♯2 白河さんは値下げされたい
「どういうこと?」
「で、ですから50パーセント引きでお買い得で――」
白河さんがしどろもどろになっている。
え? 今、自分を50パーセント引きにすると言ったの?
「白河さんが50パーセント引きになったらすぐ売れちゃうよ?」
「で、ですから半額なので……」
「あっ! それともさっきの値下げ間違えちゃった?」
そうか、そういうことか!
びっくりしたー。
白河さんは急に冗談を言うような子じゃないもんな。
ミスなんて誰にでもあるから気にしなくていいのに。
「~~~っ! そ、そうなんです! ちょっと急いで直してきます!」
白河さんが、値下げのワゴン台車を引っ張って、急いだ様子で売り場に行ってしまった。
「どうしたの? 白河ちゃん、すごい勢いで出てったけど」
それと同時に山上さんが作業場に戻ってきた。
「値下げを間違えちゃったみたいです」
「あらまぁ」
「珍しいですね、あんまりミスがない子なのに」
「まぁ、白河ちゃんにだってそういうときあるわよ。チーフはそういうので怒らないからいいよね」
「えー、怒っても仕方ないじゃないですか」
「前のチーフはミスすると凄く怒ってたわよ」
「げぇ」
山上さんとそんな話をしながら、俺は自分の残っている仕事を片付けることにした。
※※※
「チーフ、すみませんでした」
白河さんが売り場から戻ってきた。
「大丈夫だよ、今日は作業的に余裕だから休みながらやってよ」
「……はい」
白河さんに作業場の片付けは任せて、自分は端っこにある机で別の仕事をすることにする。
「チーフ、山上さんは帰ったんですか?」
「今あがったよ。何かあった?」
「い、いえ……特には……」
白河さんが、野球のグラウンドをならすトンボみたいな水きりで床のゴミを集めている。
他の人たちは自分の作業が終わったらすぐに帰ってしまうので、夕方はいつも俺と白河さんの二人きりになる。
「あっ、そこに缶コーヒーを買っておいたからね」
「……いつもありがとうございます」
毎日、FAXで送られてくる発注書に目を通す。
うーん、来週は何を売ろうかなぁ。
イカはまだ高いなぁ……。
サーモンも値上がりの傾向だし……
「チーフは彼女いないんですか……?」
ふと白河さんに声をかけられた。
「え? さっきの山上さんの話の続き?」
「え、えぇ! まぁ……」
「いないよ、こんな仕事をやってたら彼女に申し訳ないって。自分の時間なんてほとんどないし」
「……」
「だから、スーパーって総菜の子たちみたいに職場恋愛が多くなっちゃうんだよねぇ」
「そうなんですか?」
「そうそう」
「チーフ的には職場恋愛はありでしょうか?」
「んー?」
座っていたイスの背もたれにぐっと体重をかける。古びたパイプ椅子がぎぃと音を立てた。
「まぁ、同じ職場ならお互いの理解があるからいいかも?」
「そ、そうですか!」
「でもなぁ……山上さんみたいな人に噂されるのめんどくさいなぁ」
「そ、そうですか……」
「噂されるのは嫌だから隠しながら付き合うのって面白いかもね」
「そうですよねっ!!」
白河さんが俺の言葉一つ一つに大袈裟にリアクションを取っている。
よく分からないけど、その様子に笑ってしまった。
「やっぱり白河さんも女の子だね。そういう話に興味があるんだ」
「ま、まぁ……」
「何かあったらシフト調整するから言ってよ。白河さんは青春が本業なんだし」
「あ、ありがとうございます……」
俺がそう言うと白河さんは、そそくさと再び作業に戻ってしまった。
大人しい印象を受ける白河さんだが、決して不愛想なわけではない。
話しかければ反応をしてくれるし、表情だって豊かなほうだ。
持ち前の素直さもあって、仕事を教えるとぐんぐんと吸収していく。
……ここだけの話、部門責任者としては、頭の凝り固まったベテランの人たちよりもよっぽど作業指示がしやすい子だった。
「あっ、白河さん! そろそろ値下げ第二弾いこうか」
「はい」
「午前中に出した商品はもう70パーセント引きにしていいからね」
「分かりました」
……。
……。
……あれ? また白河さんがその場から動かずにいる。
すごく真剣な顔で、じっと俺のことを見ている。
「……チーフ」
「あれ? どうしたの?」
「あ、あの。もしチーフさえ良ければ70%引きでもいいので……」
「70%引き?」
「で、ですから!」
「うん」
「ち、チーフに私のことを買ってほしいんです!」