♯26 間接キス
お盆の地獄の連勤を終えてからの、初めての休日。
今日の俺は、家に引きこもっていた。
「起きたくないなぁ……」
時間は朝の八時。
俺は、疲れで布団の中から出れずにいた。
俺が休みの日は、代わりに小西さんにみんなに仕事の指示をお願いしている。
本人は言いたくないみたいだし、周りも言わないようにしているので、俺も何も言えないが、小西さんの肩書上の役職はサブチーフだ。
昔は店長をやっていたことがあるらしいが、なんやかんやあって今はサブチーフに落ち着いているらしい。
多分、繊細な話になるのでそこはあまり触れないようにしている。
“おはようございます! お盆は本当にお疲れさまでした! 今日はゆっくり休んでくださいね”
携帯の画面を開くと、朝の七時前に白河さんからメッセージが届いていた。
彼女らしい、飾り気はないが気づかいの感じられる文面だった。
「白河さん、今日は出社だもんなぁ」
お盆期間中、早く仕事が終われば食事に行こうという約束をしていたのだが、それが叶うことはなかった。
思ったよりも忙しすぎた……。
お盆の売上は余裕の昨年比超え。
昨年通りだろうと見込んで計画を立てていたのは大失敗。
値下げどころか、欠品気味の売り場になってしまった。
……数字だけなら十分なのだが、折角買いに来てくれたお客さんには申し訳ないことをしてしまった。
「……どうしようかなぁ」
迷う。
白河さんは夕方からの出社だから、お昼なら食事に誘えるが……。
「って、なにうじうじしてんだが。自分であんなことを言っておいて」
もう二十半ばだぞ俺。
初めてデートに誘う中学生じゃあるまいし。
“おはよう白河さん。今日、時間あったらお昼でも行かない?”
白河さんにそんなメッセージを送った。
ただ誘うだけなのに、なんでこんなにドキドキするかなぁ……。
“行きます! 絶対に行きます!”
メッセージを送るとすぐに既読がついた。
それにすこぶるほっとしてしまったのは、格好悪いから内緒にしておこう。
※※※
「チーフ、おはようございます!」
「おはようー、ごめんね出社日なのに」
「いえ! まさか、チーフから誘ってもらえるなんて!」
お昼前に、いつものコンビニに待ち合わせをした。
今日の白河さんは、黒のニットのタンクトップに花柄のスカートを履いている。
今日は少し慣れた様子で、俺のクルマの助手席に乗り込んでくれた。
「……お盆はご飯に行けなかったからさ」
「とても忙しかったですもんね」
「うん、でも今年は白河さんに助けてもらったからすごくラクだったよ」
「す、少しでもチーフの力になれたなら良かったのです……」
「そりゃ、もちろん! で、どうする? 何か食べたいものある?」
「……きょ、今日の食事なんですが」
「ん?」
あれ? さっきまで流暢に話していたのに急に白河さんの口ぶりが重くなってしまった。
「あ、あのぅ……」
「どうしたの?」
「わ、私……!」
何故か白河さんが俺の顔を見ようとしない。
「大丈夫だよ、ちゃんと聞くから」
「そ、そのですから私……!」
「うん」
「……お弁当作ってきました」
「はい?」
「ですので、お弁当を作ってきました……」
「いきなり誘ったのに?」
「……誘っていただけたのが嬉しかったので頑張って作ってしまいました」
「……」
が、頑張ってって……。
軽い気持ちで誘ったのに、とても申し訳ないことをしてしまった。
白河さんも決しては暇ではないだろうに。
「な、なので、近くの公園にでも行きませんか……? 少し暑いですが……」
「気を使わせちゃってごめんね」
「な、なんで謝るんですか?」
「急に誘ったのに、色々やってくれたからさ」
「あははは、少し浮かれてしまいました……」
白河さんが、照れくさそうに自分の頬をかいている。
「じゃあコンビニで飲み物くらいは買っていこうか」
「あっ、私、水筒も持ってきました」
「準備良すぎない!?」
※※※
店から少し離れた場所には大きめな公園がある。
園内には、温泉やカフェ、野球場やテニスコートがあるので平日でも非常に賑わっている。
お散歩コースもあるので、ランニングや犬のお散歩している人たちも結構見受けられる。
そんな公園の広場のベンチに二人で腰を下ろした。
「ど、どうぞです……お口に合わなかったらすみません」
白河さんがおずおずと白いハンカチに包まれたお弁当箱を渡してきた。
「ありがとう」
学生のときでもこんなことはしたことなかったよ……。
まさかこの歳でこんな青春っぽいことをすることになるとは……。
「あっ、美味しそうだね!」
お弁当箱を慎重に開くと、彩り良くおかずが並んでいた。
ハンバーグに、煮物、プチトマトやレタスも入っている。
「そ、それが大変申し訳ないのですが……」
「ん?」
白河さんが食べる前から謝罪をしてきた。
「それ、全部半額になっていたやつなんです」
「へぇ~」
「あんまり興味なさそう!」
「いや、そうじゃないけど」
よく分からないことを白河さんが心配していた。
「半額になっているやつをチーフに食べていただくのは大変申し訳ないなぁと思ったのに!」
「なんで?」
「新鮮じゃないからです」
自分のことを50パーセント引きにしようとしてたくせに変なことを気にするなぁ。それを言うと怒られそうだから言わないけど。
「関係ないでしょう。うん、とても美味しいよ」
「そ、そのハンバーグは冷凍のやつなんです……」
「そうなの? でも美味しいよ」
「す、すみません。今度はちゃんと一から――」
「はい」
「ふがっ」
さっきから色々言ってくるので、白河さんの口に自分のお弁当箱のプチトマトを放り込んでしまった。
「ふがふがっ」
「白河さんがこうやって用意してくれたのが嬉しいよ。ありがとう」
「な、なんでいきなり口に入れてくるんですか!」
「謝ってばかりだから」
「え?」
「俺は嬉しかったのに」
「……」
自分で言ってて、少し恥ずかしくなってしまった。
けど、まぁその通りだし。
「……間接キスしちゃいましたね」
「へ?」
「箸……」
プチトマトをつかんだ俺の箸を白河さんが見つめている。
し、しまった……。
これじゃ本当にセクハラ――。
「あれ? 水野チーフ?」
げっ……。
ベンチでそんなことをしていると、聞いたことのある声が後ろから聞こえてきた。
「……と、白河さん?」
後ろを振り返ると、青果部門の江尻さんがいた。




