十二話 いつまでも親友。
この話で、二章は終了して三章に移ります!
「……エルゼさん!フェルルさん!今までどこにいたんですか!?」
あれからすぐ、私たちが寮へ戻るとすぐさま先生が駆けつけた。隣のクラス……Cクラスの先生だ。頬がやつれているし、目に隈が出来ている。
グリシィーヌ先生が暗殺されてからは、中々に荒れたようだ。
それにしては、私に対する嫌悪感を感じない。ポスターを見ていないのか?誰かが剥がしたのだろうか?
「実家へ帰省していたのです。申し訳ありません。……一体何があったのですか?」
「実は…………少し事情があって、学園を休校することにしたんです。お二人は、寮に残っても家に帰っても構いません。また再開したら、お知らせしますから」
グリシィーヌ先生が殺されたことは、公表していないらしい。
先生は忙しいのか、早足で去っていってしまった。
私たちは顔を見合わせた。
「……もしかしたら、ラヴァンドたちには会えないかもしれないねぇ」
「……えぇ」
ラウゼは明らかに落ち込んだ様子で頷いた。
少し重い雰囲気に包まれた、その時。
「フェルルー!!!」
クロノスの声が響き渡った。私は振り向いて思わず顔を綻ばせるが、急いで嫌そうな顔を作った。
そうでもしてないと、あいつは調子に乗りそうだ。
そんな顔をしながらラウゼを見て、少し驚いた。
ラウゼが、嬉しそうに笑っていた。と言っても口角がやや上がっているだけなんだけど……。
それでも、ラウゼにとっては珍しいことだった。
クロノスの後ろにはラヴァンドとジョーヌがいて、プリュオや先輩はいないみたいだ。
お礼を言えなくて残念だけど――やっぱりこの五人でいるのが、一番安心する。
「フェルルっ!」
クロノスにぎゅっと抱きしめられる。いつものように振り払おうとして……やめた。
クロノスが妖艶に艶めかしく笑っていたからだ。
この笑顔の時は、大抵余裕がない。余裕があるように見せて、余裕がないのだ。
私は無言で抱きしめ返した。
……あれ?クロノスってこんなに骨格が良かったっけ?一瞬、ドクンと大きく心臓が鳴った。
そんなことをしていたら、さらに他の人の温もりが加わった。
「ずるいぞー!私もやるのだ!」
ジョーヌは唇を尖らせて、万力のような力で抱きしめてくる。……体が痛い。
「ジョーヌ……。キミって空気が読めねーよな」
「……私も……。私も、抱きしめて……いい?」
クロノスが不満そうにぼやくが、ラヴァンドも加わって、どんどん体がほかほかしてきた。
そういえば、ラウゼが来ない。私たちは顔を見合わせて、ニコリと笑った。
「ラウゼも、来てよ!」
ラウゼは無表情からふんわりと口角を大きく上げた。
いつもと違って、ぎこちなくない笑み。ラウゼは私たちをまとめてぎゅっと抱きしめた。
しばらく抱きしめた後、ラウゼはクロノスたちに、実家へ帰るから、しばらく寮には帰らないと嘘をついた。
ラウゼの実家の事情を知るクロノスが、意味がわからないとばかりに私を見てくる。
ラウゼを見るが、ラウゼは本当のことを言わないでほしいと言うように、大きく顔を横に振った。
「そうか……残念だぞ……。あ!そうだ!ラウゼのためにお別れパーティーをしよう!」
「……ジョーヌにしては……いい考え……かな?」
ラヴァンドがこくこくと頷いて賛同した。私も大きく頷く。
「そうだねぇ……。この時間だと大きいことはできないから……調理室でも借りて、みんなでご飯を作って食べるのはどうだい?」
「……しかし、私は料理が得意ではないので、役立てそうにはありませんが……」
「別にいーじゃん。こう言うのって、下手だから楽しいんだろ?…………それに、ジョーヌ辺りはもっと下手そうだと思うけどな……」
クロノスの説得で、ラウゼはなんとか頷いた。ラウゼは明後日に女王様になってしまう。こんなこと、二度とできないだろう。
そう考えると、泣きそうになる。私は何度も瞬きをして、潤む目を誤魔化した。
「…………みんな、少しだけ部屋に戻っていていいでしょうか。少しやりたいことがあるのです」
「……うん。……勿論。私たちは、買い出しに行ってくる。……クロとフェルルは、調理室の使用許可を貰ってきてほしい……かな」
なんで、よりにもよってクロノスとなんだよ……。そう思うが、ラヴァンドはやり切ったとばかりな満足気な顔をしている。
そうだった。ラヴァンドは私たちのことを恋人同士だと勘違いしてるんだった。
――それよりもラウゼだ。やりたいことってなんだろう。気になって仕方がない。
「……る……フェルル!」
「――あ」
考え込みすぎて、周りが見えていなかった。クロノスが少し心配そうに私を覗き込んでいた。
珍しい。彼が人を心配するなんて。
「職員室、行こうぜ」
「……うん。ごめんねぇ、ぼーっとしてたよぉ」
クロノスが代わりとばかりに手を差し出した。手を繋ぎたいらしい。
私は渋々手を繋いだ。意外にも、彼の手は私より大きい。
しばらく歩いて、クロノスはふと足を止めた。
「なぁ、ラウゼに何かあっただろ?」
「――別に何もないよぉ?それよりキミも何かあったよねぇ?動きがぎこちないし、お腹を庇うように歩いてる」
彼に聞かれることは分かっていたので、笑顔で話を逸らす。クロノスはまぁな、と頷いた。
「色々あったんだよ。それよりも、ラウゼは?」
「――――弟が、死んだんだよぉ」
嘘ではない――けれど、重大なことは隠しながら話す。気分は昔に戻ったかのようだ。
確かに、ラウゼは弟の死に悲しんでいるだろう。けれど、ラウゼは頭のどこかで「死」に慣れてしまっている。
これ以上、自分が傷つかないための、生存本能だ。
ラウゼはあまりにも残酷な目に遭いすぎた。だから、無表情で、感情が薄い。そう推測しているし、その推測は間違っていないだろう。
私は頭の回転が異常に早くなるのを感じた。
「だから、落ち込んでる。――そっとしておいて欲しい」
「…………フェルル。ほんとのこと、言ってくれないの?ボクは、フェルルの味方だよ。悪いことにはならない筈だろ?」
クロノスがまた妖艶に微笑む。普通の女の子なら、たちまちのうちに恋に落ちそうな笑みだ。
しかし、私は何も言わずに笑った。
彼は、私のことが好きではない。
――彼は、自分を愛してくれる人を探しているだけだ。恋愛感情なんて、まだ芽生えてすらいない。ただ、それが使いやすいから、演じているだけ。
「ほーんと、バカみたいだよねぇ」
「……何が?」
「なんでもないよぉ」
何がとは、言わないでおく。
私たちは、キミのことを友達として大好きなのに。それに気づかないなんて、本当にバカみたいだ。
愛は、目の前にあるのに。
「フェルル。……どうだった……?」
「使ってもいいって。よかったねぇ」
「いや……そうじゃなくて…………いいや」
許可をとり、帰ってきた私たちは、鍵を持って私の部屋の前に戻った。
ラヴァンドは、クロノスとうまく行ったのか聞きたかったのだろう。――――私とて、鈍感ではない。そんなことはわかっている。
「私たちも、食材を買ってきたぞ!そこで、提案だ!」
ドヤ顔で大量の荷物を抱えたジョーヌは、ピシリと私たちを指した。用事が終わったラウゼにも矛先が向けられている。
「料理対決をしようぞ!」
プシュプシュと嫌な音を立てる鍋の火を止める。
ポム・ダムール(トマトパスタ)を作っている――筈なのに、なぜか出てきた物体は黒い。
「焦げた――のに」
パスタを食べてみる。生焼けだ。それなのに苦くて焦げ臭い。火力が高すぎたらしい。
横のラウゼも同じように失敗している。
私たちは、結局料理対決をすることになった。
そこで想定外なのは、クロノスが上手いことである。ラヴァンドが上手いことは予想がついていた――が、意外にも女子力の高い野郎だ。
「熱いっ!熱いぞっ!!」
ジョーヌは言わなくてもわかるほど、下手だ。しかし、このままではジョーヌと同じレベルだ。それは断じて許せない。
私は他に作れそうなものを思い浮かべる。
…………あ。思いついた。
私は早速材料を取り出した。クッキー。これならヴィオレットに習ったから作れる。
「ラウゼ!一緒にクッキーを作らないかい?協力はなしとは言われてないしねぇ」
「……ふふ、フェルルらしいわね。賛成よ。一緒に作りましょう」
ヴィオレットに教わったことをなぞりながら、作る。
ラウゼが材料を混ぜ合わせているのを見て、唐突にヴィオレットの姿と重なった。
ヴィオレットはメルクリウスの女王。ラウゼは次期エクスゼウスの女王。
そして、両国は今にも戦争をしそうな関係だ。
私は、ヴィオレットに容赦をするつもりはない。ヴィオレットに話を聞きながら、メルクリウスの情報をラウゼに流してみせる。
戦争になっても、私はラウゼの味方だ。
「フェルル、この後はどうすればいいのかしら」
「えっと、この後は氷魔法で冷やしてから、好きな形に切る……ので合ってるはずだよぉ」
それを聞いて、ラウゼはすぐに氷を出した。
意外にも、作り方は覚えている。ジョーヌに勝つことは間違い無いだろう。
横の調理場で大失敗しているジョーヌに、ニヤリと笑いかけた。
ジョーヌは分かっていないのか、ドヤ顔で笑った。
「わぁっ!ラヴァンドのポム・ダムール(トマトパスタ)、美味いぞ!」
ジョーヌがラヴァンドの料理を頬張りながら、満面の笑みで新しい料理に手を出した。
クロノスのガレットは見るからに美味しそうだ。私もラヴァンドのパスタを頬張りながら、思った。
「私のはどうだ!?美味いだろう!」
「…………」
みんなが揃って黙りこくる。ジョーヌの料理はこの世のものとは思えないほど、不味かったからだ。
「そうだねぇ。苦くて無駄に甘いのに嫌な酸味があるソースに、それでいてその中に焦げた肉が入ってるなんて……。キミってある意味天才だよねぇ」
「ふふん、そうだぞ……って、それ、貶してないか?」
失礼な。こんなに丁寧な食レポをしてあげたというのに。
クロノスはクッキーを食べながら意地悪く笑った。
「気のせいじゃない?ボクはフェルルの手作りクッキーが食べれて満足だよ。ボクのために作ってくれたの?」
「なんでそうなるんだよ……。そんなわけないよぉ」
私は半目でクロノスを睨みつけた。クロノスは悪戯っぽく笑った。あまりに効いてないので、私は大きくため息をついた。
「そういえば……優勝は……だれ?」
「うむ、そうだなぁ……」
ジョーヌは全ての料理を食べ終わってから、ナイフとフォークを置いて、キリッとした目で告げた。
「全員優勝だ!」
「だと思ったよぉ……」
結局、料理対決なんてしても意味がない結果になった。けれど、そんなやり取りがじんわりと心を満たした。
ああ、温かい。
こんな日々が続けばよかったのに。もう二度と、こんな日々は来ない。
どこか寂しそうなラウゼに、私は心臓をナイフで刺されるような、そんな気持ちになった。
せめて、今日だけは楽しんで欲しい。そんな一心で、私は話を始めた。
「あ、そういえば、この前…………」
これがみんなで平等な身分として接せる、最後の機会なのだから。
ひとしきり会話を楽しんでいたら、いつのまにか夜になってしまった。
私たちは名残惜しく感じながら、それぞれの部屋に戻った。
少しずつ道が分かれていって、いつのまにかラウゼと私だけが寮の部屋に向かって歩いていた。
こんな時に限って、言葉が出ない。会話は思いつくのに、最後にするには味気ないものばかり思いつく。
コツコツと靴と地面がぶつかる音だけが響いた。
私たちは、そのまま無言で歩いて、部屋の中に入った。
槍の立てかけられたベッド。ラウゼがあの槍を使っているのは、あまり見ない。なぜ持ってきたのだろう。ラウゼは少し、そういうところがあるのだ。
あの槍を見るのも、最後だ。私は最初、あの槍を見て変人だと勘違いしてしまったんだっけ。
「……これで、最後ね」
ラウゼが、ぽつんとつぶやいた。みんなの前では言わなかった言葉だった。
他のみんなはまた会えると思っているのだ。そんなことは言えなかったのだろう。
ラウゼのことだ。少しでも気を遣われるのが嫌だったのだろう。
「最後に、お礼を言わせて欲しいわ」
「お礼を言われるようなことは、していないけどねぇ」
私がそう言っても、ラウゼは気にせず私の手を握った。細くて、傷の一つもない手だ。私より大きいけど、王様になるには小さすぎる手だった。
「私と仲良くなってくれて、ありがとう。私は貴女と仲良くなれて、嬉しかった。私は無表情だし、仮面をつけているから、怖かったと思うわ。
私とラヴァンドを仲直りさせてくれて、ありがとう。私は貴女がいなかったら、ごめんなさいの一つも言えなかったでしょう」
私はパチパチと瞬きをした。そうしないと、泣きそうだったから、必死に瞬きを繰り返した。
ラウゼは震える声で、続けた。
「クッキーをくれて、ありがとう。あんなに美味しいもの、初めて食べたわ。
舞踏会についていってくれて、ありがとう。一人だったら、行けてなかったわ。グリーズに私の手でとどめを刺すことも、できなかったでしょうね」
瞬きだけでは、足りない。私は上を見るふりをして、流れ出す涙を誤魔化した。
泣いたら、ダメだ。別れに悲しい思い出を残したら、思い出すたびに辛くなってしまう。
「最後に――私なんかを親友って言ってくれて、ありがとう」
駄目だ。泣いてしまう。私はいつのまにか涙を流していた。私、最近泣いてばかりではないか。
横を見ると、ラウゼも画面から涙が滴り落ちていた。ラウゼが泣くのは初めて見た。
ラウゼは仮面が邪魔だったのか、取って机の上に置いた。
ラウゼの泣き顔は実に美しいものだった。まるで宝石のような涙を一雫だけ流していた。
別に泣いていることを恥ずかしく思うつもりはない――ラウゼのそんな思いが見て取れた。
ラウゼを、助けたい。唐突に思う。
ラウゼを、一人にさせたくない。ずっと、友達でいたい。
「私、夢が出来たよぉ!たった今だけどねぇ」
私は心に決めたことを、宣言するように言っていた。珍しく大きな声が出て、ラウゼがピクリと肩を揺らした。
「私、偉い人になってやるから!王様に意見できるくらいの、偉い立場に!
だから、ラウゼ!」
私はピシッとラウゼを人差し指で指した。行儀の悪い仕草だが、気にしない。私は堂々と笑った。
「待っててよぉ!私はキミに会いにいくから!」
三章からようやく勇者が出てきます!ここまで読んでくださり、ありがとうございます!これからも、よろしくお願いします!




