♯23 お店の飲み会と白河さん 後編
「チーフ! 白河ちゃん! こっちこっち!」
奥のほうに行くと、鮮魚部門の人がまとまって座っている席があった。
「お疲れ様です。山上さん、星さん」
山上さんと星さんが二人並んで座っている。
どうやら俺たちのために、前の二席を空けてくれていたらしい。
「お疲れさま~。やっぱり五十嵐さんは来れないってさ」
「お子さんのことがありますからね」
こういう会合に積極的に参加する人がいれば、当然そうじゃない人もいる。
うちの部門でいえば、前者が小西さん。後者が五十嵐さんだ。
「……ところでチーフ、白河ちゃんのこと泣かせた?」
「へ?」
山上さんにそう言われたので、振り返って後ろの白河さんの顔を見てみる。
こ、今度は何故か目元が真っ赤になっている!
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
「あ、あれ……? お、おかしいな……」
「どうする? 無理しないで帰る?」
「絶対にいます!」
心配して声をかけたのに、白河さんにきっぱりと断れてしまった。
「もー、小西さんと山上さんが悪ノリして白河さんを誘うから」
「あはははは、だって白河ちゃんも部門員なのに仲間外れは可哀相じゃん」
「……で、その一人の小西さんはどちらに?」
席にいるのは山上さんと星さんだけ。
小西の親父の姿が見えない。
「小西さんはあっちに行っちゃったよ~」
星さんが別のテーブルに指を差した。
「ほ、本当にあの人は……」
「鮮魚部門の恥さらしは放っておいて、早くご飯食べましょう。ほら、白河ちゃんも座って」
小西さんはチェッカー部門のところに混ざっていた。
チェッカーさん。つまりはレジ係の人たち。
自然と若い女の子が多くなる部門だ。
その中から小西さんの大きな笑い声が聞こえてくる。
「そ、そうですね、小西のことは放っておきましょうか……。白河さん、何を飲む?」
「チーフは何を飲むんですか?」
「俺はウーロン茶でいいかなぁ」
「じゃ、じゃあ私も――」
「真似しなくていいから! 好きなの飲みなよ! ほら、ここにメニュー表あるから!」
白河さんにはあえて、小西さんから一番遠い席に座ってもらうことにした。
とりあえず、セクハラしてきそうな小西さんは避けられて良かったけど……。
「水野チーフ! お隣いいですか?」
「う、うん……」
さっきの江尻さんが俺の隣にやってきてしまった。
はぁ……。
青果部門が隣って話を聞いたときから、なんとなくこんなことになる予感がしていたよ……。
※※※
何故か、白河さんと江尻さんが両隣にいる形になってしまった。何者かの意志を感じざる得ない配置だ。
「水野チーフ、今日はお酒飲まないんですか?」
「うん。明日、普通に仕事だからね」
「えー! けど少しくらいなら!」
「ごめん、アルバイトの子を送っていかないといけないから」
さっきから、江尻さんにめちゃくちゃ話しかけられる。
店のエプロン姿しか見たことないが、今日の江尻さんは白いキャミソールに黒のインナーを着ている。派手ではないが、職場の飲み会に着ていく服としてはかなり攻めていると思う。
大卒の新人さんだから今は二十二歳くらいか。
真っ黒なショートボブに、目鼻立ちが整った綺麗な顔をしている。スーパーにいるというよりは、どこかの女子アナみたいなルックスをしていると思う。
確かにこの子は人気出るだろうなぁ。
受け答えもはっきりしているので、おじさまたちに可愛がられるタイプの女の子だ。
「アルバイトの子?」
「今、俺の隣にいる白河さん。今日は飛び入り参加だったから」
「あー! いつも売り場で値下げしている子ですね!」
江尻さんが、俺越しに白河さんに声をかける。
「こんにちは! 青果の江尻です! 初めましてじゃないけど宜しくね」
「よ、よろしくお願いします……」
白河さんがウーロン茶のコップを両手に持ったまま固まってしまった。
「可愛いー! 緊張してるの? 今、何年生?」
「こ、高校三年生です……」
俺を挟んだまま、江尻さんと白河さんがそのまま会話を続ける。
「……これやったの山上さんでしょう」
「さぁ? なんのことでしょう?」
山上さんをちょっと睨みつけてしまった。
面白半分にやるにしては、とてもタチが悪いと思う。
「あっ、白河ちゃ~ん。焼き鳥きたよ」
「あ、ありがとうございます」
何も知らない星さんはそんなの気にせずに飲み食いしている。
仕事ではダメダメなことが多いけど、こういうときのこの人は本当に癒しだ。
「チーフ、ほら食べて」
「星さん! ありがとうございます!」
「どういたしまして~。ほら~、白河ちゃんも成長期なんだから食べて食べて」
俺たちがそんなやり取りをしていると、青果部門の行方チーフの視線にも気がついてしまった。
さ、さてはこの人も共犯だな!?
「行方さん、やってくれましたね……!」
「いやぁ、水野君は部門の数字と一緒で絶好調だなぁと思って」
「数字はたまたまですから!」
くそぅ……どいつもこいつも面白がりやがって。
こっちはこんなことされても全然面白くないっつーの。
「ねぇねぇ、白河さんって彼氏いるの?」
江尻さんが白河さんに禁断の質問をしてしまった。
その質問に、一瞬だが鮮魚部門の時がビシッと止まってしまった!
いや、《ほし》星さんは絶対に何も分かってないけど。
「……」
「白河さん?」
「い、いないです!」
「えー! 可愛いのに意外! じゃあ好きな人とかは?」
年下の同性だからか、江尻さんが矢継ぎ早に白河さんに質問をする。
「す、好きな人はいます……」
「えー!? 誰? 同級生?」
「い、いえ……」
気まずい。
ひたすらに気まずい。
ラブレターを貰った相手と、デートに行った相手が恋バナをしている。
なんとも言えない焦燥感が募っていく。
「えっ? じゃあ誰? 学校の先輩とか?」
「いえ……」
「あ、分かった! 近所のお兄さんとかだ!」
「そ、そういうわけでは……」
「んー?」
「そ、そういう江尻さんは彼氏いないんですか?」
おっ、白河さんが上手く切り返した。
「あははは~、それが全然でして。気になる人はいるんだけど」
「き、気になる人!?」
「うん、とっても真面目な人」
!?
いてててててっ!?
見えないところで、白河さんが俺の足をつねっている!
「ほら、スーパーってチャラい人が多いから! うちの行方さんみたいに!」
「うるさい!」
江尻さんが自分の上司をいじり始めた。
その間、白河さんはずっと俺の服の裾を握りしめていた。




