6:ヨモツヘグイ?
アルファポリスで投稿している作品を、こちらの方でも遅延投稿することにしました。
早く続きが読みたい方は、アルファポリスの方を探してみてください。
6
ユニコーンに乗って数分間の夜の旅は、寂しさを紛らわせるように、彼に話しかけながら過ごした。
声までは消せないので、きっとその場に誰かいたなら幽霊でも出たのではと騒動になるところだったが、幸いにもみんな寝ているようで、街の仲は静かで、ただ俺のユニコーンに話しかける声だけが響いていた。
異世界の中で感じる、ちょっとした非日常感に興奮していたせいもあってか、少し声が大きくなりすぎていたのかもしれない。
例の喫茶店に着くと、件の少女──シオヤキさんが、明かりのついたランプを持って仁王立ちして出迎えてくれていた。
「近所迷惑です、独り言は控えてください」
「はい……すみません……」
開口一番に説教を食らってしまい、しゅん、とうなだれる。
同じ年頃くらいに見える少女に、こうも正論で説教されると、言葉にはできないけど、こう、クるものがある。
「よろしい」
彼女はそう言うと、俺を店内の席の一つに座らせた。
その向かいの席に、シオヤキさんが腰を落ち着かせ、ランプをテーブルに置いた。
「単刀直入に聞きます。あなた、この世界に来てから何日目?」
「二日目です」
やっぱり、と思いながら返答する。
名前から察しがついていたのだ。
彼女は俺と同郷、つまるところ、プレイヤーだという事に。
……でも、なぜ彼女は俺がそうだと分かったんだろう?
不思議だ。
「あ、あの、えっと、シオヤキさんは……どれくらい前から?」
「二年くらいね。今と同じ、春先のお昼ごろだったかしら。今でも覚えているわ」
二年……。
彼女の、どこか遠くを見るようなまなざしに、何か哀愁のようなものを感じながら、心の中でつぶやく。
「ねぇ、あなたは大丈夫? 家に帰りたいとか、寂しいとか」
心配そうに語りかける少女の目は、まるで自分を投影しているみたいだった。
「いえ、そういうのは全然。
むしろ、ちょっと安心したくらいです。もう、あの世界に帰らなくてもいいんだって」
気を使って、できる限り笑顔を浮かべながら回答する。
しかし、それが彼女には空元気にでも映ったのだろう。
小さく、『そう……』とつぶやいて、少しの間沈黙した。
そんなに悲痛そうにしなくても、と思う。
なぜなら本当に、俺はあの世界から抜け出せて喜んでいるのだから。
……でも、彼女の反応を見る限り、きっとみんながみんな、そういう心持ではないのかもしれないと察する。
シオヤキさんは、一体あの窮屈で悪意に満ちた世界に、何を残してきたのだろうか。
……いや、考えるのは止そう。
リアルの詮索はご法度なのだから、いつか彼女が、その口で告げるまで。
「そうだ、まだちゃんと自己紹介していなかったわね」
沈黙を破ったのも、また彼女だった。
ランプを横にずらしてスペースを開けると、シオヤキさんは何もないところからカードを一枚取り出して見せた。
現実に、アイテムボックスとか異空間収納だとか呼ばれるスキルがあるなら、きっとこのような感じで物を取り出せるのだろうな、なんて思わせるような動作に、俺は関心を覚える。
今のどうやって、なんて聞かない。
たぶん、どうせ、パターン的に、後できっと教えてもらえるのだから。
「『冒険者クラン:廻刻の旅団』……?」
カード、もとい名刺に書いてある文字を読み上げながら、何の組織なのかとシオヤキさんに訊ねる。
「元プレイヤー同士で情報を取り合って、元の世界に帰る手段を模索する冒険者クランよ。この喫茶店は、その情報を集めるための中継基地でもあるの」
「中継基地……」
繰り返して、なんだかロマンのある響きだな、なんて漠然とした感想を持つ。
しかし今の俺には関係ない話だ。
どう意識が変わったところで、あんな世界に帰りたいだなんて、微塵も思わないのだから。
シオヤキさんが説明を続ける。
「ここはもともと、私が所属していたギルドでもあってね。縁あってクラマスに拾われて、こうして希望の光を持てているの。もしあなたも帰りたい意思があるなら、うちに入らないかしら?」
言われて、斜め下へと視線を逸らす。
ここに所属しているのは、あの世界の住人が大半なのだろう。
なのだとすれば、必然的に前の世界みたいな、酷い扱いを受けるかもしれない。
そう思うと、安易には誘いを受けたいとは思わないし、何より俺は、あの世界に帰りたいとは思っていない。
そんな俺のかたくなな拒絶を見て、シオヤキさんは『そう……』と残念そうにつぶやいた。
「でも、気が向いたらいつでも頼りに来てね? プレイヤーなら、門戸はいつでも開いているから。
……そうだ、何か聞きたいこととかあるかしら? 二日しか経っていないなら、いろいろと聞きたいことがあるでしょう? 答えられる範囲でいいなら、何でも答えるわよ!」
昔、バイトの面接ではこういうの、なんと聞けばいいかわからなくて、全て『特にありません』と答えていた記憶が蘇り、今回も反射的にそう言いかけて、思いとどまる。
これを不意にするのは、かなりもったいないと思ったのだ。
「えっと、そうですね……。じゃあ、このカードについて、なんですけど」
机に置かれたそれに視線をやって、続いておずおずと、許可を求めて彼女の顔を盗み見る。
すると彼女は笑顔を向けて、ほんのわずか、誤差みたいに小さい相槌を打った。
「えと、カードについてっていうか、その……どこから出したんですか? あの、アイテムストレージでも、あるのかな……なんて。あ、なくても別によくて、えっと……つまり言いたいのは、ゲームの時みたいに、メニュー画面を開く方法、知りたい、という事でして」
緊張しすぎて頭がぐちゃぐちゃになる。
きっと質問文もぐちゃぐちゃだったに違いない。
ちゃんと聞きたいことが伝わったか、不安になってシオヤキさんを見ると、どうやら問題なく伝わってくれたようで、『あぁ、それね』と掌に拳を打ち付けて、言葉を紡いだ。
「他の知識とかについては、勝手にわかるのに、どうしてこれだけできないのか。疑問よね。私も、これやり方聞くまで全然わかんなかったし」
口ぶりから察するに、やはりやり方はあるらしい。
崩れていた姿勢を正して、話を聞く心構えを作る。
「ちょっと難しいんだけど、ゲームの時使ってたIDって覚えてるかしら?」
「あ、はい。覚えてます」
確か、@Merlin0127だったはず。
頭の中に思い描く。
「じゃあ、ゲームのログインパスワードは?」
「わかります」
えっと、#M0127だっけ。
これも頭の中に思い描く。
すると次の瞬間だった。
『ログインを認証しました』
「うわぁ!?」
突如耳元で聞こえた機械音声に、思わずそんな悲鳴を上げる。
驚きすぎて、一瞬なんて言われたかわからなかったが、しかし目の前に見覚えのあるメニューウィンドウが表示されていることを確認して、どうやらこれがメニューの開き方だと理解する。
「ふふっ。わかるわ、私も初めて開いたときはびっくりしたもの」
「……」
わかっていたなら事前に教えてくれてもいいじゃないか。
ふくれっ面を向けて不機嫌を表現するが、当のシオヤキさんはと言えばけらけら笑うだけである。
「使い方は、前とそんなに変わらないわ。カーソルの移動が視線に依存してるくらいかしらね。
クリックしたいときはそう念じればできるわよ」
言われたことを確かめるように、試しに自分のステータス画面を開く。
どうやら問題はないらしい……あれ?
「どうかした?」
怪訝に思ったのが顔に出ていたのか、シオヤキさんがこちらに疑問を投げる。
「いえ、経験値のところが」
「経験値? ごめん、それ開いてる子にしか見えないから、口頭で伝えてくれるかしら?」
一瞬こちらに身を乗り出そうとして、思い出したみたいに総言葉をつづけた。
「『順応率』? っていう文言が追加されてて……。どういう意味なのかな、と」
ゲームだった頃には、そこには何も書かれていなかったはずなのに、今となってみてみれば、そこには見慣れない文字列がある。
察するに、異世界に来た影響と考えることができるが、しかしそれについてもよくわからない。
順応とは、いったい何に対しての言葉なのだろうか。
すると彼女は、『あぁ、それね』と相槌を打って、答えてくれた。
「うちのクランの研究班の予測なんだけど、おそらく、この世界に私たちの魂とかが、どれだけ順応しているかを示しているらしいわ」
「魂……ですか」
いきなりオカルトじみた話になってきて、怪訝な顔になる。
シオヤキさんも俺の言いたいことは何となくわかるようで、しかし『今の状況を鑑みるとね、どうしても認めざるを得ないのよ』とため息交じりに応えた。
「黄泉竈食ってご存じかしら?」
唐突な質問に、俺は首を横に振る。
ヨモツ、と聞くと真っ先に黄泉平坂を連想するが、何か関係があるのだろうか。
場合によっては恐ろしいものが語られるという覚悟をしながら、話の続きを待つ。
「ヨモツヘグイは簡単に言うと、あの世の物を食べると、この世に帰ってこれないよ、っていう神道神話の設定なんだけどね。
これは、”肉体とはその地で食した物によって構成されているから、もし異世界の食べ物を食べてしまうと、体の構成がその世界の物に作り替わってしまって、元の世界に帰れなくなるよ”ってことなんだけど、これと同じようなことが、この体に起きているんじゃないかって」
「……理屈は、その、何となくですけど、分かりました」
哲学的な話だな、と思いながら、頭の中で言葉を咀嚼する。
「それで、それがこれとどういう関係が? まさか、ヨモツヘグイ? によって、体がこの世界に定着している割合がこの数値だと?」
「察しがいいわね」
俺の回答に、シオヤキさんが笑顔で頷く。
どうやら正解らしい。
なんか、こういうの楽しいな。
学校で先生にあてられて問題を解いて、褒められたときみたいな気分になる。
……なんて、そんなことを思っていた時だった。
「ふふ。ようやく笑ったわね」
シオヤキさんが、にやにやしながら、そう指摘してきたのである。
瞬間、背筋がひやりと冷たくなるのを感じた。
頭の中をトラウマが駆け巡って、感じないはずの痛みが、全身を襲って、息が──。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
過呼吸気味になる息を、口元に手を当てて無理やり整えようとする。
目から涙があふれてくるのを、必死にこらえる。
「ちょ、ちょっと、どうしたのいきなり!?」
大声で声をかけてくる彼女が怖い。
近づいてくる人が怖い。
恐怖で意識が飛びそうだ。
頭の中が、くらくらして、起きて、いられない……。
「──【ディスコンフュージョン】!」
座席に倒れかけた、その時だった。
暖かい光が下りてきて、頭の中をめぐっていた嫌な記憶がぼやけていった。
呼吸が整い、涙が引っ込んでいく。
「ごめんなさい、きっと何かのトラウマに引っ掛かったのね。謝るわ」
気が付くと、シオヤキさんが机の向こう側で頭を下げていた。
それを見て、俺は慌てて彼女の謝罪を否定した。
「あ、謝らないでください……! こんなの、誰にも予想できませんし、シオヤキさんは悪くないです!」
「んーん。そんなことないわ。私がどうであれ、あなたが嫌な思いをした。それは私の責任だもの」
「……わかり、ました。頭をあげてください」
いつか言ってみたかった台詞ランキングを、こんな形で消化するとは思わなかったな、なんて頭の片隅で思いながら、沈黙が支配してしまったこの空気を、さてどう取り戻したことかと考える。
……この場合、取り戻す責任が生じるの、俺なんだよなぁ。
「それで、その、どうしてヨモツ……なんとかが、順応率と関係していると思ったんですか?」
迷った末、先ほどの事はなかった事にして、話の続きを彼女に促した。
「……そうね。もともとはただの雑談から始まった噂話とかを、ダメもとで研究し始めたのがきっかけだった、って聞いているわ」
そう前置きして語りだした彼女の話は、以下のような内容だった。
研究班の一人が、この世界に来た当初かなりの空腹で死にかけた、という雑談をした。
すると、どうやらここにいるプレイヤー全員がそうだったことに後で気が付き、これはもしや何か理由があるのではないか、と、全員、この世界に来た当初の状況の共通点を出し合ったのだという。
その結果、空腹だったこと、初めて魔法を使った時はかなり疲れたこと、しばらくの間、よくお腹がすいたことなどという共通点があることが判明した。
そこで、魔力に関してはわからないが、何か空腹と順応率に関連性があるのではと考えた研究班は、この世界に来て間もないプレイヤーを数人捕まえて、ご飯を食べるグループと食べないグループに分かれて実験したのだという。
結果、どうやらご飯を食べたグループの方が、順応率が大幅に向上したという観点から、たまたま日本神話に詳しかった研究班の人の閃きと、順応率という単語から、そういう仮説が立てられた。
今はまだ立証の途中らしいが、この世界にはレベルアップの事を迷宮順応と呼ぶ習慣があることから、魔力に関しても何らかの関連性があるのではないか、と考察と実験が進められているらしい。
迷宮順応。
図書館でも、確かそんな文言をちらちら見かけた記憶がある。
あれはレベルアップの事だったのか。
「……という事は、この世界に滞在する時間が長ければ長いほど、元の世界に帰りづらくなる、という事ですか」
「ええ。だいたい、七年で不可能になるっていう試算が出ているわ」
「七年……。思ったより猶予ありますね」
「七歳までは神の子、って言うらしいわよ。それと掛け合わせているつもりなのかしらね」
七五三の話か、と心の中で頷く。
七五三はもともと、昔、七歳になるまでの子供が、最も生存率が低かったらしい。
それで、それぞれの節目とされる三歳五歳七歳の誕生日だったか誕生年だったかに、この年まで生きてくれてありがとうという意味を込めて、祝われていたのだとか。
死んで生まれ変わる輪廻転生が信じられていた時代。
あの世と隣接していた子供は、この世との定着率が弱かったのだ、なんて話をどこかで聞いた記憶があった。
「他に訊きたいことはあるかしら?」
思考の海に沈みかけたところで、シオヤキさんが話しかけてきて、現実に浮上する。
「そうですね、他は……」
考えて、何かなかったか、と思い出そうとするが、さっきのショックが大きかったせいか、何も思い浮かんでは来なかった。
それから俺は、また何かあれば情報を共有しようという事で、フレンド登録を済ませ、その日はお開きとなった。
シオヤキさん。
結構いい人だな。
これからは警戒とか、この人にはあまりしなくてもよさそうだし、何かあったら頼らせてもらうことにしよう。
そんなことを思いながら、白み始めた空の下を、ユニコーンに乗って帰るのだった。
もちろん、姿を消す魔法は忘れずに。
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