5:頼りない主人
アルファポリスで投稿している作品を、こちらの方でも遅延投稿することにしました。
早く続きが読みたい方は、アルファポリスの方を探してみてください。
5
二人に連れられてやってきたのは、一軒の何の変哲もない喫茶店だった。
しいて特徴をあげるならば、壁中に新聞が張られていることくらいだろうか。
「あ、ミハイルさんにウィンさん! その節はどうも!」
喫茶店に入ると、俺と同じ年頃のように見える、緑を基調にしたエプロン姿の、栗色の髪をポニーテールにした少女が、嬉しそうな表情を浮かべて駆け寄ってきた。
「ご無沙汰しています、シオヤキ殿。仕事の方は順調ですか?」
「ええ、二年もすれば流石に慣れましたよ。……えっと、そちらは?」
どうやら二人の知り合いらしい少女から紹介を求められ、為す術もなく、意を決して隠れていたミハイルさんの陰から躍り出た。
「は、初めまして。マーリンです。えっと、よ、よろしく、お願いしま……す?」
何と挨拶していいかわからず、流れで何となくこうかな、と思った言葉を付け足したせいで、疑問符が上ってくる。
そんなおどおどした態度がおかしいのか、彼女は俺の方を少しの間じっと観察すると、軽く笑い声をあげて、『なんで疑問形よ』と返した。
「私はシオヤキ。よろしくね!」
シオヤキ……って、塩焼き? なんか変な名前だな。
……いや、待てよこのパターンってまさか。
俺の反応を見て彼女も確信したのだろう。
というか、いつ気が付いたのだろうか疑問ではあるが、彼女は俺の手を引くふりをしてスッと近づくと、耳元でこう呟いた。
「後で話したいことがあるの。今夜、一人でここにきて」
俺は驚いて、ただこくこくと首を縦に振ることしかできなかった。
***
異世界の夜は暗い。
窓から見える見える光は、部屋から僅かに漏れるランプのささやかな明かりだけで、月光で多少うすら明るい程度である。
暗闇の状態異常を解除する【アンチダークネス】の魔法に気が付かなければ、きっと途方に暮れていたに違いなかった。
「【インビジブル】【スニーク】【プリヴェンティブ】【サプレッション】」
四つの補助魔法を展開して、部屋の窓から飛び降りる。
高所恐怖症故、高い部屋の窓から飛び降りるなんて、普通なら怖くてできない。
しかし俺が怖いのは落下だ。
【サプレッション】、落下速度を遅くして落下ダメージを緩和させる魔法がちゃんと機能するのか確認したので、もう怖くはない。
おまけに【プリヴェンティブ】までかけたのだから、きっと落下の衝撃はないはずである。
【インビジブル】で姿を消した小さな体が、音もなく駐屯地の中庭に着地する。
支援魔術スキルLv.12で取得できる【スニーク】の魔法のおかげである。
本来は、近くを走ってもモンスターに気づかれにくくなるというだけの魔法だが、これをかけた状態で背後からNPCに話しかけると、驚いたそぶりを見せるという小ネタがあるため、フレーバーテキストに書いてある通り、足音を消す魔法でもあると予測していたが、想像通りの効果で助かった。
(さて、どうやって抜けようかな)
なんだかいけないことをしているような気持になって、お腹が痛くなる。
しかしそれと同じくらいのワクワクが、腹の奥底から湧き上がっていた。
今の俺には、ちょっとした万能感があった。
(せっかくだし、正面から堂々と向かおう。じゃないと、道分からないし)
中庭を突っ切り、壁沿いに正門を目指す。
巡回警備をしている騎士団員がいて一瞬ビビったが、どうやらちゃんと【インビジブル】が発動していたようで、まったく気づくそぶりを見せてはくれなかった。
セーフ……。
(しかし、ここまで見えてないとなると、なかなか面白いな)
湧き上がってくる悪戯心をこらえながら、正門を飛び越え……。
(しまった。
どうやって出よう)
俺はそんなに運動神経がいい方ではない。
だから、小学校の門くらいの高さのあるこの鉄の門を登って降りることはできないのである。
風魔法で体を吹き飛ばして……いや、それだと失敗したら痛いしな……。
あと音で守衛さんにバレるし……何かいい方法は……。
そんなことを考えていると、目の前に一台の馬車が止まるのが見えた。
(こんな時間に、いったい何の用なんだろう?)
でもこれはチャンスだ。
俺は馬車から降りてきた人物とすれ違いに、開いた門から駐屯地を出る。
一瞬、不審そうに足を止めてこちらを振り返るような仕草をされてバレたかと思ったが、特に何もしてこなかったので、とりあえず無視することにした。
……それにしてもさっきの人、デカい獣人だったなぁ。
夜の街に躍り出ながら、一瞬の会合を思い出す。
犬系の獣人で、しかも純血だった。
昨日レストランであった兎の獣人は耳だけだったけど、さっきの人はまるで犬が服着て歩いているみたいな印象である。
騎士団の服着てたし、たぶん関係者なんだろうけど、何だろう。
どういう人なのか、めちゃくちゃ気になって仕方ない。
とはいえ、今は例の件が先だ。
俺は軽く頭を振ると、喫茶店まで歩く……のは面倒なので、途中から召喚魔法スキルで馬を呼んで、それに乗って移動することにした。
「【サモン:ユニコーン】」
軽くあたりを見渡して、人影が無いことを確認してから呼び出す。
ユニコーンは頭から渦巻き状の溝が入った一本角を持つ、銀色の毛並みの馬である。
クエスト『聖なる処女の森林浴』で条件を満たすことで手に入るこの召喚獣は、召喚中の水属性魔法スキルの威力が800%強化、加えて自動回復速度500%上昇のボーナスが付与される特殊効果を持つ。
ちなみに入手条件は、プレイヤーのアバターが女であること、水属性魔法スキルの熟練度が100以上であること、召喚魔法スキルのレベルが250以上であることの三つで、かなり厳しめの設定である。
魔法使いに憧れて、一応魔法系のスキルツリーは全部取得して、地道にカンストを目指していた身からすると、さほど苦ではなかったが、しかし召喚魔法のスキルレベルを上げるのはかなり大変だった。
何せ、召喚魔法のスキルレベルは、自分が契約した召喚獣の種類の数なのだ。
つまりユニコーンを手に入れるには250種類も契約する必要があるのである。
しかもこのゲーム、召喚獣は一応精霊という分類でモンスターではないため、クエストの中でしか契約できない設定なので、従って時間もかかる。
そうやってようやくの思いで捕まえたのが、このユニコーンだった。
(リアルで見ると、結構デカいんだなぁ)
銀色の魔法陣から現れた巨大な馬を見上げながら、そんなことを思う。
わずかに光を称えるその毛並みは、きっとこの場に人がいたなら目立つこと間違いなしである。
俺は手綱を引いてしゃがませると、鞍の上に跳び乗っ……跳び……と……。
「ブルル」
ユニコーンから、無言の『何やってんだこいつ』という圧が飛んできて、どうしようもなく苦笑いが漏れる。
……どうしよう。
体がデカすぎて、うまく乗れない。
乗り方はわかるのだ。
例によって、記憶の奥底から思い出されるような感覚で、知識が経験伝いにやってくる感覚があるのである。
しかしいかんせん、対格差があった。
鐙に足がかかるところまでは何とかなるのだが、もう一方の足が上がらない。
そんな風にして途方に暮れる俺を見かねたのか。
ユニコーンは鼻息一つすると、俺の正面に頭を差し出した。
……どうやら、頭の方から乗った方が楽だろうと、わざわざ教えてくれたのだ。
「あ、ありがとう……」
人間としての尊厳のようなものが傷つけられるような、恥ずかしい思いをこらえながら、ユニコーンの首にまたがり、鞍まで行く。
体の向きを調節して、鐙にしっかりと足を乗せたことを確認すると、手綱を引いて合図を送った。
「お待たせ。それじゃあ行こっか」
ゆっくり歩きだすユニコーン。
鞍の下で背骨がうねうね動く感触が伝わってきて、本当に生き物に乗っているのだと、少しばかり感動を覚える。
これからは彼にお世話になることも多くなるに違いない。
そう思うと、自然と口元に笑みが浮かんできた。
「頼りない主人だけど、これからもよろしくな、相棒」
改めてお礼を口にする。
少しだけ、彼の歩みが早くなったような、そんな気がした。
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