番外編① スーパーのバレンタイン
二月十四日。
レジ横にある催事コーナーは、チョコ一色になっていた。
今日はバレンタイン。
鮮魚部門には全く関係のない日だが、作業場は少し落ち着かない雰囲気になっていた。
「チーフ、チョコあげる!」
「ありがとうございます」
「義理だからねっ」
「知ってます」
朝、山上さんからチョコを渡された。
多分、レジ横で売っていたチョコだ。
本日、スーパーの従業員間では活発にチョコのやり取りがされる日でもあった。
「小西さんにも仕方ないからあげる」
「一言余計じゃない?」
「お返し期待してるから」
「じゃあ返す」
他の職場のことは分からないが、うちの店舗の女性陣は割とこのイベントを大切にする。特に山上さんみたいなパートさんは、この日はチョコを配りまくる日なのだ。
「あっ、私も二人にチョコ持ってきました」
「ありがとうございます」
なんと! 今日、シフトに入っている五十嵐さんがチョコを用意してくれていた!
去年はそんなことなかったんだけどなぁ。
当然といえば当然だが、このイベントを全く気にしない人もいる。
うちの星さんはこういうイベントに無頓着だ。
そういう意味では大分個人で温度差があるイベントかもしれない。
「なんかチーフって貰い慣れている感じがして嫌ですね」
「あっ、分かる」
五十嵐さんと山上さんが急に俺をからかってきた。
「だってこれ義理ですよね!」
「うわっ、感じ悪~。もうすぐいなくなっちゃうから、私たちのことなんてどうでもいいんだ」
「そういうわけでは……」
つい余計なことを言ってしまった。
確かに今の言い方は良くなかったかも……。
「すみません……ありがたく頂戴します」
「あっ、素直になった」
山上さんと五十嵐さんがケラケラと笑っている。
バレンタインって女の人のほうが強くなる気がするのは気のせいかな……?
「でもチーフは、沢山貰えるでしょう?」
「まぁそれなりに……」
スーパーは女性が多い職場でもあるので、色んな部門の人からチョコを貰える。
貰えるなら貰えるで嬉しいけど、お返しがかなり大変なんだよなぁ……。
去年はホワイデーのお返しだけで、結構いい金額を使ってしまった記憶がある。
「これから本命が貰えるかもしれないのにね!」
「絶対言うと思った」
やっぱりその話になってしまった。
噂好きなお姉さまたちにとって、この日は絶好のエサ場でもあるのだ。
※※※
「水野さーん! チョコあげます!」
「ありがとう」
「本命ですからね!」
「どうも」
「普通に流された」
夕方になると今日も江尻さんがうちの作業場に現れた。
「手作りですからね!」
「ありがとう」
「もうちょっとときめいてもらってもいいですか?」
江尻さんがわざとらしく頬を膨らませている。
一体どういう反応を期待してるんだか……。
これから新店舗でずっと一緒になるのに、江尻さんは至って普通通り。
これから完全に上司と部下の関係になるから、どういう距離感で接していいのか分からなくなる。
「ちゃんとお手製の包装なんですからね! オール手作りです!」
「江尻さんって意外に女子力高いよね」
「意外は余計です! これから上司になる人に媚びを売りにきたのに!」
「全然ときめかないことを言ってる」
まぁ、それはこれから考えればいいか。
三月になったら、新店舗のための研修が始まる。
おそらくバイア―主導で最初の発注業務とかは行われるが、チーフの俺もその業務には混ざらないといけないだろう。
引っ越しもあるし、こんな風にのんびりしていられるのは二月で最後かもしれない。
「それじゃ、他の男性陣にもチョコを配ってきますね!」
「……」
「な、なんですか!? 急に黙り込んで!」
「別に……」
「変な水野さん!」
江尻さんが俺にあっかんべーをして、鮮魚の作業場から去っていった。
……江尻さんがおじさまたちから人気な理由が分かったような気がする。
「……チーフっ!」
うげっ! 後ろから白河さんの声が聞こえてきてた!
「おはよう白河さん! いつの間に!?」
「私はちゃんと挨拶しました! チーフが江尻さんと話すのに夢中になっていて、気づいてくれなかっただけです!」
白河さんの細い眉が思いっきり吊り上がっている。
「良かったですねっ! 本命のチョコを貰えて!」
「どこから聞いてたの!?」
「最初から最後までしっかり聞いてました!」
あ、あんにゃろう……!
さては白河さんがいるのを知ってて、あんなことを言ったな。
「最初から見てたなら、やましいことしてないの知ってるでしょう!」
「デレデレしてました!」
「してない!」
珍しく白河さんが声を荒げている。
今のやり取りのどこを見ていたらそうなるんだ!
「せっかく、私も手作りチョコ作ってきたのに!」
「あっ、ありがとう!」
「私の《《も》》本命ですから!」
「すごい棘がある……」
うわっちゃー、折角用意してくれたのにかなり気分を損ねてしまったようだ。
「チーフには季節外れの半額のチョコにすれば良かったです!」
「また半額にしようとしてる」
もー、なんでこうなるかなぁ。
確かに白河さんの出社に気がつかなかった俺が悪いんだけどさ。
「俺が本当に欲しかったのは白河さんのチョコだから」
「むぅ」
「それじゃダメ?」
「ダメではないですが……」
白河さんがしょんぼりしながら、俺にチョコを渡してきた。
ピンクのリボンがついた可愛らしい包装がされていた。
「言いくるめられた気がします」
「うっ」
「チーフは大人の対応ができてずるいです。いつも私ばっかりやきもきして」
「……」
……実はそんなことないんだけどなぁ。
俺だって嫉妬はするし、白河さんの男周りのことは気になったりする。
ただ、それを表に出すと格好悪いからやらないだけで。
「……ちなみに白河さんは他に誰かにチョコあげたの?」
「はい、あげました!」
「うっ」
や、やっぱり嫌な気持ちになるなぁ……。
聞くんじゃなかったとすら思ってしまう。
「女友達とか?」
「違います! 男性です!」
「クラスの友達とか?」
「気になりますか?」
「そりゃあ……」
俺がそう言うと、やっと白河さんが笑顔を見せてくれた。
「ふふっ、じゃあもうちょっと黙ってようかなぁ」
「ズルくない?」
「だって嬉しいんですもん」
白河さんの表情がパァっと明るくなっている。
逆にこっちの気分は沈んでいくんだけどな……。
「そんなに気になりますか?」
「気になる」
「そんなにですか?」
「そんなに」
「じゃあ仕方ないので教えてあげます!」
白河さんがぐいっと俺の顔を覗き込んできた。
「お父さんです!」
……。
……。
よし、仕事に戻ろう。
まんまとハメられたような気がする。
「仕事頑張るぞー」
「えぇえええ! コメントなしですか!?」
何故か悔しい。
やっぱりバレンタインって、女の人が強くなるのは気のせいじゃないと思う。




