2:英雄の素質なんて。
アルファポリスで投稿している作品を、こちらの方でも遅延投稿することにしました。
早く続きが読みたい方は、アルファポリスの方を探してみてください。
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小手返し、いや四方投げか。
宙に投げ出された男が床に頭をぶつけて昏倒しているのを見ながら、やけに実践的な合気道だな、なんて感想を抱く。
「なっ、なんでこんなところにライオンハートが!?」
「ち、ついてねぇな、出直すぞ!」
「覚えてろよ!」
慌てた三人が、一目散に逃げだしていく──が、突如、彼らの足元が氷で縫い付けられ、その場に転ぶ。
「がべっ!?」
「がっ!?」
「ふがっ!?」
氷属性魔法スキルLv.1で獲得できる防御魔法、【アイスカーペット】。
指定した範囲、最大半径5メートル圏内の床を凍らせ、接触している敵の足を地面に縫い付け、停止の状態異常を付与する。
詠唱時間はコンマ一秒。効果時間はスキル熟練度一レベルにつきコンマ五秒が加算される。現在の俺の熟練度は最大値のLv.10なので、効果時間は五秒。
簡単な攻撃魔法を発動するには、十分すぎる時間稼ぎができる。
「【スタンシュート】」
先程と同様、魔法名を唱える。
杖の先に雷光のエフェクトが集まって、狙いを定めた男三人に襲撃した。
雷属性魔法スキルLv.1で獲得できるこの攻撃魔法は、スキル熟練度レベル十の時、対象に確定ダメージ1%を与える。
最初は0.1%しか与えられない、雑魚魔法だが、割合でダメージを与えられるこの魔法は、続けて当て続ければ確実に倒すことができる魔法として、上級者には人気が高い。
加えて、【ダブルキャスト】や【トリプルキャスト】というスキルも組み合わせれば、このように、一度に三発の魔法を相手に与えることだってできる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
使うたび、体力がもぎ取られていくような感覚に、慣れない疲労感を感じながら、俺はふぅ、とため息を吐いた。
自分でも、なぜこんなことをしたのかわからない。
ただ、気が付けば体が勝手に動いていた。
魔法の使い方なんてわからないはずだったのに、いざ魔法を使おうと意識した瞬間、その使い方が、まるで記憶の奥底から掘り起こされるようにして理解して、自然に体が動いたのである。
マー〇ルのヒーローが自分に隠された力に気づく瞬間って、こんな感じなのだろうか。
そんな、ちょっとよくわからない興奮と驚愕と動揺に震えていると、リチャードさんがこちらを向いて言葉を紡いだ。
「助かった。危うく逃げられるところだったよ」
二コリ、と笑みを浮かべながら礼を言うリチャードさん。
「あぅ、いえ、その……か、体が勝手に動いたっていうか、何かしなきゃって、それで頭がいっぱいになって、気が付いたら……」
「なんと……! それは素晴らしいことだ。君には、英雄となれる素質があるのだな」
英雄。
その言葉を聞いて、高ぶっていた自分の心が急に冷めていくのを自覚した。
その言葉は、俺が不登校になった一番の理由だったから。
「ありあとう……ございます」
しかし、今そんなことをここで彼に告げても、空気が悪くなるだけだ。
俺が耐えれば、全て丸く収まる。
それから俺は、リチャードさんと一緒に店を後にした。
その時彼が店主と何か話をしていたが、今の俺にはそれを盗み聞きする余力なんて残っていなかった。
***
やがて詰所に到着すると、リチャードさんは俺のことを彼の部下らしい女性に任せて分かれた。
詰所は、どうやら街の外周を囲っている巨大な壁の中にあるようだった。
いわゆる城郭と呼ばれるものである。
その壁の中が通路のようになっていて、ところどころに部屋が設けられているのだ。
巨大な建物を、そのまま壁の役割として活用したみたいな雰囲気だろうか。
「話は団長からうかがっております。
記憶喪失で、家もないのでしたよね?」
「はい」
きっと、受け渡されたときに訊いたのだろう概要に肯定して、青みがかった黒髪の、揺れるポニーテールを眺めながら彼女の後ろを歩く。
お堅い感じの印象を受ける、カツカツと鋭く速い歩調。
ぶれない体幹に重心移動のバランスの良さが、彼女の中のまじめさを物語っていた。
……こういうタイプの人間は嫌いだ。
何かにつけて自分の責任だの甘えるなだの、ストイックすぎて息が詰まる。
普段は無いに等しい透過力をもつ空気も、この周りだけは水族館のアクリル硝子のような、妙な硬度を持った固体のように感じる。
律儀でまじめで、大人からは好かれそうだがそれ故に利用されやすく、隙が無いように見えて隙だらけだ。
「最近、世界各地でそのような方々が頻出しておりまして。もしかすると事件性があるのではないかと疑う声が、少なからず上がってきているのです。そこで、不躾ではあると思いますが、こちらで身体検査と、それから事情聴取の方をさせていただきたく。ご了承ください」
言って、通されたのは机と椅子が二つだけの、簡素な尋問部屋だった。
机の上にはベルのようなものが置いてあって、天秤と剣を持った女神の姿が刻印されている。
「奥におかけください」
これから何が始まるのかは、容易に想像ができた。
要するに彼女は、というよりも騎士団は、俺を容疑者の一人と考えているのであろう。
何のって?
そんなもの、答えは一つしかないに決まっている。
記憶喪失者続出とレッドファングの間に、何か関係があるのではと疑っていて、俺が彼らの一味ではないかと思っているのだ。
レッドファングは世界規模の巨大組織。
同じく、世界規模の記憶喪失者の出現。
あまりにも不審である。
一見繋がりはなさそうだが、ゲームのストーリーとして考えるなら、関係ない情報をわざわざ展開させる必要はないからな。
……なんて、そこまでわかっていたとしても、俺に出来る事なんて微塵もない。
ただ粛々と、聞かれたことに答えるだけである。
「では、聴取を始めさせていただきます。ちなみに、嘘をついてもわかるので、真摯にお答えいただいた方が賢明ですよ」
***
窓から月光が覗く。
事情聴取は思ったよりも時間がかかった。
簡単な質問だけかと思いきや、知らない人のモノクロ写真とかまで持ち出されて、知っている人物はこの中にいるかとか、いろんな言語で書かれた文章を持ち出されて、どの言語が読めるかとかテストされた。
ここで厄介なことが起きた。
どういうわけか、まったく見たことのない文字なのに、その文字の読み方がなぜかわかったし、意味も理解できたのである。
このせいで、どこかの国のスパイなのではないかという疑惑が浮上したのだろう。
どういう理由でこの街に来たのかとか、一度答えた質問を繰り返された。
しかし事実として俺はそういう存在ではないので、結局一度もウソ発見器らしいベルは一度も音を出すことはなく、何度もベルを交換することになり、壊れていないことを調べるために、わざと嘘を吐いたりとか、何かジャミングする道具を持っていないかと何度も身体検査させられたりとか、酷い目にあった。
「はぁ……」
(異世界で生きるのって、大変だなぁ……)
一応用意された来客用の部屋のベッドに寝転がりながら、ぽつりとつぶやく。
部屋の外には騎士団の人が見張りに立っていて、完全に軟禁状態である。
楽しい異世界ライフなんて妄想していたが、そういうのができるのはきっと、行動力にあふれた人の特権なのだろうとあらためて思い知ったのである。
そんなことを考えていると、不意に来客を告げるノックが部屋に響いた。
扉を開けると、そこにはリチャードさんが立っている。
昼間に見た鎧姿ではなく、騎士団の制服なのだろう、赤いコートを羽織っていた。
「……こんな時間に、何かあったんですか?」
「あぁ、いや、退屈していないかと思ってな。事情聴取はどうだった?」
「もう二度と受けたくないですね」
思い出して、苦い顔を浮かべる。
「話は聞いている。なんでも、十か国語以上も話せるらしいじゃないか」
「覚えた記憶がないので、なんだか奇妙な感覚でした」
「そうか。しかし、良かったじゃないか。外国語も流暢に話せて、その上魔法も使える。冒険者になるには十分な素質は揃っているし、もし学校に行くなら、騎士団が全力でサポートするぞ?」
学校。
そう言われて疑問符が頭に上る。
俺はもうすでに冒険者のつもりでいたし、ゲームの中でも、冒険者になるには学校に行く必要があるだなんて描写は一度だって出てくることはなかったのである。
困惑した表情を見せる俺に、『そうか、これも忘れているのか』と一言呟いて、簡単な説明をしてくれた。
「冒険者はわかるか?」
「はい」
言われて、首肯する。
冒険者とは、所謂便利屋である。
冒険者は街や村、自治体、会社などの様々な組織から個人に至るまで、さまざまな依頼人から冒険者ギルドを介して仕事を請け負い、報酬を得る。
大半の仕事は薬草採取や鉱石の採掘、魔物の討伐やそこから獲れる素材の回収など、戦闘が伴う場合が多く、しかし中には猫探しやアイテムの運搬といったお使い系の依頼もあり、その内容は多岐にわたる。
一般的には大体のラノベではそういう設定だったし、ゲームでもだいたいこんなところだった。
「冒険者になるには、まず冒険者育成学校と呼ばれる、専門の育成機関を卒業する必要があるんだ。そこで、まずは冒険者としてのノウハウを学び、ある程度外に出しても無駄死にするようなことが無いよう、訓練するんだ」
言われて、納得する。
ゲーム時代、人は死んでも生き返ることができた。しかし現実となった今の世界ではそうもいかない。
人は死ねばそこで終了だし、魔物によって多くの人が死ねば、それだけ人口は大きく減っていく。
学校の存在は、それを予防するために組織されたものなのだろう。
しかし──。
(学校、か……)
心の中で、過去の記憶が鎌首を持ち上げる。
ここならば元の俺の事を知っている人は一人もいない。だけど、もしもまた同じようなことが起きたら、果たして耐えられるのだろうか。
怖い。
そんな感情が表に出ていたのだろう。
リチャードさんは優しく肩を叩くと、『興味が出てきたらいつでも言ってくれ』と一言残して、部屋を後にしたのだった。
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