アパートの大家さんが俺の口座番号(パスワード)を知り尽くしていた
給料日、それは会社員にとって特別な日だった。
「──ね? お給料入ったんでしょ? ね?」
「くたばれ大家め……」
俺の帰りを待ち構えていた大家が、落ち葉で焼き芋をしながら、ニヨニヨと話しかけてくる。宝くじで得た金を元手にアパート経営をしている、やり手の女性大家だ。
「ね? 4万5千円。家賃払って貰えると嬉しいな。ね? あ、芋食べる? 1個450円だけど」
「……すみません、今手持ちが無いので後で」
そそくさと先を急ぐが、二階へ続く階段の前に大家が立ちはだかった。手には出来たての焼き芋が一つ握られている。美味そうだなチクショウ。
「またまたぁ。目の前のコンビニエンスストアにATMがあるじゃろ? ね?」
「手数料が掛かるから嫌です」
「またまたぁ。お兄さんのお給料が振り込まれる東京ド真ん中銀行なら、月に三回までは手数料がタダじゃろ? な?」
「……クソが」
こちらの懐事情を網羅している大家は家賃を引き落としにはせず、現金手渡しに固執している。それは何故かは簡単な事だ。
「こないだ向こう一年分払いましたよね?」
「パチンコ屋に家賃を払ったら消えたでござるの巻」
「ギャンブルで使い果たして何が家賃だ!」
「ちっとで良いから、ね? 人助けだと思ってさ、の? あ、芋1つ550円だけどいかが?」
「……1つ下さい」
目の前にある食欲に負け、財布を開けて五千円を手渡した。キャッシュレスのこの御時世、小銭で財布が重くなる事は無いが、こういう時ばかりは不便だ。
「ほい」
「……生ですが?」
「ココで焼きたいなら千円になります」
「──なっ!!」
なんとふざけた大家だ。いつかとっちめてやりたい。
「家賃を払ってくれるなら今焼いてもいいけど? 口座番号は1124じゃろ?」
「……クソがぁぁぁぁ!!」
芋を焚き火の中へぶち込み、コンビニまで猛ダッシュ。ATMで現金を引き落とし戻るまで約3分。
「ほらよ!!!!」
「ウホホ」
焚き火から焼き芋を拾い上げ、かぶりつく。
「アッチ!」
そして芋にありついたところで、俺は正気を取り戻した。なんという愚かな事をしてしまったのか……我ながらアホだ。
「──大家さん」
「ンホ?」
頭の中がパチンコ一色の大家に、軽く問い掛けた。
「俺の口座番号……大家さんの生年月日なの知ってます?」
「…………え?」
大家が軽く固まった。
「一生分家賃払うので、結婚してもらっても良いですか?」