ヘルティア
結局言われるがままシド達は馬車に乗った。
シドの隣にアリシア、正面にレミールといった具合だ。
アリシアは先程からニコニコしたレミールとは対照的に顔が強張って委縮している。
いつものツンツンした元気も無さそうだ。
馬車列も進み始め、暫く経った頃に、意を決したようにシドが口を開く。
「何で俺達を護衛に指名したんですか?全体的な練度でいえば第二騎士隊の方が……」
突然の質問に不意を突かれたのか、レミールは少し驚いた様子で瞼をぱちぱちと瞬きした後、優しく笑いかけて続ける。
「ふふっ、だって、私を助けてくれた騎士様とお話がしたかったんですよ♪」
その言葉に反応して場の空気が凍り付き、アリシアからシドへ鋭い眼光が向けられる。
下手に口を開けば斬られるとシドは察知し、両手をあげたまま硬直する。
「冗談です♪」
この人も案外茶目っ気があるんだなぁとシドは思いつつ、アリシアからの殺気が納まったことを確認して安堵の溜息をつく。
「まぁ、シドさんにお話があるのは変わりませんが。」
実質的にこの世界の守護者である使徒。その一角の人から直々に話がある。
そういわれれば誰もが緊張するだろう。それはシドも変わらない。
何故か隣にいるアリシアも関係なさそうなのに固唾を呑む。
「龍人、という種族をご存じですか?」
そう言って見つめる彼女の瞳は、まるで全てを見透かされているような、酷く不気味な色をしている。
「知りません。」
「...そうですか。」
確認したいことが済んだのか、少し残念そうに答えながら、レミールは続ける。
「竜人は、この世に五人だけ存在する種族です。バハムートの伝説はご存じですか?およそ300年前に討伐された邪龍、バハムート。その魔力の残滓から生まれたのが彼らです。通常、私たち神理聖典が監視を行っているのですが、先日にその監視が一時的に外れてしまいまして、現在行方が分からなくなっているのです。」
話を聞くもいまいち自分との接点を掴めないシド、そして、シドとの接点よりも話の内容の重大さに圧倒されて挙動不審なアリシア。そこへレミールが更に畳みかける。
「あなたは過去にその竜人の一人と一時期生活していたのですよ?ご存じありませんか?」
レミールから告げられた衝撃の事実にも、全く覚えがない。
そんなにヤバい人とはかかわったこともない筈だ。
そんなシドの様子を見てか、レミールは再び笑いかける。
「まぁ、あなたにはこの後私と一緒に神殿に来ていただきます。」
「いやいやちょっと!!」
突然割り込んできたアリシアをレミールは困惑した表情で見つめる。
「お話は、ちょっとは分かりましたけど、そんなの突然言われても困ります。第一、シドは私たち第三騎士隊の隊長ですから、宣教官様だとしても勝手に何処かへ連れていかれては任務に支障が出てしまいます。」
「あぁ、それでしたら...」とレミールはアリシアへと向き直ってにっこりと笑う。
「アリシアさんもご一緒されますか?許可は得ているのでご心配いりませんよ♪」
告げられた言葉を理解してしまったが為か、アリシアは膝から崩れ落ちる。
「えっ、私、は……」
許可がある以上最早抗うことも叶わず。すべてを諦めたことで再び静寂が訪れる。
そんな地獄のような空気の中、馬車は目的地であったアスティナ王国領ヘルティアの神殿へと到着した。
神殿は大理石等を用いて作られており、領主の屋敷並、もしくはそれ以上の大きさがある。
屋根付近には神理聖典のシンボルマークである、2つの翼とその間に挟まるようにある星が大きく描かれている。
馬車を降りると修道女と思われる人達が出迎え、神殿内部へと案内される。
神殿内部は外壁以上に荘厳な造りとなっており、その強大さを実感させる。正面の部屋には長椅子が幾つも並んでいることから、礼拝室であることが見て取れる。
側面に続く廊下には幾つも扉があり、その内の一つへと通される。
部屋の中は広々としており、金の装飾の施された棚や机から、来賓用のものであることが分かる。
並んだ椅子の一つにレミールは腰かけ、向かいの椅子へ座るようシド達へ促す。
それに合わせるように傍にいた修道女が椅子を引いてくれる。慣れないことに戸惑いつつも、二人が座ったところでレミールは人払いをして話始める。
「先の竜人の件について、詳細にご説明しましょう。」
発端は3ヶ月前、このヘルティアよりはるか西に位置するセレスティア共和国で起こった。
神理聖典の本殿であるルミナス神殿にて、本来竜人等の要注意対象の監視任務を、世界の全てを見渡す権能によって受け持っていた神理聖典第一席次監視官──エズが頭部を潰されたことに始まる。
肉体に激しい損傷を受けたことでエズは権能を一時的に使用できなくなり、それに伴って竜人含む要注意対象の監視が外れたことで、その一部が収容されていた牢屋から脱獄した。
既に大半は収容が完了しているようだが、最も神理聖典が警戒し、今回シドに話が来た原因でもある、ロズルキという名の竜人の居場所が判明していない。
ロズルキはバハムート討伐後、最初にその残留魔力から生まれた竜人であり、その所為か他の竜人より色濃くバハムートの思想や思考等の個性を受け継いでいる。
そのため、何を目的に動いているのかは容易に予想できる。
それは──刹那、ドーンという轟音と共に悲鳴が響く。
そこへ勢いよく扉が開かれ、修道服を着た男が慌てた様子で転がり込んでくる。
「せ、宣教官様!神殿が、神殿が攻撃されています!!」
その言葉を聞いた瞬間、ガラ、とイスからレミールが立ち上がる。
会って間もないが、らしくない動作とその険しい顔からただ事ではないことをアリシアは察し、シドはレミールとほぼ同時に立ち上がり、男へと駆け寄る。
人目も気にせず四つん這いになり肩で息をする修道士に、状況を聞こうと声をかける。
レミールに報告ができたことへの安堵からか、緊張の抜けた顔で口を開こうとした瞬間、部屋の壁が轟音とともに崩れ去る。
瓦礫と化した部屋に砂煙が充満し、その中に一つの人影が現れる。
やがて砂煙は落ち着き、その姿が露になる。
その姿は燕尾服のような衣装に見を包み、頭に禍々しい双角を生やした男。なにより目を引くのは背中に生えた二つの翼だろう。