魔導官
あと少しで刃が奴の首に届くというところで、突如全身に重圧がかかる。
力を出しすぎた負荷?
いや違う。アリシアの周りだけが何かに強く抑えつけられているように重いのだ。
速度重視の為に地面から離れた身体。そんなものがこの力に耐えられる筈もなく、地面に打ち付けられる。
最早これに抗う力など残っていない。
ただただ、自責の念に駆られながら、今まさに守るべきものに害をなす者の姿を眺めることしか叶わない。
ふと、藻掻くシドから何かが落ちる。
白い羽根のついた、巻子本のようだ。
それは、コトンと軸の金属部が音を立て、転がる。
モルフィナの視線が動き、固定される。
普段ならこのような状況では大して気にもとめないものの筈だが、不思議と目を引く。
巻子本に付いた白い羽根。
それだけが何ものにも形容し難い存在感を出していた。
「レミール…?」
女は呟き、空いた手を巻子本に翳す。
瞬間、巻子本がふわりと浮き、その手に収まる。
無造作に括りを外さし、開かれた巻子本を流し見する。
1秒もしない後に元に戻され、シドから手が離れる。
バタンと音を立てながら落ちたシドはすぐに距離を取り、剣を抜いて構える。
見るに先程の異変も無くなっているようだ。
「どうやら貴様らは害をなす者ではないようだ。
ようこそ、エーテリアル神殿へ、歓迎しよう。」
女がそう言うと、周囲を囲んでいた障壁が立ち消えていく。
そこに現れたのは豪華に飾り付けられた神殿だ。
そこは広々としたエントランスのようであり、奥の無数に別れた廊下からは何かが起きたのかと修道女が顔を見せ始める。
こちらの様子は気にも止めずにずかずかと廊下を進んでいく女。
修道女全員が頭を下げているところを見ると、おそらくこの人がエーテリアル神殿の使徒、第3席次モルフィナなのだろう。
見れば先程の戦闘では気づかなかったが、頭上に青黒い円光と、背中に6つの翼が生えている。
アリシアは傷は少ないが疲労が大きいようで、シドが肩を貸してやる。
やがて三人は広い空間に出る。赤いカーペットがまっすぐに敷かれ、その先には一つの席が置かれている。
周囲には数人の修道服を着た人達が立っている。
シドにはこのような空間を聞いた覚えがあった。それは、玉座だ。
ゆっくりとモルフィナはその玉座へと向かい、座る。
円光が王冠にも見え、その姿はさながら女王であった。
「それで?態々ここへ来た用は?まさかなんの用もなくここへ来たわけではないでしょう?」
足を組みながら、見定めているような目付きで言う。
「その巻子本に書いてあるんじゃないのか?」
食って掛かるように、シドは真っ直ぐモルフィナを見据える。
「なに、奴のことです。どうせ必要のないことまで書き連ねてあることでしょう。なら、貴様らに聞いたほうが早いというだけのこと。」
「……なら、竜人の居場所を教えてくれ。俺達ならどうにか出来るかも知れないんだ。」
「──断る。」
冷たく、そして重いその物言いに、思わず固まる。
「今の貴様らでは奴の元へたどり着けもしない。ならば余計な騒ぎを起こす真似、するはずがないでしょう?」
「どうしてそんなことがっ」
「シド、貴様は特別のようですが、所詮は人間の域を出ません。魔獣に食い殺されるのがオチです。」
「私達は騎士です!!そこらの魔獣なんて」
アリシアが思わず横から口を挟む。
「ここは魔導国です。外では魔獣の群れが毎日のように現れ、ゴーレムと戦っています。そのような環境で未だ存在している魔獣が、そこらのものと同じであるはずないでしょう?」
何も言い返せない。確かに、城門ではモルフィナに大敗した。手も足も出なかった。そのような強者が断言するのだ。反論の余地などないだろう。
俯くアリシアの拳を握る音が聞こえる。
「用はそれだけですか?ならば出直しなさい。ここに貴様らに頼る程のものなどない。全く、久しい気配がしたと思えば、とんだ外れだったようですね。」
アリシアがバッとモルフィナを見たかとおもうと、何かを堪えるように唇を噛みしめ、床を見る。
モルフィナはゆっくりと立ち上がり、現れたときと同じように、帯に包まれて消えていった。