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一話 魔法学園



「っ!」

 辺りを見渡す。いつもの部屋だ。昨日に置きっぱなしにしていた本が、何冊か積み重なっている。

 滝のように噴き出る汗を、手首で拭い、荒くなった呼吸を、何度か深呼吸をして元に戻した。

 なんだか不思議な感じだ。

 さっき見た夢のステンドグラスや、鮮血が今もあるように感じてしまう。手を伸ばせば今もあの場所にいるのではないか。夢とわかっているのに、釈然としない。

 それほどまでに、起きた後も、あの夢を鮮明に覚えている。

 しかし、目の端に映り込んだカレンダーを見て、唐突に現実に突き戻された。


「……んー、今日ってなんか予定合ったっけなぁ」


 ガラスペンで書き込んだカレンダーを見ながら今日の日付を辿る。あの夢のせいで、すっかりつかれてしまった。今日はもう休みたい気分だ。


「一日…………あっ」


 入学式 八時から と書いてある文字をぼうっと見て、ようやく寝ぼけが覚めた。

 時計を見る。懐中時計の針は七時半を指していた。


「うわっ、どうしよう……学園まで十分はかかるし……朝ごはん食べてる暇はないなぁ」


 クローゼットから真新しい制服を着て、深いワイン色のネクタイを締めた。そうしてから、櫛に引っかかる髪の毛を整えて、お気に入りのリボンを結んだ。鏡で一度確認してから、私は勢いよく鞄と箒を取った。

 準備を昨日にしておいたおかげで、ギリギリ間に合いそうだ。

 扉に魔法で出した鍵を掛けて、私は箒に跨った。

 飛行魔法はまだ得意な方である。……逆にそれ以外が下手とも言えるが。

 箒で宙に浮いた。方角は分かっているので、おそらく迷いはしないだろう。


 だいたい10分ほど飛んでいたら、私と同じ学園の制服を着た少女が、同じく空を飛んでいるのが見えた。

 更に、後ろ姿から風ではためくネクタイの色が確認できた。深いワイン色。私と同じ色だ。

 この学園は確か、学年ごとにネクタイの色が変わるようなので、彼女は私と同じ新入生と言うことか。

 仲良くしておいて、損はないだろう。

 私は少女へスピードを上げて話しかけようとして………………。

 直前でやめた。


「いや、なんだよこれ。なんで槍で飛んでんだよ」


 なんとこの同級生、黒い十字架のような槍で飛んでいたのである。遠目では箒に見えたが、まさか武器を箒がわりにするとは。そんな物騒な人がいるとは思いもしなかった。


「槍で飛んでいるのは、便利だからです。敵襲があっても、反撃が容易だと思いましたので」

「……は」


 耳元で機械のような、無表情な声が聞こえた。

 ……。いや、流石に気のせいだろう。わたしは彼女とそれなりの距離をとっていたのだ。まさか隣にいるなんてそんなことはあるわけがない。

 横目で声のする方を見た。

 同じ制服と、同じ色のネクタイ。ホワイトブロンドのふんわりとした三つ編み。またがる箒……いや、黒い槍はまさしくさっきの少女のもので。


「わー、すご〜い。槍で飛ぶなんて発想はなかったよぉ。それにしても、飛ぶの、速いんだねぇ。私、それなりに自信があったんだけど、流石にキミには負けちゃうかも?」

「そうでしょうか。見たところ、貴女は私より飛ぶのが速いでしょう。私が追いついたのは、貴女が思考していたからだと思いますが?」

 

 そりゃねーよ。

 内心でツッコミ、冷や汗をかきながらも、笑顔を作って対応する。

 目を逸らしすぎて怪しまれないように、彼女の顔を垣間見て、私は本当に冷や汗が飛び出るかと思った。

 彼女は、仮面をつけていた。金属製の口元が見えるような仮面だ。それが更に彼女の変人度を底上げさせた。

 無駄に落ち着いた喋り方なのも、逆に意味がわからない程に不安にさせる。


「えーっと……。キミもエクスゼウス魔法学園の新入生だよねぇ!私はフェルル!よろしくねぇ」

「改めまして、ご機嫌麗しゅう。私の名はエルゼ・スノーホワイト。いきなり私のような者を見かけて驚いたでしょう。どうか謝罪を」


 少女……エルゼは、礼儀正しく頭を下げた。槍の上に跨っていると言うのに、器用なことである。

 それにしても、変な自覚はあったとは。思ったよりはまともそうだ。


「わー!そんないちいち謝らなくていいよー?私だってけっこー変な喋り方だと思うしねぇ」

「……。確かに、貴女のような喋り方の者は見たことがありませんわ。異国の出身なのですか?」


 エルゼが不思議そうに首を傾げた。……と言っても声のトーンも少しも変わらないし、顔は見えないから本当に不思議そうにしているかは分からないが。


「半分、大当たりだねぇ。私の母は異国の人だったらしいんだよー?まぁ、父はこの国の人だけどねぇ」

「……らしい、ですか?なぜ……。あ」

 

 聞いてから察したのか、エルゼはまた頭を下げた。


「申し訳ございません。やはり私は人への配慮が足りないようですね」

「うぅん、いーの!……正直見たこともない母親とか、興味ないしねぇ。あ、暗くさせちゃってごめんねぇ。私はフツーに世間話がしたいんだけどなぁー」

「それは此方の台詞です。……と言っても、私は雑談が苦手なので、先程のように話していただければ幸いですが……」


 仮面の下の口元も、声もちっともうごかなかったが、多分照れているのだろうな、と長年の経験で感じた。

 (あれ、そういえばこのエルゼって子、なんか見たことあるような気がするなぁ)

 そう思い立っては気になってしまう。必死に思い出そうとするが、結局思いつくことはなく。

 そのままエルゼと話しながら魔法学園へ到着したのだった。



「うわぁ。大きいねぇ。さすが王立だよぉ」

 

 箒の上から見た学園は小さく見えたが、近づいてみると、それは普通の学園の何十倍もの広さだ。

 しかし、構造そのものは分かりやすく、同じワイン色のネクタイをつけた生徒が、外の広間にて集まっているのが一目で分かった。


「王立なのですね。この学園」

「そうだよー?……と言うか知らなかったのかい?」

「えぇ。張り紙を見てなんとなく決めたもので」


 エルゼは当たり前のことのように言った。

 ……やはり、エルゼは変わっている。普通は何年もかけて勉強をして、やっと申し込む程なのに。

 まぁ確かにこの学園は、受験や学歴が一切いらない事で有名である。それでいてなかなかの実力を身につけられるので、将来性もある学園なのだが……。

 学歴が要らないという事情から、問題児や犯罪者などが集まりやすい問題校でもある。


「少女よ。そなたたちは新入生であるか?」


 広間についた私達に、早速一人の少年が話しかけてきた。ガタイの良い少年だ。私の頭一つ分よりもよっぽど大きい。

 それにしても、この少年。よく此方に話かけてきたものだ。此方は仮面を被った槍を箒代わりにする少女と、見るからに胡散臭い(自分でも自負している)少女の組み合わせである。私がそんな奴らを見たら、そっと後ずさっているものだ。


「んー、まぁ、そうだよぉー?ネクタイの色が同じでしょ?」

「ネクタイの色……だと?ふむ……なるほど!同じだな!あー……何?胡乱げな目で見るでない!まさか私が知らなかったなんてそんなことはないからな」


 前言撤回。こいつも周りから見たら同じやべー奴らの一員なのだろう。なるほど、第一印象は大事というが、これほどまでとは。

 明らかにみんなの距離が私達から離れている。


「あははー、面白いねぇ、キミ。名前は?」

「……えっ、あー……、ジョ、ジョーヌと言う」 


 明らかに泳ぐ視線。

 こいつ、嘘ついてるな、と思いながら私はニコリと笑みを作った。できるだけ明るい笑みになるように注意する。


「ジョーヌねぇ。私はフェルルだよー」

「ご挨拶が遅れましたね。エルゼ・スノーホワイトです。話かけてくださり、感謝します」


 エルゼは片足を斜め後ろまで引き、背筋を伸ばしたまま礼をした。あまりにも上品な仕草だったので、ジョーヌとともにポカンと彼女のことを見てしまった。

 私はその仕草を見て、彼女が高貴な身分であることを確信した。


「ご、ゴホン!時にエルゼよ、話は変わるが何故魔法学園に入ったのだ?」

「償いの為です。しかし無料であることも、理由の一つですね。金欠の私には最善の策だったでしょう」

「つ、償い?」


 話を変えようとしたジョーヌに、エルゼは暗そうな話題を出した。あたふたと困っているジョーヌを放っておいて、私は思考した。

 それにしても、金欠……か。嘘はついていないし、エルゼは没落貴族辺りが妥当か。


「………………。これ以上は話せませんわ。警察に突き出される勇気が無いのです。恥ずかしながら」

「いやなんだよそれ。何したんだよ。てか仮面の理由それかよ」

「フェルル、どうしたのだ?急に早口になったが……」

「なんでもないよー?」


 しまった。素が出てしまった。まだ追求しようとするジョーヌを軽く睨みつけ、私はニコリと笑いながら誤魔化した。

 エルゼも何か思うところがあったのか、口を開きかけたその時だった。


「皆の者、静粛に。これより第二十九回エクスゼウス魔法学園の入園式を始める」


 みんながしんと静まり返り、とても話を聞ける雰囲気では無くなった。そのことに少し安堵する。

 ジョーヌは見るからにバカそうだが、エルゼはある程度聡明だろう。騙し切れる自信はない。

 

 長い学園長先生の話が終わり、代わりとばかりに他の先生が前に出た。背の低い、女の先生だ。ふんわりとしているのに気が強そうな、不思議な雰囲気があった。


「これより、適正魔法の測定を始めます。魔力量と適正魔法の強さでクラス分けをするので、慎重に行います。決してふざけたりはしないように!」


 先生がそう言ってから、一人ずつ名前が呼ばれてクラス替えがされていく。その様子に私は僅かに顔色が悪くなるのを感じた。

 適正魔法とは、その人の一番得意な魔法のことを表す。適正魔法は普通の魔法の約三倍もの強さはあることが確定されている、必殺の魔法のようなものだ。

 魔力量は、人によって違い、それによって適正魔法の威力が変化する。私は魔力が究極に少ない。それはもう、普通の人の五倍は少ない。よって、クラス替えは期待していない。

 (名前、フルネームで呼ぶんだっけ。あーあ、計画が台無しだよ)

 クラス替えは最下層になるのは分かっていたが、名前をフルネームで呼ばれたら、終わりだ。


「エルゼ・スノーホワイト」

「はい」


 隣にいたエルゼが、前に出た。エルゼの仮面を見た人が、怪訝な顔をしている。

 エルゼは気にした様子すらなく、魔力測定器に手を置いた。


「あら、これはすごい。魔力値も最大で、宝石魔法の使い手!?貴女はAクラスね」


 宝石魔法は、この国にたった四人しか使用者がいない、希少な魔法だ。――そういえば、女性で使えるのって、もう亡くなった有名な公爵のご令嬢だけだったような……?

 多分エルゼは、公爵家の娘なのだろう。

 エルゼとはクラスが離れるな。そう思った瞬間、エルゼが先生に何かを耳打ちした。


「えっ……。あら、ごめんなさいね。では貴女はDクラスね」


 突然の変更に、辺りがざわついた。あの魔力量で、貴重な宝石魔法の適性があるのに、Dクラスだなんて。

 この学園に疑心を抱いてしまう。

 戻ってきたエルゼは、特にその事にはノータッチで、やはり気にしてすらいないようだった。


「次。ジョーヌ・サンセール」

「うむ」


 ジョーヌが魔力測定器に手を置いた。とたんに先生が眉を寄せた。


「適正魔法は……なし。魔力量は……なんですかこれ。ほとんどゼロではないですか」

「ふはははは!魔法がなくても最強だから問題はない!Aクラスだな!」


 いや、ここ魔法学園だから。そう突っ込みたくなるが、ジョーヌは満面の笑みだった。そして同じく満面の引きつった笑みの先生に、Dクラスだと告げられた。

 ジョーヌはとぼとぼと此方に戻ってきた。

 ここまで来れば、だんだんと面白くなってしまう。

 適正魔法がない人は、約十万人に一人の割合で存在する。知識では知っていたが、見るのは初めてだ。

 恐らく、この学園にはそんな人はたくさんいる。適正魔法がない人は、他の学園に入学することは難しいからだ。


「次。……フェ、フェルール・エスピエグリー」


 私の名前を読んだとたん、エルゼの時以上のざわめきが走った。

 他の人の声が、嫌でも耳に入った。


「エスピエグリーって、あの有名な詐欺師の……?」

「いや、でもその詐欺師はもう刑が執行されたから、違うと思うよ」

「え、じゃあ娘とかなのかな……?」


 思わず強く唇を噛んだ。大丈夫。そんなこと、散々言われている。だから、別に良いのだ。

 ざわめきが絶えぬなか、私は前の魔力測定器に手を翳した。


「えー、皆の者!静粛に!適正魔法は、……空間魔法。魔力量は……最小。貴女はDクラスね」


 みんなの視線を感じる中、私は逃げるようにして、元の位置に戻った。

 エルゼが無表情で、私を見ていた。しかしエルゼは何も言わず、無言で目を逸らした。

 私も気まずくて、そっと目線を前にやった。


「?フェルルの時だけ周りが騒いでいたが、有名人なのか?」

「キミ、やっぱ空気読めないよねぇ」


 今はジョーヌのようなバカがいた方が、一番居心地が良い。

 そう思ったが、あえて悪態をついてやった。ジョーヌは意味がわからなかったのか、こてりと首を傾げた。

 ジョーヌは少し厳つい顔なので、その仕草はなんだか面白い。


「フェルル様。後で伺いたい事があります。寮で話してもよろしいですか?」

「……」


 エルゼがそっと私に耳打ちをしてきた。私はいきなりのことに、息が詰まった。一呼吸置いてから、私は不意をつくように、思念魔法でエルゼだけに言った。


「初対面なのに、随分と踏み込んでくれるねぇ。まぁ、いつかは誰かに聞かれると思っていたから、別に良いよー?」

「寛大な心に感謝を」


 少しは驚くだろうと思ったが、エルゼは表情を変えず、思念魔法で返してきた。

 エルゼは何を考えているのか読みにくい。仮面をつけているのもあるが、声にも表情がなく、声色が全く変わらないのだ。

 いくつか好感度を上げるために明るく接したり、色々工夫していたのに、手玉に取れる気配はない。

 割とそう言うの、得意なはずなんだけどな。

 


 他の人のクラス分けも終わり、早速各自寮に移動する事になった。張り詰めていた空気がふっと軽くなり、みんながようやく自由に話しかけ始め、一気に騒がしくなった。

 みんなが友達を作ろうと話かけている中、私はエルゼ方をチラリとみた。


「で、聞きたいことってなーに?」

「良いのですか?」


 エルゼは相変わらずの無表情な声で言った。


「今から私が聞くことは、あまり多くには聞かれたくはないことでしょう。貴女もそれを分かっている筈です」

「……そんなこと考えてくれてるんだねぇ。じゃあお言葉に甘えて、寮の部屋で話そうか」


 私達がそんな会話をしていると、ひどく困った様子で、ジョーヌが叫んだ。


「いや、だから何をだ!私だけなぜ仲間外れなのだ!」

「だめだよぉ。今から話をするのは女子寮だからねぇ。キミも男子寮で話してきなよー。友達、できるかもよぉ?」


 そう言うと、彼はハッとした表情でうきうきと男子寮の方向へ向かって行った。

 まぁ、話せる人ができるかは別だけどねぇ。内心そう思ったが、面白そうなので黙っておいた。


「邪魔者もいなくなったことだし、寮に向かおうかー」


 私が遠くなっていくジョーヌの背中を見ながら言うと、エルゼは返事もせず、そのまま女子寮の方に歩いて行った。私はエルゼを追いかけながら、小さく息をついた。


「はぁ……。エルゼって中々のマイペースだよねぇ」



 

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