九話 女王ヴィオレット
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「ふふ、起きた?」
「…………ヴィオレット」
私はヴィオレットの顔を見て、半歩下がった。顔はこわばらないようにしていたが、ヴィオレットは敏感に私の表情を察知した。
「……どうしたの?怖い顔をしているよ。今日もゆっくりとおやすみ」
「……」
ヴィオレットの言われた通りに椅子に座って、対面した。ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「何か、気づいたの?」
「ヴィオレットは……」
私は声に出そうとして、引っ込めた。けれどやっぱりこれは聞かなくてはならないことだ。
「ヴィオレットは、メルクリウスの女王……なのかい?」
「……おや」
ヴィオレットは目を大きくさせた。何度か瞬きをして、それからこくりと頷いた。
「何処で知ったのだか。私は名前を公表していなかった筈だが。――まぁ、13番が漏らしたのであろうな。それにしても、難儀なことだ。私は君に教えるつもりはなかったのだが」
「…………」
怖い。率直に思う。いつもの不思議でふんわりとしたヴィオレットは何処へやら。今目の前にいるのは残酷で冷酷なメルクリウスの女王だ。
――そのはず、だが。
(作ってる)
この人は、演じている。悪い女王を、威圧的で強そうな女王を、意図的に演じている。
ヴィオレットは私の顎を押さえて、冷酷な笑みを浮かべた。
「ふむ……、どうやら怖いらしい。無理もない。私は君の友達を苦しめ、恩師を殺した元凶とも言えよう。――あぁ、そうだ。もっと言えば、君の親友の弟を苦しめているのも私なのだから、嫌われて当たり前か」
「……ヴィオレット、どっちが本当のキミなの?」
「……そう来たか。さて、キミはどっちだと思う?」
次はふんわりと、いつものように笑った。私は頷く。こっちのヴィオレットの方が生き生きしていて自然だった。挙動だって、女王の振りをしている方は、なんだか不自然だった。
あんなことをしていたら、きっと疲れちゃうだろうな。
私は迷いなく答えた。
「いつものヴィオレットが、本物だよねぇ?」
「…………ふふ、バレちゃったかぁ。一国の王様がこんなだなんて、周りには言わないでね?」
「言わないし信じてくれないと思うよぉ」
それに、言いたくない。なんだか、このことは私だけの秘密にしておきたい。シロの鳥籠のことも、ヴィオレットも。私らしくないなぁ、としみじみ思う。
ヴィオレットには、たくさん相談に乗ってもらった。それに、ラウゼとの仲直りのきっかけも、ヴィオレットだった。
このシロの鳥籠は全くもってわからないけれど、私は不思議と彼女といるだけで安心する。
「まぁ、それはともかく……。どうして戦争なんて起こそうとしてるんだい?」
「メルクリウスの民が、好きだから、だよ?」
分かるような、分からないような。メルクリウスの人の多くはエクスゼウスとの戦争を望んでいる。
「メルクリウスは前の戦争で、いくつかの地をエクスゼウスに奪われた。エクスゼウスに住んでいるメルクリウス人は差別され、酷い扱いを受けている」
ヴィオレットは紅茶にミルクを入れながら言う。ティースプーンで混ぜられて、紅茶がマーブル模様になった。
「私は土地を取り返すために、いくつか交渉をしたけど、うまく行かなかったの。だから、武力で取り返すことを決めた」
「それが、戦争の理由……ねぇ」
そんなことしていたら、無限に戦争が続いてしまう。無駄な犠牲者を出すのは果たして、理性的とは言えるのだろうか。
「ふふ、フェルル、ゆっくりとおやすみ。大丈夫。キミを殺すことはしない――。キミだけは……ね。それに、これから君は大変だろうから……
いつもよりもゆっくり、おやすみ」
がたん、ごとん。揺れで目を覚ます。
私は眠い目を擦りながらゆっくりと起き上がった。
「おはよう。よく寝ていたわね」
「…………ラウゼ」
半目になりながら辺りを見回し、ようやく馬車の中にいることに気づいた。
「私……馬車の中に入った覚えがないんだけど……」
「えぇ。フェルルは部屋を出る直前に寝てしまったわよ」
「……なんか、ごめんねぇ」
私は寝落ちしやすくはない筈だが。何故か寝てしまったらしい。ラウゼは気にした様子もなく、手袋を付け直していた。
そういえば、ラウゼはドレスから着替えてなかったんだっけ?私は目立つから、すぐに着替えたが。
ラウゼの弟の家に行くなら、着ておいて正解かもしれない。
ラウゼの格好を見て、何故かラウゼの膝の上に大量の宝石があるのを見つけた。
「ラウゼ、どうしてこんなに宝石を?」
「私は今から宝石の商談という設定でブランシェ家へ行くから、かしら」
「ラウゼ……」
ラウゼは、宝石魔法にトラウマがある。人のこころを宝石にしてしまってから、使わないと言っていたのに。
ラウゼは私のためにこんなことをしてくれているのだ。
「フェルルは早く変装をして。そろそろ着いてしまうわ」
「分かったよぉ」
私はポシェットから取り出した化粧道具で、いつものメイクを落とした。そうしてから私のイメージと逆になるように変装をした。
メガネをかけて、目の色を魔法で変えてみる。服もラウゼがプリュオから貰ったという男物に変えた。
髪をウィッグの中にしまい込む。小さな手鏡で自分の姿を見直した。
完璧だ。あとは男声を出すだけである。
「あ、あーー、あーーー、うん、これでどうかい?」
「――驚いたわ。まさかここまで変わるなんて」
ウィッグを非常時用に入れておいて正解だった。何度か男役をしたことはあるので、女だとバレる心配はないだろう。
「フェルルは、表向きは私の荷物持ちとして過ごして頂戴。グリーズには私の友人だと説明しておくから」
「了解。目立たないようにしないとねぇ……」
流石の私も疑われたら見つかってしまう可能性がある。久しぶりに詐欺をしている気分である。罪悪感がどっと押し寄せた。
「そういえば、クロノスに報告し忘れたなぁ」
窓の外の景色を見て気を逸らしながら、私は不意にぽつんと思った。心配しているだろうか。しかし、クロノスが疑われてしまったら大変だ。
私は心の中で、謝った。
「は?」
クロノスは張り紙を抜き取り、二度見した。
「フェルール・エスピエグリーは詐欺師の娘であり、本物の詐欺師!グリシィーヌ先生を殺し、王の暗殺を企む殺人鬼!」
クロノスは無言でビリビリに破り、投げ捨てた。パラパラと紙が宙を舞った。
「死ね」
クロノスは吐き捨てるように呟いた。その目は狂気と激情に染まっている。
彼らしくもなく、フェルルの部屋へと走って向かった。
「おい、フェルル!いる?」
何度かノックをする。しかし、しんと静まり返っている。フェルルもラウゼもいないらしい。
「何があった――?ボクが居ない時に、何かあったのか?」
そう考える。しかし、フェルルが殺人をするとは思えない。恐らく誰かに罪を着せられたのだ。
クロノスは冷静になり、推理をする。
詐欺師、なんて知っているのは極少数だ。詐欺師の娘ならともかく。なら、フェルルの友人を疑うべきか。
ラウゼは絶対にない。彼女もクロノスまでとは言わないが、フェルルに少し執着している節がある。
ラヴァンドは?
――彼女は確かに怪しいが、そんなことを出来るくらいに賢くはない。
ジョーヌは?
クロノスは彼が最も怪しいと考えている。
ジョーヌが馬鹿だなんて、クロノスは思っていない。彼は意外にも地頭が悪くない。ただ、環境が悪かっただけ。
それに、ジョーヌを取り巻く環境は、謎に包まれている。母親も、父親も、友人も、故郷すら秘密だなんて、怪しさの塊だ。
「ジョーヌのとこにいくか」
そう思い、足を運ぼうとしたその時だった。
「あ?」
誰かが壁に触っているのが見えた。クロノスは隠れて様子を見た。
男子だ。特に変哲もない、普通の身長の男子。
白い絹のような髪。鋭く切長な紅い目。鼻筋はすっと通っており、形の整った唇は固く結ばれている。容姿端麗。彼の容姿はそれを見事に表していた。
そんな男子が壁にポスターを貼っていた。先ほどクロノスが破り捨てたものと同じものを。
「――おい」
クロノスは男子の手を掴んだ。
男子はクロノスをジロリと睨んだ。ネクタイの色は、ワイン色。一年生――の筈だが。
(見た事ないな?)
クロノスは一年生の名前と顔を全員分覚えている。しかし、この男子は見覚えがなかった。
「キミ、何してんの?誰かにそれを貼れって命令されたんだろ?」
クロノスは男子の首筋に、ナイフを突きつけた。隠れている間に魔法で作っていた、禍々しいナイフだ。
「答える義理はない」
「――――ボクさ、一年生、全員の顔覚えてんだよ」
クロノスは可愛らしい顔を凶悪に歪めた。何処か艶やかで、恐ろしい笑み。彼が最近しなくなった笑みだった。
「お前の顔、見た事ないんだけど?――――お前、誰だ」
「ジゼット・グロック。転校生だが」
「転校生なんて目立つ生徒、ボクが知らないわけ、ないぜ?――――殺すぞ。正直に答えろよ。なぁ?フェルルに何してんだよ?」
男――ジゼットは中々口を割ろうとしない。クロノスが痺れを切らしかけたその時、ジゼットの眉がピクリと動いた。
「――白鷲よ。私に力を貸したまえ」
ジゼットがそう呟いた途端、次は逆にクロノスの首筋に一振りの刀が突きつけられた。
「今時そんな呪文の魔法とか、旧式が好きなの?」
「私とお前では私の方が反応が速い。早く降伏しろ。お前の負けだ」
クロノスはけけ、と不気味に笑った。そして、小さな声で呟いた。
「とまれ」
時間が止まる。ジゼットの動きも、壁にある時計も、全てが止まった。その間にクロノスは容赦なくジゼットの腹にナイフを刺した。
「殺したらフェルルに怒られるだろうけど――半殺しなら約束に反してないよな?」
ナイフを刺してジゼットと蹴り飛ばし、距離を取る。今夜時を止めたばかりなので、魔力が厳しい。時を止めるには多量の魔力を消費する。
かちり。時計がまた動き出した。
「――――は?」
その途端。クロノスは鈍い痛みに襲われた。腹がどうしようもなく熱く、痛い。
どろりと血液が地面に滴り落ちた。
「…………テメェ……」
クロノスは口から溢れ出る血を拭い、ジゼットを睨みつけた。ジゼットは刀を下段に構えてこちらを冷たい目で見ていた。同じく腹から血が出ていると言うのに、痛がる様子はない。
「お前、何をした?私に傷をつけた者はお前が初めてだ」
「あ?それよりキミも何したわけ?」
「特別なことはしていない。お前の反応速度が遅かった。それだけだ」
ジゼットはクロノスに斬りつけただけ。それ以外何もしていない。
それに対し、クロノスは大技でようやく傷をつけたのである。
つまり、ジゼットはクロノスより余程強い。クロノスが勝てる可能性はないだろう。
そこで、クロノスは疑問に感じたことを口に出した。
「なんで殺さない?キミならこんなことしなくても、殺せるよな?」
「――お前がどうやって私を傷つけたのか、興味があるから生かしている。もちろん、最終的には殺すが」
つまり、実験台ということか。クロノスはぎり、と歯軋りをした。
実験台なんて、昔に逆戻りだ。
奴隷時代を思い出して、ゾッとする。毎日毎日、時間を止める能力の測定の繰り返し。魔力切れなんて考えてもくれない、あの非人道的な日常。
「――――クロ!!」
「……な」
思い出して動きが止まっていたクロノスの目の前に広がるは金の髪。
斧を雄々しく構えたガタイの良い男、ジョーヌはクロノスを庇うように前に立っていた。
ジョーヌに目を取られていたが、ラヴァンドやプリュオまでクロノスを庇っていた。
クロノスは目を大きく見開いて、反射的に喉から声を出した。
「おい!離れろ……!キミたちじゃ、勝てない。ボクが殺す!」
「でも、クロノス。すごい怪我だけど。本当に……勝てるの?」
ラヴァンドは本心を見透かすように言った。ラヴァンドは妙に鋭い。そうだ。勝てない。クロノスではジゼットに勝てない。
けれど、ジョーヌたちが来たからなんだというのか。
「食らえっ!!!」
ジョーヌはクロノスの話を聞かず、ジゼットに向かって駆け出した。ラヴァンドも剣の柄を握りしめ、炎の刀身を出した。
クロノスが瞬きをした一瞬の間、ものすごい風圧が通り抜けた。
目を開けると辺りへ広がる金属音。重いものが、地面に落ちた音がした。地面を見ると、斧の半分が地面に転がっている。
ジゼットはジョーヌの斧を真っ二つに斬ったのだ。
「フローガ・レイ!」
ラヴァンドが遠距離から剣を一振りした。青い炎がものすごい勢いでジゼットへ向かっていく。
「遅い」
ジゼットは難なくそれを払い、ラヴァンドへ斬り掛かった。
しかし、ジゼットは斬りつけることなく、一度下がった。
「 Δυσνομία《ディスノミア》 」
クロノスは腹を押さえながらラヴァンドの影から棘を出した。不法な攻撃だ。エクスゼウス人の誇りに反する、卑怯な攻撃。
ニヤリと妖しく笑う。頰から汗が流れた。それでもいい。だって、みんなが死んだら、フェルルも悲しむだろうから。
――それに、クロノスだって、悲しくないわけじゃないから。
しかし、ジゼットは面倒だとばかりに剣を掲げた。
「――白鷺よ。全てを照らしたまえ」
剣が光り輝く。それと同時にラヴァンドの影が消え去った。ラヴァンドは危険を察知したのか、素早く後ろに下がった。
そしてそれは正しい。しかし、少し遅かった。
滴り落ちる朱。噴き出る血液。それは腕を伝って地面へと落ちていく。
ラヴァンドは右肩を苦しそうに押さえた。
右肩を深く斬られたのだ。
「ラヴァンド!」
ジョーヌが心配して駆け寄った。しかし、それは致命的な隙であった。
ジョーヌが、殺される。クロノスは気づいた。気づいたら、馬鹿みたいに駆け出していた。
「ボクを殺していいの?キミをどうやって傷つけたのか――知りたいんだろ?」
手を大きく広げて、ジョーヌの前に立った。クロノスはいつも通りに余裕そうな艶やかな笑みを浮かべ、言い放った。
読んで下さり、ありがとうございます。そろそろフェルルが勇者パーティーに入ります。




