♯20 白河さんとお出かけデート 中編
「そんなに気になるなら普通に聞けば良かったのに」
「普通に聞けるわけないじゃないですか……」
白河さんの視線が下に落ちてしまった。
「今日の待ち合わせはメッセージのやり取りで決まったわけじゃないですか……?」
「うん?」
「私とメッセージのやり取りをしている間も、もしかしたらチーフは他の女の子ともやり取りしているんじゃないかなぁと思うわけで」
「……」
「そう思ったら、普通には聞けないです……」
ぼそっと白河さんがそんなことを呟いた。
どこか気落ちしてしまったようにも見えた。
(馬鹿だなぁ)
真っ先にそう思ってしまった。
なので、俺はつい白河さんの頭をコツンと叩いてしまった。
「い、痛っ! いや、全然痛くはないですが……」
「考え過ぎ」
「でもぉ……」
「こういうやり取りをしているのは白河さんだけだから安心して」
「ほ、本当ですか!?」
「そりゃ誰かにメッセージを送ったりはするけどさ」
「……ちなみ誰にですか?」
「同期の友達とかだよ。江尻さんには、お断りのメッセージを送るのに何回かやりとりはしたけどさ」
「そ、そうですかぁ……」
「それに俺、嫌いなんだよね」
「き、嫌いっ!?」
“嫌い”という言葉に白河さんが敏感に反応してしまった。
「スーパーの浮気とか不倫とかって話。白河さんも噂は聞いたことあるでしょう?」
「そ、それは沢山ありますが……」
「さっきまで普通に話していた人が、裏では実はみたいなのあるからね。俺、そういうのあんまり好きじゃないし」
さっきまで仲良く話をしていた人に、実は意中の女性の探りを入れられていただけという経験がある。
こっちはただ楽しく話をしていただけだったのに!
バックヤードの誰も見えないところで、既婚者同士がキスをしている現場を見たことがある。
あんなに仲悪そうにしてたくせに!
その人たちの気持ちだから、仕方のないことだっていうのは分かっているつもりだけど……。
「だから影でそういうことは絶対にしないよ。約束する」
そう言って、白河さんに左手の小指を差し出す。
スーパーという閉鎖空間は、毎日毎日同じ人と、同じ時間を共有しなければならない。お盆も年末もお正月も、ずっとその人たちと過ごさないといけない。
だから、せめてその人たちにできるだけ誠実でありたいと思っているのは間違っているのだろうか……?
「こ、これは?」
「指切り。今の子はやらない?」
「指切りげんまんですよね……?」
シートベルトをつけたまま、白河さんが俺のほうに上半身の向きを変えた。
「危ないよ」
「ちょ、ちょっとだけですから」
白河さんが震えながら、ゆっくりと自分の右手の小指と俺の小指を絡ませてきた。
震える手を抑えるためか、左手は自分の右手首を支えている。
初めて触れる彼女の手は、少しひんやりしていたけど、とても温かみを感じた。
「ゆーびきーりげーんま――」
「そこまでやるのは恥ずかしいからやだ」
「ち、チーフからやろうと言ったくせに!」
あっ、白河さんに怒られてしまった。
「また意地悪されました!」
「あっ!」
「ど、どうしました?」
「も、もしかして今のってセクハラになる!?」
「セクハラ?」
「白河さんの頭を叩いたり、指を触ったりしたから……」
「いえいえ! 私の体なんてそんなに大それたものではありませんから!」
「ごめん……」
「気にしないでください! それに嬉しかったです!」
「嬉しかった?」
「チーフに触れていただいて、とても嬉しかったです」
「……」
白河さんの声が上擦っている。
プライベートなのに、コンプラのことを考えてしまった自分がとても恥ずかしくなった。
※※※
店舗からおよそ車で二時間弱。
海が隣接している大きな市場に到着した。
クルマから降りると、白河さんの髪とワンピースが潮風に吹かれてパタパタと揺れ始めた。
今日の白河さんは、白いワンピースに黒いインナーを着ている。
「うわー! 磯の香りが凄いですね!」
「海が目の前だからね」
ずっとクルマに乗っていたから言いそびれたけど、ちゃんと言ったほうがいいのかな? その台詞を吐いてしまうと、ガチガチに意識しているみたいで格好悪くないだろうか。
しかも、学生アルバイトの女の子にその台詞を言っていいものだろうか。
「チーフ! あっちに沢山お店がありますよ!」
「うーん……」
「チーフ?」
大人の俺がこんなことで悩んでいる方が格好悪いよな……?
それに今日はデートだと言ったんだから、この台詞を言っても不思議じゃないはずだ!
「白河さん」
「はい?」
「今日の服、とても似合ってるよ」
「ふぇっ!?」
一瞬で、白河さんの顔がメバチマグロみたいに真っ赤になった。
……多分、それに釣られて俺の顔も真っ赤になっていたと思う。




