♯21 白河さんとお出かけデート 後編
「チーフ! お魚が沢山います!」
「毎日、見てるでしょう」
白河さんと市場の中にあるお店を見て回ることにした。
市場は主に、業者向けの競りをやるエリアと、一般向けの販売をやるエリアに分けられている。
今日、俺たちが見て回るのはもちろん一般向けのほうだ。
冷蔵付きの平台の中には、今朝仕入れたであろうお魚が沢山並んでいる。
「お店のお魚よりも大分お高めですね」
「鮮度が違うしね。バイヤーは店で売りやすいやつを買い付けてくるんだろうし」
「売りやすいやつ?」
「平日のスーパーに蟹があっても売れないでしょう?」
「なるほど~」
白河さんが興味深そうに俺の話を聞いている。
しかし、白いワンピースの女の子が市場にいるって不釣り合いだなぁ。
周りにはいかついおじさんしかいないのに……。
「ここからお店にお魚が届くんですよね?」
「大体、バイヤーがここで買付けて、各支店に商品を分荷していくって感じかなぁ。売れないやつとかも送り付けてくるから、そういうのはいつも白河さんにすぐ値下げしてもらってるよ」
「売れないやつも送られてくるんですか?」
「そりゃもう。バイヤーもお付き合いとかがあるから大変なんじゃないかな」
男性の野太い声が、売り場に響き渡っている。
こういうところはスーパーとは全然違うよなぁ。
呼び込みの声で非常に売り場が活気づいている。
「そこのお嬢ちゃん! 帆立でも買って行かないかい?」
「えっ!?」
あっ、白河さんが呼び込みのおじさんに捕まってしまった。
「帆立、一枚298円。お安いよ!」
「うーん、お土産に買っていったほうがいいかなぁ」
無視していいのに、白河さんが足を止めてしまった。
「お嬢ちゃん、可愛いから、今なら4枚で1000円にするよ!」
「うーん……」
まとめ売りでお買い得感を出すのはどこでも結構やっていると思う。
ちなみにスーパーではそのことをバンドル売りという。
(帆立かぁ……)
確かに、サイズ的にも金額はそんなものかなぁっていう気がするけど。
「白河さん、白河さん」
「はい?」
後ろから白河さんにこそっと耳打ちをする。
「もし欲しいなら交渉したほうがいいよ?」
「交渉?」
「多分、安くなるから」
おじさんに聞こえないように白河さんにアドバイスをしてみた。
大体、市場の商品って金額交渉が可能なんだよなぁ。
どういう理屈だか分からないけど、呼び込みの人に言うと意外と安くしてくれたりする。
俺が交渉してもいいけど、折角市場に来たんだから白河さんに市場の雰囲気を楽しんで欲しいな。
「お、おじさん!」
「おっ、なんだいお嬢ちゃん?」
「4枚で500円になりませんか!?」
「「え゛っ!?」」
おじさんと声がダブってしまった。
白河さん、まさかのいきなり50パーセント引き交渉!
さ、さすがにそれは――。
「し、仕方ないなぁ。お嬢ちゃんが可愛いからそれで売っちゃうよ!」
「うそぉ!?」
思わず大きな声が出てしまった。
まさかのまさか! 交渉が成立してしまった!
スーパーでも一撃で50パーセント引きにはしないのに!
「市場で、こんな可愛い子にそう言われたら安くしちゃうよ。あっ、一枚おまけしておくからね」
お、おじさんが嬉しそうに笑っている。
「チーフやりました! チーフの言われた通りにしたら安くなりました!」
白河さんも嬉しそうに笑っている。
こ、この誰も不幸にならない平和な空間は一体なんなんだろう……。
「ふふ、でもチーフだったらもっと安くなったんでしょうね」
「多分ならないよ……」
「えっ?」
「いや、絶対にならないと思う!」
白河さんはスーパーだけではなく、市場の値下げも上手だったみたいだ。
※※※
「白河さん、そろそろご飯を食べようか」
「はい!」
「折角、市場に来たから海鮮丼とかでいい?」
「もちろんです!」
お昼近くになったので食事を取ることにした。
白河さんが俺の後ろを半歩下がってついてくる。
ガラララッ
「いらっしゃいませー!」
近くにある少し年季の入った食堂に入ることにした。
女性の店員が俺たちを空いている席に案内する。
「う、うわー……。高そうなお店です」
「ただの市場のお店だから気にしなくていいって。お金は俺が出すから」
「で、でも!」
「こういうときは男が払うから」
「で、でもさっきの帆立も払ってもらっちゃいましたし……」
「そんなの気にしなくていいよ。白河さんの交渉が上手で安かったし」
「金額はあんまり関係ないです。支払ってもらってばかりは申し訳ないです」
今どき珍しい考え方をするなぁ……。
デートに行ったら、女の子に財布は出させないのが普通だと思っていた。
「ここは私が払いますから!」
「うーん……」
白河さんから強固な意志を感じる。
意外と頑固なところがあるかもしれない。
「白河さん」
「はい!」
「俺が白河さんに奢りたいから奢るの。それじゃダメ?」
「ダメです! お金のことはしっかりしたいです!」
「うーん……じゃあこうしよう?」
やっぱり全然譲歩しない。
仕方がないなぁ……。
「じゃあ、白河さんが高校を卒業してお金に余裕が出来たら俺に奢ってくれる?」
「え?」
「そのときは高いもの奢ってもらうから覚悟しててね。だから、今日は俺に払わせてよ」
「は、はい……」
ようやく白河さんが引いてくれた。
多分、こういう言い方しないと、この押し問答は終わらなかっただろう。
「ち、チーフ、それって――」
「ん?」
「な、なんでもないです!」
白河さんが何かを言いかけたがすぐにやめてしまった。
とりあえず、この話はひと段落したので、白河さんにメニュー表を渡した。
「はい、何でもいいからね」
「恐縮です……。チーフは何にするんですか?」
「せっかくだから特選海鮮丼にしようかなぁ」
「じゃ、じゃあ私もそれにします!」
「真似しなくていいのに」
「だ、だって折角のデートなのでチーフと同じやつを共有したいなぁと思いまして」
「……」
白河さんが、恥ずかしそうにぼそっとそんなことを呟いた。
店にいるときとは、全く違う顔を見せてくれる彼女が面白くて仕方がない。
「あっ! 俺さ、白河さんに聞きたいことがあったんだけど」
「聞きたいことですか?」
注文の品を待っている間に、この前思ったことを聞いてみることにした。
「白河さんって、まだアルバイトして大丈夫なの? 高校生のアルバイトは大体は夏休みにやめちゃうけど」
「はい! 大丈夫です!」
白河さんが元気に即答した。
「進路は大丈夫なの?」
「私の通っている高校は大学の付属なので、余程のことがなければそのまま大学生です」
「そうなんだ」
「はい! なのでまだまだアルバイトができます!」
こ、こんなにやる気満々のアルバイトを初めてみてしまった。
「でも、友達と遊びに行ったりはするでしょう?」
「それはあるかもしれませんが……」
「そのときはシフト調整するから言ってね。前にも言ったけど、白河さんはそれが本業なんだから」
「あ、ありがとうございます!」
白河さんが律儀にぺこりと頭を下げた。
俺が思ってたよりも、白河さんの進路の件は大丈夫そうだった。
その後も、白河さんと他愛のない会話をしながら、注文の品が来るのを待つ。
俺の一言一言に、楽しそうに反応をしてくれる。
(……染まって欲しくないなぁ)
このままアルバイトをしていたら、いつかは白河さんも俺のようにスレてしまうときがくるのだろうか。
これから白河さんには色んな声がかかると思う。
それは、白河さんに気のあるおじさまたちかもしれない。
それは、白河さんを自分の派閥に取り込もうとするおばさまたちかもしれない。
彼女は真面目だから、今日の市場の呼び込みをしていたおじさんのときみたいに、近寄ってきた人の声は全部真面目に聞いてしまうんだろうな……。
「……」
俺が守ってあげたいな……。
おこがましいかもしれないが、そんなことを思わずにはいられなかった。
「白河さん」
「は、はい!」
「次はどこに行く?」
「!」
俺がの言葉に、白河さんの目がキラキラと輝いたのが分かった。
「つ、次もいいんですか!?」
「もちろん」
「私、行きたいところが沢山あります!」
「学校生活はおろそかにしちゃダメだよ」
「分かってます! でも今は夏休み中ですから!」
この日、俺は初めて自分から彼女に次の約束を取り付けてしまった。




