三話 勇者は嫌われる。
今回は闇要素強めです。
「やぁ、久しぶり。ごめんね?忙しかったから、ここにいけなかったんだ。今日もゆっくりとおやす……」
「忙しいのは、戦争の準備をしてたからってわけかい」
私は目を開けて早々にヴィオレットを罵倒してしまった。ヴィオレットは曖昧に微笑むだけだった。
あれからシロの鳥籠には「カミサマ」ばかりが出てくるようになった。そうして数日経った今、ようやくヴィオレットが現れたのだ。
「何も悪くないラウゼを魔王なんて言って、キミって血も涙もないよねぇ。逆に凄いよぉ」
「ふふ、ありがとう」
「褒めてないからねぇ?」
嫌味を言っても反応しない。さすが、女王サマだ。
ヴィオレットはいつものように、クッキーをお食べと言いながら私にクッキーの乗ったお皿を押し付けてきた。
無視しようとすると、なぜか怒った顔をした。
「駄目。ちゃんと食べないと、戻れないから。シロの世界から、クロの世界に」
「……意味わかんないよぉ」
私は押し付けられたクッキーを一つ食べた。
シロの世界は、たぶんここのことで、クロの世界は元の世界……のことであってると思う。少しわかるようになってきた。
つまり、このクッキーのおかげで元の世界に戻っていると言うことだろう。ようやく、ヴィオレットがクッキーを無理にも勧めてくる理由がわかった。
「キミは、なんで私の名前を知ってるのかい?」
「フェルルは、メルクリウス生まれだからだよ」
「それは違う。父様が、私はエクスゼウス生まれだって言っていたから」
「…………うーん、もう言われてるの?」
ヴィオレットは言い訳を考えるようにしばらく考えて、ゆっくりと言葉を出した。
「じゃあ、本当のことを言おうかな。私はキミが生まれた時、キミを最初に見た人なんだよ?」
「……………………は?」
最初に……見た?最初に見るのって、お母さんが普通じゃないの?それとも私の母様が産んだときにヴィオレットがいたとか?
いや、女王様がなんでいるんだよ……。私は頭の中でツッコんだ。
私の母様は、亡くなっている。私が生まれてすぐに死んだと、父様が言っていた。
死んだ理由は、不思議と話してくれなかった。
そして、私の母様はメルクリウス人だったらしい。
もしかして……いや、まさかね。何度も言い訳を続けて、ヴィオレットをチラチラと見た。
ヴィオレットはふんわりと微笑むだけ。
あれ、そういえば私と目の色が同じかも。髪の色は違うけど、よく見たら目の形とかも…………いや。考えるのはよそう。
もし母親がヴィオレットだったとしたら、ユーストを殺すのが辛くなるから。
「ちなみに…………ヴィオレットは結婚してるのかい?」
「うーん……まぁ、していたよ。もう、夫はいないけどね」
「う…………」
結局欲に負けて少し聞いて後悔する。
ヴィオレットが母様だと仮定する。父様は16歳で同い年の人と結婚したらしいから、ヴィオレットに16歳と私の年齢をプラスすると…………。
31歳!?いや、流石にこの見た目で31歳は……ないよねぇ?
私はヴィオレットの若々しい顔を見て、うんうんと頷いた。
ヴィオレットは不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「な、なんでも……ないよぉ」
失礼なことを考えていた私は、下手な嘘笑顔を作った。
いや、ないに決まってる。見た目もおかしいし、私が娘だったら私は王女になるし。
ヴィオレットの意味が深そうな言動に振り回されて、その日の夜は終わった。
「フェルル…………おはよ。元気?」
「うん、おはよう。もう平気そうだよぉ」
起きて早々にラヴァンドのアメジスト色の瞳と目があった。心配して見に来てくれたみたいだ。
カエルラ先輩も心配してくれているようで、部屋の端に立っていた。カエルラ先輩はやはり、面倒見が良いことがこの数日間でわかった。
「それにしても……フェルルの髪、揃えなくて、本当に……いい?」
「うん。大丈夫だよぉ」
私が髪を切った(しかも中途半端に)ことはラヴァンドにとって、ものすごい衝撃だったらしい。何度も何度も、揃えなくては良いかと聞いてくる。
わざと半分切ってないんだけど…………それでも気になるらしい。
「ユースト君は今日にでも出発したいらしい。君は出発しても平気?」
「余裕……までとはいかないけど、まぁ、平気だよぉ」
ユーストは割とせっかちらしい。私はこれから彼に振り回されることを考えて、憂鬱になった。
クロノスやジョーヌだって割と人を振り回す性格だし、ラヴァンドは見た目によらず頑固で気が強いし、ジゼットは言わずもがな、ものすごく冷たいし…………。
胃が痛くなりそうだ。
「あ、フェルル。フェルルの魔導具……ラウゼが入れてたみたい。渡しておく」
「ありがとうねぇ」
ラウゼのことは、次の日に全て話した。みんなラウゼがいないことや、なぜか魔王にされていることに疑問を持ったからだ。
最初の日は、私が病み上がりだから気を使って聞かなかったらしい。
私は久しぶりにランプ型の魔導具を起動しながら魔力を込めた。
あくまでも、回復魔法用。攻撃魔法は使わない。勿論、限界まで空間魔法も。
そうやって無力だと油断させて、その隙を狙わなくてはないない。
そう考えていたら、ドアが勢いよく開いた。
「あ、フェルル!おっはよー!体調が良くなってよかった!ご飯食べたら出発するから、支度は急いでねー!」
「女の子は時間がかかるんだよぉ……」
私はユーストにため息をついた。ユーストは、男子だ。
最初の日に性別を聞こうとしたら、「僕は男子だから部屋は別ねー!」と先回りされて言われた。中性的な自覚はあるらしい。
私は最低限の化粧をして、私服を着た。お世辞にもオシャレとは言い難い服だ。
私はファッションにとことん興味がないので、仕方がない。化粧だって、変装のために渋々しているだけに過ぎない。
髪の毛をお団子に括ろうとして、虚しく空を切った。
「あ、そうだった」
髪を半分切ったんだった。私の今の髪型は、ボブカットの下にロングヘアーがある、変な髪型だ。お団子にするのは難しい。
クロノスからもらった蝶々の髪飾りをつけて、ようやく準備が終わった。
ラヴァンドはフードを年中被っているので、ほとんど髪を整えていないし、素顔が可愛いので化粧をしていない。
そのためとっくに準備を終えて、足をぷらぷらとさせながら座っていた。
「ラヴァンドは相変わらず準備が早いねぇ」
「フェルルが……遅いだけ。カエルラさんは、わたしより早い」
カエルラ先輩の私服は、かっこいい。使い古したコートがかっこよさを何倍にも引き立てていた。
「ん?準備終わった?ご飯は食べないのか?」
「もう、食べたよぉ………………栄養ドリンクを」
「………………不健康」
ラヴァンドの呟きは聞かなかったことにして、私は化粧しながら飲んでいたドリンクの瓶を捨てた。
メルクリウスの栄養剤、栄養ドリンクはウィユよりも便利だ。すこぶる不味いが、それ以外気になる点はない。
私たちが部屋を出ると、男子が部屋の前に既に立っていた。
「あ、準備終わったー?早く出るよ。迷惑がかかっちゃうから」
「…………どういうことかい?」
「じきにわかるよ。でも、恨まないで欲しい。それだけは言っておくね?」
ユーストはへら、と笑って宿屋からひと足先に出て行った。
他の人からの冷たい目線がした気がして、私はパチリと一度瞬きをした。そうしてから、ゆっくりと宿屋を出た。
なぜか出るとき、クロノスが守るみたいに前に立ってきて、私は不穏なものを感じた。
「帰れ!早く出ていけ!」
「だいじょーぶ!今から出るから、ね!」
「お前がいると、俺らが狙われるんだよ!出てけ!この害虫が!」
宿屋を出てすぐに、嫌な声が聞こえた。睨みつけるような目線が怖い。
悪意、憎悪、怒り、恐怖。そんな感情の渦が私に焦点を当てていると考えるだけで、冷や汗が流れ、呼吸が荒くなった。
まるで舐めまわされるように見られている気がして、私は服の裾をぎゅっと握りしめた。
「……大丈夫?」
「…………うん。クロノスは?」
「ボクは平気だよ。言われ慣れてるから。でも、キミは違うだろ?」
私はこくりと頷いた。父様が捕まって、私が責められたあの時が脳裏に浮かぶ。
そうすると、身の震えが止まらない。
「お前は犯罪者」「人殺し」「存在してはいけないゴミ」
言われた言葉が、バケツをひっくり返すように頭の中で溢れ出して、私は頭を抱えた。
そのまま私たちは、村から出て行った。
クールなカエルラ先輩や、ジゼットまで険しい顔をしている。ラヴァンドは顔を真っ青にさせて震えていたし、ジョーヌは終始困った顔をしていた。
クロノスは平気そうに見えて、キレかけている。
ただ、ずっと笑顔だったユーストは、異質だった。
何を言われても笑顔。ごめんねー、なんてなぜか謝って、おかしかった。
もはや怖いくらいに、彼は慈悲深かった。
「ユースト。なんであんなこと言われてるんだ?君は何もしていないと思うけど」
「えーっと、僕って強いし、魔王の手下が狙ってくるんだ。だからみんな町に入れたがらないんだけど、今回は入れてくれたんだ!……でも、最近僕を狙って、何度も襲撃を受けてて、それで嫌いになったみたい」
こんな短期間で襲撃を受けるなんて、ラウゼの指揮は優秀のようだ。諜報員でも入れたのだろうか。伝達が随分と早い。
私が部屋に篭っている間にそんなことが……ユーストに同情しそうになり、慌てて考えを正した。殺すつもりの相手に愛着を抱くなんて、ダメだ。
「よし、ここから一週間は街がないから、歩き続けるよー!あと、エクスゼウス兵と出会ったらぶっ倒すよー!」
「わかった……」
私は頷いた。回復要因でよかった。同じ魔法使いを殺すなんて、とてもできそうにない。
それに、私は運動が苦手だ。一週間歩くことを考えて、私は体が重くなるような錯覚を感じた。
「あ、早速発見!じゃ、やってくるねー!」
ユーストは化け物になったメルクリウス人に、剣一本で襲いかかった。
彼は流れるような動きで心臓を一突きして、死体を投げ捨てた。
死体が視界に入った。目を瞑って、力無く倒れている死体。心臓から出てくる強い血の匂いに吐きそうになる。
せめて、埋めてあげれないかな。そう考えてしまう、自分の甘い考えに苦笑した。
「おい、お前。埋葬する時間なんてない。それは捨てておけ。死にたいのか?次の町を逃したら食料がなくなる。それを食べる決意もしておけ」
「…………分かってるよぉ」
ジゼットは慣れているのか、命令口調で冷たく言い放った。
人を食べる。考えただけでも吐きそうだ。今までどれだけ恵まれていたかがよく分かった。
次からは、栄養ドリンクだけじゃなくて、美味しいものも食べたいな。
心の底から、そう思った。
「フェルル、大丈夫?背負おうか?」
「だ、大丈夫」
何時間も歩いて、足が痛くなってきた。休憩の時に足の裏を見たら豆が潰れて血が出ていた。
そのせいで歩くたびに、激痛が走る。
こんなことしているのは、多分私だけだ。みんな平気そうな顔をしている。
「箒に乗ったら?今日は回復魔法、使わなそうだしな」
「確かに、ユーストは強いからねぇ」
今日はほとんど、ユーストしか戦闘していない。私は箒を出して座った。
激痛から解放されて、大きく息をついた。
精神面でも、肉体面でも最高に疲れる。
死体を見るだけで吐きそうになるし、目の開いた死体と目があったときなんて、胃液が飛び出してきた。
こんな過酷なんて……。いや、確かにメルクリウスは治安が悪くて、住民の気性が荒いとは聞いたことがあるけど……けど!
これは、あまりにも過酷だ。戦場の中で過ごしているようなものである。
でも、ラウゼを守るために我慢しないと……。私は箒で浮かびながら思った。
「フェルル、ボクも乗せてくれない?歩くの疲れたー!」
「いいけど……」
少し経って、クロノスに声をかけられた。
クロノスは時間が止めれる。切り札となり得る能力だ。なぜ止めれるのかわからないから、まだみんなに言ってない。
でも、みんなを助けるために魔力を使わせるわけにはいかない。
「ねぇ、……クロノス」
私は箒に乗りながら呟く。
みんなの歩くスピードは速い。ラヴァンドだって剣士だからある程度体力があるし、カエルラ先輩も、なぜか速い。
だから、少し引き離されて、声が聞こえないくらいの場所になった。
「何?」
「…………私、人を殺すなって言ったけど、あれ、無しにしていいから」
「なんで?どうしたんだよ、急に」
私は箒の持ち手を握りながら、眉を下がらせて笑った。
クロノスは赤と青の濁り切った瞳で、私を見つめた。
「そんなこと言ってられるくらい、平和じゃないから。だから、そんな約束で、キミが死んだら……嫌だから」
「なぁ、ボクは死ぬつもりはない。そんなに気負わなくていいよ。それに――」
クロノスは妖艶にくす、と笑った。口元、目元、頬。順番に笑みが整っていく。
私はその笑みに見惚れそうになって、目を逸らした。
「ボクはキミのためなら誰でも殺せる」
「そんなこと、言わないでいいから」
そんなこと言ったら、期待してしまう。だから、やめてほしい。私は箒を飛ばした。
死体の上を飛ぶ。その度に、気持ち悪くなって、それを笑みで誤魔化した。
血に濡れた剣を背負ったユーストを、私は無心で追い続けた。
次回からはネタが尽きたので、更新が遅くなります。




