五話 黒色の王女
短編書いてたので遅れました
「号外!号外です!」
街中で新聞売りが声を張り上げた。通行人は面倒そうに新聞売りを見ている。
新聞売りは慣れているので、さらに言葉を重ねた。
「メルクリウスで我が国の賢王が会談をします!五十年ぶりの会談です!メルクリウスとの関係の改善が期待されますよー!!
興味のある方はぜひお買い上げください!今回はいつもより安い値段で売っています!」
住民はそんな重大な出来事にも興味を示さない。ポツポツと常連が買い上げるだけだ。
そんな、メルクリウスでの会談で人生が逆転するなんて、そんなことを考える人はいない。
メルクリウスの王を除いて。
「そっか、よかったよ。そのエルザちゃん?と仲直り出来たみたいで」
「エルザじゃなくて、ラウゼだよぉ」
シロの鳥籠の中で、私はクッキーを食べながら、ヴィオレットに今日起きたことを説明した。
ヴィオレットは満足そうに何度も頷いた。
「ねぇ、ヴィオレット」
「なぁに?答えられることはできるだけ答えてあげるよ」
私は今日気になったことを聞いた。ヴィオレットについて聞くのは、これが初めてかもしれない。
「ここは、夢なの?」
「夢じゃないよ。シロの鳥籠は、哀れな哀れな私達の終わりの世界。その中にある、シロの世界。それが、此処だよ」
「そのシロって何?」
またちんぷんかんぷんなことを言うヴィオレットに、私はまた質問した。
とにかく、此処は夢じゃないらしい。それは、よく分かった。
「シロは、始まり。クロは終わり。私、クロが嫌い。だから、此処はシロの世界」
「…………」
うーん、やっぱり此処に関する話題になった途端、ヴィオレットと話が通じない。
教える気がないな。私はそう確信した。
「またわかったら聞いてね。いつか、クロを見せる必要があるから」
ヴィオレットはふふ、と悪戯っぽく笑ったのだった。
「番号14。お前は何をしているのだ」
「…………なんのことですかな。私には分かりかねます」
こつ、こつ。王のこちらへ歩み寄る音。一人の戦士はただ跪き、顔を伏せるしかない。
「分からぬも何もない。――敵地でよくぞのうのうと逃げたものだな」
「お褒めに預かり、光栄でございます」
「褒めてはおらぬ。私は残念であるぞ。――お前のような、若くして強き力を持つものはなかなか現れぬ」
王の周りに漂うのは、可憐なすみれの香り。そして、強者の気配。
一人の若き戦士はぶるりと身を震わせた。
己は強い。そう思っていた。しかし、前にいる王はどうだ。あれは己の十倍は強い。
もし、王が弱ければ反逆をしようと考えていた。
しかし、あれはなんだ。勝てるわけがない。若き戦士は夢を投げ捨てた。
「――しかし、私とて鬼ではあるまい。お前に一つ、チャンスを与えよう」
「……はっ、ありがたきお言葉です」
そして、王は甘くも残酷な言葉を、彼に耳打ちした。
「賢者を、殺せ。さすればお前の命は助かるであろう」
「……………………かしこ、まりました」
彼は震える声で、答えを返した。
「先生!何故私は回復魔法が使えぬのだ?」
「――ジョーヌ。あなたには、こころが足りないのです」
私は自分の席からジョーヌの様子を眺めていた。
ジョーヌはいつも、まともな魔法の練習をしないのだが、回復魔法だけは別らしい。
そうはいっても、回復魔法が全く使えないらしく、先生に尋ねることにしたのだ。
「こころ?」
「えぇ。あなたは思いやるこころが足りない。周りをもっと見て、誰かを救ってみなさい。それが回復魔法への道のりです」
ジョーヌは重々しく頷いてから、私達の方へ戻ってきた。
「今日の遊ぶ約束は一旦やめる!私は回復魔法の練習をするぞ!」
「え、まぁいいけど……。」
ジョーヌが魔法の練習に打ち込むなんて、初めてみた。いつも、斧を振っているイメージしかない。
「なんだか珍しいわね。クロノスを呼んで、三人で話し合いたいことがあるから、丁度よかったけれど」
「……話し合いたいこと?」
「えぇ。場所を変えて話しましょう」
ラウゼの声色は真剣……に感じた。最近はなんとなくラウゼの声色が読み取れるようになってきた。
私達はAクラスに行き、クロノスを呼び出し、早速話し合うことにした。
「話し合いたいことって、何?ジョーヌとラヴァンドを呼び出してないし、キミかフェルルの話だろうけど」
「残念ながら、私の話ですわ。貴殿には私の過去の話を聞かれましたので、協力していただければと思い、呼んだのです」
「えー。めんどくさ。なんだよ、ちょっと話聞いただけじゃんさ」
クロノスは椅子に寄りかかりながら、伸びをした。私は半目で彼を見つめた。
そうしていると、ラウゼからチラリとこちらを見られた。目線で説得して、と訴えてきている。
クロノスを呼ぶってことは、荒事が起きる可能性がある話ってことだ。つまり、クロノスがいないと困る。
よし、説得しよう。
クロノスは私にとにかく弱いはずだ。だから、私が誘えば断ることはない……はず。
「クロ。私、クロに来て欲しいよぉ。ね、お願い」
あだ名で呼んでやり、上目遣いでクロノスを見た。
クロノスと目が合った。クロノスはパチパチと幾つか瞬きをしている。
長い沈黙の末、クロノスはこくりと一つ頷いた。
「……………………フェルルがそう言うなら、手伝ってやってもいいけど?てかやっぱり、フェルルってボクのこと、好きなの?」
その問いは、非常に返事に困る。昔はクロノスが苦手ではあったが、あれだけ真っ直ぐに好意を伝えられている内に、苦手ではなくなってしまった。
だからといって、恋愛的感情はなくて、友達だとは思ってる。でも好きだと真っ直ぐに言うのは勘違いを生みそうだし。
少し考えて、ようやく私は返事を返した。
「……まぁ、友達としては……嫌い…じゃないけど」
なんだか、恥ずかしくなって、私はそっぽを向きながら、最後には消えそうなくらいに小さな声で言った。
「フェルルー!」
クロノスが抱きついてきた。私は無言で突き飛ばした。
「で、ラウゼ。話って何だい?」
私は痛そうに背中をさすっているクロノスを無視して、話を変えた。
少し気恥ずかしい。この話題はもうしたくない。
「この前、フェルルと私は我が家の騎士団に狙われたでしょう。……弟が、心配なのです。平気で人を殺せるようになってしまったのか、それとも騎士団を制御できていないのか。真偽を確かめたいと考えています」
「つまり、弟にもう一度会いたいってことかい?」
「えぇ」
ラウゼは軽く頷いた。
気持ちはわかるが、ブランシェ領にいったって、捕まるだけだ。ラウゼのことだから、作戦は考えているだろうが。
「で、具体的に何をすればいいんだい?」
「明日の夜、ブランシェ領で、弟主催の仮面舞踏会が開かれます。そこに潜入したいのですが、招待状が必要らしいのです」
「ふーん、つまり招待状を持ってるやつを殺して、招待状を奪えばいいんだよな?」
「いや、何いってんだよぉ」
クロノスの真っ黒な発言に、私は軽く引いた。いくら何でもその思考回路は危ない。また人殺しをしないか不安である。
「貴殿の意見はともかく、フェルルに門番を上手く言いくるめて欲しいのです。そして、クロノスは万が一の時の為、執事に扮してフェルルの護衛を。頼めますか?」
「言いくるめるねぇ……。まぁ、出来なくもないよぉ。舞踏会用の衣装はあるのかい?」
「………………母の形見のドレスと、暗殺された母付きの執事のものが」
ラウゼは言いにくそうに言った。私は頭を抱えた。いくらなんでも形見を身に纏って行くのは罪悪感がある。
しかし、クロノスは気にしていないのか、じゃあいいじゃん、と満足そうに頷いた。
「私は父様から貰ったドレスがあるから、形見はラウゼが着てねぇ」
「ドレス、持っていたのね。ならば、お言葉に甘えて」
ドレスは持っている。しかも、貴族が着るような高価なドレスが。
しかし、あれは私に「似合いすぎる」のだ。恐ろしいほどに。
父様にも捨てろと言われたけれど、せっかく貰ったものを簡単に捨てられず、クローゼットの奥に長いことしまっていたから、きちんと着るのは久しぶりだ。
決行の日は明日の夜、八時と決まった。ラウゼはクロノスに執事服を渡して、一旦この場は解散した。
やはり、似合う。ラウゼリーナはクロノスの姿を見て、内心で頷いた。
決行の日、クロノスは意外にも早めに来たのだが、彼に執事服がとても似合った。
クロノスは顔がいい。実は学園内で密かに人気である。告白も何度かされているようだ。断っているらしいが。
「それにしても、フェルルのドレスってどんなのだろうな」
「……フェルルには、可愛らしいものが似合いそうですね」
ピンク色や、薄い紫のドレスを着たフェルルを想像してみる。
フェルルは身長も小さいのも相まって、非常に可愛らしい。ふんわりとした妖精のようなドレスが似合いそうだ。
ラウゼリーナやクロノスは、同じことを考えた。
「ごめんねぇ。待たせて。着るのに手間取っちゃったよぉ」
「いえ、そんなことは…………」
いつのまにか、フェルルが来ていたようだ。ラウゼリーナは顔を上げて、返事を返そうとして――やめた。
いや、思わずやめてしまった。
フェルルは予想と反して、カラスのような、真っ黒なドレスを着ていた。化粧も、ただ真っ赤な紅を引いただけにすぎない。
それなのに、怖い。ラウゼリーナは率直に思う。なぜか、怖い。あの可憐であざとい可愛さを持つフェルルが、である。
しかし、それと同時に恐ろしく惹きつけられた。
目を離すな。そう命令されているように。
そのくらいの魅力があった。ほう、とため息をつく。
怖い。それなのに――いや、だからこそ恐ろしいほどに魅力的で、美しい。
いつも、桃色の紅も今回は目を引くほどに赤い。その赤さが魅力を更に上げ、フェルルを完璧なものとさせていた。
「似合ってるぜ」
クロノスがポツリと呟いた。
そうだ、似合っているのだとラウゼリーナは思う。
この服は、フェルルに恐ろしいほどに似合っている。
「うん……まぁ……その……ありがと。ラウゼもクロノスも、似合ってるよぉ」
フェルルは顔を少し赤らめて、髪をいじりながら、言った。フェルルの髪に、いつもあったお団子と髪飾りはなくなっていて、代わりと言わんばかりに髪にパーマがかかっていた。そういえば、今日は三つ編みだったな、と思い出した。
「ありがとう。そろそろいきましょうか。仮面舞踏会が始まってしまうわ」
「それもそうだな。で、何で行くんだ?」
「馬車に決まっているでしょう。学園の庭の付近で待たせてあります。昔使っていたブローチを売って借りたので、なかなか良いものが用意できましたわ」
今回は、本気だった。ラウゼリーナの全財産を使って弟の様子を見に行くつもりであった。
フェルルが心配そうにラウゼリーナを見ている。ブローチはなくなったが、そんなものより弟の方が大切である。ラウゼリーナはニコリと笑って見せた。
ラウゼリーナはそれよりも、フェルルの方が心配であった。フェルルは嘘をつくのが苦手だ。そんなフェルルに上手く言いくるめろと言うのも嫌ではあったが、そんな芸当、フェルルにしかできないのだ。
「うわぁ、お貴族様が乗るような馬車だよぉ。乗ってみるの、夢だったんだよねぇ」
学園の外側で待つ馬車の元に着くと、フェルルは嬉しそうに言った。
御者がフェルルを凝視している。そのくらいにはフェルルが魅力的だった。
「どうぞ、中へ」
「ありがとう」
御者がドアを開け、ラウゼリーナに手を差し出した。
ラウゼリーナは自然に手を取り、馬車に乗り込んだ。
フェルルにも手を差し出してくるが、ラウゼリーナと対極に、ぎこちない動作で手を取ろうとした……途端に誰かが手を取った。
「クロノス、何すんだよぉ」
「ボクがいながら他の人の手をとんなよ」
クロノスは嫉妬しているのか、強くフェルルの手を握った。
ラウゼリーナはそれを呆れて馬車の中から見ていた。
クロノスの執着はどんどん強くなっている。一体二人の間に何があったのかはわからないが、クロノスは本気でフェルルのことが、好きだ。
フェルルは多分、嫌ではないんだろう。どちらかと言うと、満更でもないのかもしれない。
ラウゼリーナは馬車の中で、貴族の頃の生活を思い出しながら、二人の様子を見ていた。




