4:二人で勝手に解決しないでほしいんですけど。
アルファポリスで投稿している作品を、こちらの方でも遅延投稿することにしました。
早く続きが読みたい方は、アルファポリスの方を探してみてください。
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それから、騎士団はちょっとした騒動に包まれた。
主犯である俺は、なかなか居心地が悪く、食事もあまり喉が通らなかった──などという事もなく、朝練に付き合ったせいか、かなりの空腹に耐えきれず、例に漏れず四回も朝食をお替りしていた。
怪我人は出なかったのは、不幸中の幸いである。
「しかしすごかったですよさっきの戦闘! まさかロバートソン伍長相手に、目を閉じたまま戦って勝っちゃうなんて!
流石、団長のご友人ですね!」
「あ、あはは……どうも……」
話しかけてくるのは、先ほどの模擬戦で審判もしてくれていた見張りの騎士、ミハイル・ラドクリフ。
どこにでもいそうなくすんだ金髪の青年で、興奮して先ほどから称賛の声が止まらない。
「目をつむりながら戦ってたってことは、初見の相手なのにどんな攻撃してくるか、最初から全部わかってたってことですよね!? いったいどうやったらそんな芸当ができるんですか?」
ぐい、と詰め寄ってくるミハイルさん。
リチャードさんが大型犬なら、彼は中型犬といった印象だろうか。
不意に、脳裏に犬のおまわりさんという単語が浮かんできて、ちょっと苦笑する。
「最初からわかってたわけじゃないですよ」
朝食のパンにレタスとスクランブルエッグ、それからウインナー、ハムを乗せながら答える。
「単純に、取れる選択肢を予想して、相手の行動を制限して、誘導していただけなので」
「……さらっと言いますけど、それ、かなり難しいことをしていますよね……?」
そう反応してくれるのは、もう一人の見張りの兵士、ウィン・グラッドレイである。
こちらはミハイルと違い、ちょっとインテリっぽく見える黒髪の男性である。
その長髪を後ろで一つにまとめた髪型が、なんだかこう、中国人っぽい雰囲気を醸し出している。
「今回はたまたま上手くいっただけですから」
リアルでやったのは初めてで、正直あまりうまくいくとは思っていなかった。
今回はまぐれなのだ。
次も通用するとは思えない。
第一、思い返せばあれには穴があった。
もし、伍長さんが魔法を使えたなら、きっとここまで圧倒することなんてできなかった。
今回はたまたま、そういう暗黙のルールのもとだったから、うまくいっただけなのである。
パズルに出来るのは、ルールがあってこそなのだと、今更ながら反省する。
それにしても、楽しかったなぁ。
あの極限の集中状態。
相手を掌で転がしているような満足感。
ギリギリの緊張感で、思わず笑みが溢れた時の、あの背中を伝うようなゾワゾワとした感触が忘れられず、思わず笑みがこぼれてしまいそうだ。
「そういえば、マーリン殿はこれからどうなさるおつもりで?」
朝食を終えたころ。
ミハイルさんがそんな風に尋ねられて、少し考えてから答えを出す。
「そうですね、図書館にでも行こうかと思います」
今の俺にとって一番重要な課題はいくつかある。
まず一つは、ここが本当に、俺がプレイしていたゲームの世界なのか調べることだ。
一応昨日の事情聴取の時に得られた情報をもとに考えると、地形などもろもろの設定はかなり変動しているが、ところどころ、見覚えのある設定が散見された。
例えば世界規模の盗賊集団、レッドファングの存在。
それと、世界の中心に生えている巨大な木の姿をしたダンジョン、世界樹の迷宮の存在である。
この二点が符合していることを鑑みて、今の状況を推察するに、おそらくこの世界はゲームだった時代から見てある程度未来の世界だろう。
その考えを確証にまで持っていくには図書館で歴史でも勉強する必要があるだろう。
「図書館ですか?」
「はい。何か、思い出せることがあるかもしれませんから」
記憶喪失の設定を利用して、そんな言い訳を口にする。
この世界がゲームだった頃との相違点を探すため、なんて言えないからね。
そんなわけで俺は二人に連れられて図書館に移動することになった。
***
改めてこの街を観察しながら、図書館までの道のりを歩く。
家屋はだいたいが木骨煉瓦造でできていて、地面はアスファルトが敷かれていない剥きだしの土か、煉瓦を埋めて舗装しているくらいで、現代とは全く違う景観をしている。
今の時代、舗装されていない道路なんてほとんど見ないから、ちょっと新鮮である。
「何か、思い出せそうですか?」
最初にいた噴水の場所を通り過ぎたあたりで、ウィンさんが声をかけてきた。
「いえ、まだ何も……でも、そういえばあの噴水……。どこかで見た覚えがあるんですよね」
記憶の端に引っ掛かる、妙な既視感に眉根を寄せながら、うんうん考える。
しかしあんな噴水なんて、正直どこにでもあるものだしなあ。
道の中央にどんと置かれた、大きな噴水。
まるでもともとそこにあって、何かの理由で動かせないみたいな、そんな奇妙な位置に置かれたそれは、まるでたまに見かける、道のど真ん中にある小さな神社みたいである。
「あの噴水は、この街ができた当初からありますからね。
区画整理で周りの風景は変わりましたが、以前はここに、そこそこ広い広場があったんですよ。もう百年位前の話ですけど」
「広場?」
ウィンさんの解説を聞いて、記憶が刺激される。
噴水のある広場と言えば、ストーリークエスト中盤辺りに出てきたような。
立ち止まって、考える。
このゲームは、レッドファングを壊滅させることを主軸にストーリーが作られている。
彼らのアジトは廃墟の中だったり下水道の中だったりと様々だが、確か中盤くらいのストーリーで、廃村の教会の地下水道をねぐらにしていたレッドファングのメンバーを倒しさないといけないイベントがあって、アジトから出ると小さな街の噴水広場のマンホールに繋がっていたみたいな話があった。
ゲームクリア以降、たしかそのマンホールが、廃村近くのダンジョンへのショートカットとして使えるようになっていたはずである。
しかし、見渡してみてもそれらしいものはここにはない。
……やはり、気のせいか?
そんな風に一人思考の海に浸っていると、ミハイルさんが肩を叩いて現実に連れ戻した。
「マーリン殿。今はそんなに焦らなくても大丈夫ですよ! ゆっくり、思い出していきましょう?」
「そう、ですね。ありがとうございます」
どうやら、気を使わせてしまったらしい。
俺はにこりと笑みを返すと、歩みを再開したのだった。
***
「結局、何も得られませんでしたねぇ……」
がっくり、と自分の事のように肩をすぼめてくれるミハイルに、俺はあははと愛想笑いを返す。
とはいえ、なかなか興味深い情報を仕入れられたのもまた事実である。
例えばこの世界における法律関係の話とか、文化とか、彼らの共通認識を知ることができたしね。
だから俺としては、そんなにがっかりするようなことでもなかったのだが、見張り役兼護衛役として、今日一日ずっと一緒に記憶の手掛かりを探してくれて、何も成果がなかった事もまた事実。
骨折り損だと感じても仕方はないのだろう。
そんな会話を楽しみながら騎士団の駐屯地に向かっていると、不意に、俺のお腹からスライムを絞ったような音が聞こえてきた。
そういえば、そろそろおやつ時である。
この体になってからというもの、以前よりなんだかよくお腹が減るのは、いったいなぜなのだろうか。
「ふはっ。さっきお昼食べたばかりなのに、マーリン殿は食いしん坊ですね!」
「こらミハイ! 女性に向かって失礼でしょう?」
コロコロ表情を変える彼に、ウィンさんがため息交じりに窘める。
女性扱いされるのは少し複雑な気分だが、何というか、内気な自分の性格には、もし男のままだったならこんな丁寧な扱いはされなかっただろうな、とか思うと、何となく、今の立ち位置がとても楽に思える自分がいた。
「……では、そうですね。そろそろおやつ時ですし、近くの喫茶店にでも向かう事にしましょうか」
二コリ、と微笑みながら、ウィンさんがフォローしてくれる。
たぶん俺が女だったら惚れていたかもしれない。
……あ、今俺女だった。
「近くのって、あぁそういえばここら辺って!」
「ええ、そうです。自分としたことが、彼女のことをすっかり忘れていましたよ」
……え、なに?
二人で勝手に解決しないでほしいんですけど。
何だか重大なことを思い出して、今更だと言わんばかりに笑い合う二人に置いてけぼりにされて、どうしていいかわからずおろおろと戸惑っていると、ミハイルさんが俺の手を掴んで歩き始めた。
「たぶんきっと、マーリン殿の記憶の手掛かりが見つかるかもしれませんよ!」
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