三話 宝石の呪い
ラウゼの過去編です。
私、ラウゼリーナは恵まれていた。
優しいお母様。厳しくも威厳のあるお父様。可愛らしい弟。お金のある家。きっと、この世の全ての幸せを、私に注ぎ込んだような、そんな幸福感を感じていた。
けれど、途中からだった。私の人生が狂い始めたのは。
未だに思い出せる。私のお父様が暗殺された日のことを。我が領地は反乱も起きず、治安の良いことで有名だった。だからだれも反乱の心配など、していなかったのだ。
我がブランシェ家は、王家の血を少し継いでいた。だから、殺された。クーデターのようなものだったのだろう。王家は全盛期よりも年々勢力を縮めてしまっていた。その為増税が増えて、市民の不満は募っていたのだ。
しかし、王家を殺すには警備が固い。ならば、平和ボケをした我が領地を狙うのは当たり前のことであった。
「次の継承者は誰に?」
「弟君様?それともラウゼリーナ様だろうか?」
「やはりラウゼリーナ様だろう。あのお方は頭脳に優れ、魔力も高い。適正魔法も宝石魔法だ。領地が発展することは間違いない」
お父様が死んだ後、後継者の事で我が領地は荒れた。
お母様は他領から嫁いできたので、継承権を持っていなかったのだ。
私は継承権を持っていたが、弟は私よりも後継に積極的だった。
今思えば、私に嫉妬していたのだろう。
弟は私に嫉妬の目を向けることは多々あった。
両親も、今思えば私ばかり可愛がることもあった。
私は家を継ぐつもりはなかったので、弟が領主になった。弟のやりたいことを邪魔するつもりはないからだ。
しかし領主になった途端、弟は態度を変えた。
私と母を殺そうとしたのだ。
弟は私達を憎んでいた。弟はお父様が大好きであった。ゆえに、私達が何もできなかったことに対し、許せなかったのだ。
弟はまだ幼い。自分がしたことの恐ろしさをわかっていなかった。それなのに、権力を握ってしまったのだ。誰も、王様以外逆らえない、そんな権力を。
私とお母様は、弟から逃げることにした。
お母様は、根っからの貴族だ。
父、母と共に公爵であり、苦労なく育ってきた。だから、弱かった。
平民に落とされても生きることは出来ないと思えるくらいに。
しかしお母様は私のために朝も夜も働いた。
「お母様、今日も遅いです。何かあったのですか?」
「何もありませんよ。……大丈夫。大丈夫。平気です。大丈夫」
そんなある日、お母様は自殺した。
遺書すら残さず、首をつって、死んだ。前からお母様は様子がおかしかったのに。私はお母様が遅いことに心配するだけで、何もできなかった。
「私はこれから先、どうやって生きれば良いのでしょう」
私はお母様の残した食料とお金でなんとか生き延び、しかしそれさえも尽きた時、大家に家をを追い出され、貧民街で飢餓に苦しむことになった。
お腹が空いた。骨が浮き彫りになった。それでも貴族だった誇りのせいで、盗みだけはどうしても出来なくて。
死にそうになった私は貧民街の外の孤児院へ、駆け込んだ。
孤児院の院長は、暖かく出迎えてくれ、私は安心して眠りについた。
しかし、孤児院の生活は、寂しいものだった。私は平民の友達が作れず、いつも一人だった。
そんな私にも一人の女の子が、話しかけてくれた。
「はじめまして!あたしティアって言うの!よろしくね」
「ご機嫌宜しゅう。私はラウゼリーナ・エル・ブランシェと申します。よろしくお願い致しますわ」
「えー。固いよー!あたしたち同じくらいの歳なんだから、仲良くしようよー!」
ティアは本当にいい子だった。眩しいくらいに明るくて、太陽みたいな子だった。
「あ、そーだ。ブランの適正魔法ってなあに?あたしは、適正魔法がないの!」
「私は宝石魔法が得意ですわ」
「宝石?見せて見せてー!」
彼女の要望に応えて、私は石を宝石にして見せた。綺麗なルビーだ。彼女によく似合う。私はルビーをティアにあげた。私は宝石を売ろうとは、いつも思えなかった。
そのせいで、飢えていたけれど、間違いだとは思わなかった。
「わぁ!綺麗!」
「次は何色がいいでしょうか?」
「えーっとね、あたし青がいい!そうしたら、ブランとお揃いでしょ?この赤いのは私の目の色で、青はブランの色!ね?素敵でしょ!」
ティアはもう一つ作った宝石を、私の手の中に押し付けた。そうやってから、自分の貰った宝石を並べた。
形が似ているのもあって、本当にお揃いみたい。
私達はそれをペンダントにして、いつも着けていたものだ。
ある日、ティアは私に言った。
「大きくなったら、一緒にエクスゼウス魔法学園に行こう!」と。
孤児の私は、エクスゼウス魔法学園に入学する以外の道はほとんどない。だから不安に思っていたけれど、ティアがいるなら一安心だ。
同じ学校に行こう。そう言うくらいには私達の仲はよかった。
私はティアが大好きだったし、彼女のような素敵な人と仲良くできて、本当に誇らしかった。
しかし、ティアが孤児院を経営している夫婦の娘と知った時、私に深い嫉妬心が芽生えた。
ティアは孤児ではなかったのだ。
「お母さーん!あたしね、今日ね!いいことがあったの!」
「あら、何があったの?」
「お父さんにも聞かせてくれよ?仲間外れは寂しいぞー!」
「あはははは!お父さんったら!」
私は耳を塞いだ。聞きたくない。幸せな家族の会話なんて。私だって、もしお父様が殺されなければ、幸せだったのに。
それなのに、ティアだけ幸せで、世界はなんて不平等なのだろう。私は悪いことをしたの?
確かにお母様が苦しんでいることに、気が付かなかった。でも、仕方ないじゃないか。私は子供だ。まだ、十一歳の子供だ。
それに、弟さえいなければ、幸せだったのに。私達は追い出されることはなかった。お母様が死ぬことはなかった。私が飢餓に苦しむこともなかった。
神様。不平等です。どうか、私に救いを。
願っても叶うことはない。わかっていた。だから余計に許せない。ティアが、憎い。
よくない感情だとわかっていても、それでも。
ある日の夜のことだった。その夜は月がよく見える晴れた日で、私はティアを呼び出していた。
ティアと無性に話したくなったからだ。
「ティア。ティアって、嫌なことも言われるでしょう?院長先生の娘だもの。憎まれることだってある。大変ではないの?」
「うん!大変だよ!でも、憎まれるくらい素敵な父さんと母さんをもって、幸せだなぁっておもうよ!」
ティアは、元気よく答えた。私は醜い憎悪に囚われる中、それを感じさせないよう、ニコリと笑った。
「すてき」
本心から思った。私がティアだったらよかったのに。
「本当に、すてき」
ティアが、眩しいよ。
醜い感情がない、貴女が眩しい。
だからこそ、私はその眩しさに引き寄せられるみたいに、ひどく焦がれるのだ。
「貴女のこころが宝石になったら、それはそれは綺麗でしょうね」
「……?ブラン?」
私はその気は無かった。ただの例えだった。悪意などなかった。
でも、現実にしてしまったのだ。
「あれ、なんか、変だ。どうしたんだろ。あたし」
私がそう言った途端、ティアはおかしくなった。急に心臓を抑えて、蹲ったのだ。私は心配して、背中をさすった。
「大丈夫?ティア」
「あれ?あたし、ティアって言うの?此処は?」
「……ティア?」
ティアはキョロキョロとあたりを見回した。
「どうでもいいや。そんなこと」
「ティア!どうしたの?」
ティアは、ぼうっと焦点の合わない目で遠くを見つめた。
「………………あ」
「ティアっ!ティアっ!」
ティアは、あ、とだけ呟いた。蹲ったままぴくりと指の先が動き、そのまま硬直した。
目は開いている。しかし私を見ていない。
心臓は確かに動いている。しかし脳は動いていない。
「………………あ」
「?」
ティアは私に何かを手渡した。
それは眩い輝きを放つ、小さい宝石だった。
太陽よりも眩い光を放ち、私達のこころを暖かくしてくれる。これを見るだけで、ぽかぽかほかほかあったかくなるような、そんな宝石。
暗い部屋が、宝石で昼のように明るくなる。
私はそれがティアのこころの宝石であると、察した。
「あああ……ああ……」
私が宝石にしてしまった。ティアのこころを、宝石に変えてしまった。ティアは廃人になってしまった。
宝石魔法なんて、素敵じゃない。呪いだ。こんなもの消えてしまえ。何故私はあんなことを言ってしまった。何故。何故。
「嫌だ。嫌だ。こんなもの夢だわ。そうに違いない。きっと目を開けたら幸せな日常が帰ってくるのよ。ああ。私ったら起きるのが遅いなぁ。なんで呑気に寝ているの。早く起きて、元の幸せな日常に戻らないと。ええそうよ。そうよ」
私はむしゃくしゃして、自分の顔を両手で覆った。
ほら。これで何も見えない。あんなことなんて、起きてなかったのだ。
ピキ。
私の顔を、何かが覆った。覆ったところに手が触れると、冷たく硬い。それはどんどん大きくなり、やがて片目が見えなくなった。
何が起きているのだ。そう思うが、これで死ねるのなら、丁度良い。
私は死を享受することを心に決めた。
「……なんで」
決めた途端、侵食が止まった。偶然あった鏡には、宝石に蝕まれた醜い己の姿。そして、倒れているティアの姿。
「――ごめん……なさい。ごめんなさい。わざとじゃ無いの。ごめんなさい。許して……どうか」
私は動かなくなったティアに、謝り続けた。何十分もそうしてから、私は部屋に背を向けた。
このままいても、私は捕まってしまう。私はティアを殺した。ティアのこころを殺してしまった。
宝石を握りしめる。死ぬのは、怖い。
ごめんなさい、ティア。私は、逃げます。
私は孤児院から逃げ出した。
「それから私は逃げるために、各地を転々として、ティアとの約束を守るために、この学園に入学したわ」
「……ラヴァンドとの、関係は?」
私は感想を述べることは、しなかった。
ラウゼはきっと、それを望んでいない。
「ティアは、ラヴァンドのことよ。ラヴァンドのフルネームを知っているかしら」
「え?ただのラヴァンドじゃ無いの?」
自己紹介のとき、ラヴァンドは「ただのラヴァンド」と言っていた。私はクロノスのような孤児かと思い、事情を聞くことはしなかったが、どうやら違うらしい。
「ええ。彼女の真名は、ラヴァンド・ティアレス。私も何故、ただのラヴァンドと名乗っているか、分からないわ。」
記憶を失った時に、両親に捨てられた……とか?いや、ラウゼが嫉妬してしまうくらいに、愛に満ち溢れた家族だったのなら、それは無いか。
では何故、ティアレスの名を名乗らないのだろうか。
ティアレスの名を名乗った方が、これから先うまくいく。苗字のある者は優遇される社会だからだ。私はともかく、基本的にそうなのだ。
「へー。ボクも知らないなー」
「…………は?」
ギギギギギ。そんな音が鳴りそうなほどに硬い動作で、私達は後ろを振り返った。
「え?なんでそんなびっくりしてんの?食堂なんかで話してたら聞かれても仕方がないだろ?」
「……いつから聞いてたんだい?キミに遠慮と言う言葉はないのかい?」
クロノスはあっけらかんと言い放つ。きっと彼にとって、ラウゼの事情も、ラヴァンドのこともどうでも良いことなのだろう。
自分で言うのもあれだが、彼は私に執着している。あの小さな出来事をきっかけに。
「あ?最初からに決まってんだろ?こう見えてボクは早起きなんだよ。遠慮?まぁ、あるんじゃないの?で、それはともかくラヴァンドの事情?だっけ?そんなの本人に聞けばいいじゃん。なんで聞かないの?」
「どうしても聞きづらいのです。彼女は私に話しかけられることを嫌がるもので」
ラウゼは冷静に答えた。クロノスが現れてもあまり驚いた様子はない。ひたすらに無表情だ。
クロノスはやはり、感情の起伏が薄いのだろう。だから他の人の感情の動きを読み取れない。
ラウゼはラヴァンドに話しかけるのが怖いのだ。
クロノスはそのことを、私が不可解なほどに理解できない。
「ふーん、そうなんだ?ま、早いうちに解決した方がいいぜ。ラヴァンドはキミのこと、憎んでんだろ?」
「……えぇ」
ラウゼは重苦しく、頷いた。
「……それもそうですね。ラヴァンドに謝ります。此方も覚悟を決めねばなりませんね」
「私、何もできないけど応援してるから。私は二人に仲良くして欲しいもん」
私は悪戯っぽく笑って、そう言ってやった。
ラウゼは口角を上げて、上品に微笑み返してきたのだった。
「そういうことなので、今から謝りに行きますわ」
「え?」
私が振り向いた頃には、ラウゼは消え去っていた。いや、よくみたらすでに遠くにいる。
判断が早すぎる。私はクロノスと顔を見合わせ、急いでラウゼを追いかけた。




