♯46 白河さんは値下げシールを間違える
しばらくすると、白河さんが値下げを終えて作業場に戻ってきた。
「チーフ、戻りました」
「お疲れ様」
そのまま白河さんはいつもの流れで作業場の片付けに入ろうとする。
「怒ってる?」
「怒ってはいません! 心配なだけです!」
「心配?」
「江尻さんの件もそうですが、新しい店舗に行けば新しい出会いがあるかもしれないじゃないですか!」
同じ会社でも、店舗の異動というものは環境がガラッと変わることになる。
売れる商品だって店ごとに特色があるし、売り場の規模だって店ごとに違う。
それに360度、上も下も一緒に仕事をやる仲間も全ての人間関係が変わってしまう。
白河さんの言う通り、新しい出会いがあるというのは間違っていないと思う。
「白河さん……」
俺が異動で嫌だなぁと思っていることがある。
……それは今までいた店の人とほとんど交流がなくなってしまうこと。
距離的な問題あるし、仕事に忙殺されるのもあると思う。
仕方ないことだと理解はしているし、みんな自分の生活があるからそうなるのもやむを得ないことだと思っている。
……でも、ちょっと寂しい。
だって、お盆も年末も、数ある一年のイベントを一緒に過ごした仲間だから。
家族よりも長い時間を一緒に過ごす人たちだから。
だから俺は、前にも言ったが部門の人たちは“第二の家族”だと思って接している。
多分この考えは、俺がこの仕事をしているうちは変わらないと思う。
この仕事をしているうちは、これからもそんな出会いを繰り返していくんじゃないかなと思っている。
もし白河さんがそれを心配だと言うのなら――。
「はい?」
「エプロンに値下げシール付いてるよ」
「えっ?」
白河さんのエプロンの裾には値段の書いていない赤いシールが貼ってあった。
値下げをしているとあるあるなのだが、売り場の値下げは大量のシールを出すことになるので、たまにこんな風にエプロンや腕に知らぬ間にシールがついてしまうことがある。
「あ、あれ? いつの間に――」
「白河さん、動かないで」
その値下げシールを剥がしてあげる。
そして、そのまま彼女の肩に貼ってみた。
「買った」
「チーフ?」
白河さんがきょとんとした顔をしている。
「買ったよ。だから心配しないで」
「へ?」
あっ、全然分かってない顔している。
一番最初に言われたことの返しのつもりだったのに!
「チーフ、今日は値下げされたお刺身を買うんですか? 珍しいですね」
「違う違う!」
白河さんの綺麗な目が俺のことを見つめている。
まずい! 段々、恥ずかしくなってきたぞ!
「だからこれは、俺が白河さんのことを――」
「えっ?」
俺が言い淀んでいると、彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
白河さんは、俺が何を言おうとしているかようやく気づいたようだ。
や、やばい。すごく緊張してきた。
次の言葉を中々言い出すことができない。
ピンポンパンポーン
『寿司部門の西間木チーフ、外線一番にお電話です』
鮮魚の作業場に店内放送が鳴り響く。
「――好きです。俺、白河さんのこと大好きです。だから心配しないで」
店内の放送に釣られて言ってしまった。
今までずっと言えなかったこの言葉。
立場とか、コンプラとか、歳の差とか、そんな色んなことを気にして言えなかった言葉を俺はついに言ってしまった。
しかも職場で言ってしまった。
告白されて、デートをして、手を繋いで、抱きしめて。
でも、中々言えなかったその言葉をようやく彼女に伝えることができた。
「……っ!」
白河さんが自分の肩の値下げシールをぺりっと剥がした。
そして、そのまま俺の肩にそのシールを貼り返してきた。
「何してんの?」
「そんなこと言われたらチーフはもう私のものですからね! 私ももうチーフのものなんですから!」
「はい?」
「私の方が先に値下げしたんですから! 私の方が先に好きになったんですから! 私の方が好きなんですから!」
……やっぱり白河さんは値下げシールをよく間違える。
多分、今の俺の顔は、この値下げの赤いシールみたいに真っ赤になっていたと思う。




