六話 仮面舞踏会
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「ジョーヌ。今日も練習なのか?お前は本当に回復魔法が好きだなぁ」
「む、好きではないぞ?だが、使えるようにはなりたいのだ」
今日も、ジョーヌは教室に居残って、手の甲に作った傷に向かって回復魔法をかけ続けていた。
いつまで経っても治る様子はない。
それを見たプリュオはため息をついた。
「ジョーヌ。そうじゃない。こうやるんだよ」
「……む?」
プリュオはジョーヌの手の傷に向けて、呪文を唱えた。
「 パナケイア Πανάκεια 」
ジョーヌの手の甲がじんわりと光った。ジョーヌは驚いて、手の甲に触れた。
すると、傷特有のでこぼこはなくなっていて、いつのまにか傷が消えていた。
これが回復魔法か。ジョーヌは何度も触って確かめた。まずはあのじんわりとした光を出すことが目標だろうか。ジョーヌが考え込んでいると、プリュオは自慢げに笑いながら、説明した。
「他人の傷の方が、癒しやすいんだよ。俺も自分の傷は癒せないんだ」
「なるほど、そうなのか。プリュオ。手伝ってもらっても良いか?」
「あぁ。俺もそのつもりで来たからな」
プリュオは偶然あったのか、肘にあったあざをみせた。プリュオは生真面目だが、ドジな面もある。どこかにぶつけたのだろう。
雑念を追い払い、ジョーヌはひたすらに魔法を唱え続けた。
「パーティの参加者ですか?招待状を見せてください」
私は今、久しぶりに人を騙そうとしている。ちくちくと罪悪感が刺激された。
ブランシェ家の屋敷に着いた私達は、馬車に出て早々に門番に見つかってしまった。見るからに怪しかったからである。
門番の視線を受けながら、私はできる限り堂々とする。それでいて、ラウゼのように上品で威厳のある少女を目指して、何ごともないように、門番に話しかけた。
「えぇ。私はパーティの参加者ですわ。――いえ、その筈だった、が正しいかしら」
「それはどう言うことでしょうか?」
私はくすりと妖艶に笑う。そして目を細め、流し目で門番を見つめた。門番が一瞬固まる。
「私、ブランシェ公爵とは古い付き合いなの。パーティに行くお約束もしていたわ。それなのにお誘いがないなんて……私、この仮面舞踏会を楽しみにしていたのに」
「それは……災難ですね」
何が言いたいのかと、門番がこちらを見た。
私は門番との距離をグッと詰めて、言った。
「あら……同情してくださるのね。なんて優しいお方。私、あなたのように優しい人、好きよ」
「……え、あ……ありがとうございます」
門番は微かに頬を赤らめて、途切れ途切れに言った。私は内心でほくそ笑む。良い流れに持って行けた。
「ねぇ、優しい門番さん。もしよければ、ブランシェ公爵に一言伝えてくださらない?」
「え、はい。もちろんです」
私は更に門番との距離を詰めて、囁いた。
「エルムはあなたにもう一度逢いとうございます、と」
「フェルルが上手く気を引いてくれましたね。お陰で会場まで侵入できましたわ」
「……だな。ボクはボロが出るから出来る限り話さないけど、いいよな?」
「もちろんです。非常時にはお願いしますね」
ラウゼは思念魔法でクロノスに伝えた。
ラウゼたちは、フェルルが話をしている内に、馬車の裏口から逃げ出した。そして監視の目を潜り抜け、会場に入ったのだ。ビクビクとしていたら、逆に怪しまれるので、ラウゼは堂々としている。
早く、弟を探さなくては。ラウゼは顔を動かさず、辺りを見回した。その顔には真新しい、前と同じデザインの仮面がついている。違う柄のものを、フェルルにも渡していた。
仮面舞踏会なだけあって、みんな個性のある仮面をつけている。
その中でも特に豪華な仮面を探す。弟はラウゼと同じホワイトブロンドの髪だ。目はラウゼと違ってエメラルド色。身長は……分からないが、恐らく高い。ラウゼ自身も高めだからだ。
「……!あの人は」
記憶の中の弟を思い出しながら見ていると、特徴と一致する男性がいた。
艶のある、ホワイトブロンドの髪。豪華な仮面から微かに見える瞳はエメラルドグリーン。身長は高く、仮面越しでも彼の美しい顔立ちがよく分かる。
「クロノス」
「……居たの?弟……だっけ?そいつ」
「えぇ。あの人ですわ。間違いありません」
クロノスに言うと、納得したように頷き、似てるな、と呟いた。自分では分からないものだが、やはり弟とは似ているらしい。
「この位置から休憩をしているふりをして様子を見ましょう」
「気づかれないようにしろよ?」
クロノスは弟とは逆の方向を見ながら、言った。そっちにはフェルルがいる。フェルルのことが、心配なのだろう。
ラウゼが微笑ましくクロノスを見ていると、ふと遠くから目線を感じた。
さりげなく振り返った。
エメラルドグリーンの瞳と目があった。ラウゼは慌てて目を逸らす。弟だ。弟が、ラウゼのことを見ていたのだ。冷や汗が出てしまいそうだ。もしかして、正体に気づかれた?あの感じだと、こちらに来るだろう。
ラウゼの予想通り、弟はこちらへやってきた。ラウゼは努めて感情を見せないように、知らないふりをした。
「初めまして。グリーズ・アントラシット・ブランシェと申します。本日は舞踏会に来てくださり、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いしますわ。話しかけてくださり、光栄に思います。私はエルゼ・スノーホワイトと申します」
ラウゼは扇子で顔を隠しながら、カーテシーをして、言った。仮面をつけているから、分からないとは思うが……念の為だ。
クロノスはおとなしく、ラウゼの横に立っている。
弟――グリーズは、ラウゼにニコリと微笑みながら、言った。
「そういえば、エルゼ殿の名前は聞いたことがありませんね。失礼ながらお聞きしますが、爵位はなんですか?」
「スノーホワイトは男爵の家の分家でしてよ。最近は商業に力を入れていますわ」
「なるほど、商業ですか。我がブランシェ家は商業に力を入れていますので、機会があればよろしくお願いします」
それを知っていてのこの設定である。この舞踏会で商業以外の家であったら、悪芽立ちをする。もちろん、今のは全て虚偽の設定だ。
「そういえば、エルゼ殿はまだ一度も踊っていない様子。もしよければ、一曲どうですか?」
「お誘い、ありがとうございます。ぜひ、お願いしますわ」
ラウゼの家の設定は男爵の分家。権力は皆無に等しいので、断る選択肢はない。
ラウゼがグリーズの手を取った、その時だった。
「グリーズ様!伝言がございます!」
「ふむ……分かった。聞こう。エルゼ殿。少々待っていただけるか?」
「ええ、勿論ですわ」
グリーズが、騎士らしき人物に呼びかけられた。グリーズは手慣れた様子で対応する――が、ラウゼは何か違和感を感じた。
何がおかしいのかとよく見てみると、手が震えている。ほんの少しの揺れだ。けれど、確かに彼はこの騎士に怯えている。
やはり、何か裏があるとラウゼは確信した。
「不思議な色気を持つ女性から、エルムはあなたに逢いとうございます、と伝えてほしいと言われました」
「何?エルムから?」
エルムとは、なんだろう。ラウゼは不思議に思い、クロノスに尋ねようと横を向いた。
「……は?」
思わず声が漏れる。クロノスが、いない。大人しくしていると思っていたのに。
辺りを見回しても、彼の姿はない。彼は空間魔法でも使えたのだろうか。ラウゼは頭を抱えそうになった。
そのくらいに、非現実的である。この人混みの中を一瞬で移動するなんて。
それこそ、フェルルが空間魔法を使わない限り。
「すまない、エルゼ殿。用事ができてしまいました。ダンスは後でも良いですか?」
「え、えぇ。勿論ですわ」
ラウゼは若干引き攣った声で、何とか返したのだった。
「……エルム殿。お久しぶりです」
「えぇ。ご機嫌よう。グリーズ様」
黒歴史のある相手に、ニコリと上品な笑みを作って対応した。
ラウゼには言い忘れたが、私はラウゼの弟と知り合いである。と言っても、フェルール・エスピエグリーとしてではなく、貴族令嬢エルム・フリューレとして。
詐欺師だった時、コイツ――グリーズを騙そうと考えている時もあった。
しかし、途中で辞めた。ブランシェ家を騙すには警備が固すぎたからである。
「エルム殿は、何故ここに来てくださったのですか?」
「グリーズ様が、心配だったのです。――聞けばブランシェ家は騎士団に脅され、ほとんど実権は握れていない状況下だとか」
「――――そうですか。情報が漏れてしまったとは」
私がハッタリをかけると、グリーズはほとんど肯定する発言をして、ふぅ、と息をついた。目の下には、化粧で隠そうとしているが、隠しきれない隈があった。しかも、気になるのが目の挙動。キョロキョロと何かを探すように時折動いている。
騎士団を探しているのだ。
ラウゼの言う通り、グリーズは騎士団に権力を奪われている状況なのだろう。
「おい、お前」
「何でしょうか」
門番の男性に、強く肩を握られた。私は焦りを見せることなく、ふんわりとした笑顔を作った。
これは、脅しだ。彼なりの、私への、最後の警告。
「ラウゼリーナ」
「……な」
私はグリーズの耳元で、そっと囁いた。グリーズは分かりやすく肩を跳ねさせた。
「彼女が、キミのために、ここに来ている。彼女はエルゼと、そう名乗ったはずだよ。コイツらは私が引きつける。だから、キミは今すぐに彼女と話しに行くが良い」
「エルム……殿?姉上が、此処に……?」
「そう言っている。今すぐ、会いに行ってあげてよ。ラウゼは、キミのことを心配しているからね」
私はグリーズと目を合わせた。グリーズは目の瞳孔を小さくさせて驚き、そうしてから会場へ向かって駆け出した。
それにしても、この門番、多分門番なんかじゃなくて、騎士団の中でもかなり偉い人だ。こちらに発する殺気の強さで察する。
彼は私が潜入していることに、気づいている。ラウゼやクロノスが私の仲間であることも。だから、早く二人に和解して貰わなくては。
「あんた、俺が殺そうとしていることに気づいてんだろ?」
「まぁ、そうかもねぇ」
あえて元の話し方で話してやると、彼は顔を歪めて笑い、言った。
「流石詐欺師ってとこかな?俺も最初は分からなかったよ」
「…………そうかい。お褒めに預かり、光栄だよぉ」
コイツ、よく見たら私の元部下だ。いや、父の部下だった人、が正しいか。だから、私の正体が分かったのだろう。
私が詐欺をやめたタイミングで、彼も詐欺師を辞めたと聞いた。
彼は父の部下の中でも選りすぐりの性根の良さを持っていた。そんな彼が、私の友達の弟を苦しめていたなんて。世の中は残酷である。
「 Θάνατος《タナトス》 」
彼が放った魔法をギリギリで避ける。まずい。あれは即死魔法のタナトスだ。あれに当たったら、死んでしまう。
いつのまにこんな高度な魔法を使えるようになったのだろうか。
「おっと、外したか。ならもう一回!
Θάνατος《タナトス》」
「……流石に不味いねぇ」
私は戦闘能力がほとんど皆無である。だから、魔法を連射されたらひとたまりもない。
防御魔法?そんなもの5回使ったら魔力が切れかける。じゃあ攻撃?まともなものは使えない。当てることすら難しいだろう。
焦っているうちに、魔法が近づいてきた。黒い炎。それがゆっくりと、しかしたくさんの量で近づいてくる。
空間魔法を使いたいが、使ったところで逃げ場がない。私の空間魔法の技術力では、あまり遠くへ飛ぶことはできないのだ。
それに、近くに飛んだとて、他の人を巻き込んでしまう。
「――っ」
いつの間にか、目の前に炎があった。まずい。死んでしまう。そう思っても、体は動かない。
ぎゅっと目を瞑った、その時だった。
「ほんと、キミは戦闘が苦手なのに、無理するよね。遅くなってごめんな?――でも、大丈夫。ボクがぜーんぶ、殺すから」
「遅いんだよぉ。……あと、殺すなよぉ……。約束したよねぇ?」
いつの間にか、私はクロノスに抱き抱えられて、父の部下から少し離れていた。
最初に出会った時のように。私は軽口を叩き、地面に降りる。そうしながらも、全身の震えが止まらない。
コイツが来なかったら、死んでたな。
そう考えてしまう。実際、間違っていない。
「うん。大丈夫。覚えてるぜ?――半殺しに、するだけだから、安心して?」
「半殺しって…………」
私は言葉を止めた。
クロノスはいつも微かにある光を全て無くしたような目をしていた。濁り切って、狂気の感じる瞳。
怒っている。クロノスは、私のために、怒っているのだ。そして彼は怒りをコントロールすることができていない。
彼がやりすぎないようにしないと。私はいつでも使えるように、空間魔法の準備をした。時間を止めれる彼の下では意味がないかもしれないけれど、それでも。
私は彼にもう一度、犯罪を犯させたくないから。




