♯3 恋する女子高生アルバイト
「えぇえええ!? 白河さんってパパ活してるの!?」
「なわけないじゃないですかっ!」
あっ、違った。
年下の女の子に思いっきり怒鳴られてしまった。
「す、すみません!」
「うーん? よく分からないけど今は仕事中だから先に値下げをお願いしていい?」
「わ、分かりました!」
バタバタと早足で白河さんが売り場に向かっていった。
ピッ
ピッ
ガララララッ
値下げの機械が慌ただしく音を立てている。
(ま、まさかな……)
もしかして告白だった?
けど、あんなへんてこな告白されるわけないもんなぁ……。
※※※
「戻りました……」
「お疲れさま」
「そ、それでさっきの話なんですが!」
「まだその話続くの!?」
「あ、あの! チーフが買ってくれるなら70パーセントとは言わないので! 80パーセントでも90パーセントでも! 10円でもいいので!」
「待って! 安すぎるって! 白河さんなら元値でもそのまま売れるから!」
えぇええ!?
違うとは言ってたけど、どう考えてもパパ活の話じゃんか!
「じゃあ何円なら買ってくれますか……? そもそも私の元値っていくらくらいなんでしょうか……」
「お、俺に言われても……」
俺がパパ活の相場なんて分かるわけないじゃん。
分かるのは魚の相場だけだっての!
「……俺が言うのもなんだけどもっと自分のことは大切にしたほうがいいよ」
「えっ?」
「だからアルバイトしてたの?」
「そ、そういうわけでは……い、いやでもチーフがいらっしゃるから――」
白河さんがまたしどろもどろになってしまった。
「も、もしそうだと言ったら、チーフはどうしますか?」
「うーん……」
お金が欲しくてアルバイトするのは悪いことじゃないと思う。
けど、パパ活するほどお金に困ってるっていうのもなぁ……。
「叱ると思う」
「叱る?」
「君の知人として、そんなことはしちゃいけないよって言わないといけないと思う」
「……? チーフはなんの話をしているのでしょうか?」
「パパ活の話じゃないの?」
「だ、だから違うって言ってるじゃないですかっ! 通りで何かが噛み合ってないと思いました!」
また白河さんから大きな声が飛んできてしまった。
「えー!? じゃあ何の話?」
「だ、だから私はチーフのことを好――」
ピンポンパンポーン
『寿司部門の西間木チーフ、外線一番にお電話です』
白河さんの声と、店内放送がダブった。
「寿司です……」
「寿司?」
「ちょっとお寿司部門に行ってきます……」
「急になんで!?」
「値下げのラベルが少なくなってきたので分けて貰ってきます……」
白河さんが、肩の力を落として作業場から出ていってしまった。
「……えっ?」
なに? 本当になんなの?
あんな白河さんを初めて見てしまった。
※※※
「鈍感って罪だよなぁ」
次の日の朝、一緒に仕事をやっているおじさんにそんなことを言われた。
「何の話をしているんでしょうか?」
「チーフのことを好きな女はいっぱいいるって話だよ」
「またその話かぁ……」
この人は同じ部門の小西さん。小太りな五十四歳のおじさんだ。
うちの部門では一番職歴が長く、一番技術力のある人だ。
俺が表の責任者なら、この人が裏の部門責任者と言っても過言ではない。
それくらい知識も技術力も豊富で、業界の事情にも詳しい人だ。
「青果の新人ちゃん、チーフのこと格好良いって言ってたぞ」
「その情報を本人に垂れ流すのやめてくださいよ! やりづらくなる!」
「なにをヤるって?」
「朝からそっちの話に持っていくのやめてくださいよ!」
鮮魚部門の朝は早い。
朝の六時に出社して、荷物の下ろし方と商品の準備に取り掛からなければならない。
とりわけ鮮魚部門は鮮度が命なので、毎日それなりの量の荷物がトラックで運ばれてくる。
今も小西さんと一緒にカゴ台車から荷物を下ろしているところだった。
お刺身のパック一つを作るのも大変なんだよなぁ……。
①魚を三枚に下ろす
②骨を取り、皮をひいて、お刺身用のサクを作る。
③大根のツマをもって、刺身の容器を用意する
④サクを切って盛りつける。
一つの商品を作るだけでこれだけの工程を踏まなければならない。
これが刺身の盛り合わせになったら、魚の種類が増えるので更に作業の工程が増えることになる。
このそれぞれの作業を、部門員は分担しながら仕事をこなすことになる。
当然、魚を下ろすには技術がいるし、刺身のサクを切る技術もいる。
なんならツマの盛り方にだって技術がいる。
誰でも彼でもその作業ができるわけではないので、人員配置にも気を使うことになる。
そんな手をかけた商品が、最後は白河さんに値下げシールをペタリと貼られることになるのだ。
……たまに何とも言えない気分になるときがある。
「朝の六時過ぎから下ネタはきついですって」
「そうでも言ってないと、この仕事はやってらんないだろう」
「そりゃそうですが……」
小西さんは魚を三枚に下ろすのをメインにやっている人だ。
朝は大体、俺と小西さんが作業の段取りをすることになっている。
時間が七時、八時となると更に別の部門員の出社時間になっていく。
朝は男だけなので、とりわけ小西さんの下ネタがひどい。
いや、この人は普通に女性の前でも言うことあるけどさ。
「小西さん、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「なんだい? 仕事の話?」
「仕事の話以外です」
「お~、チーフからそういうこと言うのは珍しいね」
小西さんのつぶらな瞳が興味深そうに光ったの分かった。
「パパ活の相場ってどれくらいなんですか?」
「はぁあああ!? チーフって援交に興味あるの!?」
援交とパパ活って少し違うような……。
そう思ったけど、言うとめんどくさくなりそうだから黙っておこう。
「少し気になったので。小西さんなら知ってるかなって」
「チーフは俺のことを何だと思ってるんだ!」
「昔はやんちゃしてたって聞きました。レジの子に手を出した話も聞きましたよ」
「それ言ったの山上のババアだろ!」
魚の下ろし担当の小西さん。
下ろした魚を刺身にする山上さん。
この二人は、仕事上もコミュケーションを取らないといけない間柄なのでとても仲が良い。
鮮魚部門の人は口が悪い人が多いけれど、それもコミュニケーションの一種なのだ。
※※※
「おはようございます、今日も宜しくお願いします」
夕方の六時前、白河さんが出社する時間になった。
「おはよ~」
いつもは、自分の作業が終わると早々に帰宅する小西さんだが、今日は仕事の量が多いので珍しく残業をしていた。
白河さんの出社する時間に、小西さんがいるのは珍しいほうだ。
「白河ちゃん」
「はい?」
「今ってパパ活の相場っていくらくらいなの?」
はぁあ!? ジジイが余計なことを聞いている!
「私に聞かれましても……」
「はい! なしなし! 親父の戯言は忘れて!」
急いで小西さんと白河さんの間に入る。
「なんだよ、チーフから聞いてきたくせに」
「なんでそれを白河さんに聞こうと思ったんですか!」
「女日照りなチーフに救いの手をと思って」
「むしろ地獄に落とされてますから」
昨日、あんな会話をしたばかりなのに直で彼女に聞きやがって!
これだから親父共は油断ならない!
「ち、チーフ……」
白河さんの体がわなわなと震えている。
「私、本当にそんなことしてないですから!」
「分かってる! 分かってるって!」
「私はずっとチーフのことを――」
「ん?」
「――あっ。わ、私、売り場の前出しに行ってきます!」
「うん……?」
※前出し
商品が売れて、奥に引っ込んだ状態になったのを前面に戻すこと。
総じて売り場の手直しをすることを意味する。
白河さんが目に大きな涙を溜めて、売り場に行ってしまった。
「ほほぅー」
「今のは小西さんが悪いですからね!」
「いいや、チーフが悪いと思う」
「何でですか!」
小西さんが、売り場にも聞こえそうなくらいゲラゲラと笑っている。
「チーフは俺が朝言った言葉を思い出したほうがいいと思うなぁ」
「あー、でたでた! すぐヤるヤらないの話になる!」
「そっちじゃない」




