♯45 冬の人事異動
地獄の年末年始を終えて、一月の中旬。
ついにこの日がやってきた。
――今日は人事異動が出ると噂の日だ。
「チーフ、チーフ」
「あっ、すみません……」
「どうしたのボーっとして?」
「い、いや……」
「あー、分かった! 異動が気になってるんでしょう!」
「バレました……?」
俺の様子を見て、山上さんが面白がっている。
今日はほとんどの社員がハラハラする日だ。
俺も、例に漏れず朝から落ち着かない気分になっていた。
「チーフもここに来てから二年くらい? そろそろだよね」
「そ、そうですかね?」
「あーあー、チーフがいなくなっちゃったら寂しいなぁ」
「本当にそう思ってますか!?」
「思ってるよ。みんなそう思ってると思うよ」
「……ありがとうございます」
……今までは出たら出たで仕方ないと思ってたんだけどなぁ。
今回の異動は俺にとって、とても特別なものになりそうだった。
※※※
午後一番で、異動の紙が休憩室のホワイトボードに張り出された。
“水野大和 インター店 鮮魚部門 チーフ上級”
ついに正式に俺の異動が決まってしまった。
「水野君、昇進してるじゃん! しかもリニューアル店舗!?」
「あははは……プレッシャーがやばいですね」
青果の行方チーフに真っ先に声をかけられた。
うちの会社にはチーフにも、初級、中級、上級とランク付けがされている。今までは中級チーフだったのに、上級チーフに昇進してしまっていた。
「今回は、リニューアル店舗の異動絡みが多かったですね」
「そうだね、うちの部門からも出たし」
「あれ? 青果からも出たんですか?」
行方チーフが、異動の紙の《《ある》》場所に指を差す。
“江尻風花 インター店 鮮魚部門 一般社員”
はい……? 思いっきり、目をこすってしまった。
「水野さーん! また宜しくお願いしますね!」
後ろにいる江尻さんに元気よく声をかけられた。
「どういうこと!? 青果は!? 青果はどうした!?」
「やだなぁ、年末に鮮魚に異動願いを出そうかなぁって言ったじゃないですか」
「嘘つけ! もっと前に出してただろう! そんなに早く受理されるかっ!」
「てへっ」
え、江尻さんがわざとらしく首をかしげている。
こ、こいつ……。
「行方さんは知ってたんですか!?」
「うん、新人の一年間はあくまでお試し期間だからね。ただでさえ青果希望が多すぎるって上から言われてたし」
「なっ!?」
「それにしてもわざわざ鮮魚をやりたいっていうやつがいるんだもんなぁ。鮮魚に行きたいっていうのは変態しかいないと思ってたけど」
行方さんがとても楽しそうに笑っている。
「ひどーい! それじゃ私が変態みたいじゃないですか!」
「変態じゃん……。絶対最初の年末は《《ね》》をあげると思ってたのに」
「えへへへ、誰かさんから高ーい栄養ドリンクをもらったので」
あ、あんなにくたくさそうにしていたくせに!
色んな意味で精神的にもタフすぎる。
「まさか水野さんと同じリニューアル店になるとは思ってなかったですけどね。これは本当ですよ?」
「何も信じられない……」
「これからお魚の切り方教えてくださいね?」
「えぇえ!?」
まだ正式に着任していないのに、早速前途多難な予感がしてきた。
※※※
「チーフ! やったじゃん! 昇進じゃん!」
「全然嬉しくないですけどねっ!」
鮮魚の作業場に戻ると、小西さんがからかい気味に声をかけてきた。
この親父は知っている……!
スーパーの昇進は全然嬉しくないということに。
上がらない給料、重くなる責任。
みんなが口を揃えて、昇進なんてするものじゃないと言う!
「あーあー、出ちゃいましたね」
五十嵐さんが大きなため息をついている。
「出ちゃいました……」
「いつからあっち?」
「これから調整することになると思います」
異動がでると、次に着任するチーフと仕事の引継ぎを行うことになる。
四月からリニューアルオープンと聞いているから、二月・三月は工事期間?
その間、俺はどうすればいいんだろう。
「私、やめようかなぁ」
「ちょ、ちょっと!」
「ところで次のチーフってどんな人? イケメン?」
「早速、次のチーフの話されるのは寂しいものがあるなぁ……」
五十嵐さんは、そんなことを言っているがきっと冗談だろう。
きっと。
うん、きっとだけど。
「チーフの送別会をやりましょうよ!」
「山上さん!?」
「昇進のお祝いもかねて!」
「早い! 早いですってば!」
く、くぅ……。さすがベテラン勢はこの手の異動になれている。
ものすごく複雑な気分だ。
こっちとしては、毎日顔を合わせていた人とお別れをすることになるから簡単に切り替えられない部分もあるのに!
「それにしても、慣れている二人が抜けるのかぁ。仕事がきつくなるな」
「二人?」
「だって白河ちゃんも三月でやめるでしょ?」
小西さんがぼそっとそんなことを呟いた。
※※※
夕方、今日は仕事が早く終わったのでみんなは早々と帰ってしまった。
本当にそういうところはドライな人たちだ。
「チーーフぅぅうううう!!」
白河さんが鬼の形相で出社してきた……。
一応、きょろきょろと周りに誰もいないことは確認したようだ。
「おはよう白河さん」
「あの異動はどういうことですか!?」
「うん、正式に異動が出ちゃった」
「それは知ってますが、江尻さんも一緒じゃないですか! なんで!? なんでですか!?」
「それは俺も知らん……」
異動は全部、本社の人事課が取り行っていることだ。
ただのチーフの俺が介入できるところではない。
「そんなの私は聞いてません!」
「俺も聞いてない……」
「四月からずっと江尻さんと一緒になっちゃうじゃないですか!」
「そうは言っても仕事だしなぁ。イチから教えるの嫌だなぁ」
「もーーー! とか言って、チーフは優しく教えちゃうじゃないですか!」
珍しく白河さんがぷんすかしている。
「とりあえず値下げに行ってきますからっ!」
「う、うん……」
白河さんが息巻いて値下げに行ってしまった。
……俺、ちゃんと江尻さんのことはフッてるんだけどなぁ。
(気持ちが通じていても、言葉に出すことは大切だと思うので)
ふと、忘年会のときに江尻さんに言われた言葉を思い出す。
白河さんは卒業間際……。
先日お会いできたので、白河さんの両親にもちゃんと筋は通せていると思う。
けど、肝心の彼女にまだその言葉を言っていない。
「今日、ちゃんと伝えよう」
前に白河さんがちゃんと俺に伝えてくれたように、俺も白河さんにあの言葉を言わないと。
……多分、これは本当に多分だけど。
江尻さんは、ずっと俺たちの背中を押してくれていたんじゃないかなって思うことがある。
自分が当て馬になってでも、俺たちを応援してくれてたんじゃないかなって。
それはちょっと好意的に解釈しすぎかな?




