7:今回ばかりは、相手が悪かったみたいだ。
アルファポリスで投稿している作品を、こちらの方でも遅延投稿することにしました。
早く続きが読みたい方は、アルファポリスの方を探してみてください。
7
その日、目が覚めたのはちょうどお昼前くらいの時間帯だった。
自堕落な生活というのはとてもいいが、しかし周りの人が頑張って働いているのを見ると、少しだけ申し訳なくなってくる。
とはいえ、二日も入っていないせいで、全身そこかしこが痒くなってきているのも事実。
こんな状態では、いざ働けと言われたところで、そんなことできるはずもなく。
「とうとう、この時が来たか……」
部屋に内接されている洗面所の、そのさらに奥。
そこに控える、花園への扉を眺めながら、俺は喉を鳴らした。
無論、浴室である。
いざ目の前にすると、恥ずかしいという感情がふつふつと湧き上がってくる。
しかし、このまま入らないというわけにもいかない。
俺は深呼吸をして息を整えると、震える手を操作しながら、全装備解除のボタンに手をかけた。
「──!」
カッと目を見開き、思い切って押す。
シャラァ! とかいうふざけた効果音と同時に衣服は光に包まれ、ポリゴンの破片と変わり、消失。
次の瞬間には全裸の少女の体が、その光の波の奥から出てくることが分かっているので、できるだけ見ないようにしてサッと視線をあげてお風呂場の扉を開く。
……しかし、一つ俺は忘れていたことがあったのだ。
そう、浴室の扉を開けた先にも、大きな鏡が設置されているのだという、重大な事実を。
「ぁ……ぁ……」
真っ白で滑らかな肌に、幼い寸胴な体型。
かろうじて丘の頂上は髪で隠れていたが、しかし小さなグランドキャニオンを隠すには、長さが足りていなかった。
「……思ったより、エロくねぇな」
まじまじと鏡に映る自分の体を観察して、ついで自分の体を見下ろし、胸に触れてみる。
確かに柔らかいが、弾力とかを感じられるほどサイズがあるわけじゃない。
むしろ、前の世界の自分と、ほとんど同じか、あるいは少しふくらみがある程度で、そんなに差があるわけじゃない。
秘部についてだって、何というか、違和感は多少あるけれど、さほどエロスを感じるような代物でもない。
もっと、こう、興奮するかと思ったけど。
何度か自分の胸を揉んで、ため息を吐く。
自分の体だからかなぁ。
何にも感じねぇわ……。ちょっとショック受けたかも。
これが、年頃のボンキュッボンなら、話は違ったかもしれないが、正直この低い身長と平坦な体は、たまに温泉で見かける女児を見つけたくらい、何の感動も浮かばなかった。
***
朝食というか、もう昼食の時間になるという頃になって、部屋の扉を開ける。
扉の両脇に立っている見張り兼護衛の騎士の顔を見ると、どうやら今日はミハイルさんとウィンさんではないようだった。
「あ、えっと、おはようございます」
せっかく緊張しなくなった相手だったのに、と少し残念に思いながらも、とりあえず挨拶だけはする。
「おはようございます、マーリン殿」
ちなみに、今日の見張り番は黒髪の偉丈夫二人だった。
なんか、圧が強くて怖い……けど。
二人の顔を見上げて、気づく。
頭の上に、おそらく彼の名前だろう表示と、レベルを示す数字が浮かんでいたのである。
ゲーム時代と同じだ。
カーソルをあてると、その人物の名前とレベルが分かる。
試しにクリックしてみれば、詳細の表示が可能、と。
(なるほど、そういう事か)
おそらく、シオヤキさんはこの頭の上に浮かんでいる表示を見て、プレイヤーかどうかを判断していたのだろう。
シオヤキさんを見た時は何も表示が浮かんでいなかったことを思い出すと、プレイヤーはこれが表示されない、現地人は表示されるという違いがあるのだろうと予測する。
これは、個人情報の塊だな。
「どうかなさいましたか?」
「あぃ、いえ、何でもないです、ごめんなさい……」
Lv.16。
雑魚と分かれば、少し怖さも失せてくる。
とはいえ、見た目の迫力に恐れを抱かないわけでもなく。
俺は視線を逸らしながら、『食堂に行きます』と伝えて、その場を後にした。
***
食堂に向かいながら、騎士団員のレベルがだいたいどれくらいなのか観察することにする。
見張り役のこの二人は16と18。
すれ違った文官っぽい人は7とか4で、窓から見える訓練中の騎士たちは15から20前後。
控えて見学している従騎士たちは5から8くらい。
どうやら、ゲーム時代みたいに100とか200がごろごろしているような感じではなさそうである。
この分だと、先日戦った伍長さんも、そこまで期待するほどレベルは高くないのかもしれない。
レベルカンストしてる俺が言っても仕方ないけどね!
とはいえ、ここは現実になった世界だ。
文明レベルも多少上昇しているし、きっとプレイヤー以外でも使えるステータスの鑑定魔法や、それを改竄するための魔法が新たに作られている可能性だってあるのだ。
油断は禁物かもしれない。
食堂に来て、がっつりと飯を食う。
今日はポトフとオムレツ、ステーキを完食した。
二回もお替りしたが、正直、三日連続ご飯がないというのはかなりきつい。
パンよりもお米が食べたい気分である。
「……」
冒険者になったら、自由に旅とかできるのだろうか。
三回目のお替りに行こうか悩みながら、考える。
でも、なるには学校行かないといけないっていうのがなぁ。
頭の片隅に、前の世界での記憶が蘇る。
あれは、たしか、虐められていた子を助けたのがきっかけだったっけ。
購買で並んでいた少年が、DQNに順番ぬかしされてたんだ。
それだけならまだよかったが、あいつら、その子を見るや否や、罵詈雑言の嵐を浴びせ、服を掴んで列から引きずり出させたんだ。
さすがに見ていられない状況だったんで注意したら、体育館裏に連れていかれて、そこでボコボコに殴られて、写真撮られて、辱められて、でもこんなのは俺が我慢していれば、その間はあの子に飛び火しなくて済むからって……。
「……」
思い出しただけで、胸が苦しくなってくる。
でもどうしてだろうか。
以前よりもそんなに、苦しくない……?
理由はわからなかった。
でも、一つだけ言えることは、以前はあの事を考えただけで気分が優れなかったのに、今はただただ、怒りの感情が沸き上がってくるばかりである。
……誰かが言っていた。
虐められたくなければ筋肉をつけろ。
そうすれば、相手なんていつでも殺せるんだという心の余裕ができて、容易に仕返しできる胆力も身に着くだろう、と。
今の俺は、筋力の代わりに魔力を得た状態に相応している。
力に感情が振り回されているといってもいい。
「ふぅ……」
息を大きく吐いて、心をなだめさせる。
今ここでむやみに怒っても疲れるし、迷惑なだけだ。
考えるのは、もう無しにしよう。
そんなことを考えて、仕切り直しにお替りを求めに行くと、不意に、背中から声をかけられた。
「よぉ。お前がマーリンであってるか?」
低いバリトンボイスに驚いて振り返る。
するとそこには、昨晩見かけた、モフモフ犬の獣人が立っていた。
「……はぃ」
あまりの巨体。
ごつい。
でかい。
そしてモフモフ。
いったいどういう感情を抱けば正解なのかと一瞬困惑するが、頭の上に表示されているレベルが34であることを確認して、すぐに、あ、たいして怖がる必要ないな、と、モフモフの方を優先することにした。
「お前、強いらしいじゃねぇか。この後、俺と一本勝負しろ」
ニヤリ、と威嚇的な笑みを浮かべながら、そんな風にのたまってきた。
そこそこ強い自信があるのだろう。
レベルを見れば一目瞭然だ。一般の騎士たちが20相当なのに比べて、彼は30前半。
十も違うなら、素の身体能力だけでもかなりの差が出るだろう。
だけど──
「いいですよ」
──今回ばかりは、相手が悪かったみたいだ。
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