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♯34 猛攻

 十月の上旬。


 八月から九月は慌ただしく色々なことがあったが、最近は穏やかな日々が続いていた。


 この時期の鮮魚部門は、一年を通しても比較的忙しくない時期に当たる。


 なぜなら、一番作業がラクなものが売れるシーズンだからだ。


 鮮魚部門で一番ラクに商品を売る方法とは何か?

 パック詰めも、切ったりもしなくていい方法とは何か?


 それは、お魚が丸ごとそのままで売れればいいのだ!


 俺たちは、そういった加工していないお魚のことを“丸物まるもの”と呼んだり、略して“まる”と呼んだりしている。


 通常なら、そんな都合のいい商品はない! と断言できるが、この時期だけは違う。


 秋の味覚サンマが売れるシーズンだからだ。


「チーフ、週末のサンマは何ケース発注したの?」

「五十くらいですかねぇ」

「多ッ!」

「売り場に置いとくだけで売れますから。最悪、総菜部門に流します」


 小西こにしさんとそんな会話をしながら、朝の荷下ろしをする。


 この時期のサンマは旬なこともあり価格も安い。

 油ものっているので美味しいと良いことづくめだ。


小西こにしさんは荷下ろしやりたくないだけでしょう……」

「朝から、台車に積まれた五十ケースを見る絶望感といったら。チーフってそういう発注は大胆だよね」

「そうですか? 在庫リスクは少ないと思ってますけど……」


 相場にもよるがサンマなんて精々一匹100円程度。

 1ケースには通常25匹くらいしか入っていない。

 それで、しっかり売り上げを作ろと思ったらそれなりの発注数になると思うんだけどなぁ。


「まぁ、残ったら鮮度が悪くなる前に総菜に焼いてもらいましょう」

「したたかだねぇ」

「どこの店でもやってますけどね」


 ここだけの話、水産部門の利益率なんて精々20~30%が関の山だ。


 値下げを考慮して高めに利益率を設定するチーフもいるが、俺は値下げの作業が増えるのが嫌なので元から売れそうな金額で商品を出している。


 これが鮮魚部門の話。


 じゃあ総菜部門は?

 もちろん人件費などもあるので純粋な原価は分からないが、原材料だけの利益率なら50パーセント以上の商品がざらにある。


 鮮魚部門で一匹100円で売っているサンマが、総菜で焼くことにより198円になったりするのだ。当然、鮮魚でその金額で売っているのだから原価はもっと安い。


 総菜部門が、売れ残りそうな商品を強気に50パーセント引きにできるのはそういう理由があったりする。

 

 俺はそのカラクリを知っているので、総菜のお弁当を元値で買う気にはとてもなれない。


 社員なのにこんなことを言ったら怒られそうだけどさ。


「今は年末に向けて、体を休める季節ですからね。サンマは丸で売っちゃってラクしちゃいましょう」

「チーフもラクすること覚えたねぇ。去年はサンマの刺身とかやってなかった?」

「他の店舗でアニサキスを出したので、今年は禁止になりましたよ」

「あっ、そうだっけ」

「ちゃんと社内メール見ておいてくださいね」


 そんな会話をしながら、朝の作業を進めていった。




※※※




「チーフ、青果の江尻えじりさんが来てるよ~」

「何故に!?」

「チーフにお願いしたいことがあるんだって」


 ほしさんが、帰り際に俺にそう声をかけてきた。


 うーん……何だろう。

 そろそろ白河しらかわさんが来る時間なんだけど……。


「それじゃお疲れ様~」

「あっ、はい。お疲れさまでした」


 なーんにも知らないほしさんはそのまま帰ってしまった。

 いや、逆にほしさんで良かったかも……。今日は山上やまがみさんが公休で助かった。


水野みずのさーん」


 江尻えじりさんがそろ~と鮮魚部門の作業場に入ってきた。

 忍び足で、奥で作業している俺のところまでやってくる。


「どうしたの?」

「私、サンマのお刺身を食べてみたいです」

「自分で切れば?」

「冷たい!」


 いつの間にチーフ呼びが消えている。

 じ、自分の部門の作業はいいのかこの子……。


「うぅ……私のことなんてどうでも良いんだ」

「し、しらじらしい」

「私、知ってますよ! この前、白河しらかわさんと一緒に帰ってたでしょう!」

「それは黙っててよ!」


 く、くそぅ……。

 何故かこの子に弱みを握られているような気がする。


「どこまで進んだんですか?」

「どこまでも進んでない」

「最近、他の部門でも有名ですよ。鮮魚のアルバイトの子が可愛いって」

「……」

「あっ、ちょっと嫌な顔した」


 こ、こんにゃろう……。

 なまじ年齢が近いからか、めちゃくちゃ踏み込んでくる。


「やっぱり恋をすると女の子って変わるんですね~」

「……」

「あっ、水野みずのさんも少し明るくなりましたよね! 私は今の水野みずのさんも素敵だと思いますよ!」

「何が目的だ!?」

「サンマのお刺身食べたいです!」


 やむを得ないので片づけていた包丁を取り出す。


「はぁ……。今年はやっちゃダメだって言われてるんだけど。口止め料だからね」

「私、口固いんで大丈夫ですよ」

「本当かー……?」


 そういうヤツに限って怪しいんだよなぁ……。


 っていうか、この子やっぱりめちゃくちゃスーパーに向いていると思う。なんだかんだで鋼のメンタルをしてやがる。


「おはようございます!」


 げっ、そんなこんなしていたら、入口から白河しらかわさんの出社する声が聞こえてきた。


「チーフ?」


 白河しらかわさんがぴょこぴょことこちらに近づいてくる。

 江尻えじりさんが何故か近くの作業台の影に隠れる。


「あっ、チーフ! いつものコーヒー買ってきましたよ! どうして返事してくれないんですか!」

白河しらかわさん……」

「二人だけのときは名前で呼んでくださいって――」

白河しらかわさん、そこ」


 江尻えじりさんが隠れている作業台に指を差す。


「なんでバラすんですか!」

「何してんの?」

水野みずのさんって、白河しらかわさんと二人きりのときはどんな感じなのかなぁって」


 江尻えじりさんがニヤニヤしながら姿を現す。


 江尻えじりさんの姿を見て、白河しらかわさんのほっぺがぷくっと膨らんだの分かった。

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