♯22 お店の飲み会と白河さん 前編
八月の上旬。
お盆商戦が直前にせまってきた。
鮮魚部門のお盆は至って単純。
刺身を売って売って売りまくるだけ!
お盆は刺身類、マグロ類を中心に売り場のスペースを拡販していくことになる。
ちなみに他の部門は、花を売ったり、お盆用品を売ったりと、大規模な売り場変更が行われる。
お中元とかもあるしね。
ゲームで例えると、お盆が中ボス、年末がラスボスと言ったイメージが近いと思う。
そんな大ボス戦を前にしているわけだが、更にやっかいなことが一つある!
全部門を巻き込む店の飲み会が、大規模商戦を前にやってくるのだ。
今日はその飲み会が開かれるので、みんながそわそわしている日だった。
「チーフは今日飲むの?」
「飲まないです。大体、俺は仕事があるから遅れると思います」
今日の小西さんは、いつもの何割増しで仕事の動きが良い。
そろそろ白河さんが来る時間なのだが、早く仕事を終わらせてお酒が飲みたいのが透けて見える。
「チーフ、アルバイトの子も何人か来るみたいだよ」
「へぇ~」
「精肉のアルバイトの子も来るってさ」
「そうなんですか~」
お、親父め……!
絶対に分かってて俺にそんなことを言っているな。
「白河ちゃんも誘ってみたら? 折角なんだし」
ついには山上さんも参戦してきてしまった。
鮮魚部門のベテラン勢がタッグを組み始めた。
「白河さんは、遅番ですし無理でしょう」
「後から来ればいいじゃん。あっ、そうかチーフと一緒に来ればいいんだ!」
山上さんが“閃いた”とで言いたそうにパチンと両手を叩いた。
「人数の問題があるでしょう! 人数の問題が! 青果の幹事さんが頑張って出欠を聞いてまわってたじゃないですか!」
「幹事さんじゃなくて、江尻さんね。青果の新人ちゃん」
山上さんがいらぬツッコミをしてきた。
「あーー! あのチーフのことを格好良いって言ってた新人ちゃんのことかー!」
「二人とも! 俺をおもちゃにするのやめてくれますか!?」
小西さんが便乗してきた。
うざい! 大分うざい!
「そんなこと言ってると――」
「おはようございます! 今日も宜しくお願いします!」
……白河さんが出社する時間になってしまった。
「しーらかーわちゃん」
「はい?」
山上さんが飛びっきりのゲス顔を浮かべている。
「今日、店の飲み会をやるのは知っているよね?」
「はい、休憩室のホワイトボードにも書いてありましたし」
「良かったら白河ちゃんも来ない? 親に言えば大丈夫でしょう? ただみんなで楽しくご飯を食べてお話するだけだから」
「うーん……」
白河さんが渋っている。
よし、いいぞ! そのまま断っちゃえ!
「夜はチーフが送ってくれるって!」
「じゃあ行きます!」
白河さんが即答してしまった。
(はぁああ……)
心の中で大きな大きな溜息を一つつく。
その様子を小西さんがニヤニヤしながら眺めている。
「じゃあ、遅番の仕事が終わったらチーフと一緒に来てね」
「分かりました!」
マジかー……。
俺、白河さんのことは飲み会に連れていきたくないんだけど……。
※※※
「チーフ! お母さんからオッケーが出ました!」
「出ちゃったかぁ……」
「飲み会ってアルバイトも参加していいんですか?」
「まぁ、山上さんも言ってたけど基本はご飯を食べてみんなでお話するだけだから
ね。もちろんお酒は飲んじゃダメだけど」
「私、店の飲み会に参加するのは初めてなんでちょっとドキドキします」
白河さんがとても楽しそうに飲み会の話をしている。
やだなぁ、こんな子を連れていきたくない。
今日は、飲み会というくらいだいだから、もちろん大体の人がお酒を飲む。
お酒を飲むと発生すること――。
それが無礼講だ!
役職など関係なしに、みんなが好き勝手なことを言うようになる。
この日だけは、みんながいつも気を付けているコンプラアンスも幾分か機能しなくなってしまう。
店で「恋人いるの?」を聞くのはアウトだが、飲み会で「恋人いるの?」を聞くのはオッケーな雰囲気があるのだ。
「白河さん」
「はい?」
「席、俺の隣ね」
「ほ、本当ですか!?」
もちろん下ネタも解禁される。
高校生の白河さんを連れていったら、一発でその餌食になってしまうだろう。
「ふふっ、まさか誘ってもらえるなんて」
俺の心配をよそに、当の本人は楽しそうにしている。
(俺がしっかりしないと……)
心の中で、ひっそりとそんな決意を固めた。
※※※
飲み会の会場は、近場の個人で経営しているような居酒屋だ。
お座敷形式の居酒屋で、その一画がほぼ貸し切り状態になっている。
「水野チーフ! お疲れ様です!」
お店に入ると、すぐに青果部門の江尻さんが俺のところにやってきた。
俺もやったことがあるが、店の飲み会の幹事はとても大変だ。
ざっと三十人以上いる、この会をずっと仕切らなければならない。
「江尻さんも幹事お疲れ様です。遅れてごめんね」
「いえ、今始まったばかりですので! 後ろの子は?」
「うちのアルバイトの白河さん。まだ未成年だから、お酒とかは飲めないから」
「はい、分かりました。席はうちの青果部門の隣ですので……」
「うん、ありがとう」
ざっと会場の様子を見ると、もう既に出来上がっている人がちらほら。
店長の周辺はグロサリーと精肉のチーフがいる。
あそこは重鎮の席だな……。役職的にも高い人たちの集まりになっている。
「一人でパンクしそうになったら言ってよ。俺も手伝うから」
「えっ? あっ、はい! あ、ありがとうございます!」
幹事をしている本人がお酒も飲めないのは可哀相なので、江尻さんにそう声をかけた。
「水野チーフだけですよ! そんな風に言ってくれるのは!」
「いやぁ……。この人数はお金の勘定だけでも大変でしょう」
「ふふっ、そのときは頼らせてもらいますからね」
「江尻さーん!」
「はいはーい! じゃあまた後ほど!」
江尻さんが誰かに呼ばれたので行ってしまった。
多分、今日はずっとあの調子だろうなぁ……。
「白河さん、じゃあ行こうか。って、えぇええ!?」
「えっ……?」
後ろにいる白河のほうを見ると、今にも泣きだしそうな、でもちょっと怒っているような、そんなめちゃくちゃ複雑な表情をしている!
「だ、大丈夫!? すごい顔してたけど!」
「わ、私、そんな顔をしてましたか!?」
どうやら白河さんにその自覚はなかったらしい。
あっ、これって、もっと別のところにも配慮しないといけないやつ……?




