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二話 カミサマ



「やぁ。おはよう。今日もゆっくりとおやすみ」 


 この言葉が降ってくるとみがまえていた私は、拍子抜けした。

 あれ、いない?

 

 段々とテンプレートになりかけているヴィオレットの言葉が、聞こえない。私は不思議に思いながらもむくりと起き上がった。

 

 今日は、シロの鳥籠にヴィオレットはいないらしい。私はいつも通りに椅子に座り込んだ。


「何してんだ?」

「…………何してるって……何もしてないけど……って、キミ誰?」


 聞き覚えがあるようなないような、そんな声に問われて、私は反射的に振り向いた。

 振り向いた先には、フードを深く被っているせいで顔が見えない少年がいた。

 私より、少し高いくらいの小柄な少年だ。


「俺?」


 大人っぽい雰囲気の少年は、子供っぽい仕草で言った。


「俺は……みんなから、カミサマなんて呼ばれてる。名前なんてものは、もうないも同然だよ」

「神様……?ヴィオレットはどこだい?」

「ヴィオレットは、今遠くにいる。俺がいるのは、オマエと話したかったからだ」


 カミサマと名乗る少年は、器用に紅茶を入れて、私の前に置いた。

 私は警戒して飲まないまま、ニコリと嘘笑顔を作った。


「何の話かい?」

「そりゃ、ここの話だろ?ここは俺が作った空間。オマエを閉じ込めるためにな。だから、オマエがどう思ってんのかと思って」

「は?じゃあ、夜になるたびに来てるのは、キミのせいってことかい?」


 私はテーブルをがん、と叩いた。紅茶が揺れて、その下のお皿にかかった。

 少年は紅茶をあらかじめ手に持っていたのか、濡れていない。そのため、余裕な様子で言った。


「いや、違う。オマエが自分からここに来てんだよ。で、俺はオマエを守るために閉じ込めてんの。ここは危ないからな。オマエのいるとこと違って」

「……え?私が、自分から?」

「そうだよ。オマエ、やっぱ自覚ない感じ?」


 私が、自分からここに……?全く自覚がなかった。もしかして、魔法が暴走して、ここにワープしていたの?


「空間魔法で来てるわけじゃないから。オマエは基本的に場所は移動してないぜ?あ、今回は移動してるか。だから、ヴィオレットが遅れてんだよ」

「移動……。確かに、さっきワープしたばかりだけど……」


 じゃあ、どう言うこと?でも彼の発言は、ヴィオレットの十倍以上分かりやすい。考えていたら、分かる気もする。


「なんで、キミは私を守ってるんだい?」


 そろそろ、起きる時間だと思った私は、最後に彼に尋ねた。


「――――そう、約束したんだよ。オマエと、前にな」


 少年は寂しそうな声色で、言った。また、意識が遠くなる。


 彼は、やっぱりどこか聞いたことのある声で、最後に言った。


「またな」


 と。




「やや!」


 起きて早々に、耳が破裂しそうなほどの爆音が響いた。

 私は耳を押さえながら辺りを見回して、寮の部屋にいないことに気づいた。

 ああ、あの出来事は、本当だったのか。ぼんやりと、寝ぼけた頭で自覚する。


「ちょっとー!僕を無視しないでよー!」

「………………キミ、誰だい?」


 今日は、シロの鳥籠の中といい、現実といい、知らない人物に出会いすぎな気がする。


 そこには、クロノスと比にならないくらい、中性的な子供が立っていた。目はキラキラと輝くブルー。髪は黒の中に時々金髪が混ざる、珍しい髪だった。それを一つに括っている。

 私は彼……彼女……?に警戒しながら周りの様子を見た。

 見たところ、宿屋……だろうか。私はベッドに寝転んでいたので、座り込んだ。

 布団の質は悪い。村の宿が妥当だろう。クロノスたちはいない。もしかして、ワープ先で逸れたのだろうか。


「僕はユースト!ユースト・ノエルだよ!君は?」

「私は……」


 ユースト、ノエル?性別が判別できない名前だ。

 本名を名乗るか一瞬考えてから、正直に名乗ることにする。


「フェルール・エスピエグリーだよぉ!フェルルって呼んでねぇ」


 ユーストは、私の言葉に頷いて手を取り、激しく上下に振った。満面の笑みだ。私の友人はジョーヌ以外表情が薄めなので、少し不思議な感じだ。


「えーっと、そうだ!状況を説明したほうがいいよね!」

「うん。お願いするよぉ」


 ユーストは想像よりも話がわかるヤツらしい。早速説明を始めてくれた。

 話す隙にも窓の外を見るが、人気はある。閉じ込められているわけではなさそうだ。

 私はユーストの動作に注目しながら話を聞いた。


「ここは、宿屋の僕の部屋なんだけど、昨日君たちがここにワープしてきたんだ!ちなみに、君の仲間は隣の部屋にいるからね!ある程度の事情も説明してくれたよ!」

「キミの部屋にワープ!?ごめんねぇ。迷惑をかけたよぉ。すぐに出ていったほうがいいかい?」


 よかった。クロノスたちは無事みたいだ。内心で安堵の息をついた。

 焦ったふうに感情を取り繕って私が尋ねるも、ユーストは眉を八の字にさせて、困った顔をした。


「んーっと、それが、僕たち契約をしたんだ」

「………………契約、かい?」


 その言葉を聞いて、最高に嫌な予感がした。そしてそれを顔に出さないように、不思議そうな顔を作る。

 ユーストは、こくりと頷いていった。


「僕は今から勇者として、魔王のラウゼリーナを倒しに行く!でも、同行してくれる仲間がジゼットしかいなくてね、それで君たちの仲間が同行してくれることになったんだ!」


 魔王のラウゼリーナ……?私は思いっきり顔面を顰めそうになって、嘘笑顔を作った。

 ラウゼが、魔王?意味が分からない。あと、何でクロノスたちはコイツに着いていくことにしたの?

 ユーストのイメージが一気に胡散臭いものに変わった。


「なるほどねぇ。正直、私たちは怪しいと思うよぉ。それなのに、何でキミは同行させるんだい?」

「え?だって君たち悪者じゃないもの。悪者の雰囲気はないよ?」


 大外れだ、と内心で嘲笑った。こっちはラヴァンド以外、犯罪者集団である。

 クロノスは殺人鬼。ジョーヌは一回殺人。私は詐欺師。真っ黒な集団である。


「あと、一番はジョーヌが居たからかな!」

「ジョーヌ……?ジョーヌと知り合いなのかい?」


 と言うことは、彼は奴隷疑惑が成り立つ。ジョーヌは戦闘用の奴隷だが、買取主なら奴隷を信用はしない。なら、ユーストは同じ戦闘用奴隷と考えられる。

 そして、その予想は的中した。

 

「うん!ジョーヌとは、古い付き合いなんだ!奴隷時代からのね!」

「そうなんだねぇ。一回仲間と話したいんだけど、呼んでもらってもいいかい?」

「うん!待ってねー!今呼んでくるから!」


 あいにく体が魔力切れのせいで殆ど動かない。ベッドから起き上がることはできたが、それ以外は倦怠感で崩れ落ちそうになる。

 そのため、ユーストに呼んでもらうことにした。


「フェルル!起きたのか!よかったぞ!」


 ユーストが部屋を出ていってほんの数秒後、ラヴァンド、ジョーヌ、クロノス……。ラウゼ以外のみんなが部屋に入ってきた。

 ラウゼ、本当に居ないんだ。強く実感する。そして、三人の後ろから予想していない人物が現れた。


「カエルラ先輩!?」

「うん、正解だ。君が無事でよかったよ」


 寮長先輩こと、カエルラ先輩がここに居た。カエルラ先輩はワープの扉を潜っていないはずだが、なぜいるのだろうか。

 そして、カエルラ先輩の後ろには、見知らぬ青年が立っていた。銀の髪を一つくくりにしていて、赤い血のような瞳は鋭い。しかし、容姿は恐ろしいほどに端麗だ。

 そして、執事服の上に軍服の上着という珍しい組み合わせの服装をしていた。見たところ、ユーストの仲間と言っていたジゼットさんだろうか。


「私はメルクリウス軍陸軍所属の大佐とユーストの執事を兼任しているジゼット・グロックという」

「私はフェルル!よろしくねぇ」


 私はにっこりと愛想を振る舞いながら挨拶を返した。

 ラヴァンドたちから困惑した顔をされる。これが私の外向けの顔である。みんなにも最初はこんなふうに振る舞っていたと思うが、違和感があるらしい。


「フェルル。」


 急にクロノスが思念魔法で話しかけてきた。私も何、と思念魔法で返した。


「コイツら、エクスゼウスに向かうらしい。エクスゼウスまで同行して、それから離れたらいいと思うんだけど、どう思う?一応聞くけど、フェルルの空間魔法はエクスゼウスに繋げる?」


 私は、空間魔法を使うときにこれまでストックしていた魔力を全て使ったので、すぐに魔法を使うのは難しい。

 魔力は、一日に全体の五十分の一も回復しない。だから、私たち魔法使いは基本的に、魔力の半分はストックして使う。そんな、回復に時間のかかる魔力が全部ないのだ。全快には時間がかかる。

 クロノスも、私が使えないことがわかっていたのだろう。

 だから、クロノスの意見を聞いて、納得する。魔力が回復するまで、私たちだけでエクスゼウスまで帰れるとは到底思えないし、強い人を利用して帰るのもありだろう。そういえば、クロノスだけは頭がいいんだった。すっかり頭から抜けていた。

 流石に帰った頃には、国中にばら撒かれた魔力暴走薬が切れてるだろう。


「…………残念だけど、魔力を何年ぶんも使ったから、しばらくは大魔法は無理かもねぇ。だから、キミの意見には賛成だよぉ。私は非戦闘用員だけど、いいかい?」

「キミ、回復魔法は一応使えるだろ?」

「まぁねぇ。一応だけど…………もしかして」


 私はクロノスが何を言いたいのか完全に理解した。噂ではあるが、メルクリウスで回復魔法が使えるのは、珍しいことらしい。

 つまり、私は回復力が微力でも、回復役になれるということだ。

 ちなみに魔法においてはエクスゼウス、機械と武術はメルクリウスと、それぞれの国で優れているものが違う。

 なので、いつも下の下な私でも、この国だと下の上くらいの強さだ。

 

「そ、回復魔法専門だって言ってもバレない。何にもできないのは責められたりして、これから辛いから、役割くらいは持った方がいい」

「クロノスにしては、考えてるんだねぇ……」


 ここは素直にクロノスの意見に従うとしよう。

 私は思念魔法ではなく、直接声を出した。


「私もキミたちに着いていきたい!みんなと別れるのは寂しいし!」

「うん!いいよー!よろしくね!フェルル!」


 軽い調子でユーストがにっこりと頷いた。ぴょこぴょこと軽くジャンプをしている。元気だなぁ、と少し感心する。

 しかし、ジゼットは単純な性格ではないらしい。訝しむように私のことを見て、聞いてきた。


「お前は戦えるのか?とてもそうは見えないが」

「回復魔法が使えるんだよぉ!攻撃は苦手だけどねぇ」

「……そうか。私のことは回復させなくていい。私はお前を信用しない。お前はどうも胡散臭い」

「そ、そんなこと言うなんて、ひどいよぉ……」


 落ち込んだフリをする。ジゼットは容赦なく睨みつけてきた。

 ジゼットは中々人を見る目があるらしい。しかし、反発を喰らうような気難しい性格でもありそうだ。

 私は話を逸らすために話題を切り替えた。


「あ、そういえばカエルラ先輩はどうしてここにいるのかい?」

「私?………………詳しくは言えない。口止め、されてるから」


 カエルラ先輩は目を逸らして困ったように笑った。その方向にいるのはジゼットだ。彼女がカエルラ先輩を連れてきたのだと考えるのが妥当だろうか。


 ジゼット・グロック。彼は注意したほうがよさそうだ。


「それじゃ、君の体調が戻り次第、出発だから!お大事にねー!」


 一通り話し終えて、病み上がりの私に無理をさせるわけにはいかないと言われ、みんなが出ていった。

 ラヴァンドは出る前に、差し上げのクッキーの入ったバスケットを置いてくれた。


 私は、クッキーを一つ摘んで齧った。


「…………甘い」


 甘い。それが今はなぜか邪魔臭くかんじてしまって、私は食べるのをやめた。


「ラウゼを殺そうとするユーストは……放って置けない」


 みんな、なんでユーストを放っておくの?

 仲間になる?そんなの割り切れるわけがない。

 ぎりっと歯軋りをして歯が音を立てた。

 ラウゼがもし死んだら、どうするの?私は、ラウゼを死なせたくない。


「約束、したから。私はラウゼに会えるくらいの凄い人になって見せるって」


 私はクク、と笑った。自然と笑いが込み上げてくる。

 そうだ、私がユーストを殺せばいい。ラウゼを殺そうとするそのとき、私が背後から殺す。

 そうしたら、ラウゼを守れるし、武功も立てられて一石二鳥だ。

 私は、ユーストを裏切ることを決めた。


「…………クロノスには殺すなと言っておいて、私って最悪だよねぇ。……でも、仕方ないことだから」


 私は決意を固めるために、隠し持っていたナイフを髪に押し付けた。

 半分だけ髪が短くなる。残りの半分は、長いままだ。

 今はこれでいい。不恰好な髪型だけど、これでいい。

 残りの半分の決意は、殺す当日に決める。

 

 私の髪は切ってみると汚く感じてしまう。

 栗色に光る、父と同じ色の髪を、私はゴミ箱に捨てた。


「みんなの手を煩わせるわけにはいかないし……私が強くならないと」


 クロノスたちに協力を願うつもりはない。こんな自己中心的な考えは口に出せないし、失敗したときにみんなが殺されてもたまらない。こんな人として終わっている計画を、みんなには実行させたくない。

 そういえば、メルクリウス型の魔法は学んだことがない。本を一冊買ってもいいかもしれない。

 今まで、弱いままで満足していた。

 でも、もう満足しない。


「強くなって――あいつから、ラウゼを守る」


 

 

フェルル、めちゃくちゃ焦ってます。

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