♯13 白河さんはやっぱり値下げシールを間違える
ピッ
ピッ
ガラララララ
夕方の値下げに行っていた白河さんが、値下げ機の音を鳴らしながら、売り場から作業場に戻ってきた。
「チーフ、戻りました」
「お疲れ様ー。後はいつも通り、作業場の片付けをお願いしてもいい?」
「……? 分かりました」
俺の言葉に、白河さんが少し間をおいて返事をする。
「チーフそれは?」
「あっ」
しまった……。
パソコンの隣に置いた、ハート柄の封筒を白河さんに見られてしまった。
「あぁ、これ青果のチーフが持ってきてさ」
変に隠し事をするのはおかしいので、事実をそのまま白河さんに告げた。
ちょっと気まずい。
……けど、この子に嘘をついたり誤魔化したりをしたくなかった。
「ま、まさか江尻さんですか!?」
「誰?」
「青果の新人さんです!」
「へぇー、そういう名前なんだ」
「あぁあああ! 私の馬鹿馬鹿! 私からチーフに教えてどうするの!」
白河さんが一人であたふたしている。
「な、中身は見たんですか!?」
「まだ見てないよ」
「そ、そそうですか……」
白河さんが明らかに動揺している。
いや、白河さんはそんな反応しているけど、俺が思っているような手紙じゃなかったら恥ずかしくない?
普通に、直接言いづらいクレームを書いてきただけなのかもしれないし。
「み、見ないんですか?」
「……」
「い、今見ないのでしょうか!?」
白河さんが興味しんしんになっている……。
「はぁ――」
白河さんからは見えないように、こそっとその手紙を開けてみる。
「あのさ、多分白河さんが思っているような手紙じゃ――」
“お疲れ様です! 青果部門の江尻風香です! 別の部門だと中々接点がないので、私のことはまだ覚えてもらってないですよね……? 私は、入社したばかりの頃に水野チーフに優しく声をかけてもらったことを覚えてます。あのときから水野チーフのことはずっと気になってます……。水野チーフは彼女いますか……? 私は水野チーフのことをもっと知りたいです。こちらの番号を登録してくれると嬉しいです。メッセージ待ってます”
「……」
可愛らしい手書きの丸文字でそんな文章が綴られていた。
「ち、チーフ……?」
白河さんが俺の顔色を伺っている。
思ったよりも好意丸出しの手紙だった!
い、今の若い子でも、こういう手紙を書いたりすることにびっくりだ。
「わ、私! チーフのことを買います!」
「は?」
「チーフに私のことを買ってもらおうと思ったのがおこがましかったんです……私がチーフのことを買います……」
白河さんがよく分からないことを口走り始めた!
「白河さん? 言っている意味が全然分からないから一旦落ち着こう?」
「だ、だって私! チーフのことを取られたくないんですもん!」
白河さんが目をうるうるさせながらそんなことを言ってきた。
「わ、私! チーフに買ってもらえるなら半額でも、70パーセント引きでもかいません!」
混乱しているのが目に見えて分かる!
自分が買うって話をしていたのに、今度は自分の値下げの話をしている。
「……もう仕方ないなぁ。白河さん、ちょっと売り場に来れる?」
「は、はい?」
俺は白河さんを連れて、バックヤードから売り場に出ることにした。
※※※
「おー、今日も値下げバッチリだね。ちゃんと商品を売り切れそうで良かった」
「あ、ありがとうございます」
「白河さんが、ちゃんと適性のタイミングで値下げしてくれてるからだよ?」
「は、はぁ」
白河さんが困惑した顔をしている。
さっきまで手紙の話をしていたのに、いきなりこんな話されたらこうなるよなぁ。
――でも、彼女にはこれだけは言っておかないと。
「値下げって難しくてさ、売れないやつはどんなに安くしても売れないし、魅力的な商品は少し値下げするとすぐ売れちゃうんだよね」
白河さんが困惑した顔を残しながらも、俺の言葉に一生懸命に頷いている。そんな真剣に聞かなくてもいいのに、本当に真面目な子なんだから。
「値下げしなくても売れるのが一番なんだけどね。作業的にもラクだし」
二人で、値下げされた売り場をぐるぐる見回りながらそんな話をする。
「だから白河さん。これだけはちゃんと言っておきたかったんだけど、あまり自分を安売りするような発言をしちゃダメだよ」
「えっ?」
「白河さんは値下げしなくても売れる商品なんだから。ってあれ? 白河さんのことを商品って言い方は良くないよね」
「け、けど自分で言ってしまっているので……」
話をふられて白河さんがあたふたしている。
その様子に少し頬が緩んでしまった。
「この前も言ったけど、白河さんのことをちゃんと知りたいからもうちょっとだけ時間をくれないかな?」
「えっ?」
「こういうことはちゃんとしたいんだ」
「……」
「それまで自分のことを値下げしないで待っててくれる? ってこういう言い方はずるいか」
「そんなことはないです! もちろんです!」
白河さんが、間髪入れずにそう答えてくれた。
「ありがとう。ごめんね、ヤキモキさせて」
「わ、私! チーフがゴーサインを出したらすぐに値下げをしますので――」
「すぐ値下げしたがるんだから!」
「だって早く買ってほしいんですもん……」
白河さんが、はにかんでうつむいてしまっていた。
※※※
言いたいことを彼女に伝えることができたので、売り場から作業場に戻ってきた。
職場で思いっきり恋愛の話をしてしまったが、傍から見れば、チーフがアルバイトの子に指導しているようにしか見えないから大丈夫だと思う。
「チーフ、それでそのお手紙はどうするんですか?」
「うーん」
「どうするんですかっ!?」
「そ、そんなに気になる……?」
「当然です!」
白河さんが大きな声を出している。
「とりあえず貰ったからにはちゃんとしないといけないなぁとは思ってるけど……」
「やっぱりラブレターだったんですね!」
「げぇ!? ハメられた気がする!」
「チーフは誰にでも優しいんですから!」




