落ち着いて。一回深呼吸してみたらどうだい?」


 急にラヴァンドが壊れたように、ら、としか言わなくなった。らって何だろう。

 ラヴァンドは深呼吸をしてから、話し始めた。


「ラ、ラウゼリーナ……が、遠くにいた」

「――――何だって?」

「何?魔王が近くに?……私はユーストに報告してくる。」


 ジゼットは聞いてすぐに、私たちに背を向けて、ものすごいスピードで、ユーストの方へ向かった。

 ものすごい判断力だ。

 あとこの速さ、薄々気づいてたけど、ジゼットって本当は強いよね?


「ラヴァンド。私はラウゼに会いに行きたい」

「うん……。フェルルなら、そういうと、思った……かな」


 ラヴァンドは、私の意見を止めることはしなかった。

 ただ、ラヴァンドは怪物の前に立ち塞がった。


「行って。……私は、怪物を、倒す。」

「……ありがと。ごめんねぇ、回復できなくて」

「気にしないで……。急いだ方が……いい。ユーストがラウゼに襲いかかる前に……話しかけないと」

 

 ラヴァンドの優しさに甘えて、私は箒に跨った。

 高度を上げ、ラウゼをようやく目に収めることが出来た。

 ラウゼは、いかにも高そうなドレスを着て、見慣れた仮面をつけて空中に佇んでいた。

 箒を使わずに、二対の入学式の時に見た槍を空中に構えて、戦闘体制をとっている。


 ラウゼの仮面が、私の方を見た。目には見えないが、私の方を見ているのが何となくわかる。


「ラウゼ。」

「…………貴女は」


 ラウゼは、私に向かって近づいてきた。

 私は逃げずにラウゼをまっすぐに見た。


「貴女は、敵ですね。私は敵を全滅せねばならない。他でもない、我が国のために。」

「やっぱり、覚えてないんだね。ラウゼ。」


 きっと、ラウゼの仮面の下は、もう怪物だ。

 ラウゼだけど、ラウゼじゃない。少し話しただけでわかる。


「私は、キミの味方だよ。私は、キミの国の住民なのだから。」

「そうですか。確かに、解析魔法でもそのように出ましたわ。――では、なぜここに?」

「逃げるためだよ。私は怪物になるつもりは、ないから」

「怪物?何を言っているのでしょう。お前たちこそが怪物。私たちの姿こそが、真の人間。貴女も、私たちの姿を享受すべきです」


 私は、悔しくて唇を強く噛み締めた。あまりに強く噛み締めるものだから、唇から血が出て、私の口の中を鉄の味に染めた。

 ラウゼ。今、キミは、確かに魔王だよ。人間の敵だよ。新聞に載っていたことは、間違っていなかった。

 でも、私、おかしいの。


「そうかもね。私は、キミの全てを認めるよ。」

「…………そう。ならば良いのです。」


 私、ラウゼの味方をしたいなんて、思ってしまう。ラウゼの味方をしたら、人類が、無くなってしまうかも知れないのに。

 でも、キミと過ごした思い出が消えないんだ。


 知らずに、私は涙を流していた。


「何故泣くのです。私に不満がありますか?」

「………………。ない。ないよ。キミは悪くない。悪くないんだよ」


 ラウゼは、何も悪くない。

 それなのに、記憶まで消えて、怪物にされて、魔王と呼ばれて。

 それなのに、どうして殺せるの?何故殺されなければならない。

 私は涙を雑に袖で拭った。


「ラウゼ……。ごめんなさい。キミだけ、こんな目に遭って。私だけ無事で、ごめんなさい……」


 私はラウゼに背を向けた。

 ラウゼも、ひらりとマントを翻し、私に背を向けた。


「だからこそ、私はキミだけに背負わせない。……私はユーストを、殺してやる」


 今度こそ、寸分の迷いすらなく。私は言い放った。

 ラウゼは、去り際に一言だけ、言った。


「――――何故」


 と。

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