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十一話 血色の王座

最近遅れ気味!頑張ります!




「姉さん、僕は時々魔力が暴走しそうな時がある。だから、僕の顔はもう氷に蝕まれている」

「――――だから、仮面をつけているのね。私も同じよ」

「でも、姉さんはもう暴走する気はしていない――違う?」


 ラウゼはふ、と笑いながら頷いた。

 グリーズは真剣な声色で、言った。


「もし僕が暴走してしまったら、姉さんの手で殺して欲しい」


 ラウゼは迷わずに頷いた。


「その時は、私が全責任を持って、貴方にとどめをさしましょう」



 

「私は残るわ。貴女は先に行って」

「そんなこと……出来るわけないっ!」


 私はラウゼの腕を何度も引っ張った。ラウゼの腕は宝石に蝕まれているのか、固く冷たい。


「私がそんなことをするように見えるかい?私は親友を置いていくようなことは出来ない。着いてくるがいい。それが正解だよ」

「いいえ、間違いよ。私はもう、逃げないと決めたの。私は王。このエクスゼウスの女王よ」


 素が出るほどに動転する私を置いて、ラウゼは私の手を握った。私はキッと睨みつけた。めいいっぱい、出来る限りに。


「……そんなこと、いいよ。逃げても、いいんだよ。キミだって、やりたくてこんなことしてるわけじゃない!無理するな……。キミだって、どうなるか分かってるよね?キミが私を殺してしまうかもしれない。逆も然りだ。早く……いいから……!逃げてよ……」

「……ありがとう。でも、ごめんなさい。私を恨んで、いいから」


 やんわり、それでいて強い意志を持って、ラウゼは私を強く押した。




「――――朝?」


 私はベッドから飛び起きた。ラウゼは?どこ?私は部屋を見回した。誰もいない、見慣れない豪華な部屋だ。

 ああ、そうだ。ブランシェ家の屋敷に泊まったんだっけ。思い出しても、不安が胸の中を燻り続ける。


「酷い夢だった……」


 震える体を丸めさせ、私は何度も頬をつねり、現実であることを実感した。ようやく正気に戻り、安堵する。


 しかしその直後、ドタバタと部屋の外が騒がしいことに気がついた。ひっきりなしに、走るような足音が聞こえる。

 不思議に思った私の部屋に、ノックがかかった。

 私は鍵を開けて、ドアを開いた。


「フェルル……!大変よ!」

「フェルール殿!大変です!」

「ど、どうしたんだい?ラウゼもそんなに動転して……」


 同時に話し始めるグリーズとラウゼに驚く。ラウゼは私よりも驚くことが少ない。それなのに、この様子は変だ。私はこれから恐ろしいことが起こるような――そんな胸騒ぎを感じた。


「今日の朝、階段に行った王族が、全員暗殺されたのよ。……メルクリウスの手によって」

「…………え?」


 王族が、全員暗殺?嘘……だよね?

 事実に頭が追いつかない。

 じゃあ、エクスゼウスはこれからどうなるの……?

 新しい王は誰に……?

 将来への不安が募っていく。


 大事件とは、いきなり起こるものだと言うことを実感する。確かに、賢者が殺されたり、ブランシェ領が占領されたことは、予感させるものではあった――が。

 あまりにも、早すぎる。

 (ヴィオレット、どれだけ早く戦争を始めたいんだい……?)

 ふんわりとした女王に、脳内で悪態をついた。

 グリーズは眉を八の字にさせながら、告げた。


「そして、唯一の王族の血縁者である、ブランシェ家の僕が王位を継承することになってしまいました」

「……え?不味い展開じゃないかい?グリーズさんは、大丈夫なのかい?」

「私も思うわ」


 恐らく、この展開はメルクリウスの思惑通りだろう。

 操っておいたブランシェ公爵が王位を継ぎ、結果的にエクスゼウスの主権はグリーズではなく、影で命ずるメルクリウスとなる。

 つまり、エクスゼウスは終わってしまうも同然である。


「僕だって……王位を継ぎたくないです。……僕なんかが継いだら、この国は終わりです」

「そこまで言わなくても、いいでしょう」


 ラウゼがそっと諭すが、グリーズの表情は晴れない。それどころか、顔が真っ青で仮面から出た右目が充血している。今にも泣き出しそうだ。

 ああ、そういえば彼はまだ子供なんだっけ。

 唐突に思い出した。

 彼はまだ、私より四つも下の子供なのだ。


「……私が代わりに継げれば……」


 ラウゼがポツリとつぶやいた。仮面で顔は見えないけれど、口元は悔しそうに唇を強く噛み締めていた。

 ラウゼは身分を公開していない。今公開するのは非常にリスクがあるからだ。

 そのため、王位を継ぐことはできない。


「今だって、領地を取り締まれてないんです。挙げ句の果てには占領される始末。……僕には王様の資格なんてないんです」

「――そんなこと、ないわ。私があの時領地から逃げなければ良かったのよ。そうすれば協力して……」

「いいえ!あれは僕のせいなんです。僕がくだらない嫉妬で姉さんを殺そうとした……!そんな短気なものが王様になんてなれないっ!」


 グリーズは息を荒くしながら叫んだ。ラウゼも驚いて言葉を無くしてしまった。防音魔法を貼っていたのか、外の音すら聞こえない状況が、逆に気まずい雰囲気を漂わせていた。


「……グリーズ様」


 お互いに無言な中、沈黙を突き破ったのは、部屋の中に入ってきたメイドだった。


「何?」

「お迎えが来ています。早く玄関へお出迎えください」

「…………もう来たのか」


 グリーズは堅い表情で渋々頷いた。

 メイドがドアを開けて、グリーズに出ていくように促す。

 玄関に向かって歩きながら、私はグリーズに話しかけた。


「お迎えって、もしかして王城から?」

「はい。今日直ぐにでも王位を継ぐことになっています。国民を混乱させることはしたくありませんので、話を引き受けたのです」

「随分と急ぎましたねぇ……」


 私は顔をあからさまに顰めた。今日即位するなんて、信じられない。考えが幼稚だ。

 しかし、グリーズとて、やりたくてやりたいわけではないらしい。


「――継ぎたくない。…………責任が、恐ろしくて仕方ないのです」

「グリーズ……」


 グリーズは眉間に皺を寄せながら、唇を固く閉めた。


「せめて僕の適正魔法が姉さんと同じだったら……。氷魔法なんて、何に使うんですか……」


 グリーズの適正魔法は氷。王座についても使うことはない魔法だ。

 ラウゼはよく、宝石魔法の代わりに氷魔法を使っていた。兄弟や家族の適正魔法が使いやすいということはよくあるから、ラウゼもそれなのだろう。

 どうでも良い考察を、頭の中で考える。そうでもしてないと、おかしくなりそうだった。


「グリーズ……そんなに思い詰めなくても……」

「僕が強かったら騎士団なんて追い払えたのに!何か政策を思いつくような頭脳があれば、この領地は平和だったのに……!僕の適正魔法が……せめてもっと良いものだったら……!」

「グリーズ……?」


 びゅう、と風が吹いた。ひんやりした、冬に吹くような冬風。それがグリーズから発されている。

 そして風はどんどん強くなっていて、寒さも増していった。ガタガタと私の歯が小刻みに音を立てた。


 明らかに異常だ。魔力暴走だろうか。グリーズは自覚がないらしい。


「こんな顔の王様なんて嫌われるに決まってる……!」


 グリーズは仮面に手をかけた。ラウゼのとは違って左半分だけを覆った仮面。

 金属の鈍い音。仮面が地面に落ちたのだ。


「…………ラウゼと同じ……」


 その素顔は、ラウゼの弟なのも納得な美麗な顔だった。鼻筋がずっと通っていて、エメラルドの瞳は垂れ目気味でぱっちりと大きい。

 ラウゼと双子のように瓜二つだ。


 しかし、問題はそこではない。

 彼の顔はラウゼの宝石ように、彼の左半分を氷が侵蝕していた。そしてそれがどんどん広がっている。


「グリーズ!落ち着いて!」

「みんな、ごめんなさい……。僕がこんなだから……!」

「グリーズ!」


 冷気に気づいたのか、騎士やメイド、遂には王城からの使者までこちらに駆け寄ってきた。

 グリーズは真っ青な顔で、焦点の定まらない目で、洗い呼吸で、ただ謝罪を口にしていた。

 

「――……ああ、ごめんなさい……ごめんなさい……こんな王様でごめんなさい……」


 グリーズの顔の氷はどんどん広がっていく。いつのまにか顔全てを覆い、グリーズは何も話さなくなった。

 慌てて腕を握ってみる――が冷たくて反射的に離してしまった。

 触れた部分がヒリヒリと痛む。軽い低音やけどをしたみたいだ。


「グリーズ!ダメ!落ち着いて!そうじゃないと、貴方は……!」


 ラウゼも話に反応すらない。耳まで氷は侵蝕している。すでに耳が聞こえないだろう。

 どうすれば、いい?

 ものすごい回転速度で最善を探そうと、頭が考える。

 それでも、思いつかない。炎を出して、溶かす……とか?

 思いついた先からやることにする。

 小さい炎くらいは無詠唱で作れる。私は手の中に作った炎をグリーズに近づけた。


「…………炎が、消えた……?」


 ポン、と気が抜けるような音が鳴って、炎がかき消されてしまった。

 ラウゼがそれを見てさらに大きな炎を作るも結果は同じ。何故か氷が溶けない。


「……どうして……」


 ラウゼが絶望して呟いた。

 グリーズの周りにある氷がどんどん全身へと広がり、いつのまにか全身を覆っていた。

 グリーズはまだ生きているのか、唸り声のようなものを上げている。

 そして氷が頭の上に増え始める。そしてそれは二本の角を形成した。


「化け物……みたい」


 彼の今の容姿は一言で言えば、化け物だった。

 人の形をかろうじてとった、氷の怪人。

 

 それが、突然手を振り上げ、私に向かって振り下ろした。


「    Αιγίς《アイギス》    」


 しかし、ラウゼの盾によって防がれた。

 グリーズが、私に攻撃をした……?何故?


 何か恐ろしいことが始まった気がして、私は悪感を感じた。

 凍てつくような冷気。グリーズが発するそれのせいではない。本当に、嫌な予感がした。


「ラウゼ……!どうしよう……!」

「…………私もなりかけたから、分かるわ。

 あそこまで侵蝕されたら、二度と元には戻れないと」


 ラウゼの声は嫌に冷静だった。グリーズの異変に焦っていたのに、それが流されたようにになくなっている。

 ラウゼはそっと右手を前に出した。

 私はラウゼが何をするのかわかって、止めようとした。

 けれど、止めてどうするんだろう。

 ラウゼの決意を無駄にしてしまう。私じゃグリーズの攻撃を防ぐこともできない。


「エルゼ様……!お下がりを!」

 

「結構ですわ。私がやります。――――ごめんなさいね。私も貴方のようになる筈だった」


 ラウゼを下げようとする使用人。彼らはグリーズを苦しめた張本人だ。

 ラウゼは冷たく接し、決して下がることはしなかった。


「貴方を止めれなかった、私の責任です。故に、グリーズは悪くない。私を恨みなさい。

 さようなら、また来世で」


 ラウゼはの手に集まる魔力。それを肌で感じた。


「   Ἁρμονία《ハルモニア》   」


 キラキラと青い宝石が輝く。鋭い槍のような形をしたそれが、グリーズの心臓を見事に撃ち抜いた。

 

 しゅう、と冷気が蒸発して温度が元に戻っていく。

 氷の冷気が消えて、少し暑く感じた。

 グリーズが倒れることはない。氷に覆われているから。

 ラウゼの宝石の青が、恐ろしくも美しい。まるで青薔薇が咲いているようだった。


 死とは、儚い。父の死でそれを実感した筈なのに、吐きそうなほどに恐ろしく感じた。

 グリーズは、ラウゼのたった一回の魔法によって、殺されたのだ。



「……エルゼ様、何をしたのですか!?」

「――――黙りなさい、無礼者」


 ラウゼなら、説明すると思った。しかし、侍女に向かって放たれた言葉はまるで、王様みたいで。

 私はラウゼの意図に気づいて、ラウゼの袖を引っ張った。


「私はグリーズ・アントラシット・ブランシェの姉、ラウゼリーナ・エル・ブランシェ。彼が死んだ今、私が最後の王位継承者です」


 ラウゼは私の制止に気づいても、止めようとはしなかった。

 安心させるように、ラウゼは笑いかけた。

 私は全力で、全力でラウゼを睨みつけた。


 しかし、周りはざわざわとざわめいた。まるで、新たなる王様に期待するように。

 

 ラウゼは仮面を取ると、無表情で根拠を説明した。

 ポケットから一つのブローチを取り出しながら。

 私はあれを見てすぐに分かった。王家の紋章が刻まれたブローチだ。王族の血筋だけに渡されるもの――。

 証拠には十分だった。


「今、この国の女性で宝石魔法を使えるのは私のみでしょう。私の魔法が、ラウゼリーナであることの証拠です。そして、王家の一員であるブローチも持っています。

 安心してください。私がこの国の平穏を取り戻しましょう」

「…………え?あの人がいなくなったと言われていた……」

「もしかしたら、この国に希望が……」


 周りの反応は良いものだった。意外にもラウゼを受け入れる人ばかり。


 は?なんでだよ、否定しろよ。


 私は泣きそうになりながら思った。否定してくれ。そうじゃないと、ラウゼが王様にされてしまう。

 証拠だって、不十分じゃないか。それなのに、なんで……!


「ラウゼリーナ様。貴方のおっしゃることは、十分な証拠です。どうか、王位を継いでください」

「えぇ。――――しかし、時間をください。明後日、戴冠式を開きましょう」


 ラウゼが、まるで別人のようだった。王様に相応しい威厳を持っている。まるで蜂を誘う花の蜜のように、ラウゼはみんなが信頼できる王のオーラを纏っていた。


「ラウゼ……!なんで、そんなこと言うの!このまま、嘘をつけばいいよ!」

「でも、フェルルは嘘が嫌いでしょう?」

「そんなの、いいよぉっ!わたしは……私は、ラウゼと居られなくなるのが、嫌だ……!」

「けれど、私が王座につかなければ、誰が就くの?安心して。私は貴方の罪を帳消しにできるわ。これからは元の生活に戻れる。あなたは自由になるわ。名誉なことよ。私はようやく貴方の役に立てる」


 ラウゼは無表情に――しかし、自信のある様子で言い放った。

 湧き上がるように怒りが湧いてくる。ラウゼの、嘘つき。親友って、言ったじゃないか。助け合うって、約束したじゃないか。

 私、これじゃあ何も助けられずに終わっちゃうよ。


 嫌だ。ラウゼと、二度と話せなくなるなんて。そんなの、嫌だ――!


 とめどなく感情が溢れ出る。一言には言い表せないほどに、たくさんの感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った。


「さぁ、寮に帰りましょう。別れの挨拶をしなくては」


 ラウゼが私に手を差し出した。

 その手を見て、私は目を見張った。


 ラウゼの手は、震えていた。怖がる子供みたいに、我慢しているように、震えていた。

 私たち、協力しようって、約束したじゃないか。それなのに、どうして自分勝手に動くの?

 私はそんなラウゼの手を、包み込むように握った。

 私より大きくて細い手を、私の小さな手で、何度も存在を確かめるように、握りしめた。


「ラウゼの、嘘つき……」


 広い部屋の中、私の声が寂しく広がっていった。

城からの使者は、ラウゼ以外に継げる人がいないから、怪しくてもメルクリウスに隙を見せないために、一刻も早く王位を継承したいと思ってます。

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