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六話 襲撃

久しぶりに投稿!

三章 六話 襲撃


「お前は――勇者一行の魔法使いか。悪いが、この先は通すことはできない」

「――――ふふ」


 衛兵たちは、魔法使いの笑みに後ずさった。

 この笑みを、どこかで見たことがある。まるで逆らえないような、そんな気持ちが湧いてきた。


「私が何者か――。一度私の母に会ったお前たちならば、分からないわけがないでしょう」

「な、何を……」


 魔法使いの、見た目にそぐわない威圧的で威厳のある雰囲気に圧倒される。

 空気の全てが彼女に向いているのと錯覚してしまいそうになる。

 衛兵は思わず槍を持つ手を緩めかけた。


「まだ分からないのですか?随分と察しの悪い頭を持っているのですね」


 魔法使いはくすくすと笑い、広げた手を目の下に当てた。

 そうしたとたん、衛兵たちは息を呑んだ。

 あの目は、あの紫の瞳はまごうことなき女王陛下の瞳だ。

 よく見たら、髪の色も同じ白髪で、雰囲気もそっくりだ。唯一の違いは少しの顔立ちと、年齢、そして身長だけだった。


 衛兵たちは即座に彼女の正体を見抜いた。


「まさか……王女殿下……なのですか」

「えぇ。私こそ、この国の第一王女です」

「も、申し訳ございません。か、確認を。フェ・デ・フルール・エルム・メルクリウス殿下で、間違いない……のですか?」


 この国の第一王女、フェ・フルール王女は昔に行方不明になったはずだった。

 もしや、新たな王女様が現れていた?その可能性を否定しきれず、衛兵たちは彼女に問い返す。


 彼女はその名前を聞いて、一瞬驚いた顔をした。

 その顔をして、そのまま緩やかに笑顔になった。

 完璧に整った、人間のものとは思えない笑顔だった。


「名前を覚えてくれているのね。お前たちの忠誠に、私から感謝をしましょう。そして、忠実なるお前たちに命令です」

「はっ!何なりとお申し付けを!」


 衛兵たちは偉大なる王女殿下に敬礼をした。

 少し話しただけでわかる。彼女の国を統治する能力と、国民を虜にする魅力が!


「ここを通しなさい。私の手で、この国の町長に直接手を下します。この国に栄光を齎す勇者の仲間に手を出すなど、あってはなりません」

「分かりました!ご武運を!」

「えぇ。そして、お前たちに最後の命令です」


 王女殿下は女王陛下と同じ、紫色の瞳を見開き、言った。


「私が王女であることは内密にしなさい。いいですね?」

「了解しました!」


 衛兵たちは王女のために道を開けた。王女は堂々と、それでいて気品の溢れる歩みで屋敷まで向かっていった。


「あれが、王女殿下……。納得しかできないな」


 衛兵は、王女の完璧とも言える姿に、鳥肌を覚えたのだった。



「なーんてねっ!くくく……こんな演技に騙されてくれるなんて、私も捨てたものじゃないよねぇ!」


 私は衛兵たちの姿を見てニヤリと笑った。

 作戦は単純だ。

 私が王女として館に侵入して、そのまま堂々とカエルラ先輩を連れ帰るのだ。

 疑われたら終わりだが、その心配は要らなかったようだ。

 ヴィオレットに少し顔を似せるようにメイクをして、白いウィッグを被ったら、私でさえ自分がヴィオレットなのだと錯覚しそうなくらいに、似る。


 ヴィオレットは私の名前は好きに使っていい、と言っていた。ならば、今使うまでだ。遠慮なんて知ったものではない。


「そこのお前。カエルラ・ブルードという女性をご存知ですか?」

「か、カエルラ……。青い髪の女性なら、今町長の部屋に居ますが……」

「今すぐ案内なさい。王女の命令です」


 私はさっきと同じように広げた手を口の下に当てた。

 話しかけたメイドは、私の目を見てハッとした表情をした。

 全てを察したとばかりにこくりと頷いてくる。

 私は正解だ、とばかりに頷き返した。


 ……他人の職権乱用である。


 いや、でも王女の名前のフェ・デ・フルールなんて、略称したら、フェルールになるし……本当に私、王女なのでは……?


 考え込みそうになり、慌てて切り替えた。

 こんなこと、後でヴィオレットに聞けば済む話だ。


「ここが、町長様のお部屋です」

「案内ご苦労。ここからは私が一人で入ります。お前はもう休みなさい」


 案内してもらって、直ぐに着いたのは一際広そうな部屋だった。

 私は迷いなく扉をノックすらせずに開けた。


「カエルラ先輩。助けに……来た……よ……」


 思わず言葉が止まる。


 どす黒く光る蛇。それが町長の首に巻きついていた。

 カエルラ先輩は、いつもの様子と違い、町長が苦しむのを無表情で見ていた。

 あれは、カエルラ先輩なの?カエルラ先輩はあんな目ではない。もっと優しくて、まるで姉様がいたらあんな感じだろうなって……そんな人で。

 人を殺すような人では、ないのに。


 止めなきゃ。


 そう思い、正気に帰る。


「カエルラ先輩!殺す必要はない!魔法を止めてよ!」

「なぜ?」


 カエルラ先輩は冷たい声色で呟いた。

 あまりにも冷たい声だったから、私は息を呑んだ。


「私はメルクリウス人を殺す。殺し尽くす。コイツらは相応のことをしたんだ。なぜ殺してはダメなのか、理解できない」

「カエルラ先輩。殺しは、ダメだよ。絶対に、後悔するから」

「別にいい。私は既にメルクリウス人を殺しているから。一回殺して死刑なら、何回も殺してから捕まる方が、余程いい」


 カエルラ先輩は、ニコリとも笑わず、それどころか表情筋をピクリとも動かさない。

 ――どうやら、冗談ではないらしい。

 私は説得しようと言葉を選びながら、必死に叫んだ。


「先輩。ダメだよ。人殺しだけは許せない」


 ユーストを殺そうとしているのに、何を言っているのだろう。自分に嘲笑が漏れそうになる。

 それでも私は、カエルラ先輩の袖をぎゅっと握った。カエルラ先輩は無表情でこちらをみた。

 その目はいつもの青と金色の綺麗な目ではなくて――赤と生気のない、氷のような瞳だった。


「離れてくれ。私はお前が思うような人間ではないんだ。人殺しだ。人を殺してもなんとも思えない人間だ」

「そんなこと、ないよ。

 先輩は、私が辛い時にいつも気を遣ってくれる人。

 先輩は、ジョーヌを守ってくれた人。

 先輩は、ユーストが怪物になったエクスゼウス人を殺す時、いつも悲しそうな顔をする人。

 私は、見てるよぉ。先輩がどんな人なのかを。」


 先輩は、パチパチと瞬きをした。

 そうしてから、でも、とまた口を開いた。


「その私が嘘だったら、どうするの?」

「詐欺師の私を舐めてるのかい?いつもの先輩は、嘘なんかじゃない。嘘をつけるような人じゃない」


 私がそう断言すると、カエルラ先輩は、急に心臓を抑えてうずくまった。

 私は慌ててカエルラ先輩に駆け寄った。

 スルスルと、町長の首に巻きついていた蛇がカエルラ先輩の心臓へと戻って行く。

 町長は空気を求めて、苦しそうに息を吸った。


「……も、戻った……。」


 カエルラ先輩は、自分の手を見つめた。

 私も流されるように先輩の手を見つめ――言葉を詰まらせた。

 そこには、黒い蛇のタトゥーのようなあざがついていた。カエルラ先輩は、慌てたように急いで手を隠した。

 そうしてから、突然声を張り上げた。


「ほんっとうにすまない!町長さん、フェルル!」


 見事な九十度の角度のお辞儀をしてきたので、私は慌てて止めた。


「そ、そんなに謝らなくても……」

「いや、でも私は彼を殺しかけたんだ。謝っても謝りきれない。本当にすまない!」

「――い……や。だ、大丈夫……です。そ、その代わりに近づかないでもらえると……」


 町長は震えながら叫んだ。カエルラ先輩はまた謝ろうとして、途中で辞めた。何を言っても怖がらせてしまうことがわかっているからだろう。


「先輩。みんなが屋敷の外で待っているから、合流してきてね。あと、あの蛇のことも説明してよぉ?」

「うん、分かった。ありがとう。事情は必ず話すと誓おう」


 先輩がドアの外に出て行ってから、私はぺこりと頭を下げた。


「すみません。これからも、予定通り、泊めてくれませんか」

「それはできん。俺に危害を与えた勇者パーティは、信用できないからな」


 町長は、椅子に座ってふんぞりかえった。私はやっぱりか、と思うが交渉を続ける。


「――――そうじゃないと、彼女がまた暴走して……今度はあなたを殺してしまうかもしれませんよ?」

「そ、そんなもの、あいつを牢屋に入れれば済む……」

「蛇って縛れるんですか?隙間から出てくると思いますが。彼女の様子を見るに、あなたは随分と酷いことをしたようだ」


 私はくく、と薄く笑った。

 町長は私に怯み、一歩後ろに下がる。私は追い詰めるように一歩前に出た。


「私はあなたのしたことを内緒にしてあげますよ。そうしたら、あなたが逆らったら投獄のはずの命令に背いて、魔王討伐に向かっている勇者パーティの邪魔をしたことも、無し同然になりますから……ね?」


 笑顔の下に、意図的に黒いものを見せる。詐欺ではなく、正規の手法で追い詰められそうである。

 私は内心でも悪い笑みを浮かべた。

 

「……はぁ、あと、五日だけでいいな?」

「やったー、ありがとうございますー。さすが、町長サマ、良い判断力をお持ちですねぇ」


 私は契約書を取り出した。それをニコニコと嘘笑いしながら町長に押し付ける。


「それではここにサイン、お願いしますねぇ?」




「って感じで、五日は留まれるみたいだよぉ?」


 私はジュースを飲みながら言う。

 みんなは明らかに引いた顔をしながら、頷いた。

 クロノスだけは気にしていない様子である。彼は犯罪に慣れきっているからだ。


 ちなみに契約書を押し付けたこととか、町長に断れない提案を持ちかけたことは、言っていない。

 ただ、お願いした、とだけ言っている。

 それなのに、この引き様……そんなに酷いことはしてないと思うけど。


「何だいその顔。万事解決だと思うけどねぇ」

「確かに解決だが、手段が恐ろしい。変装すらほとんどしてないのに、なぜ騙せる。」

「あー、えーっと…………私、演劇の役者……だったかも?」

「なぜ疑問形なのか?」


 わざと嘘をつくのが下手なふりをする。そのくらいが、警戒されにくい。

 ユーストはジゼットの白けた目を見て、慌てて話を変えた。


「えーっと、さっきのことはさておき……明日はみんなで仕事ね!お金がないから!」

「分かった。…………フェルル、今日はお酒……飲まないでね?」

「もう一生飲まないよぉ、あんなもの」


 吐き捨てる様に、私は言った。ラヴァンドはふふ、と小さく笑って頷いた。

 私は最後のパンを飲み干して夕食を食べ終わり、自分の部屋に戻った。


「ふう……疲れた。」


 私は部屋に戻って直ぐに、今日買った魔術書を読んだ。勿論、読むのは花精霊の加護に近そうな、花や草の魔法のページだ。

 花精霊の加護ってどんな加護なんだろう……。考えても、花や草以外の魔法は使え無さそうな名前だ。


「フェルル……いる?」

「カエルラ先輩?いるよぉ」


 本を読んで数分経つと、カエルラ先輩がやってきた。私は慌てて本を隠してから、ドアを開けた。

 カエルラ先輩のウルフカットがお風呂上がりだから、ボブカットみたいになっていて、私は少し違和感を覚えた。


「さっき、事情を説明すると言っただろう?だから、説明しにきたんだ。夜遅くにすまないね」

「ありがとう。話したくなかったら、話さなくてもいいんだよぉ?」

「ふふ、ありがとう。しかし君は私に詐欺師であることを話してくれたよね?私も話したほうが、平等だと思うんだ」


 カエルラ先輩は、そう言いながらさっきは隠した蛇のあざを見せた。

 よく見ると、ドス黒いあざから微かな熱を感じる。


「このあざは、後天的にできたものなんだ。人体実験によってね」

「え?じ、実験?エクスゼウスって、人体実験が禁止だと思うけど……」

「いや、私を実験材料にしたのは、メルクリウスなんだ。私は父母共に騎士でね、騎士団の中に潜入したメルクリウスのスパイの正体に気づいてしまったらしく、それで二人とも殺された」


 カエルラ先輩は、強く唇を噛み締めた。一度言葉を止めて、口を開きかけ、戸惑う様にやめた。

 そうしてから、手に力がこもったまま、また話し始めた。


「父と母は、私にそのことを話していた。だから、私は口封じのためにメルクリウスまで連れて行かれて……実験台にされたんだ」

「なんの、実験なんだい?」


 聞くのは、よくなかったかもしれない。しかし、私は知りたかったのだ。

 カエルラ先輩は、今度は迷わず、言った。


「加護を与える実験だよ。私は失敗したらしくてね、本来精霊の加護を入れるところ、間違って邪精霊の加護を埋め込んでしまったらしい。処分されそうになった私は邪精霊の加護を使って、研究員を殺して、逃げた」


 なんだか、クロノスと似つく様な似つかない様な、そんな過去だ。

 クロノスも実験体にさせられかけて、殺したんだっけ。そんな理由の人殺しは、罪に入るのだろうか。


「邪精霊の加護は、勝手に暴走するんだ。さっきみたいに。だから、また何かあったら、逃げて欲しい」

「わ、分かったよぉ。何で先輩はメルクリウスに居たのかい?私の魔法で来たわけじゃないんだよねぇ?」

「それは……」


 カエルラ先輩は、憎しみのこもった瞳で、とある方向を見た。その方向は――ジゼットのいる部屋だった。


「私の加護が急に欲しくなったらしく、この前君が居ない時に連れ攫われたんだ。本当に……メルクリウス人は、自己中な人ばかりだよね。私がジゼット・グロックから逃げられないと知っておいて……!」


 先輩から、こちらが怖くなるほどの憎しみを感じる。

 その憎しみと言ったら、憎悪に達しているほどの――いや、憎悪をゆうに超える様な、そんな異常な程の憎しみだった。


 これ、カエルラ先輩を仲間に引き入れられるんじゃない?

 ユーストを殺すのも、カエルラ先輩の邪精霊の力があれば、私なんかより容易にできそうだ。


 そう思いかけ、やめた。なぜカエルラ先輩を巻き込まなければいけないのだろうか。これは、完全なる私の私情だ。


 そう決めたのに、心の中に何か重しの様なものを感じた。

 

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