十話 現実、そう上手くは行かない
「いきなり、すみません。ブランシェ殿はいらっしゃいますか?」
「グリーズ様は執務室にいらっしゃいます。何のご用件でしょう。先ほどお会いしたばかりのはずですが」
「宝石の商談に来たのです。お呼びすることはできますか?」
ブランシェ領に着いた私たちは、早速メイドに声をかけて、屋敷内に入っていた。
あちこちから目線を感じる。それも刺すような殺意を。私はポーカーフェイスを保ちながら、怪しい真似をしたら殺されることを察した。
「かしこまりました。こちらのお部屋でお待ちください」
そう言って客室に案内してもらう。客室は無駄に豪華で、客の気を損ねないようにしているんだな、と思う。置いてあるソファーはふわふわで、よく体が沈んだ。
少しして、焦った様子のグリーズが入ってきた。
「エルゼ殿!どうしたのですか?」
「グリーズ様。お願いがあります」
ラウゼにしては、焦っているな。人ごとのように思ってしまう。私のための行動なのに、皮肉なことだ。
「実は我が家の商売が上手くいっておらず、宝石が余っているのです。もしよければ買い取ってくれませんか?」
ラウゼはグリーズに何かを訴えかけるように見て、言った。グリーズは私とラウゼを見比べて、納得したように頷いた。
「なるほど。しかし、もう少しだけ考えさせてくれませんか?その間はこの屋敷に滞在していただいても構いませんので」
「ありがとうございます」
何故か意図を理解してくれたグリーズにお礼をするラウゼ。私は男装をしているので、ラウゼとは別室になるようだ。
私は馬鹿みたいに広い部屋のベッドで寝転んだ。
仰向けになったので、ぎらぎらとしたシャンデリアが目に痛かった。
ようやく、一人になれる。私はそっと息をついた。男装とは疲れるのだ。歩き方や仕草まで気をつけなければならないからである。
しかし暫しの休息も終わり、コンコンと二回ノックがなった。
「すみません、話がありますので、開けてください」
「わかりました」
私は渋々ドアの鍵を開けた。そうしてからドアノブをそっと引いた。グリーズ・アントラシット・ブランシェ。
ラウゼの弟が、そこに立っていた。あまりにも美しい、芸術品のような顔だ。それに、何と言っても仮面である。顔半分を覆うような仮面は、ラウゼを彷彿とさせた。
え、ラウゼの家って仮面好きなの?そう勘違いしそうである。
彼の姿を見て、ラウゼの兄弟であることをまた実感した。
「失礼します」
「公爵様、そんなに気にしなくていいですよ」
何故か恐る恐る入るグリーズ。男声で答えた私は違和感を覚えて、グリーズが入ったらすぐにドアを閉め、鍵をかけた。
「それでは、出来るだけ小さな声で話しますので、頑張って聞き取ってください」
「はい。分かりました」
私は努めて真摯に頷いた。グリーズは緊張した様子で、絞り出すような声を出した。それはラウゼの声色とどこか似ていた。
「実のところ、我が領地はメルクリウス軍にもはや占領された状態です。あなたの罪を被せたのはメルクリウスのものでしょう。なので、この屋敷にいるのは危険です。別荘も同じことです。お気の毒ですが、今日は滞在していただいて、明日には、姉と共に出た方が良いかと思います」
「……そうですか……。分かりました」
悲しむふりをしながら、やはりそうかと内心ため息をつく。確かに変装をすれば安全ではあるが、ラウゼが危険すぎる。
どう見たって使用人はラウゼを怪しんでいる様子だ。それに、良くも思っていないだろう。下手をしたら、今日にも暗殺されかねない。この屋敷ではそのくらいの殺意を感じた。
「あと、エルム殿――いえ、フェルール殿」
「……なんだい?」
急に本名で呼ばれて、私は身を固くした。少し硬直してから、ラウゼが教えたのだと思い当たった。
「ありがとうございました。……姉さんとまた会えて、本当によかった。あなたがいなかったら、会えなかったでしょう」
「……いえ、私はそんな大層なことはしていません。あと、あの時無礼なことを言ってしまい、申し訳ございません」
あの時を思い出す。私は焦ったあまり、素の乱雑な言葉遣いで発言してしまったのだ。せめていつもの話し方ならまだしも、あの話し方なら気を損ねられても仕方がない。
「ふふ、大丈夫ですよ。それではフェルール殿、失礼します」
ラウゼとよく似た笑い方。私はパチパチと瞬きをした。目元、口元、全てが似ていた。最も、ラウゼは滅多に笑わないが、私の知っているラウゼの笑みと本当に瓜二つであった。
「――――やはり、そうか。……はぁ……」
私はベッドに横になった。ぽすん。勢いよく突っ込んだのに、全く痛くない。高いベッドなだけがある。
ゴロンと寝返りを打った。
これから、どうしよう。
寮に戻っても居場所はない。働ける年でもない。孤児院に入るのはごめんだ。私はそんな暖かい場所に居ていい存在じゃない。
私は罪に汚れた、人間の形をとった狐である。
しんとした空気感がただ恐ろしい。刀を握った彼の手
はそれをおろす様子もない。
鋭い殺気の籠った眼光が、クロノスを貫いた。
クロノスが前にたっても、ジゼットは一言も発しなかった。ただ、殺気の籠った瞳でこちらを見るだけ。殺しもしないし、殺さないとも言わない。
「…………そうだな」
長い長い、沈黙を突き破り、ジゼットはポツリと呟いた。
「私はお前が気になる。何故、この身を傷付けたのか、な。しかし、これは任務。残念だが不安要因は消さねばならない。お前が警戒対象だとわかったからには……な?」
ジゼットは刀を握り直し、上段に構えた。戦意を喪失することはないらしい。クロノスはチッ、と舌打ちをした。
「クロ……駄目だ。…………死ぬのは私だけでいい……!死ぬな……!下がってくれ……」
「ジョーヌ。何言ってんだよ。ボクは早々にやられるつもりはないぜ」
ジョーヌの泣きそうな――いや、もう泣いている、そんな声がクロノスの耳をついた。
ジョーヌは悔しそうに刃がついていない斧を握っている。
うるさい、分かってる。クロノスはそう思ったが、存外に口から出たのは強がる台詞。
ラヴァンドも腕を押さえながら前に出ようとする。クロノスはそれをそっと止めた。
「キミは下がってなよ」
「……やめて。……私、戦える。……まだ、やれる」
「――ラヴァンド、俺が回復する。だから、こっちに来い」
プリュオが冷静な言葉でラヴァンドを引かせた。
プリュオの手から癒しの魔法が放たれる。クロノスは内心で彼に感謝した。
プリュオは魔力が極端に少ない。恐らくラヴァンドを全快できるほどの力はないだろう。
ラヴァンドもそれが分かっているのか、自分の持っていた剣を、ジョーヌに渡した。
「ジョーヌ、それを使って。私が魔力を供給するから、ジョーヌでも使える」
「……うむ。任せろ」
ジョーヌは炎で出来た剣を構えた。驚くほどちゃんとした構えだ。斧だけでなく、剣も使えるらしい。
「そろそろ始めてもいいだろうか。私も待っているのは暇だ」
「……待ってくれてんだな?お人好しってやつ?」
「私は正々堂々戦う。私の人道に反することはしない」
ジゼットは口角を挑戦的に上げた。来い、そう言うような表情だった。
「 Ἀθηνᾶ《アテナ》 」
「……ふっ」
クロノスが黒い骨のような生物を召喚し、ジゼットへ攻撃させた。
しかし、ジゼットは軽く剣を振るだけでその生物をバラバラに分解した。
「そんなものか?お前の力は」
「……そんなものだよ。所詮ね」
クロノスは冷静に答えた。挑発に応えるつもりはないらしい。
ジゼットが意外そうに目をほんの少し大きく開けた、その瞬間。
「っ!!」
いつのまにかクロノスの前で、ジョーヌがジゼットの刀を受け止めていた。速い。速すぎて動きを捉えることすら出来ない。
「お前は剣が苦手だと思っていたが」
「大佐、斧は手加減用だぞ?斧が一番苦手な武器だ」
「――お前、命令違反だぞ?」
「私はもう裏切らない」
ジョーヌはジゼットと鍔迫り合いをしながら言った。それにクロノスは驚く。あれで斧が苦手?冗談じゃない。
しかし、クロノスは驚いても機会は逃さなかった。
「 Δυσνομία《ディスノミア》 」
バラバラにされた召喚物から出た影の中から、黒い棘を出した。いちいち召喚なんてしたのは、この為だった。
ジゼットは危険を察知し、後ろに後退した。
「助かったぞ、クロ。私は大佐より筋力がない」
「大佐って、ジゼットのこと?――ま、いいけど。なるべくキミの力を補助する形で戦うよ」
「うむ。スピードは裏技を使えば間に合うから任せろ」
ジョーヌは頭に手を当てるようなポーズをしながら、自信満々に言った。――言いながらまた切り掛かってきたジゼットと対峙している。
クロノスは、色んな闇魔法を使い、サポートしている。しかし、ラヴァンドの目には二人が劣勢に見えた。
「どうしよう。…………このままじゃ、負ける」
「ラヴァンド、お願いがある」
ラヴァンドの腕が何とか治ってきた頃、プリュオはラヴァンドに耳打ちした。
「先生を呼んできてくれ。誰でもいい。この騒音で気づかないのは、多分何か仕掛けがある。なら、こっちから出向くしかない」
「――わかった。……呼んで来る」
ラヴァンドは、プリュオよりも足が速い。全快ではない今の状態でも。無理はさせたくないが、合理的に考えると、ラヴァンドが行くことが最善になる。
それに、ラヴァンドを今のうちに逃しておかないと、箒の使えないラヴァンドが、逃げる時に足手纏いになる。
恐らく逃げることになりそうだから、プリュオはラヴァンドを逃したのである。
「ラヴァンド、こっちに来て」
「……何?」
プリュオが手招きするので、ラヴァンドは渋々近寄る。すると、プリュオがラヴァンドの手を握った。ラヴァンドは何度か瞬きをして、プリュオを見た。
プリュオはラヴァンドのことを見ていない。ただ、考え事に集中している。
プリュオは小さな声で呪文を唱えた。
「 Θέτις《テティス》 」
すると、ラヴァンドの手が透き通った。それが段々と広がり、やがてラヴァンドが消えた。
「透明魔法……?」
「正解だ。長くは続かない。早く行って」
ラヴァンドが先生たちの元へ行ったかはわからない。けれど、信じるしかなかった。
「埒が明かない。――お前たちは命令対象ではないが……随分と面倒だ。そろそろ本気を出そうか」
「――まだ本気じゃないってのか……」
クロノスはチッと舌打ちをした。ジョーヌも眉間に皺を寄せている。
クロノスが時間を止めれる回数は、せいぜいあと一回。ブランシェ家の屋敷内で長く止めすぎたせいだ。
今切り札を切るべきか――クロノスは迷った。
使ったところで、何になる。殺せばいいのか?そんなことをしたら、フェルルの約束を破ることになる。
なら、逃げる……とか?クロノスは考える。逃げても、いいかもしれない。
「…………がっ」
ふと、ジョーヌが苦しげな声を上げた。クロノスは慌てて声の方向を向いた。
またジョーヌとジゼットが鍔迫り合いをしていた。しかし、ジョーヌが完全に押されている。さっきよりも、対等に戦えていない。
クロノスは闇魔法で作った棘でジゼットを妨害しようとする――が、ジゼットは難なくそれを蹴り、棘をへし折った。
ジゼットは流れるような動きで、押され負けたジョーヌを斬りつけた。
それは水よりも滑らかで、鋭かった。ギラリ。銀が鈍く輝いた。
「…………う、……」
ジョーヌは悲鳴の一つも上げず、大量の血を垂れ流して膝をついた。
クロノスは迷わず時間を止めた。
「止まれっ!」
そう叫んだ途端、全ての時間が凍りつく。耳鳴りのような高い音も、聞き慣れたものだった。
「くろ……これ……は?」
「早くこっちに来い!これも長くは持たないぜ」
「……うむ」
「プリュオも飛べるな?」
「うん」
短く返事を返し、箒で浮かび上がったプリュオを見て、クロノスも箒を取り出した。
クロノスはジョーヌと共に、箒で浮かび上がった。
(重い……)
ジョーヌの重みで、箒が傾く。それを何とか直して、ものすごい速さで駆け抜けた。
「逃げられた……か」
ジゼットは血のついた刀を振るい、血を落としながらため息をついた。しかし、ジゼットの狙いはクロノスやジョーヌではない。
「貼り紙は命令通り貼ったが――。対象が見当たらない」
ジゼットは憂鬱になりながら、探し始める。
リストに載っている特徴を見るが、それらしき人物は見かけていない。
深いブルーの髪。黄色と青の混ざった瞳。ウルフカットの髪の毛。女子寮の寮長であり、メルクリウスの最初の試験体。
「カエルラ・ブルード……か。彼女は、王の暗殺のために必要な存在……。必ずしも取り戻さねば」
ジゼットは刀を仕舞い込み、また歩き出した。
カエルラはこの後連れ去られてます...。




