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八話 詐欺師の娘は人殺し



「ほう……番号十四番は見事賢者を討ち倒したか。私の見積もりに、やはり誤りはなかった。番号十五番」

「――うん」


 跪く騎士。彼は真っ赤なマントをはためかせながら、頭を下げた。

 

「私はお前を認めよう。――私は、お前たちに辛い目に遭わせたいわけではないのだよ。私は国民を愛している。だからこそ、少数より多数を取ってしまう。そんな私を許してはくれまいか」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ!僕は勇者!君は女王様!僕たちの目的は同じ!」


 騎士は明るくはにかんだ。無礼な態度。しかし、女王にはそれが心地よかった。


「では、勇者ユースト。お前に命じよう。お前は私の剣。この世界の全てにこの国の旗を建てろ。

 そして、この国を照らす光となれ」

「うん!任せといてよー!」


 勇者は剣を掲げる。軽い返事と反対に、決意のこもった、キラキラとした瞳で。たくさんの人を、罪なき人を殺す覚悟も籠った、真っ直ぐで、どこか捻くれている、そんな覚悟をして。

 それこそが、本物の勇者と足る人――――――そう、思われていた。




「――――な」


 舞踏会から帰り、クロノスと別れた後、女子寮の廊下にておかしなポスターがあるのを見つけた。


「ラウゼっ!これ……」

「…………これは」


 ポスターには、こう書かれていた。

「フェルール・エスピエグリーは詐欺師の娘であり、本物の詐欺師!グリシィーヌ先生を殺し、王の暗殺を企む殺人鬼!」


「何が殺人鬼だっつーの……。私は殺人なんてしたことないよぉ……」

「グリシィーヌ先生を殺したとは、どう言うことかしら。先生は死んでいないはずだけれど」


 ラウゼも不思議そうに、首を傾げた。一番まずいのは、詐欺師とバレたことだろうか。恐らく、同じ寮の人がこのポスターを貼っているから、破り捨ててもまた新しく貼られてしまうだろう。


「フェルル、ラウゼ!……どこに、行ってたの?……心配、した」

「ラウゼの弟に会いにいってたんだよぉ」


 暗闇の中、よく目を凝らすと、ラヴァンドの紫色の瞳が目に入った。ラヴァンドもこのポスターを知っていて、心配してくれたのだろう。

 私が詐欺師って、気づいたかな。不安になるが、どうやらポスターの内容は信じていないらしい。


「あの……こんなデマより、大変なことが……ある。」

「……大変なこと?」


 ラヴァンドはこくりと頷いた。そうしてから周りをキョロキョロと見て、手招きをしてきた。

 ラヴァンドがあんなに警戒するだなんて、余程のことがあったのだろう。――例えば、グリシィーヌ先生が、本当に死んだ、とか。

 ラウゼと私は顔を見合わせた。


「ジョーヌが……グリシィーヌ先生を、殺した」

「は?」


 私は目の前が真っ暗になった。ジョーヌが?確かに入学式では嘘をついていたけれど。優しくて、お馬鹿なジョーヌが?そんなこと、考えられない。

 ラヴァンドが、嘘をついたとか?いや、嘘をついている人の挙動はしてない。

 ジョーヌは、私を騙していたの?

 すぐさま首を振る。そんなことない。そんなこと、あるわけがない。きっと、何か事情があるんだ。


「なんで?……なんで、そんなこと、したの?信じてたのに。ジョーヌのこと」

「フェルル……」


 ぽつり。私は小さく呟いた。声が枯れる。涙は出ない。でも、自分が止められなかったことが、無念だった。

 私は詐欺師の娘。人を騙せる。人に嘘をつける。だから、私は人の嘘を全部見抜ける。

 そう思ってたのは、間違いだったの?私が気付けなかったら、殺してしまったのではないか。私が止めればそうはならなかったのではないか。私が、無能なせいだ。

 私が、私が見抜けないなんて、そんなの……

 考え込む私に、ラウゼが悲痛そうに声を上げた。

 そんな私を見て、ラヴァンドが説明をしようと口を開きかけた、その時だった。


「君たち。そんなところで話していたら、他の人に聞かれてしまうだろう?」

「先輩……」


 私たちと色違いの、青いネクタイ。短く切り揃えられているウルフカットの深いブルーの髪。黄色の混ざった青い瞳。キリッとした目は大きく、眉はやや上がり気味だ。

 寮長先輩。彼女と話したことは少ないが、幾度となく助けてもらっていた。


「こっちに来るんだ。ジョーヌ君とプリュオ君はこっちで隠れているから」

「プリュオもかい?」

「……うん。ジョーヌの異変に最初に気づいた。……それが、プリュオ」


 ラヴァンドは、こくりと頷いた。意志の弱そうな目。しかしその中には強い意志があることを、私は知っている。

 プリュオ。同じクラスでジョーヌの友達。魔力が弱いが才能はあり、ラウゼ並みの魔法を二発撃てる。彼は真面目でごく普通の人間。彼の将来がまともなことはほとんど約束されている――。

 それが私の中の評価である。

 それなのに、まともでは無い道を走るなんて。私は苦笑した。


「早く、ジョーヌの話を聞きましょう」

「そう……だねぇ。ラヴァンドたちは、もう聞いたのかい?」

「……まだ」


 ラヴァンドは首を横に振った。

 余計に体がこわばった私は、少し震える手でジョーヌのいる部屋を開けた。

 部屋の中にはジョーヌとプリュオがいた。

 二人とも何も話していなかったらしい。二人の間には、気まずい雰囲気が流れていた。

 そんな中、ジョーヌはいつもより少し低い声で、言った。


「……フェルル、エルゼ。二人とも、話を聞いたのだな」

「うん……まぁねぇ。……先生を殺したってところまでは」

「……そうか」


 ジョーヌは真剣な顔で頷いた。ジョーヌのこんな真剣な顔なんて、初めて見た。

 ジョーヌは息を一度吸って、それから吐き出した。そうしてから、ジョーヌはまた話し出した。


「…………結論から言うぞ。私は、先生を殺さないと、命はないと。そう言われ、先生を殺した」

「殺さないと命はない?どういうことだい?一体誰が命令を?」

「私は番号13。隣国のメルクリウス出身の奴隷なのだ。そこでエクスゼウス人を殺す兵器として、育てられてきた」


 ジョーヌは制服を腕まくりした。そこから現れたのは、何度も切りつけられ、殴られた跡だった。あまりの恐ろしさに、私たちは息を呑んだ。


「……私は落ちこぼれだったのだ。兵器として育てられ、戦えるのに、殺せない。そんな私を試すためなのか、私は唯一の友人を殺せと命じられ――それが出来ずにメルクリウスから逃亡し、エクスゼウスへと逃げた」

「だから、貴殿は字も読めず、食べ物の名前すらも知らなかった、と」


 ラウゼは納得したのか幾度となく頷いた。

 今思えば、ジョーヌには不可解な点が幾つもあった。

 ラウゼが言うように、字も読めず食べ物の名前すらも知らないこと。

 一つも魔法が使えなかったこと。使おうともしなかったこと。それなのに、魔法学園に入ったこと。

 偽名を名乗っていること。……たくさん、ヒントはあったのだ。それなのに、気付けなかった。私は内心で歯噛みした。


「しかし最近それが見つかってしまい、私は王から城へ呼び出された。無理矢理魔法で送還された後、賢者のグリシィーヌ先生を殺すように命じられたのだ」

「そして、今に至る――と」


 ラウゼは悩ましげに眉を顰めた。これは大変な事態だ。私たちがどうにかできる問題ではない。

 まず、グリシィーヌ先生が賢者様であったことも驚きだが、その賢者を殺そうとしていると言うことは、メルクリウスはこちらに戦争を仕掛けようと考えているのだろう。勿論、戦力を削るためだ。

 政治問題である。庶民の私が口を挟めることではない――と思いたかった。


「ジョーヌの殺した理由は……納得した。……ジョーヌが、ただの悪い人じゃないって……分かってよかった」


 ラヴァンドはなにも分かっていないのだろう。難しいことを考える性格ではない。ジョーヌの手を掴んでニコリと微笑んだ。

 ジョーヌも安心したのか、真剣な顔もいつも通りの厳つい笑みに戻った。


「うん、それに関しては俺も納得……だけど、今一番まずいのはフェルルだね。あのポスター……。俺が一回破ったけど、他のところにまた貼られていた。フェルルに罪を擦り付けるつもりらしい」

「うん……。苗字が同じだからって、詐欺師なんて書くのは……卑怯」

「安心するのだ。私が今から自白すれば全部済むぞ!」


 プリュオもジョーヌもラヴァンドも、みんな私のことを信じている。怒りのこもった目で、ポスターのあった方向を見ていた。

 どくどくどく、と心臓が警戒音を鳴らす。

 詐欺師なのは、本当なのに。

 吐き気がする。私はごくりと胃液を飲み込んだ。


「一応聞いておくが――、フェルルは詐欺師じゃないよな?」

「えぇ。私が証明を――」


 ラウゼがすぐさま否定する。そういえば、最初の時に約束したな。お互い、協力し合うって。

 ラウゼは私が嘘をつけないって、知ってるから代わりに嘘をついていてくれているんだね。

 ごめんね。嘘なんか吐かせて。でも、私はみんなを信じてみたい。


「エルゼ。もう、良いよ。本当のことを話したいから、大丈夫。ありがと」

「そう?…………なら、いいのだけれど」


 ラウゼは心配そうに何度も私を見てから、こくりと頷いた。

 みんなが不思議そうにこちらを見ている。プリュオ、ラヴァンド、ジョーヌ、寮長先輩。

 全然話したことがない人もいる。けれどみんな、ジョーヌを助けてくれた人だ。ジョーヌが信じたのなら、私もみんなを信じたい。


「私は詐欺師、イヴォワール・エスピエグリーの娘、フェルール・エスピエグリー。一度詐欺に手を染めたこともある、本物の詐欺師だよぉ」

「……え?」

「…………やはり、ね」


 反応は二つに分かれた。ジョーヌ、プリュオ、ラヴァンドは驚きで目をパチパチとさせて、私を疑うように見ている。寮長先輩だけは予想をしていたのか、こくりと頷いた。


「騙していて、ごめんねぇ。……今はもう、犯罪はしてないよぉ。だから、キミたちを騙すつもりはなかったんだよぉ。……そんなこと言っても、信じてくれないかもしれないけどねぇ」

「……そんなこと……ない。私も、みんなも、フェルルの味方。詐欺師とかそうじゃないとか……関係ない」


 ラヴァンドは私の手を両手で握った。優しい握り方だった。そっと、病人の手を包み込むように、握られる。

 私は予想外の反応に、は?と声を出した。

 ラヴァンドは紫色の瞳で私を見た。強い目だった。それが、ラヴァンドの目だった。


「……私の信じるものは、私が決める。……フェルルは、私が信じるって決めた。私、フェルルの優しさを知ってる……から」

「ラヴァンド……」


 目頭が熱い。涙に覆われた瞳からは、責める様子がないみんなが見えた。あぁ、もうだめだ。我慢が出来そうにない。

 冷たい雫が一筋、私の頬を伝い、こぼれ落ちた。


「私、悪い人だよぉ?悪い人を信じるなんて、ほーんとキミはお人好しだよねぇ。……でも、そんな悪い私を信じてくれて……嬉しいよぉ。ありがとうねぇ」


 私は口角が上がるのを感じた。嘘笑顔ばかりの私。ラウゼのことを言えないくらいに、制御出来すぎて無感情になっていた表情。

 久しぶりに、本当に笑った。今の私、可愛くないだろうな。でも、それでいい。それが、いい。


「……さて。邪魔をして悪いけど、フェルルはどこかに逃げないと、最悪処刑されるよ?」

「それも、そうなんだよねぇ。罪を着せられてなくても、どっちにしろ捕まるし、ジョーヌに自白はさせたくないしねぇ」

「む?なんでだ?私は自白する気だったんだが……」


 ジョーヌははてと首を傾げる。私はため息をついた。今ジョーヌが自白すれば、私より確実に処刑である。友達として、それは見捨てられないのだ。たとえ、人殺しであっても。……恥ずかしいので、言わないが。

 寮長先輩は先輩なだけあり、冷静だ。新しい提案を持ちかけた。


「誰か、家に匿える人はいる?私は家が騎士団だからダメだけど」

「先輩、家が騎士団なんだねぇ……」


 それなのに協力してくれるなんて、実家と仲が悪いのか、それとも偵察のために私に協力を…………。だめだ、すぐに疑うのは私の悪い癖である。よく考えたら、偵察しているのに親が騎士団に入団していることを打ち明けるメリットはない。


「もしよければ、ですが。私の本名は、ラウゼリーナ。ラウゼリーナ・エル・ブランシェと言います。私の実家は名前の通りブランシェ家です。別荘が幾つかありますので、そこを利用してはどうでしょう」

「え?ブランシェ家ってなんだ?」

「王族の血筋を継ぐ公爵家だよ。まさかエルゼがそんなに偉い人だったなんて」


 プリュオが説明しても、よくわからないのかジョーヌはなんかよくわからないけど凄いらしい、と呟いた。

 理解できているのか微妙である。

 しかし、今さっきメルクリウスの騎士団に追われた訳だが、そこはどうするのだろうか。


「フェルル。変装は得意かしら」

「得意だけど……」

「ならば、私の友達としてグリーズに紹介すれば良いわ。表向きは荷物持ちとして横にいてもらうけれど」


 思ったより単純な作戦だ。

 前から思ってたけど、ラウゼって割と脳筋である。

 そんなお偉いさんに匿ってもらうのは申し訳ないが、そうして貰おう。ついでに言えば、ラウゼの弟に助言をしたばかりなので、恐らく簡単に入れてもらえるだろう。


「じゃあ、そうして貰おうかな?あ、そういえば、先輩に名前聞いたことなかったですね?」

「敬語は要らないよ。私は君たちより早く生まれただけだからね。

 私はカエルラ。カエルラ・ブルードだ」


 寮長先輩改め、カエルラ先輩は、凛とした表情で言った。


「じゃあ、カエルラ先輩。なんで私のことを助けてくれたのかい?」

「人を助けるのに、理由はいるだろうか――と言いたいところだけど、私はメルクリウスに因縁がある。私が協力したのは、メルクリウスが関わっているからだ」


 そう言ったカエルラ先輩は、どこか暗い表情をしていた。目を見る。表情も、手の動きも。嘘をついている様子はない。

 彼女は信用できる。私は改めて思った。

 悪い意味でも、いい意味でも。ラウゼと真逆だ。私が軽く息を吹き掛けるだけで、操れる。

 一見難しそうに見えるけど、そんな単純な性格だ。


「それでは、そろそろ行きましょう。先ほど使った馬車を使えばすぐにでも向かえる筈よ」

「あ、ちょっと待ってねぇ」


 個人的な用事で、ラウゼを止めて、ジョーヌに話しかけた。

 メルクリウスのことで、少し知りたいことがあった。


「ジョーヌ。メルクリウスの女王の名は、なんと言うのかい?」


 メルクリウスの女王は、謎に包まれている。名前、不詳。年齢、不詳。ただ分かっているのは、残酷で恐ろしい人と言うだけ。

 しかし、メルクリウス人だけに、その名が伝えられていると言う。


「女王様の名前か?」

「うん」


 ジョーヌは一瞬迷ってから、思い切るように、私に耳打ちした。


「ヴィオレット。ヴィオレット・メイヴ・メルクリウスだ」

「――――え?」

 

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