♯4 真っすぐな好意
小西さんのせいで白河さんと気まずくなってしまった。
その場を作った張本人は、自分の仕事を終えたらすぐに帰りやがった。
「……」
「……」
会話がない。
参ったなぁ……どうやら怒らせてしまったみたいだ。
「白河さん、さっきはごめんね」
「い、いえ……」
作業場の片づけをしている白河さんに声をかける。
普通に反応してくれて良かった。
「……私もムキになってしまいすみませんでした」
「なんで白河さんが謝るのさ! こっちが全面的に悪いのに!」
「……」
「俺も小西さんも悪気があったわけじゃないから。それに……」
「それに?」
「白河さんの働きぶりはちゃんと見てるから。真面目だって言うのはちゃんと分かってるから……。ただ、この前の言葉にびっくりしちゃっただけなんだ。本当にすみませんでした」
白河さんに頭を下げた。
目上だろうが年下だろうが、不快な思いをさせてしまったのはちゃんと謝らないといけない。
「ち、チーフが私なんかに頭を下げるなんて!」
「なんかじゃないよ。白河さんは学校と仕事を両立しているんだから、俺なんかより頑張っていると思ってるよ」
「も、もぉ……」
白河さんが目を伏せてしまった。
「あ、あの……全然怒ってないので気にしないでください」
「そ、そうなの!?」
「ただ、そんな風な子にチーフに見られたくなかっただけなので……」
良かった。とりあえず許してもらえそうだ。
……んっ? 俺にそんな風に見られたくなかったってどういうこと?
「俺に何かお詫びできることある?」
「いえ……そんなお気になさらずに」
「でも……」
「ふふっ、チーフはただのアルバイトに気を使いすぎですよ」
あっ、白河さんが微笑んでくれた。
その様子に心底ほっとしてしまった。
「そうかなぁ」
「そうですよ、チーフはみんなに優しいんですから」
「たまにムカッとするときあるけどね」
「そうなんですか?」
「うん。毎日毎日、同じ顔とこの作業場に缶詰めになっているからね」
「ち、チーフでもそういうときあるとは……」
「あるある。だから、一生懸命仕事をやってくれる白河さんが癒しだからさ。白河さんに怒られたらどうしようとかと思った」
笑いながらそう言うと、白河さんが持っていた水切りワイパーをガタっと落としてしまった。
何故かかっちんかっちんに固まってしまっている。
「大丈夫?」
「わ、私、チーフの癒しになれてますか!?」
「うん、いつも早く来ないかなぁって思ってるよ」
え、えらくこの話に食いついてきたな……。
そりゃ仕事もあるし早く来ないかなぁとはいつも思ってるけど。
「そ、そうなんですか!」
白河さんがとても嬉しそうな顔をしていた。
※※※
「うーん……」
白河さんの“自分を値下げ発言”から数日が経った。
「チーフ、最近元気なくない?」
「そんなことないですよ?」
「そうかい? 私の気のせいならいいのだけど、何かに悩んでいるのかなって」
鮮魚部門のお局とも呼ばれる山上さんの嗅覚は伊達ではない。
確かに俺は白河さんのことで悩んでいた。
気のせい……? それとも気のせいじゃない?
もしかしてあのときの発言ってそういうことだった?
「チーフ、女にフラれでもしたのかい?」
「まさか」
「じゃあ告白でもされた?」
「……まさか」
「ふーん」
歩く拡声器に全てを話すほど俺は馬鹿ではない。
この人に悩みを打ち明けたら終わりだ。一瞬で店舗全体に噂が広まってしまう!
「まさか白河ちゃんとチーフが本当に――」
「……」
山上さんがひとり言をぶつくさと呟いている。
どこをどう嗅ぎ取ったのか知らないが、山上さんは俺たちの関係を疑っているようだ。
「山上さん! 白河さんにそういう噂はやめてくださいよ!」
「あははは! 私くらいのおばさんになるとこういう話くらいしか楽しみがないもんでねぇ」
「まぁそういう話が楽しいのは分かりますけど……」
毎日毎日、同じ顔を見ているので、そういう話が楽しくなるというのはよく分かる。
だが、その好奇の眼差しの標的にされている側は決して気分の良いものではない!
「山上さん、別に俺のことはいくら言ってもいいですけど白河さんのことは勘弁してあげてくださいよ、可哀想です」
「……」
「彼女はまだ学生ですから」
毅然とそう言うと、山上さんがとても驚いた顔をしていた。
「えっ、その反応は何でしょうか」
「いや、若いのに正義感があるんだなぁと思って」
「やめてくださいよ、全然そんなんじゃありませんって」
「チーフがモテる理由分かった気がするよ」
「それは初めて聞いた……」
「そうかい? 青果部門の若い子もチーフのこと良いって言ってるみたいだよ」
「それはこの前、小西さんから聞きました……」
また、山上さんが俺のことをいじり始めてきたぞ……。
「あっ、そんなことよりも山上さん! 来月のシフトの休みの希望日、今日までなんでお願いしますね」
「私、来月は予定がないからチーフにお任せでいいよ」
「分かりました」
「五連勤はやめてね」
「善処します」
そう言って、山上さんは本日の作業を終えてバックヤードをあとにした。
※※※
「値下げ終わりました」
「お疲れさま、じゃあいつも通り片付けお願いね」
「分かりました」
表情を変えることなく淡々と仕事をこなしていく白河さん。
何か意識しちゃうなぁ……。
この前の話をこちらから掘り起こすのもおかしいし、できるだけ自然に接するようにしないと。
「チーフ、値下げのラべルがなくなってしまったんですが……」
「あれ? うちのもうなくなっちゃったんだっけ」
「はい。だからこの前、お寿司部門から借りてきました」
「あー! ごめん! 庶務の人に発注のお願いをしとかないと」
「すみません、私がもっと早く言えば」
「白河さんは全然悪くないって、ちょっと青果にラベル余ってないか聞いてくるよ」
「せ、青果はダメです!!」
白河さんが急に大声を出した。
思わず体がびくっとしてしまった。
「え?」
「せ、青果はダメですぅ……」
自分でもそんな声が出るとは思ってなかったのか、白河さんが恥ずかしそうに身を小さくしている。
「なんで?」
「せ、青果にはラベルはない気がします……お寿司屋さんのほうがいいと思います」
「そう? じゃあお寿司屋さん行ってこようかな。でも同じところから借りるのもなぁ」
「せ、青果に行くなら私が行きますから!」
「うーん……じゃあお願いしちゃおうかなぁ」
「はい!」
な、何故か白河さんがほっとした様子を見せている。
やっぱり俺の勘違いじゃない……よな?
ここまで真っすぐな好意を見せられると俺も気付くというか……。